カリフォルニア徒然草 または武蔵国人覚書

ダンナの海外赴任のため、想定外のアメリカ暮らしを経験。
日常のふとした出来事を、心覚として綴っています。

中山道の旅(5)奈良井宿

2010-09-28 19:05:11 | 日本でお出かけ
中山道2泊3日の旅も、最終日を迎えました。

今回の旅は非常に天気に恵まれ、連日晴天続きなのは結構なのですが、
ウチらとしては弱冠、当てが外れたことがあります。

ウチらは山の中=残暑厳しい東京より涼しいに違いない!と期待してたんですが、
蓋を開けてみたらば、ここいらの街道沿いは、山里といってもほとんど谷間にあって、
標高はせいぜい600m程度。
確かに、コンクリートジャングル東京に比べれば、木々が多いので風は爽やかですが、
好天のせいで日差しはキツく照りつけて、あまり「涼しい」とは感じられなかったのです。

そこで、時間にはまだ余裕があるので、ちょっと寄り道して
木曽谷の霊峰、御嶽山に、途中まで登ってみることにしました。

王滝川沿いに山に入り、御岳湖に沿って進みます。湖の奥で橋を渡って王滝村に入ったら、
スキー場の標識を目印に山頂方面に上っていきます。

余談ですが、この湖を更に奥に進んでいくと、御嶽山麓自然湖があります。
昭和59年に起きた長野県西部地震の際の御嶽山の土砂崩壊で堰き止められてできたもので、
天災で自然に出来たものだから特に名前が無く、「自然湖」と呼ばれているんだそうです。
この自然湖をカヌーで探検するツアーもあるので、冒険好きの方は是非どうぞ!

狭いクネクネした山道を登っていくと、少し風が涼しくなってきました。(←無理やり?)
かなり登ってきたところで清滝に到着。
深い谷の奥から流れ落ちた水が、大きな岩の間を、
音をたてて勢いよく流れ下ってきます。

険しい山頂が特徴的な御嶽山は、神が宿るとされ、
山そのものが信仰の対象となっています。
この滝にも(写真では遠すぎてよく分からないでしょうが)注連縄が張られていて、自然と厳粛な気分になります。

涼しい風とマイナスイオンをたっぷり浴びて満足な二人。
山道はまだまだ続きますが、今日これからの予定もあることだし、ここらで引き返します。

戻る途中、御嶽山岳歴史文化会館にある喫茶店ひだみで一風変わった食べ物にトライ。
ひだみコーヒーひだみサブレです。
本当はひだみパイが食べたかったんだけど、時間が早すぎてまだ焼きあがってなかった。
残念。

“ひだみ”ってのは、この辺りの方言で“どんぐり”のことです。

来た道をまんま引き返し、国道19号線(中山道)に出たらを北へ、塩尻方面に進みます。
途中いくつかの宿場町を通り過ぎ、鳥居峠で長いトンネルを抜けると、
中山道34番目にして最大の宿場町、奈良井宿に到着です。
到着が遅くなったため、予定していた南側の駐車場は満車だったので、もう少し先に進み、
奈良井駅に程近い駐車場に車を置いて、北側から町に入りました。
かつて「奈良井千軒」と称されるほどの賑わいを見せたという宿場町

旧街道沿いには今も、約1kmに渡って200軒余の伝統家屋が建ち並んでいます。

旅館あぶらや

現在も営業中です

出梁造、千本格子、軒灯

時代劇のセットの中に迷い込んだかのようです。

店先の商品の上に鎮座する
猫ちゃん

得意技は“ねこパンチ”だそう
(客相手にいいのか、おい!)

腹が減っては戦(町歩き)は出来ぬ、というわけでランチタイム
また蕎麦ですが、何か?(笑)

今回、行く先々でお蕎麦を食べましたが、ここのが一番美味しかった
木曽路の代表的な郷土料理の一つが五平餅。これまで訪ねた宿場町でも必ず売ってた。
一般的な五平餅は、すり潰したご飯を串に付け、味噌ダレや醤油ダレを塗って焼きますが、
ここ奈良井宿のはちょっと変わってて、串が無い。なので見た目はまるで焼きおにぎり
食べ終わって店を出ると、行列が出来ていました。
知らずに入ったけど人気店だったのか?


さて、散策再開♪
山が近い!

