そらまめ日記・猫と暮らす会(猫とクラス会)

静岡県浜松市を拠点に、人と猫とが上手に暮らせることを願い
共生をテーマに自分なりの言葉で日々を綴っています

クロちゃん☆またね

2018-09-26 21:31:05 | 旅に出た猫たち犬たち
わたしの手元にたどり着いた小さな小さな命。


保護した方がクロちゃんと名づけてくれた女の子です。




そのクロちゃん、がんばっていたのですが25日の未明


ついに力尽きてしまいました。


一時は120グラムまで体重も増えたので、


もしかしたらこのまま順調に育ってくれるのかなと思ったのですが・・・。




まだ目も開いていなくて、この世界を見ることはありませんでした。


母猫が連れて行った2匹の子猫のうちもう1匹も飼育放棄されていて


クロちゃんが逝ってしまう前日に、一足先に息をひきとったそうです。


2匹いっしょの旅立ちとなってしまいましたが・・・・。


本当に残念です。




今の時期は、朝夕の冷え込みもありますから、そしてそれは小さな子猫にとっては本当に深刻なことです。


知らないところではたくさんの命が消えていってるんだろうと思います。


手術を、ともかく繁殖を制限するには避妊去勢の手術をしていくしかありません。


みなさん頭の中ではわかっていても、では実際目の前に野良猫が来たとしても


なかなか実行には移してくれません。


でも、死んでいくのはかわいそうだとか、殺処分はひどいとか


そんな風にだけは言うのです。


言うはやすし、行うは難し・・・・なんでしょうか。


生まれたての仔猫を育てきるのは避妊去勢をすることより、もっともっと大変です。


産ませないことが、本当に大切なことなんです。



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P助君☆マリンちゃんといっしょだね

2018-07-24 10:33:49 | 旅に出た猫たち犬たち
2017年の4月4日


春とは言えまだ寒さの残る日に、餌をあげていて産ませたのに、


野良猫の子だと偽って引き取りに出されたキジトラ3匹。


迎えに行ったとき怯えた目でこちらを見ていました。




殺されるかもしれない恐怖は、こんな幼い子猫たちにだって充分あるわけです。


もう大丈夫だよって抱き上げて、その年預かりスタッフさんに名乗りをあげてくれたS子さんに託しました。


初めての預かり子猫たちです。


サクラ・いちご、そしてルイ君と名づけて育児がスタートしました。


順調に育ち、おかげで佳き縁にも恵まれました。


男の子のルイ君は同年4月30日、P助君という新しいお名前をもらってTさん宅に迎えていただきました。


大切に大切に育ててくださっているのが、お便りをいただくたびに伝わってきました。


今春、他市のボランティアさんからマリンちゃんという可愛い女の子を迎えられました。




P助くん、マリンちゃんをたいへん気に入って可愛がり、仲良く過ごしていたのです。






そのマリンちゃんが、今年6月11日、FIPで逝ってしまったのです。


そして、P助君自身もそれから食欲不振となり、まるで後を追うかのように7月18日の夜


天に還っていきました。


まさにマリンちゃんと同じ病気でした。


ご主人の帰宅を待ち、パパとママに看取られての旅立ちでした。


新しい子猫たちを迎えてくださっていたのですが、1階と2階に住み分けしていて


元気になったらみんなでご挨拶と考えていたそうですが・・・。


最後の日に、2匹の子猫たちのところにおぼつかない足取りで降りて行き


亡くなったマリンちゃんの使っていたキャリーで眠っていたそうです。


猫って不思議な力がありますから、P助君はいろんな想いをこの日に果たしたかったんでしょうね。


2匹の子猫には、パパとママをよろしく頼むよって言いたかったんだと思います。


P助君のことを本当に大事に大事に思ってくれたおふたりのこと、これからのこと、とっても心配していたと思います。


それでも、どうしてもマリンちゃんのところに行きたかったのかな。






