日本の高度経済成長を支えた護送船団式資本主義が社会経済環境の変化により機能不全に至った後、日本における改革がなぜ遅々として進まないかについて考察した本。
著者の主張は、日本のシステムは、政府が負担すべき社会保障の負担を低額にとどめ企業が従業員の首を切れない終身雇用制や効率の悪い高額のサービス(電力や金融サービス、公共事業)を維持することにより成人男子の生活を保障し、女性に無償で(キャリア・自己の収入を犠牲にして)育児・介護等を負担させることで成り立ってきた。政府の社会保障支出は年金と医療保険に集中し、雇用保険、職業(再)訓練、児童手当などの分野では極めて低く(85~95頁)その負担は企業と女性に強いられてきた。しかし、これらの犠牲を負担してきた企業(特に輸出産業)と女性は、そのシステムの変更を政治に迫る(声を出す)のではなく、海外への移転や就職または結婚・出産の断念という形で降りていった(退出する)。
著者の独自の主張は、この退出が、不可能であれば(出口がなければ)企業や女性が否応なく改革を求めることになり改革が進み、また退出が極めて容易で大量であれば政府・官僚がそれを阻止するために改革をせざるを得なくなり改革が進むが、退出にコストがかかり一部の者だけが退出できるときには本来改革運動の核となるべき有力な者(企業で言えばソニーとかトヨタとか)が改革の意欲を失って改革運動の力をそぎ残された改革反対派が相対的に力を持って改革が進まないというもの。日本の改革で大規模社会保障では介護保険だけが実現したのは女性に退出の余地がなかった(子を持たないことは選択できても親を持たないことは選択できない)ため、サービス改革で迅速に実現したのが(外圧が強かった通信改革を除けば)金融サービス改革だけなのは外国市場への流出が極めて容易で大量だったことによるとされています。
考察としてはおもしろく、社会保障や労働問題に関心があれば、厚さのわりに読み通しやすい本です。
ただ著者の主張は、労働市場では解雇を容易にして終身雇用を解体しそれにより中途採用も容易にするという方向で、政府による雇用保険や再訓練、労働条件の確保が伴わなければ企業側の好き放題になる話で、(社会保障の充実を言っているはずなのに)新自由主義的な匂いも感じます。
訳文で、文脈からは労働法制、労働のルールというべきところが「就業規則」と訳されていたり(330頁、344頁等)するのはかなり興ざめでした。

原題:RACE FOR THE EXITS : The Unraveling of Japan’s System of Social Protection
レナード・ショッパ 訳:野中邦子
毎日新聞社 2007年3月25日発行 (原書は2006年)
著者の主張は、日本のシステムは、政府が負担すべき社会保障の負担を低額にとどめ企業が従業員の首を切れない終身雇用制や効率の悪い高額のサービス(電力や金融サービス、公共事業)を維持することにより成人男子の生活を保障し、女性に無償で(キャリア・自己の収入を犠牲にして)育児・介護等を負担させることで成り立ってきた。政府の社会保障支出は年金と医療保険に集中し、雇用保険、職業(再)訓練、児童手当などの分野では極めて低く(85~95頁)その負担は企業と女性に強いられてきた。しかし、これらの犠牲を負担してきた企業(特に輸出産業)と女性は、そのシステムの変更を政治に迫る(声を出す)のではなく、海外への移転や就職または結婚・出産の断念という形で降りていった(退出する)。
著者の独自の主張は、この退出が、不可能であれば(出口がなければ)企業や女性が否応なく改革を求めることになり改革が進み、また退出が極めて容易で大量であれば政府・官僚がそれを阻止するために改革をせざるを得なくなり改革が進むが、退出にコストがかかり一部の者だけが退出できるときには本来改革運動の核となるべき有力な者(企業で言えばソニーとかトヨタとか)が改革の意欲を失って改革運動の力をそぎ残された改革反対派が相対的に力を持って改革が進まないというもの。日本の改革で大規模社会保障では介護保険だけが実現したのは女性に退出の余地がなかった(子を持たないことは選択できても親を持たないことは選択できない)ため、サービス改革で迅速に実現したのが(外圧が強かった通信改革を除けば)金融サービス改革だけなのは外国市場への流出が極めて容易で大量だったことによるとされています。
考察としてはおもしろく、社会保障や労働問題に関心があれば、厚さのわりに読み通しやすい本です。
ただ著者の主張は、労働市場では解雇を容易にして終身雇用を解体しそれにより中途採用も容易にするという方向で、政府による雇用保険や再訓練、労働条件の確保が伴わなければ企業側の好き放題になる話で、(社会保障の充実を言っているはずなのに)新自由主義的な匂いも感じます。
訳文で、文脈からは労働法制、労働のルールというべきところが「就業規則」と訳されていたり(330頁、344頁等)するのはかなり興ざめでした。

原題:RACE FOR THE EXITS : The Unraveling of Japan’s System of Social Protection
レナード・ショッパ 訳:野中邦子
毎日新聞社 2007年3月25日発行 (原書は2006年)