
生贄の多くは子供であった。
昔々はドイツでもこの時期になると家畜や小さな子供達が失踪件数が増えたのだと言う話だが、この話の真偽はわからない。そんな事もあったかも知れない。
ところで、ハロウィンの夜は暖かなソファの上でくつろぎながら、カボチャパイを一切れとシナモンのきいたカカオを飲んでお話を聞くのがいいかもしれない。
誰が話してくれるかって?
一つも話を知らないって?
一つくらい話を暖めておいた方が身の為かも知れないね。
なぜならこんな話があるからね。
用意はいい?
今日はアイルランドのハロウィンの話。(註:翻訳後、多少の変更あり)
パディ エールンは度々リメリック領を旅する事があった。
道すがらあちらこちらで一晩の宿を借りていると、最初は親切そうな村人が次第に彼を歓迎しないようなそぶりを見せ始めた。
と言うのも、村人達は旅人をもてなす代りに面白い物語や歌を披露してもらい退屈な夜長を凌ぐつもりでいたので、彼にそんな術が無いと知ると相手にしなくなってしまったのだ。
ある晩、パディはうら寂しい野原の中の一軒屋のドアを叩いた。
ドアを開けたのは陰気で射抜くような目をした奇妙な男で
「おお、パディ エールン、よく来たな、入りなさい、そして暖炉の前にお掛け」と言った。
パディはあまりに驚き呆然として、一体何故男が自分の名前を知っているのか聞く事さえも忘れてしまった。
全てがなんだかとても奇妙だったのだ。
食事を終え、パディが与えられた寝場所でうつらうつらしていると間もなく、乱暴にもドアを突き破って、3人の男達が後ろ手に棺を引きずりながらずかずかと押し入ってきた。
パディは宿主を目で探したが例の男はどういうわけだかどこにも見あたらない。
「誰が棺担ぎを手伝うのかい?」といきなりその中の一人が言うと、他の2人が
「間抜けなことを聞くなぁ、決まってるじゃないか」
「そりゃあパディに決まってらぁ」
恐怖に震えながらパディはようやく立ち上がり男達を手伝って棺をかつぎ歩き始めた。パディが穴や茂みに足を取られるたび立ち止まると、ののしられ蹴っ飛ばされて、ようやくの事辿りついたのは、いかにも禍々しい雰囲気に包まれた墓地だった。
「誰が棺を塀の向こうに運ぶんだい?」とその中の一人が聞くと他の二人が
「間抜けな事を聞くな、決まってるじゃないか」
「そりゃぁ、パディに決まってらぁ」と応える。
パディは腕や足がバラバラになりそうになりながらも、何とか棺を塀の向こうに運び上げた。
「誰が墓を掘るんだい?」とその中の一人が聞くと他の二人が
「間抜けな事を聞くな、決まってるじゃないか」
「そりゃぁ、パディに決まってらぁ」
彼等はパディにスコップとシャベルを押し付けた。
墓穴がすっかり掘りあがると、又男達の中の一人が
「誰が棺を開けるんだい?」と聞く。
「間抜けな事を聞くな、決まってるじゃないか」
「そりゃぁ、パディに決まってらぁ」と他の二人が当然とばかりに返事をするのだ。
パディは気を失いそうになりながらも、地面に膝まづき螺旋を外して棺の蓋を開けた。
すると驚いたことに、あんなに重たかった棺の中は空であった。
「誰が棺の中に入るんだい?」
とその中の一人が質問すると他の二人は
「間抜けな事を聞くな、決まってるじゃないか」
「そりゃぁ、パディに決まってらぁ」と答えた。
彼等がパディを捕まえようと襲い掛かってきた瞬間、彼は既に走り始めていた。
塀を一っ飛びに越え野原を突っ切り、三人の男が追いつきそうになる度に、パディはありったけの力を振り絞って走り、なんとか逃げおおせたようだった。
しばらくして明るい光の漏れる窓を見つけた彼は大声で助けを求めながらその家の玄関にたどり着き、最後の力を振り絞ってドアがあくまで叩き続けた。
ドアがすっと開くと、そこにはなんと昨日の晩の陰気で奇妙な男が立っているのだ。
あまりの事にパディは気を失って倒れてしまった。
彼がようやく気がついて起きると外は既に明るく奇妙な男は台所で作業をしている。
パディは一刻も早くここを出ようと、どういうわけか昨晩の試練の跡形も見えない洋服を身につけた。
「まあ、お聞きなさい」と男は始めた。
「あんたが気の毒になってなあ。 一つの物語も歌も知らんお若いの。。だが今あんたは暖炉の前で披露する話が一つ出来たわけじゃ」
パディはそれに返事をせずに荷物を引っつかみ、走り出した。
できるだけ早くその家から離れたかったのだ。
かなり歩いてからバディが思い切って振り向くと、そこは何も無い野原が広がるばかりで、何頭かの牛が草を食んでいるのが見えるばかりだった。
バディは夢を見ていただけだって?
ちっとも怖くなかったって?
それじゃあもっと怖い取っておきの話の包みを開いてみようか。。。