前世も現世も来世もいっしょだと約束していたのかもしれませんね。




いつも、またねって見送りますが・・・。


今回ばかりは、マリンちゃんときっと今頃再会を果たしたP助君を


カッコいいよって誉めて空を見上げようと思うのです。




2匹でいっしょの空から、パパとママのこと見守ってあげてね。






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おりちゃん☆また戻っておいで

2018-07-23 00:31:31 | 旅に出た猫たち犬たち
7月18日の朝、それまで懸命にがんばっていたおりちゃんが天に還っていきました。


6月11日に、処分ありきで持ち込まれた小さな可愛い3匹の子猫たち。




おりちゃんは一番小さくて、なかなか体重も増えなくて、預かりスタッフのMEGUさんがあの手この手で育てていました。




少しづつですが体重も増えて、わたしたちはその成長を楽しみにしていました。




でも幼い子猫は、少しのことであっという間に容体が急変します。


下痢をしはじめ、虫が出たのが引き金になったのか、元気がなくなってしまったのです。


点滴をしたり、薬を飲ませたり・・・おりちゃんは先生にもお願いして入院したり


できることは何でもしようと思い手を尽くしました。


MEGUさんも、死なせたくないと必死でした。


途中、復活したかに見えたときもあり、食事ができるようになったのですが一瞬でした。




おりちゃんは、ひどい胃腸障害を引き起こしていたようです。


炎症を抑える抗生剤が効く前に、急降下で落ちる体重。


持ちこたえるだけの体力がありませんでした。


亡くなる前夜、やれることがもう残っていないと連絡が来ました。


そして・・・・逝ってしまった朝は、MEGUさんと娘さんとで代わるがわる抱きしめていたそうです。




旅立つ瞬間に、ぬくもりを感じながら逝ける子たちばかりではありませんから


残念だけれど、おりちゃんがんばったねと見送る以外ありません。


この旅立ちを誰が決めたのかと思う哀しみに、泣きながら耐えるしかない時間。


7月は天の川で織姫と彦星が年に一度の再会を果たすと言われています。


もしかしたらおりちゃん、本物の織姫だったのかな・・・。


幼子を見送るときは、そんな風に思わないといてもたってもいられないことが多いです。


家族みんなでお花を飾り、斎場に連れて行ってくれました。




助けたいと頑張った人たちに見送ってもらえて、おりちゃんの心は


静かに穏やかに旅立てたと思います。


MEGUさん、帰っておいでって願ったそうですから、きっと戻ってくるんだろうと思います。


そうしたら、またやり直そうね。


小さな体で、最後まで頑張ってたおりちゃん。


今度は、元気な身体で戻っておいで。


きっと、おりちゃんとまた巡り合えると信じて、今は冥福を祈ろうと思います



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アルマ君☆またね

2018-07-11 11:18:52 | 旅に出た猫たち犬たち
7月1日・・・思いもよらない報告を受けました。


アルマ君を担当していたスタッフさんからのものです。


アルマ君が、入院先の病院で亡くなったというのです




数日前から体調を崩して、通院していたのですが容体は回復できず


ついに入院となり、その時点ではじめてアルマ君の様子が良くなかったことを知った私たちでした。


そしてまさかその翌日に、こんな悲しい知らせを聞くことになるなんて。


驚きと、いったい何が原因でと・・・わからないことだらけでした。


よくよく考えれば、それも今となってはなのですが、


駆虫薬のアレルギーではなかったのかと・・・。


首筋に添付する薬剤で、毛が抜けることや多少食欲が落ちることは今までにもありましたが


まさかそのまま下痢がひどくなり亡くなってしまうなんてことはなかったのでそうではないのかもしれませんが、