奈良井宿は、木曽路十一宿の中で一番標高が高い場所に位置しているんです。

この御宅はご商売はやっていないようですが、現在もこの建物に住んでいらっしゃるようです。
正直、不便なこともいっぱいあるでしょうに、、、
住民みんなでこの町並みを守っていることが伺えます。

御宿伊勢屋も、今なお営業中

奈良井宿は、これまでの宿場町の中で一番、道幅が広い。
実際、一般車がガンガン往来してました。

こちらは酒屋さんだけに、店先には見事な杉玉

奈良井宿の出梁造は妻籠宿のより一層、軒が前に張り出しています。
雪が深い地域なので、玄関先で濡れないようにこの形になりました。

奈良井宿の楽しみの一つは和カフェ
伝統的な家屋を活かした飲食店がたくさんあって、雰囲気たっぷり
こちらのお店は築200年の江戸時代の建物を和モダンに改装した和カフェ

二階の席からは町並みが見渡せます。
ムードたっぷりな店内で、珈琲とケーキをいただきながらのんびり過ごすのは、乙なモノです。

下町と呼ばれるこの辺りは道幅が狭く、車の往来もほとんど有りません。
ここでは時間がゆっくり流れているように感じられます。

時刻は午後2時を回りました。
帰りの渋滞を避けるためにも、早めに帰途に着きましょう。
国道19号線を北上し、塩尻ICから中央高速道路に入ったら、後はひたすら東京を目指すのみ
富士山がお出迎え

今回、中山道は木曽谷の代表的な3つの宿場町を訪ねたわけですが、実のところ
“江戸時代の面影を残している”という点では、いずれの町も同じです。
でも実際に3つの町を歩いてみると、それぞれに特徴があるのがわかります。
訪れるなら是非3つ共を、ゆっくり宿場内を散策して楽しんでいただきたいです。

中山道の旅(4)木曽路~木曽福島

2010-09-27 20:42:03 | 日本でお出かけ
妻籠宿を出立し、今日のお宿のある木曽福島に向かいます。
山あいの中山道を、右にJR中央本線、左は木曽川を見ながら北上していきます。

小野の瀑布

葛飾北斎など江戸時代の有名な浮世絵師がこぞって描いたという、落差30mの滝。
木曽路にある景勝地「木曽八景」の一つで、折り重なるように生い茂った木々の間からとうとうと流れ落ちる様は、本当に絵になります。
現在は、滝の上をJRの鉄橋が横断していて若干興ざめという意見もありますが、
「これはこれでいいと思うな~」とはウチらの意見
(写真では一応、鉄橋が入らないように撮ったけどね)
滝のすぐそばまで近寄ることができます。

こうしてみると、結構水勢があって“瀑布”というのも頷ける。
かつては、御岳信仰の行者が滝に打たれる姿も見られたそうです。

「木曽八景」の一つに、一風変わったものがあります。
それが長野県上松町にある寝覚の床(ねざめのとこ)
ここ、なんとあの浦島太郎に縁のある地なんです。
展望台から見下ろした寝覚の床です。

グリーンの川の流れに、白い岩肌が映える。

ガイドブックには“見学自由”って書かれてたんですが、
見学ルートは臨川寺の境内の中にあって、入場料が200円掛かります。
抜け目の無いことで・・・(笑)
まぁ、その代わりと言っちゃぁナンですが、お寺の宝物殿を見学できるそうです。

けっこう急な傾斜の坂道辿って、川岸まで一気に下って行きます。
道沿いに、珍しいタマアジサイが咲いていました。
「この時期に紫陽花?」とお思いでしょうが、タマアジサイの花は、普通の紫陽花より遅咲きで、花期は7月~9月なんです。

苞に包まれて玉のような形をした蕾が名前の由来。
淡紫色の小さな両性花(実のなる本物の花)の周りに、花弁4枚の白色の装飾花が縁どっていて、一見ガクアジサイのように見えます。

川岸まで下りてきました。

右側手前の岩、なんだか亀に見えません?

奇妙な形の岩、岩、岩、、、
“天下の奇勝”とはよく言ったものです。

床岩、硯岩、腰掛岩などの名前が付いています。
奥の茂みの中には浦島堂があります。

腰掛岩(手前)と屏風岩(奥・対岸)が見えています。

実はかなり足場が悪いんですが、柵などは全く無い。
見学者入りたい放題ってのは、日本では珍しい?!

それにしても、浦島さんて確か漁師で、浜辺(天橋立)で亀を助けたんじゃなかったっけ?
こんな山の中に浦島太郎の伝説が残ってるって、どういうことなんでしょう?

