哲学者が、哲学とはものごとの本質を探究するもので、人間の本質は向上心にあるということを語る講演会をとりまとめた本。
子どもを対象とした講演会なので、哲学者とは「難しい(抽象的な)」ことを好みわかりたいという欲望が哲学の原動力であり、子どももまた(自分にとって)難しい困難なことを好んでそれを乗り越えることで成長していくのだから、子どもは哲学に向いていると、アピールしています。
そして人間を特徴づけている、人間を人間たらしめているのは向上心、大きくなりたいという欲望であること、限界がある中で技術を身につけて向上していくことの大切さを論じています。同時に征服や蛮行もまた向上の名の下に行われることから「上を目指すこと自体がいいことだとは必ずしも言えません。でも、いいことというのはすべて、自分を高めたいという欲望に関わっているのです。」(110ページ)と結んでいます。向上心で悪いことが起こることもある、でも向上心を捨ててはいけないというところですね。
向上心の対極として怠慢があり、ある程度の怠慢は避けられないししばらくさぼることで向上心が復活するけれども、テレビによって人の怠惰・怠慢がますます助長されていると戒めています。「テレビは、結局のところ怠け心をますます助長してしまい、見ている人に何もいいことをもたらさないどころかどんどん愚かな存在にしてしまうように思えてなりません。」(51ページ)。哲学者にとってテレビは敵というところでしょう。私自身、最近はテレビはほとんど見ていないのでわかりませんし、むしろ今後はインターネットの方がいい、テレビなんて見ないという子どもが増えるような気がしますけどね。

原題:DES PIEDS ET DES MAINS
ベルナール・スティグレール 訳:メランベルジェ眞紀
新評論 2009年5月10日発行 (原書は2006年)
子どもを対象とした講演会なので、哲学者とは「難しい(抽象的な)」ことを好みわかりたいという欲望が哲学の原動力であり、子どももまた(自分にとって)難しい困難なことを好んでそれを乗り越えることで成長していくのだから、子どもは哲学に向いていると、アピールしています。
そして人間を特徴づけている、人間を人間たらしめているのは向上心、大きくなりたいという欲望であること、限界がある中で技術を身につけて向上していくことの大切さを論じています。同時に征服や蛮行もまた向上の名の下に行われることから「上を目指すこと自体がいいことだとは必ずしも言えません。でも、いいことというのはすべて、自分を高めたいという欲望に関わっているのです。」(110ページ)と結んでいます。向上心で悪いことが起こることもある、でも向上心を捨ててはいけないというところですね。
向上心の対極として怠慢があり、ある程度の怠慢は避けられないししばらくさぼることで向上心が復活するけれども、テレビによって人の怠惰・怠慢がますます助長されていると戒めています。「テレビは、結局のところ怠け心をますます助長してしまい、見ている人に何もいいことをもたらさないどころかどんどん愚かな存在にしてしまうように思えてなりません。」(51ページ)。哲学者にとってテレビは敵というところでしょう。私自身、最近はテレビはほとんど見ていないのでわかりませんし、むしろ今後はインターネットの方がいい、テレビなんて見ないという子どもが増えるような気がしますけどね。

原題:DES PIEDS ET DES MAINS
ベルナール・スティグレール 訳:メランベルジェ眞紀
新評論 2009年5月10日発行 (原書は2006年)