他にこれと言って思い当たることもないと飼い主さんはおっしゃるのです。


6月16日の正式な譲渡日から、順調に体重も増えて、元気いっぱいでした。


飼い主さんご家族もいたたまれない気持ちだと思います。


新しい家を購入して、希望の理想の子猫に巡り合って、それがアルマ君だったのです。


1キロに満たない子猫は、何が起きてもおかしくないのかもしれません。


暮らす会の預かりスタッフさん2軒を経ての譲渡でしたから、こちらもまた


悲しいお別れを聞かされることになり、どう飲み込んだものか困惑するばかりでした。


手塩にかけた子の訃報ほどつらいものはありません・・・。


5月21日に処分でもいいと持ち込まれた命。


スタッフさんのひとりが、どうしてもどうしても助けてあげたいと連れ帰った子です。




暖かい家族にたどりつくことができました。


姉妹のマフちゃんもいっしょでした。




可愛い名前、楽しいひと時を過ごせたことを良しとして、がんばったアルマ君をほめてあげたいと思います。






アルマ君が、アルマ君として天に還れたことは何にも代えがたいことだと思います。


あとから見せていただいた動画で、


アルマ君はママに何度も何度もお名前を呼ばれていました。




忘れることのない記憶として魂に刻み込まれたと思うのです。




だから・・・今は少しの間お別れです。


また、戻っておいでアルマ君。




ママたちはきっと君のことがわかるはずだから、またおうちにおいでって言ってくれるよ。



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ムギ君☆またね

2018-06-27 22:58:37 | 旅に出た猫たち犬たち
会の子猫のポーを見送った日6月22日のことです。


スタッフのNorikaさんからラインが来ました。


GW明けに譲渡したムギ君が、FIPかもしれないという内容です。




かかりつけの病院を受診して、そういわれたとのことです。




ムギ君は、今年の3月22日にとある公共施設の玄関先に段ボールで7匹まとめて棄てられていた子猫です。


防犯カメラに犯人は写っていないものかと、本当に腹立たしく思ったものです。


うち2匹を連れて帰りました。


2日後、別の方からうまく育てられないということで1匹が移動し3匹。


そして、その4日後、1匹で泣いていたミルクの子が加わり4匹一緒に子育てがはじまりました。


今年、わたしにとっては初のミルク飲みでした。




順調にミルクを飲む2匹を会のスタッフココちゃんママに移動し、風邪気味の小さい2匹を手元に残しました。



さんちゃんとゆうちゃん。


うまくミルクが飲めなくて、しばらくたつと鼻からカテーテルを挿管しミルクを与えていました。




風邪がなかなか治らなくて、薬も変えました。


1カ月近くお世話していましたが、MEGUさんのお宅に移動。


離乳食などをはじめてもらうことになりました。


そのころには、風邪ひきの症状もおさまって順調に遊び、食べ、甘える可愛い子に育っていました。



さんちゃんとゆうちゃんの2匹で新しいお家が決まればいいなぁと思っていました。


GW前に、NORIKAさんのところに移動し、次に参加した譲渡会で声をかけてもらうことができました。


夢見ていた2匹いっしょです。


しかも、希望してくれたのはリンちゃんという会から譲渡している猫がいるおうちです。


大切にしてもらえるのがわかっていたので、願ったりかなったりのご縁に感謝しました。


リンちゃんとも打ち解けて、母子みたいな写真もいただきスタッフ一同、大感激でした。








まさかの連絡にとまどいましたが、詳しい内容を確認したくて


受診してくださった先生にすぐにお話をうかがいました。


やはりかなりよろしくないという内容で、肝機能もやられていて黄疸も出ているとのこと。


あぁもう時間がないと思ってから間もなく、ムギ君が亡くなりましたという連絡です。


頭の中が真っ白になってしまいました。


浮かんでくるのは、可愛らしかった幼いころ、ミルクを必死で飲んでたあどけない姿です。