助けた亀に連れられて竜宮城に行った浦島さん、竜宮城から懐かしい故郷に帰ってみると、
親兄弟は勿論、誰一人として知っている人はなく、家も無いのでそこに住むことも出来ず、
あちこち彷徨った挙句、この山の中に辿り着いたのだそうです。
この地で好きな釣りをしたり村人に竜宮城の話をしたりして暮らしていましたが、
或る日のこと、ふと思い立って乙姫様にお土産にもらった玉手箱を開けてみたらば、
いっぺんに300歳のおじいさんになってしまい、ビックリして目が覚めた。
それで“寝覚め”と。。。
ただでさえ変わった人だと思っていた村人は、この有様に驚いて近寄らなくなってしまって、
浦島さんはここにも住むことが出来なくなり、行方をくらませてしまったのだそうです。
浦島さんの数奇な生涯に思いを馳せるロミ太

跡に残された遺品などを祠に納め寺を建て、菩提を弔ったのが今の寝覚山臨川寺の始まり。
今から1200年前のことだそうです。
宝物殿には、浦島太郎愛用の釣竿や硯が展示されていました。

あ、怪しい~

そんなわけで、今夜は木曽福島でお泊りです。
素朴だけれど、地元で取れた山の幸川の幸をふんだん使った夕食に舌鼓

中山道の旅(3)妻籠宿(つまごじゅく)

2010-09-25 19:00:32 | 日本でお出かけ
次に向かうのは妻籠(つまご)

馬込宿を出て、先ほどの旧中山道を北に戻ります。
車道は所どころで街道と交わっていて、歩いて妻籠宿に向かう観光客に時々出くわしました。
国道256号線にぶつかったら西へ進み、田島橋を渡ると程なく町営の駐車場が見えてきます。
車を置いたらさっそく町へGo!
尾又橋を渡って、南側から歩き始めます。

馬籠宿より古めかしい木造家屋が軒を連ねています。

狭い道は、しかしアスファルト舗装され、車の往来も可能です。

下嵯峨屋は昭和43年の解体・復元によって甦った歴史的建造物の一つです。
当時の庶民の住居を代表する片土間に並列二間取りの形式を見ることができます。

上嵯峨屋は木賃宿として利用されていた建物です。
厩も残っていて、江戸時代にタイムスリップした気分

妻籠宿にも枡形の跡が残っています。

当時、宿場は幕府により防塞施設として造られており、敵の侵入を阻むためには欠かせない設備だったのです。

脇道にも昔ながらの木造の建物が並んでいます。
町の住民達が今もここで生活してます。

妻籠宿は北に伊勢山、東に
南木曽岳に囲まれており、馬籠宿より一層山が近い。

旅館阪本屋は現在も営業中
この地区の建物は、間口が広く奥行きの深い二階建てが多い。
そして、1階より2階が突き出した“出梁造(だしばりづくり)”が特徴的です。
軒を深くすることで構造的に丈夫になり、また訪れた客を雨や雪から守る利点も有ります。
また商家建築に多く見られ、軒先を豪華にする目的も有ったそうです。

妻籠宿本陣
建物は平成7年4月に復元されたものだそうです。
少し先にある脇本陣奥谷は明治10年(1877年)建造で国の重要文化財に指定されています。

本陣は武士や公家が、脇本陣は裕福な一般客が宿泊や休憩に利用しました。

この辺の界隈には食事処や甘味処が集まっています。
頃合いも好いのでここらで昼食タイム
やっぱりお蕎麦

季節の野菜の掻き揚げが素朴で美味でした

お腹が膨れたので元気が出ました。
妻籠の宿場町はもう少し先まであります。頑張って行きましょう!
緩やかな登り坂をあがった辻に高札場があります。
今でいう「官報掲示板」ですね。

幕府が庶民に対して禁制や法度を示した高札が掲げられていて、江戸時代のように高い所から我々を見下ろしています。

馬籠宿のよりはずっと小さいですが、ここにも水車小屋がありました。

ここいらでそろそろ引き返しましょうかね。
緑深い山並みが宿場町を懐に抱く

観光客相手の商売をしていないお宅も、昔ながらの建物を維持しています。
表札の隣に屋号を記した札をかけているお宅も少なくない。

町の所々に設けられた消火栓?には「火乃要鎮」(「用心」じゃないのね)の文字。

せっかくなので、南木曽町博物館のうちの一つである本陣を見学していくことにしました。
宿駅が制定されると、妻籠宿本陣には島崎氏が任命され、明治に至るまで本陣・庄屋を兼ね勤めました。

実は島崎藤村の母ゆいの実家で、藤村の次兄広助が養子に来ています。
余談ですが、脇本陣の方は藤村の初恋の人「おゆふさん」の嫁ぎ先なんだって

お勉強が済んだところで、ちょっと休憩しましょう
茶房ゑびやでは、ここでしか食べられないという栗餡汁粉が食べられます。

この辺りでは、山里という事もあってか、栗を使ったメニューやお菓子が名物になっています。
中でも栗きんとんは、お菓子屋さんでは必ず置いてます。
栗きんとんというと、関東人はお節料理に入ってるあれを想像しますが、ここのはちと違う。
こちらが木曽路名物の
栗きんとん

