高校時代の担任教諭が亡くなった。
教員という仕事を勧めてくださった方で、私にとっては恩師である。年賀状の電話番号を頼りに、奥様が電話をかけてきて、葬儀の日程を知った。
「〇〇先生が亡くなりました。お通夜は〇日、告別式は△日です。ぜひ参列をお願いします」
高校時代の友人にメールやラインで出席を促す。片手で数える程度の人数だけど、きっと何人かは来るだろう。
「都合がつかないので、申し訳ないけれど行かれません」
ありり。
送信直後から、こんな返事ばかりを受信した。彼女たちは知らせを受けてから、即「行かない」と判断したようだ。私とは距離感が違うのだと諦めた。
「しょうがないな、もう。私が代表で行ってくるか」
ブラックフォーマルと黒いバッグ、パンプスを用意して布団に入る。その夜は一度も目覚めず、ぐっすり眠れた。
「おはよう。昨夜、変なことがあったよ」
朝イチで妹からラインがきた。
「寝室の電気が、いきなりフッと消えて、私のスマホも電源が入らなくなっちゃった。元担任が亡くなったって言ってたでしょ。それじゃない?」
うりょりょ。
霊感ゼロの私は何もキャッチできず、霊感の強い妹がとばっちりを食ったようだ。わははは。いったい、何でそっちに??
さて、恩師の葬儀はさいたま市の一角で行われることになっている。大宮か北浦和からバスが出ているので、それを利用することにした。最寄りのバス停から葬儀場までは徒歩5分とあるが、通夜開始の18時には余裕で間に合うよう、17時40分に到着するバスに乗った。
「あれ、真っ暗だ……」
バス停を下りると、すっかり日が暮れている。街灯もまばらで、予想以上に見通しが悪い。てっきり、葬儀場の看板があって、矢印で進行方向がわかるものだと思っていたが、そんなものは見当たらなかった。
「こっちかな」
地図を片手に進んでみる。民家はなく、辺りは背の高い草ばかりが生えていた。
「違うみたい。反対に行ってみよう」
スマホを片手に行ったり来たりして、実に怪しい人になってしまったが、とがめる人影すら存在しない。このエリアには私ひとりしかいないのだろうか?
「あった、あった。こっちだ」
ようやく葬儀場の看板を見つけた。ホッとして矢印の通りに歩いたものの、時計を見たら5時55分になっている。はたして間に合うのか?
「ひええええ」
先ほどのノロノロウロウロから一転して、小走りになった。後ろから車が1台、私を追い越していっただけで、依然としてまったく人気がない。だが、「何か出てきそう」などと考えるゆとりはなく、ひたすら「急げ急げ」と焦っていたので、特に気に留めなかった。
ようやく、広い通りに出た。左に行くと「霊園」となっていて、並ぶ墓石が目に入った。私が目指しているのは会館であって墓場ではないはず。「もうちょっと先かしら」と素通りしたら、別の施設になってしまったので引き返す。会館は霊園の奥にあった。
「もう、先生ったら、こんなわかりづらい場所を選んで。何分歩かせる気なのよ、キイ~ッ!」
だんだん腹が立ってきた。そういえば、恩師はそういう人だった。マイペースゆえに、周りの人を怒らせることは多々あったが、ご本人はいたって温厚なのだ。一度も怒った顔を見たことがない。その代わり、他の先生から叱られる姿は何度も見た。最後まで、そういう星の下に生まれたのだと気づき、急におかしくなってきた。
会館入口の、恩師の名が書かれた看板を見つけたときには、体中の力が抜けそうなくらい安心した。すでに読経が始まっている式場に案内され、焼香台に進む。
遺影の先生は、やはり笑っていた。白い歯を見せて、ニカッと笑っていた。つられて私も口角を上げた。この方を送るのに、涙は似合わない。「何十年かしたら、お前も来るだろ? 待ってるぞ」なんて言いそうだと思った。後ろを振り返らない先生だった。「未練」や「後悔」を連想させる言動はひとつもなく、いつも前だけを見ていた。この世でやり残したことがあっても、きっと「次に生まれ変わったときでいいよ」と余裕をかますだろう。