里親さんの驚きや戸惑いを思うと、自分がへこんではいられないと


何とか気持ちを奮い立たせようとしましたが、涙をこらえるのが必死でした。


みんなに連絡し、担当スタッフさんに里親さんのフォローをお願いし


お花の注文をしましたが・・・・。


助けても助けても逝ってしまう現実が、本当に怖くて、


何が起きているのかと考えもまとまらない時間が過ぎていきました。


でも3日過ぎて里親のIさんとお電話でお話することができました。


最後は腕の中で抱きしめてくれていたこと。


オシッコももらしていたけど、気にしないで抱いていてくださったこと。


可愛がってくださっていたこと。


本当はわたしが慰める立場なのに、そういうお話を伺うことができて


ムギ君が幸せな時間を過ごせていたことがわかり、こちらが慰められてしまった気がしました。


先に亡くなったアメちゃんと骨つぼを並べて置いてくださったそうです。


それなら、淋しくないですね。


幸せな時の中で旅立てたのです。


天命をまっとうしたムギ君、わたしなんぞがとやかく言う話ではありません。


本当に最後までよくがんばりましたね。


また、いつか会いたいです。



今は、静かにおやすみなさい。


ふと気が付いたんですが、3月22日に助けて、6月22日に見送る。


猫の神様が3カ月、この世で生きる時間を与えてくださったんでしょうか。


22日にゃんにゃんの日・・・偶然にしては、粋なはからいだと思わずにはいられません。




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がんばったね☆ポー

2018-06-27 11:21:32 | 旅に出た猫たち犬たち
どうにもこうにも悲しくて、やりきれなくて


なかなかポーのことをお知らせできないでいました。


6月21日の木曜日の早朝、ポーは天に還って行きました。


この子は黒白でお鼻の真ん中の黒いマークが特徴の、愛嬌たっぷりの男の子です。


5月2日のGWの真ん中で、粗末な段ボールに入れられて、公共施設の入り口に堂々と捨てられていました。


まだ朝はかなり冷え込む時期でした。


警察が遺棄として扱ったのですが、箱の中では6匹の子猫たちが瀕死の状態でした。


2匹は仮死状態・・・・残念ながらそのまま息を引き取りました。


残る4匹も、いつ亡くなっても不思議ではないほどの状態です。


子猫真っ盛りの時期、わたしのところにもまだまだ気の抜けない仔猫たちがたくさんいました。


でも・・・そのままにすることができなくて、連れて帰ることにしました。




到底自力でミルクを飲める状態ではなく、口にカテーテルを挿入しミルクを少しづつ流し込むという


正直気の遠くなるような育児がはじまりました。


飲み足りない分は、点滴をしてしのぐ以外なく、それでも何とか生きてほしくて、


幸せに成長した姿を思い描き、がんばれがんばれと励ましながらの毎日でした。


中でもポーと名づけられたこの子が、いちばん育つのが遅くて心配事も多かったです。


117グラムからスタートしました。


5月11日、ようやくポーが目を開けました。


産まれて初めて世界を見た日です。


だいぶ落ち着いてきたこともあり、次のスタッフNさんに移動をすることができました。



ここからは、離乳食や社会性を身に着けるためのお世話が始まりました。


ベテランNさんのお宅で、もはや何の心配も感じられないほど、みんなスクスクと育ってくれていました。


ホームページ用の写真撮影もしてくれました。




乳飲み子からの子たちなので、人間を親と思っているようでした。


家族みんなで可愛がってもらいました。


それでもポーがどことなく何でもゆっくりでみるい感じだとの感想でした。


その後、譲渡会参加を控えて、S子さん宅のお世話になることに。




元気いっぱいの4ひきでした・・・・のはずでした。


なんとなくお腹の調子が悪い?みたいな感じで、ポーの体重が少しづつ減っていくのです。


食べているのになぜ?