近隣の中津川宿が発祥の地。
地元産の栗を蒸したものをすり鉢でつぶし、砂糖を入れて茶巾で絞りました。
材料にこだわるため、栗が採れる秋から冬にかけての限定販売の、貴重なお菓子です。
折りしも旬とあって、今販売しているのはこの秋に採れた新栗を使ったもの。
栗好きには堪りませんわ~
というわけで、おみやげ(自分達用)にお買い上げ

枡形まで戻って来ました。

枡形より南側の寺下地区は、妻籠宿で最初に保存事業が行われた、まさに妻籠宿の原点。
だからというわけじゃないですが、この辺りの街並みが一番風情があると思います。

中山道の旅(2)馬籠宿(まごめじゅく)

2010-09-24 20:39:40 | 日本でお出かけ
二日目も朝から好いお天気。
今日はいよいよ、中山道沿いの宿場町を訪ねていきます。

まず最初は、中山道六十九次のうち43番目の宿場町、木曽路11宿の中で最も南に位置する
馬籠(まごめ)
昼神温泉郷からは、国道256号線で一旦北上し、旧中山道を南下して岐阜県に入ります。
山の緑が濃い。。。

馬籠は、街道が尾根沿いを南北に走っているため、坂道に沿って町を見学します。
馬籠宿、坂下の入り口。

「江戸まで八十里半、京まで五十二里半」と書かれてます。
ここからだと、東京より京都の方が近いんですね。

町に入ってすぐ、街道がコの字に折り曲げてあり、山手側は切り土になっています。
これは「枡形」といって、城郭建築の枡形を模したもので、宿場の防衛上設けられたものです。

枡形の右にある急坂の道路は、枡形道路の不便を解消するため、明治38年に改修された新道です。

枡形の奥には、大きな水車が設けられていました。

趣ある石畳の坂道沿いには、みやげ物屋や食事処甘味処など、江戸時代を彷彿とさせる建物が軒を連ねます。

実は、明治28年と大正4年の火災により、馬籠宿の古い町並みは石畳と枡形以外、
ほとんど全てが消失してしまいました。
その後復元されて現在の姿となったので、建物はみな、当時の様式ながらも新しいんです。
旅人御宿 但馬屋は、現在も実際に民宿として営業中。

馬籠宿は、明治時代の文豪・島崎藤村が幼少時代を過ごした地としても有名です。
代表作のひとつ『夜明け前』は、故郷である馬籠宿を舞台にした歴史小説。
坂道の中程には、作中に登場する馬籠脇本陣史料館藤村記念館があります。
藤村記念館の隣にある大黒屋茶房は、藤村の“初恋の人”「おゆふさん」の生家で、前身は造り酒屋でした。
『夜明け前』執筆の資料にもなった『大黒屋日記』は、この店の10代目が記したものだそうです。
名物は、同書にも登場する栗おこわ。

馬籠の宿場町は600mほど。さっさと歩けば、15分とかからずに坂上に到着します。
そのまま進めば馬籠峠、それを超えると次の宿場町妻籠(つまご)へと街道は続きます。
我々はここで引き返しまーす♪

時代劇に出て来そうな建物

名前は茶屋ですが、民宿なんですね

歩き疲れたので、栗ぜんざいアイスでひと息入れましょう~

枡形の所まで下りてきました。
街並みの向こうに見える緑深い山並みに癒されます。

宿場町を取り囲む田んぼは、実りの秋を迎えて黄金色に輝いていました。

ロミ太くん、日本の原風景に癒されてます(笑)

中山道の旅(1)天竜峡~昼神温泉

2010-09-23 18:33:46 | 日本でお出かけ
2001年の祝日法改正(いわゆるハッピーマンデー制度)の適用で、
敬老の日は2004年から9月第3月曜日となりました。
休みのとりにくい日本で、少しでも連休を増やし、余暇を楽しんでもらおうというこの試みに、
我々も乗らせていただき、二泊三日の旅行に出掛けました。
中山道・木曽路の宿場町を巡る旅、しばしお付き合いくださいませ。


まずは中央高速道で名古屋方面に向かいます。
道路沿いに見える山々は濃い緑に覆われてます。
9月下旬というのに、秋の気配はまだ全く見られませんねー

ウチは東京西部在住なので中央高速はよく使いますが、
岡谷JCTを名古屋方面に向かうのは初めてで、見慣れない景色や地名が、ちょと新鮮です。
途中の行程は、目立った渋滞も無く順調そのもので、お昼過ぎには今日の目的地である
天龍峡に到着しました。

天龍峡は、諏訪湖を水源とし、伊那谷を貫いて、遠く太平洋に注ぐ天竜川の
ほぼ中程に位置する渓谷です。
川の流れに侵食された渓谷は、花崗岩の奇岩がそびえ立つ、大自然が造り出した景勝地で、
昭和9年に国の『名勝』に指定されています。
まずは昼食
山に来たら、やっぱり蕎麦でしょう!