ハンカチを目に当てている参列者はほとんどいない。みなさん、よくわかっていらっしゃる。
旅行の好きな先生だった。国内から国外まで、年に何度も家を空けたと聞く。焼香台の脇に、旅行中の写真や旅先でのスケッチが飾られていて、誰もが温かな視線を向けていた。
ご冥福をお祈りいたします。
和んだ気分で会館を出る。あとは、バス停に戻るだけだ。相変わらず人気がない道は、ヒールの音がひときわ響く。だが、なぜか踵が痛い。靴擦れしたようだ。
「うっそ。2年間、一度も靴擦れしたことないのに、なんで?」
焦って慣れない道を急いだせいだろうか。道端には、ススキのような植物が延々と続いている。ここに出るなら幽霊ではなく、キツネかタヌキであろう。いや、ちょっと頑張れば、ハクビシンでも人を化かせるかもしれない。

「なんだ、こんな靴。こうしてやる」
血のにじんだ左足で、パンプスの踵を踏みつける。こうすれば痛くないのだ、まいったか。
ようやく、センターラインのある太い道に出た。ここがバス通りだ。さて、右だったか、左だったか。またもやウロウロと、バス停を探してさまよい始めた。
「見ぃつけた~」
何とかバス停にたどり着いたのだが、ちょっとおかしい。降りたバス停と違う名前が書かれているではないか。
「えっ、でも大宮と北浦和には行くし、間違ってないよね」
よく見ると、行きのバス停よりひとつ手前である。さまよう間に、ひと区間歩いてしまったようだ。
「クソッ、やっぱり化かされた」
とは言ったものの、私はウルトラ方向音痴。
化かされる前に、オウンゴールを決めちゃった?

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「いとをかし~笹木砂希~」(エッセイ)
「うつろひ~笹木砂希~」(日記)
教員という仕事を勧めてくださった方で、私にとっては恩師である。年賀状の電話番号を頼りに、奥様が電話をかけてきて、葬儀の日程を知った。
「〇〇先生が亡くなりました。お通夜は〇日、告別式は△日です。ぜひ参列をお願いします」
高校時代の友人にメールやラインで出席を促す。片手で数える程度の人数だけど、きっと何人かは来るだろう。
「都合がつかないので、申し訳ないけれど行かれません」
ありり。
送信直後から、こんな返事ばかりを受信した。彼女たちは知らせを受けてから、即「行かない」と判断したようだ。私とは距離感が違うのだと諦めた。
「しょうがないな、もう。私が代表で行ってくるか」
ブラックフォーマルと黒いバッグ、パンプスを用意して布団に入る。その夜は一度も目覚めず、ぐっすり眠れた。
「おはよう。昨夜、変なことがあったよ」
朝イチで妹からラインがきた。
「寝室の電気が、いきなりフッと消えて、私のスマホも電源が入らなくなっちゃった。元担任が亡くなったって言ってたでしょ。それじゃない?」
うりょりょ。
霊感ゼロの私は何もキャッチできず、霊感の強い妹がとばっちりを食ったようだ。わははは。いったい、何でそっちに??
さて、恩師の葬儀はさいたま市の一角で行われることになっている。大宮か北浦和からバスが出ているので、それを利用することにした。最寄りのバス停から葬儀場までは徒歩5分とあるが、通夜開始の18時には余裕で間に合うよう、17時40分に到着するバスに乗った。
「あれ、真っ暗だ……」
バス停を下りると、すっかり日が暮れている。街灯もまばらで、予想以上に見通しが悪い。てっきり、葬儀場の看板があって、矢印で進行方向がわかるものだと思っていたが、そんなものは見当たらなかった。
「こっちかな」
地図を片手に進んでみる。民家はなく、辺りは背の高い草ばかりが生えていた。
「違うみたい。反対に行ってみよう」
スマホを片手に行ったり来たりして、実に怪しい人になってしまったが、とがめる人影すら存在しない。このエリアには私ひとりしかいないのだろうか?