受診もしてお薬ももらっていたので、譲渡会にも参加しました。


なんと、兄弟の中でポーに声がかかりました。


この子をうちに迎えたいですと。


その希望者さんのためにも、ポーの体調をしっかり治さなくてはと毎日のように受診しました。


持ち直してこないので、いろいろ詳しく検査をすることになりました。


そして、わかったのが極度の貧血。


白血球を自力で作ることができていないのです。


先天性なのか、他の要因なら抗生剤でたたくことができないのか、先生といろいろ思案していたのですが


そうこうしているうち、あっという間にポーは亡くなってしまったのです。




弱っていくポーを毎日病院に連れて行ってくれたS子さん。


シーツを下痢の便で点々と汚してしまっても、まったく動じることなくお世話を続けてくれました。


本当にありがたかったです。


そのS子さんに、万が一の時はポーを看取ってもらうことになるかもとお話もしました。


でも、今にして思うと不思議な行動をわたし自身がしていました。


亡くなる前日に、急にNさん宅にポーを移動しようと思い立ったのです。


Nさんもポーのお世話をしたいと快諾してくれました。


土砂降りの雨の中、数人のスタッフさんが集まりました。


ミルク飲みの仔猫の移動もあり、シリンジで子猫にミルクをあげるやり方をレクチャーしていたら


すぐ脇のキャリーにいたポーが起き上がり、泣いたのです。




わたしは、手元にいたときと同じようにポーにも細いシリンジでミルクを少し飲ませました。


わたしを見上げたポーの顔、忘れることはできません。


そして、Nさん宅に移動したポーは・・・・翌日息を引き取りました。


ポーは、たぶんきっと世話になったみんなに挨拶をしたかったのかなと思えるのです。


猫って不思議な力を持っていますから(とわたしは信じているので)