江戸時代、木材や米の運搬に利用された天竜川は、“暴れ天竜”の異名をとる激流でしたが、
ダムや水門ができたおかげで、今ではレジャーとして川下りを楽しめるほど安全になりました。
飯田に近い上流では、暴れ天竜の片鱗を感じさせるスピード感あふれる激流を、
下流の天龍峡温泉港からは、緩やかな流れをのんびり楽しむことができます。
ウチらは下流の天竜ライン下りに参加。
天竜ライン下り
※ホームページ→こちら


川下り用の船は45人乗りで、
なかなか大きいです。
今日のお客は5組程度だったので、ゆったり座れました。

川下りを始めて程なく、文字の刻まれた岩壁が見えてきます。
これらは天龍峡十勝と呼ばれるもので、明治15年(1882年)、書聖と仰がれた書道家の
日下部鳴鶴(めいかく)が選んだ十の岩峰の表面に、彼の筆に成る文字が刻まれています。
十勝の一つ、龍角峯

天竜川の深渕に棲む龍が天に昇った時、その崖に突然できた『龍の化身』と伝えられています。
両岸に聳え立つ大岸壁や奇岩を、川面近くから見上げると、一層その威容を感じます。

照りつける日差しで、
正直、暑いくらい川の流れは穏やかで、川を下る船の速度もゆっくりとしたものです。
それでも、川幅の狭い箇所や水深の浅い部分では流れが荒くなります。

水量はこれで例年並み。
数日前に降った雨のせいで、水嵩が増したそうです。
その代わり、水が少し濁っちゃったらしいですが。。。

川下りの最中、船頭さんが投網の実演を見せてくれます。

この日は雨の後だったせいか苦戦してましたが、三度目の正直で鮎が一匹取れました

川下りの途中、川辺に鷺などの鳥を見ることができました。

後半、ツアーがややダレて来る頃、川沿いにある“売店船”に立ち寄ります。

商魂たくましい!(笑)

日差しが強いので、冷たいものが欲しくなる。。。
相手の戦略にまんまとハマり(笑)ジュースを購入


今回の旅には、アメリカ生まれのクマの子三兄弟の末っ子、
ロミータ(愛称ロミ太)が同行しました。

さて、ツアー再開。
先ほどの鮎が焼けました。出来立てをみんなでひと口ずつ味見

投網の実演や、ガイドさんが歌を披露してくれたりと、飽きさせないよう工夫してます。

行く手の岩壁に、枝振りの良い松が見えてきました。

そろそろゴールの唐笠港に到着します。

小一時間の船旅はこれで終了。
ここからは専用バスで出発点まで戻ります。
途中、峰竜太の生家だというスーパーさかやの前を通りましたよ。
峰さん、地元のスーパースターらしいです

ツアーを終えて駐車場に戻った時刻は午後3時過ぎ。
宿に向かうにはまだ少し早いので、今度は川沿いの遊歩道を歩いてみることにしました。
JR飯田線天龍峡駅前の観光案内所の裏手から出発。
渓谷沿いの木立の中を歩いていくと、展望台に到着。
先ほどは川面から見上げた龍角峯を、今度は対岸から、違ったアングルで見られます。

さらに深くなる木立を抜けると、吊り橋が見えてきます。

天竜川に架けられたつつじ橋
金属製でワイヤーでしっかり吊られていますが、川面からはかなりの高さで、おまけにふわふわと、結構揺れるんだ、これが・・・

それでも橋からの眺めは見事です。

こちらは上流方面。
龍角峯が見えていますね。
こちらは下流方向。

渓谷が深いので、谷底はもうほとんど翳ってしまってます。

登り坂を一気に上がると、龍角峯の上に出ます。

渓谷を覆うばかりの木々の緑

遠くには、飯田市の象徴である風越山を望み、眼下には70m下の険しい渓谷の間をゆったりと流れる天竜川の碧色の流れ

まさしく最高の眺めです♪

木立を抜けたら、左手に林、右手にリンゴ園を眺めながら歩きます。
途中キツイ上りもあったりしながらえっちらおっちら、、、
スタートから1時間ほどで、終点の姑射橋に到着しました。
結構いい運動になりましたわ。。。

頃合いもよいので、今日のお宿のある昼神温泉に向かいます。
天龍峡からは、三遠南信自動車道で飯田山本JCTに出て、国道256号線で西へ1時間ほど。
1973年(昭和48年)に初めて温泉が湧出し、観光地としての開発を始めてからは30年ほどの
新しい温泉街です。
嗚呼、日本の温泉宿だ~
もう5、6年ぶりか?懐かしい~