「あった、あった。こっちだ」
ようやく葬儀場の看板を見つけた。ホッとして矢印の通りに歩いたものの、時計を見たら5時55分になっている。はたして間に合うのか?
「ひええええ」
先ほどのノロノロウロウロから一転して、小走りになった。後ろから車が1台、私を追い越していっただけで、依然としてまったく人気がない。だが、「何か出てきそう」などと考えるゆとりはなく、ひたすら「急げ急げ」と焦っていたので、特に気に留めなかった。
ようやく、広い通りに出た。左に行くと「霊園」となっていて、並ぶ墓石が目に入った。私が目指しているのは会館であって墓場ではないはず。「もうちょっと先かしら」と素通りしたら、別の施設になってしまったので引き返す。会館は霊園の奥にあった。
「もう、先生ったら、こんなわかりづらい場所を選んで。何分歩かせる気なのよ、キイ~ッ!」
だんだん腹が立ってきた。そういえば、恩師はそういう人だった。マイペースゆえに、周りの人を怒らせることは多々あったが、ご本人はいたって温厚なのだ。一度も怒った顔を見たことがない。その代わり、他の先生から叱られる姿は何度も見た。最後まで、そういう星の下に生まれたのだと気づき、急におかしくなってきた。
会館入口の、恩師の名が書かれた看板を見つけたときには、体中の力が抜けそうなくらい安心した。すでに読経が始まっている式場に案内され、焼香台に進む。
遺影の先生は、やはり笑っていた。白い歯を見せて、ニカッと笑っていた。つられて私も口角を上げた。この方を送るのに、涙は似合わない。「何十年かしたら、お前も来るだろ? 待ってるぞ」なんて言いそうだと思った。後ろを振り返らない先生だった。「未練」や「後悔」を連想させる言動はひとつもなく、いつも前だけを見ていた。この世でやり残したことがあっても、きっと「次に生まれ変わったときでいいよ」と余裕をかますだろう。
ハンカチを目に当てている参列者はほとんどいない。みなさん、よくわかっていらっしゃる。
旅行の好きな先生だった。国内から国外まで、年に何度も家を空けたと聞く。焼香台の脇に、旅行中の写真や旅先でのスケッチが飾られていて、誰もが温かな視線を向けていた。
ご冥福をお祈りいたします。
和んだ気分で会館を出る。あとは、バス停に戻るだけだ。相変わらず人気がない道は、ヒールの音がひときわ響く。だが、なぜか踵が痛い。靴擦れしたようだ。
「うっそ。2年間、一度も靴擦れしたことないのに、なんで?」
焦って慣れない道を急いだせいだろうか。道端には、ススキのような植物が延々と続いている。ここに出るなら幽霊ではなく、キツネかタヌキであろう。いや、ちょっと頑張れば、ハクビシンでも人を化かせるかもしれない。

「なんだ、こんな靴。こうしてやる」
血のにじんだ左足で、パンプスの踵を踏みつける。こうすれば痛くないのだ、まいったか。
ようやく、センターラインのある太い道に出た。ここがバス通りだ。さて、右だったか、左だったか。またもやウロウロと、バス停を探してさまよい始めた。
「見ぃつけた~」
何とかバス停にたどり着いたのだが、ちょっとおかしい。降りたバス停と違う名前が書かれているではないか。
「えっ、でも大宮と北浦和には行くし、間違ってないよね」
よく見ると、行きのバス停よりひとつ手前である。さまよう間に、ひと区間歩いてしまったようだ。
「クソッ、やっぱり化かされた」
とは言ったものの、私はウルトラ方向音痴。
化かされる前に、オウンゴールを決めちゃった?

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