最後の挨拶をするためにあの日でなければならなかったんでしょう。


結局、原因不明の病気です。


1キロを超えて、もう大丈夫かと思った矢先の出来事です。


できることなら、大きく成長した姿を見せてほしかったですが・・・・。


でも、楽しいこと美味しい物、いたずらすること、いろんなことを少しだけどやれたかな。


Nさんとポーを見送った日は、青い空がどこまでも広がっていて


陽気なポーが還っていくにはぴったりだったと思います。




また、帰っておいで。


元気な身体をもらって帰っておいで。


手塩にかけた子を見送るのは、苦しくてつらいですね。






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アート君☆またね

2018-06-18 00:01:33 | 旅に出た猫たち犬たち
6月11日の月曜日。


3兄弟姉妹の茶白のアート君が逝ってしまいました。




前日の日曜日の午後からなんとなく様子がおかしくなり・・・呼吸が荒くなっていきました。


翌朝、すぐに受診して骨髄点滴をしてもらって酸素室に入れてもらいましたが


時すでに遅し・・・でした。




小さな命は天に還っていきました。


何が何だかよくわからないままですが・・・いろいろありすぎて


この子の身に起きたサインを見逃したわたしのせいですね。


6月5日に連れて帰ってきたとき、185グラムでした。




この大きさがあれば絶対育つと過信していました。


219グラムまで育ちましたが・・・そこで終わりにさせてしまって、頭の中が真っ白です。


めいちゃんを見送った直後、こんなことが起きて


正直、本当にいろいろすべてが嫌になってしまいました。


わたしに泣かれたって、泣きたいのはこの子の方だったはずです。


幼い子をこんなに苦しませてしまって・・・。


現実逃避、自己嫌悪、自暴自棄


いろんな言葉が頭の中をぐるぐるしていました。


とりあえず、落ち着いてまずはアート君をしっかり見送らなければと。


お花を買って、きれいに飾って、御線香を焚きました。



がんばって生きたこの子を、嫌な自分で見送ったらもっとこの子は苦しむだろうと


何とか気持ちを切り替えて・・・・いつもどおりを続けました。


きっととびきりのイケメン君に成長しただろうと思います。


ごめんねとしか言えなくて、ほんとに情けないです。




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めいちゃん☆また会おうね

2018-06-17 23:57:01 | 旅に出た猫たち犬たち
実は先週の6月9日土曜日。


わが家の・・・というか私のと言った方がきっと納得の、黒白はちわれのめいちゃんが旅立っていきました。


朝の7時14分のことでした。


ミルク飲みや体調不良の子猫たちで満員御礼のわが家ですから、めいちゃんのことが気になりながらも


ずっといっしょに過ごしてあげることができなくて・・・・。


それでも、亡くなる前数日間は猫部屋に布団を持っていってめいちゃんのそばで休んでいました。


出かける前は必ず声をかけ、苦しいなら待ってなくていいよって言いました。


めいちゃんありがとう、愛してるからねと何度も話しかけました。


終わりの時が近いのはわかっていたので、めいちゃんが苦しまないことだけを祈っていました。


慢性腎不全。


痩せてご飯も食べられなくなり・・・痛々しい体つきになっていくのを見るのは本当につらかったです。




でも、めいちゃんはあいかわらず可愛らしくて。


この子には、本当に私が精神的に落ち込んでいたとき、たくさん支えてもらったので、


いなくなってしまうなんて考えただけで苦しかったです。


でもはじまりがあれば終わりも来ますから、ちゃんと見送ってあげなければと思っていました。


8日はひどい土砂降りでしたが・・・雨の気配を感じながら、たぶんもうすぐだなぁって。


朝までめいちゃんをさすったり手をつないだりして過ごしていましたが、


ちょっと息苦しそうになり、その後は静かに逝ってしまいました。


めいちゃん・・・。


抱き上げて名前を呼んだら、急にこみあげてくるものを抑えられなくなって。


小さな子供みたいにわんわん泣いてしまいました。


過呼吸になりそうなくらい泣けて泣けて・・・しばらく止まらなくなってしまいました。


めいちゃんのこと、ほんとにほんとに大好きで大切で、たくさんいろんなものをもらってきたから


もう会えないのかと思うと、たまらなかったです。


おかしなものです。


逝ってしまうのがわかっていたのに、いざ逝ってしまったら・・・そのむなしさは


準備していたよりずっとずっと大きかったです。


1.7キロになってしまった小さな体、その痩せた体を丁寧に洗いました。


がんばっていたのがよくわかりました。


5月生まれだからめいと名づけました。


慢性腎不全を告げられたのはもう3年くらい前のことです。


点滴を続けながらの生活を、めいちゃんはがんばってくれました。


リノベーションで引っ越しの時、どうしてもめいちゃんと新しい家に戻って来たかった。




3月に戻ってこれたら、今度は5月まで持ちこたえてほしくなってしまいました。