ロミ太くん、さっそく寛いじゃってます。

ウチが泊まったお宿は、料亭が姉妹店ということで、お料理が特に自慢。

地元の産物を活かし、素朴だけどひと捻り加えたお料理は、どれもとっても美味しくって最高

温泉地としての知名度は低いですが、お宿はどこも新しくて設備やアメニティが充実してるし、
仲居さん達も過剰なくらい(笑)サービスよくって、すっかり満足しました。

観月の宵

2010-09-22 19:05:55 | 日本の日常
今宵十五夜の空に、見事な満月が姿を現わしました。
予報では、天気は下り坂とのことだったんですが、今のところ空は晴れ渡っています。
多少雲があったくらいの方が、月見には風情があって景色がいいんですが。。。

そもそも十五夜とは旧暦八月十五日のこと。
旧暦(太陰暦)の8月は新暦(グレゴリオ暦・太陽暦)の9月にあたり、
今年の十五夜は今日22日という次第です。

十五夜の月のことを中秋の名月といいますね。
ところで、「中秋」と「仲秋」は違うって、知ってました?
「中秋」はそれだけで、旧暦八月十五日という特定の日付を指すのに対し、
「仲秋」は、七・八・九月を秋とし、それぞれを初秋・仲秋・晩秋と呼んだことから、
旧暦の八月全体を指します。
余談ですが、“八月十五日”と書いて“なかあき”と読む名字の方がいらっしゃるそうですよ。

いずれにせよお月見の頃はつまり、「秋も半ば過ぎ」ってことです。
なのに東京は、今日も最高気温が30度を超す猛暑日でした。
これで今年の猛暑日は71日となり、観測史上最高記録を更新したそうです。
そんな記録、要らな~い

でも明日からは雨模様となるようで、朝晩の気温もグッと下がり、一気に秋が深まるようです。
みなさん、体調を崩さないように気をつけましょうね

ETC導入一直線!

2010-09-21 00:44:25 | 雑記帳
日本は月曜日が祝日(敬老の日)だったので、この週末は三連休となりました。
予報ではお天気も好さそうで、絶好の行楽日和。
我が家でもこの連休に合わせて、少し遠出のドライブ旅行を計画しました。
(その旅行記は、写真の整理ができ次第、また別途ご報告させていただきますね

さて、車で遠出するならば、高速道路を利用しないわけにはまいりません。
でも日本の高速道路は、アメリカと違ってほとんどが有料しかも結構高い
おまけに料金所は渋滞のメッカ 嗚呼、アメリカのフリーウェイが懐かしい・・・

しかし現在、そんな国民の声に応えるべく(?)政府が打ち出した『生活対策』等に基づき、
ETCを活用した高速道路料金の引き下げが実施されています。
「土日祝日の上限料金を1,000円とする」とか「平日の全時間帯に3割引を導入する」など
なかなか充実していて、これで一気にETCが普及したらしい。

しかも、サービス開始当初はETCの利用率が低く料金所渋滞の解消には到らなかったのが、
利用率増加に伴い、現在では利用者が体感できるほど大幅に料金所渋滞は減少してるとか。

そもそもウチはドライブ好きなので、高速道路料金の割引や渋滞回避は実にありがたい。
「いい機会だから、ETC入れちゃう?」と一気に気分が盛り上がった、それが出発2日前の夜。
明日中に準備しなきゃいけないけど、大丈夫なのか?!
安易にETC導入を決めた二人でしたが、ここからが結構大変だったんです。。。

ETCシステムは、ETCカードを車載器に挿入することで利用できるようになります。
というわけで、まずETCカードを準備しなきゃいけない。

ETCシステムは、通行料金を後で精算するのにクレジット会社の機能を利用するため、
発行手続きはクレジットカード会社が行います。[*]
カードにはETC専用カードと、クレジット機能も付いた一体型ETCカードがあって、
申し込み時にクレジット会社の審査がありますが、
既にクレジットカードを保有している会社なら普通、問題なくETCカードを発行してくれます。
クレジット会社によって年会費や発行手数料、ポイント還元などが異なっているので、
いろいろ比較してみた方がいいらしいですが、何せウチは明日が出発日
申し込んで即日発行してくれるところを探しまくりましたよ。
以前は、オー○バックスにETCカードを即日発行できる機械が置かれてたらしいんですが、
最近このサービスはやめてしまったらしい。

