発展した時代、昭和に生きた若者の徒歩旅日記
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世界徒歩大旅行記3万4千キロ
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日本、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドの約15,000kmを歩き終わり、1983年10月10日から1985年9月27日まで約2年間シンガポールからポルトガルのヨーロッパ大陸最西端であるリスボン近くのロコ岬まで約19,000km徒歩で横断。
12、シンガポールからヨーロッパまで歩く(パキスタン)-303
11)パキスタンを歩くまで
10月1日(月曜日)~10月8日(月曜日) 快晴が多い。
この期間は天気がよく、非常に暑い。
10月2日にカラチを離れ、モヘンジョダロを見て、ローリー(Sukkur-サッカに近い所)という所で泊まる。
数千年前の文明の地、モヘンジョダロ。この遺跡と現代の家とそんなに差がないのではないか?
この歴史的に有名な遺跡であるモヘンジョダロの周りにはあまり木がないと思っていたが、それほどでもなかった。
この遺跡はレンガで出来ている。その時期がB.C.2500年であったが、今住んでいるパキスタン人の家がやはりレンガ造りである。
今の人々の家の周りにも木などはあまりないので、本当に4500年前と今とは外から見た限りではあまり変わりがないのではないかと思われる。
だから、このモヘンジョダロの遺跡のレンガが本当にそんなに古いものなのかなと思うのである。
有名な文明が生まれたインダス川
10月5日にラホールに着き、Y.M.C.A.に泊まる。
ここでは面白い日本人にたくさん会い、毎日明け方4時ごろまで話をしていた。
一人は伝道師の植松さん、また一人はいろいろな所を旅行して面白い戸田さん、そして、デリーからの清水さんである。
その他にオートバイで旅行をしている大学生もいた。彼らは話していてもいろいろな情報や知識があり面白い。
ここではお酒が手に入りにくいので、その代わりに彼らとは毎日チャーイを飲みながら話をしていた。
他にはここY.M.C.A.に泊まっている間にマネージャーがパキスタンの新聞社に話をして、その新聞社の記者からインタビューを受ける。
それは俺が世界を歩いているということでのインタビューであった。
次の日には自分の記事が載っているウルドウ語の新聞を見て、内容は分からないが良い思い出になった。
ここパキスタンに入った9月26日から10月8日まで13日間の出費は 760パキスタンルピーぐらいであろう。
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筆者は現在、韓国に在住して、以下の様な韓国ビジネスサポートをしています。韓国に関して聞きたいことがあれば、そのホームページをご覧になり、お聞きください。
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