15歳をいっしょにお祝いしたかったから。


そして15歳を迎えたら、次の欲がどんどん出て来たけど、弱っていくめいちゃんにはわたしのそんな願いは


迷惑なだけだったかもしれません。




先に旅立った仲間たちがきっと迎えにきてくれてたと思います。




紫陽花の花がきれいな季節。


派手じゃないけど存在感のある美しい花の季節に旅立つなんて、めいちゃんらしいかなと思います。


めいちゃんの声がしない部屋やめいちゃんの気配のない部屋にまだまだ慣れない私だけど


顔をあげてがんばらないとね。


今はいっとき離れても・・・・必ずまた会おうね。


めいちゃんにいつかまた会って、いろんなことを聞いてもらおうと思います。


元気だったころの愛くるしいめいちゃんをたくさん載せておきます。










めい♡大好きだよ




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手術後の急変

2018-06-10 09:27:22 | 旅に出た猫たち犬たち
先週の木曜日の夜9時過ぎ


某病院の先生から連絡をいただきました。


当日手術したオス猫が手術後亡くなったという連絡でした。


術中の様子、その後覚醒してからのことなどお話を伺いました。


たぶん、推察ですが元々心臓に何らかの問題があったと思われます。


術中の心電図の波形も、通常の子とは異なっていたため、施術も急いで取り行い


術後もかなり様子を見て下さっていたようです。




元気に見えても心臓の問題などがあると、こういうこともおこりえるので


残念ではありますが、本当に残念ではありますが、いたしかたないです。


担当してくれたスタッフさんを通じて相談者さんにきちんとことの経過をお伝えしてほしいと連絡を入れました。


相談して下さった方も、こういう結果ではかなりがっかりされると思うのですが・・・。


がんばって引き続き子猫たちの保護を、やれる限り試みてくださるとのこと。


ありがたいことです。


翌日、別の若いスタッフさんたちが、この子の亡骸を引き取りに行ってくれました。


きちんとお花を入れて斎場会館に運んでくれました。



悼む気持ちで見送れる心優しい若者たちがいることに、どこかほっとさせられます。


もし生まれ変わってくるのなら、家猫として生まれてこられたらいいと思います。


今は静かに冥福を祈ろうと思います。


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ルナちゃん☆またね

2018-06-07 05:32:56 | 旅に出た猫たち犬たち
5月31日・・・ちょうど1週間前ですが、ルナちゃんが空に旅立っていきました。




ルナちゃんは、飼い主さんが高齢で入所し身内が飼えないと、殺処分に連れて来られた猫です。


当時、14~15歳くらいとかって言ってたような気がします。


連れて来た身内は、平気だったんでしょうね。


そら恐ろしくて鳥肌が立ったことを覚えています。


高齢で、本当ならそれで終わりでもおかしくないのですが・・・。


おうちの一角にそういう猫なら席を用意するよと連れ帰ってくれたのが、やはり今は亡きさくらちゃんのママでした。


手のかかる小さな子は難しいけれど、年老いた余命いくばくかの猫なら


看取ることができると引き受けてくれたのです。


ルナちゃんは昨年3月に迎えられましたから、約1年と2か月を過ごしたことになります。


痩せて栄養不良気味のルナちゃんが、最後は幸せな家庭生活を送り普通の猫として逝くことができました。




可愛い子でお膝が大好きで、寝るときも一緒だったと聞いています。






こんな幸運な子は、日本中でも数は少ないのですが・・・でも、こういう猫や


こういう子ならお世話するよって人が、これからの時代どんどん増えてくれたらいいのになぁと思います。




本当の年齢は不詳のままですがたぶん15歳か16歳ぐらいじゃないかと思います。


定かではないことばかりですが、穏やかに過ごせて、人に愛されて、またよくなついて・・・。




幸せな最期だったと思います。




ルナちゃんのありがとうが聞こえてきそうです。




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からし君☆よく頑張りました

2018-05-23 09:57:01 | 旅に出た猫たち犬たち
5月20日の日曜日


まさに風薫るという言葉がぴったりの日でした。


16時24分、小さな小さな命が天に還っていきました。


当日の朝はしっかりミルクも飲めていたのですが、時間の経過とともにぐったりして


午後には熱が出て呼吸も乱れてしまいました。


補液もしたのですが・・・。


もうだめなのかなと感じてずっとそばについていました。


5月16日、胎盤が大きくついたまま箱に入れられて処分に出されました。


その時点でミルクも飲めなければ、すでに亡くなってもおかしくない状況でした。


誰も、すぐにでも死んでしまいそうなこの子たちを連れ帰る人などいません。


それなら、せめてわたしの家で最期を迎えさせようと思い連れて帰ってきました。


すぐにお名前もスタッフさんがつけてくれました。