やっとのことで、セ○ンカードならカウンターに行けばその場で発行してくれると判明し、
ウチから行ける範囲にカウンターがあることも分かって、これで第一関門クリア。

[*為参考]
クレジット会社を通さずに有料道路事業者が発行する、デポジット(保証金)を預託する
タイプのカード(ETCパーソナルカード)もあります。

次にETC車載器の準備。
車載器自体は、ネットは勿論、カー用品店や家電店で簡単に購入できますが、
車載器を買っただけじゃETCは利用できないんです。
システムを利用する車両を特定し、通行料金を算出するために、
車載器に使用する車の情報を書き込む作業(セットアップ)が必要なのです。
この作業は、登録されたセットアップ店で行いますが、
申込み当日にETCが使用できるようになるかどうかは、セットアップ店によります。

調べてみたら、ウチの車を買ったお店が運よくセットアップ店だったので、担当のお兄さんに
車載器選びと合わせて相談したところ、メーカーの純正品でお手頃価格なのが在庫にあり、
作業の方も当日中になんとか対処してくれることになって、これで第二関門もクリア。

そして、午後一番で車屋さんに車を預け、その足でクレジット会社にカウンターに行って、
ETCカードを発行してもらい、家に戻る頃、作業終了の電話が入ったので車を受け取り、、、
こうして我が家のAxcio君に、めでたくETCが導入されたのでした
いやぁ、人間て死に物狂いになれば、何とかできるものですね~
こちらがウチの車に搭載されたETC車載器(本体)です。
アナウンス機能の付いてない、シンプルなのにしました。

以前のETC車載器といえば、ダッシュボードの上にドカッと鎮座してたもんですが、最近のは小型化して、ダッシュボードの中に納まっちゃいましたよ。
こちらはアンテナ

ウチのは本体とアンテナが分かれているタイプです。
(今はこれが主流なんだって)

そんなわけで我が家もETCを導入し、今回の旅行でさっそく割引の恩恵に預かったのでした。
ちなみに、車載器購入とセットアップの費用は約22,000円(機器代が約1万円)。
結構かかりましたね。。。
元を取るべく、これから頑張ってドライブするぞーーー!


※ETC関する詳しい情報は、ETC総合情報ポータルサイトをご覧ください。

Happy Birthday わたし!

2010-09-20 20:58:28 | 日本の日常
今日9月20日はshimaushiの誕生日なので、日本は祝日です。(←ウソ。敬老の日です)

ウチのダンナは、気の利かない無骨者なのに加えて、自身に物欲があまり無いせいか、
サプライズでプレゼントを買ってきてくれるような人間ではありませんが、
それでも「お祝いにケーキでも食べに行く?」と誘ってくれました。
よしよし、私の誕生日を忘れなかったことだけは褒めてやろうぞ!
(10年間の結婚生活で学習したか?!
近所のケーキ屋さんですが、創業は1868年(明治元年)という由緒正しいお店で、お味の方も定評があり、雑誌などで何度も紹介されてます。

「幾つになったの?」と聞くから「24才」と答えたら「サバ読むにも程がある・・・」って。
あーたの一つ下なんだから、いちいち聞くなっての!

フィットネスクラブでエステ

2010-09-15 17:48:10 | 日本の日常
最近、フィットネスクラブとスーパー銭湯のコラボというのが流行ってますね。
私が会員になっているコナミスポーツクラブも、一部の店舗は入浴施設が充実してて、
サウナやジャグジー、露天風呂があったり、天然温泉を引き湯しているところもあります。
私が普段利用してるのもそんな店舗の一つで、フィットネス会員以外に、
お風呂を利用するだけの“スパ会員”てのも居ます。
マッサージやあかすり、岩盤浴やゲルマニウム温浴、エステティックのサービスもやってて、
カフェや仮眠室もあるので、その気なら一日中ここで過ごすことも可能。
実際、この夏の記録的酷暑の中では、毎日ここに“避難”してる人も少なくなかったです。

ここのエステ、都度利用が可能でお値段も手頃なもので、shimaushiもたまに利用してまして、
今回は、エンダモロジーの体験てのをやりました。

エンダモロジーというのはLPG社の開発したボディトリートメントマシンのこと。
特殊ヘッドの3次元のローラーと吸引の組み合わせで、皮膚や皮下の脂肪層に直接働きかけ、セルライトをほぐしながら、リンパ液循環を改善、老廃物の代謝を促進していきます。
リンパや血液の循環を改善するため、代謝機能が向上し、落ちにくいセルライトなどを解消。
その結果、肌に張りが戻りきれいになる、更には太りにくくリバウンドしにくい体質へと導く、などの効果が謳われています。
米国FDA(食品医薬局)も「セルライトと局部脂肪のケアに効果がある」と認めているんだって。
“メスの要らない脂肪吸引”なんていう人も居ます。

正式にコースを申し込むと10回セットでお値段が嵩むもので、ちょっと腰が引けちゃいますが、
今だけお試しで2回体験出来るというので、トライしてみたという次第です。
施術の際は、肌への刺激を緩和するため、こんな専用スーツを着用します。

