伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

色の不思議世界

2011-10-30 23:55:21 | 自然科学・工学系
 色彩についての研究者である著者の論文集。
 第1部の「目と脳が作る世界」「感性は色で動く」が総論的な位置づけで「江戸の浅黄と茶色」「在りし日のトキ色」「空はなぜ青いのか」「緑をめぐる色彩誌」「黒の領域」「紫とパープル」と続くタイトルからは総合的な色彩論と期待されますが、論文集ですからそれぞれの論文のつながりは意識されておらず、主として視覚と色彩の認知・認識をめぐる自然科学的・理系的な文章と、専ら社会の中でのその色の位置づけ・評価をめぐる文化的・文系的な文章が混在していて、門外漢には通読はけっこうしんどいものがあります。
 前者の領域では、色彩認識の脳による加工、つまり視覚器官としての目に入ってきた光情報と脳が認識する色彩のズレについて様々な点から論じています。特に透明な色彩(光)と不透明な色彩(物体の表面)について、空の色に代表される青と光がないことを示す黒では透明な色彩が優越し、物体として認識することが優先される緑は不透明な色彩が優越するなどの指摘は好奇心をそそります。人間の目に見えている色彩と、客観的な世界の状態の違いというテーマは、ある種哲学的でもありますが考えてみるとよくわからない思いがずっと残っています。水晶体白濁等で目が見えない状態で生まれてきた人が手術で目が見えるようになると、最初は透明感が先行して不透明物体を認識できず、その後時間の経過による体験で不透明色彩が認識できるようになる(234~235ページ)という指摘は興味深く読みました。
 後者の文化的な考察では、色としては水色に近い浅黄色・浅葱色がなぜ「黄色」という名称を付されたのかとか、赤みのない可視光の最も短波長の「青紫」と短波長の青と長波長の赤の混色である赤みのある「紫」ないし「赤紫」という別系統の色がなぜ日本語では「紫」と一緒にされるのかとか、考えさせられました。
 しかし、論文集としての読みにくさに加え、著者自身も解明できていないという部分が多くすっきりしないところがあり、横道への逸脱が多くて論旨がまっすぐでないこと、誤植が目に付くことなど残念なところも多い本です。


小町谷朝生 原書房 2011年9月29日発行
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