全身を覆うタイツ姿は、
まるで“もじもじくん”。。。
他人には見せられないわ~

コントローラーにはスイッチがたくさん。
専用ローラーも数種類あります。

皮膚の厚さや肌タイプなどによって、個々に強さや深さを細かく調整して施術するんだそうです。

施術はまず、うつぶせと仰向けで、それぞれ全身にローラーをかけた後、
希望の箇所に集中ケアをしてくれました。
shimaushiは、運動してもなかなかお肉が取れない内太腿をお願いしてみました。

ローラーの動きは複雑で、吸引して、もんで、ほぐして、というのを同時にやっていくので、
なるほど、これは人の手では無理だろうなという感じ。
集中箇所の内太腿は強めにやってくれたのか、少し痛かったけど「イタ気持ちいい」程度で、
全体的には痛みは皆無。
手の込んだマッサージという感じで、ホント気持ちよかった~

ちなみに、エンダモロジーの後は血行や代謝が良くなっているので、運動すると効果抜群!

しかし栄養の吸収もよくなってるので、施術後2時間くらいは食事すると却って太っちゃう?!

お水をしっかり飲んで、老廃物を排出するのがいいそうです。


2回体験を終えて、問題の内腿が細くなったかといえば、、、「世の中そんなに甘くない」
まぁ、何事も個人差があるし、これだけで簡単に痩せられるってわけじゃないけれど、
食事や運動をうまく組み合わせれば、効果が期待できるかもね?

雑司ヶ谷で会いましょう

2010-09-07 21:04:22 | 日本の日常
今日はアーバイン時代のお友達Rちゃんと“旧交を温める会”。
Rちゃんとご主人様には、アメリカ駐在中、ダンナともども本当にお世話になったのでした。
アメリカ時代のお友達とこうして日本でも引き続いてお付き合いができるなんて嬉しいこと!

東京メトロの雑司が谷駅で落ち合い、向かったのはRちゃん行きつけの和食屋さん。
Rちゃんには1歳になったばかりのCoちゃんが居るので、お座敷のあるお店です。
開店時間より早く着いてしまったけど、お店の人が快く中で待たせてくれたので助かりました。

Coちゃんとはこれが初対面ですが、人見知りしないタチらしく、すぐに打ち解けてくれました。
思えば、去年の4月にRちゃんがLAに“里帰り”した時以来の再会です。(→その時の記事
あの時、Coちゃんはまだお腹の中に居たのよね~
それがもう1歳!! はあぁ、時の経つのは本当に早いものですわ。。。
鰆の西京焼とまぐろ山かけ
なんと大振りなサワラくん!

ここはお刺身もお勧めなんだって。


さて食後は、Rちゃんのご自宅にお邪魔させていただきました。
通り沿いを2人でパラソル差してのんびり歩く。
目白という土地には、勝手に“お上品な高級住宅地”というイメージを持っていましたが、
雑司ヶ谷の辺りは、高級な中にも下町っぽさを残していて、心がほっこりする街という感じ。
暮らしやすそうでいい所だね、Rちゃん♪

お家に帰り着くと早々に、Coちゃんはお寝むに。。。
午前中、お昼寝してたところを宅急便屋さんに起こされちゃって、少し寝不足なんだとか
Coちゃんが寝付いたところで、我々はデザートタイムに突入~
手前のは私のお持たせで半熟カステラ

その奥はRちゃんお気に入りのバームクーヘンと、Rちゃんお手製の杏仁豆腐

おいしいお菓子達に舌鼓を打ちつつ、お互いや共通の友達や知人の近況を話したり、
駐在時代の思い出を話したりと、あっという間に時間が過ぎていきます。

ところで、今日おみやげに持参した旬風さんの室町半熟カステラ
最近テレビや雑誌で紹介されている話題のスイーツで、一度食べてみたかったんですよ
旬風 一期一会

 ※ホームページ→こちら
カステラには珍しいホール型で、中央部分はとろ~り半熟、外側はしっとりふわふわ。
濃厚な卵風味とやさしい甘さで、本来のカステラとは全く違った味わいのお菓子になってます。

他にもママンラトーナ(→HP)とかハレノヒ凹カステラ(→HP)なんかも有名らしい。
和テイストの味とか季節のフルーツを使ったもの等も展開していて、お取り寄せもできるから、
いろいろ食べ比べてみても面白いかな?

たっぷりおしゃべりして、しっかり旧交を温め直すことができました。
大満足
今度はこんなに間が空かない内に、また会おうね!

【おまけ】
帰る途中の新宿で見た青空。
そろそろ(ようやく)秋の気配?