からし君、もう1匹はうるし君。


105グラムの小さな体で、一生懸命呼吸して一生懸命泣き声をあげています。


お母さんを探しているのでしょう。




1回に2ccぐらいしかミルクも受け付けないので、これまた2ccの点滴をしながら過ごしました。


2時間半か3時間しか間がなくて、時間と時間の間で日々の生活をこなすことになりましたが


生きるこの子のサポートができるのは、今は私しかいません。


いけるとこまで付き合うと決めて、・・・でも心のどこかでは復活すると信じてのお世話です。


あたたかくて気持ちのいいふかふかの寝床、無理やりかもしれないけどお腹もいっぱいにしました。


脱水もない状態でした。


今やれることはすべてやったと思います。


からし君のために天が用意してくれた現世での時間は5日間でした。


5日の間に140グラムまで体重も増えました。


目を開けるのが楽しみでした。


きっとびっくりするほどのイケにゃんだったろうと思います。




よくがんばったねとほめて、生かしきれなかったことを謝りました。


昨日、スタッフさんが用意してくれたお花できれいに飾って斎場に向かいました。




少し前に先に逝った、サンベリーナちゃん、生ちゃんと合流するんだよって伝えました。


道に迷ったら、テツを呼べばきっと探しにきてくれるはずだから大きな声で呼ぶんだよって伝えました。


こちらではできなかったこと、思いっきりやれたらいいね。


成長したからし君・・・見てみたかったです。



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子分とおっかさんのこと

2018-05-18 02:58:49 | 旅に出た猫たち犬たち
今年の2月16日は冬とはいえ、夜の猫周りの場所は風もなく


比較的穏やかな天気でした。


子分は、いつもどおりに来てご飯を食べて行きました。








ですが、翌日の17日は極寒。


すでに弱っていた子分の姿を見ることは、この日以来ありません。


寒さから身を隠すために入り込んだどこかで・・・たぶん力尽きたんだろうと思います。


生きて子分に会うことはないだろうとわかっていても、しばらく探し続けていました。


車の中にも、すぐに連れて帰れるようにいろんなものを準備していました。


でも・・・きっとみんなのところに行ったんだと思います。


ここには、たくさんの子たちがいましたから・・・。


女の子なのに子分。


餌をあげていたホームレスのおじさんが名づけた名前です。





子分の姉妹に親分っていうきれいな黒猫もいましたが、この子もずいぶん昔にいなくなりました。


キジ柄のきれいな男の子の兄弟もいました。


せっかく手術しても次々にいなくなってしまって、当初はこういうことにも戸惑ってばかりでした。


この子たちの母猫の黒白のおっかさんは、ちょうど2年前の5月16日に保護することができました。


土砂降りの雨の日で、子猫たちの世話で忙しかったわたしに代わって


猫周りに行ってくれたダーリンが連れ帰ってくれました。


弱って車の下で動けなくなっていたおっかさん。


もう残り僅かな命だろうと容易に想像できましたが、最後にわたしの手元に来てくれたことが


本当に嬉しかったです。


自らもずぶぬれで、バスタオルにおっかさんをくるんで抱きかかえて部屋に戻ってきたダーリンにも


心から感謝しました。




その後、別の場所で生まれた未熟児の瀕死の仔猫とひとばんいっしょにいてくれました。


おっかさんがいっしょにそばにいてくれて、本当に心強かったです。






小柄なおっかさん、外で懸命に生きてる姿が思い出されます。


何度か子どもを産み、育てたと聞いています。


育たなくて亡くなった仔猫を頭から食べていたこともありました。


ホームレスのおじさんをなかなか説得できず、信用してもらうのに時間ばかりが過ぎ


その間のお産もありました。


手術して、オスに追われなくなっても外で暮らすのは大変だったろうと思います。




賢いこの子も、やはり病気には勝てなかったようです。




外でしか暮らしたこともないのに、わたしのお世話を嫌がる風もなく、薬も点滴もやらせてくれました。


そして、1週間後の5月23日に、おっかさんは静かに静かに旅立っていきました。




おっかさんを見送った部屋の反対側では、たくさんの子猫たちがにぎやかに育っていました。


生と死の・・・渦巻く空間。


毎日不思議な気持ちで、お世話を続けていたのを思い出します。


旅立つその瞬間まで生をまっとうし、また生きるのに育つのに懸命なおちびたち。


つくづく、生かされているんだなぁと思うのです。



おっかさんが旅立った日の夕暮れ時。


神様がお迎えにきてくれたんだと思えるほどきれいな空でした。


子分のこともあり、ようやく2年たっておっかさんのこともブログに残しておけるようになりました。


今も・・・ですが、毎日毎日が必死であまりの忙しさに、なかなかパソコンの前に座ることもできなくて


すべてがどんどん遠ざかっていってしまいます。


あくまで推定ですが、おっかさんは2003年生まれ 享年13歳


子分は2004年生まれ 享年14歳


外で暮らす猫にしては、とても長生きだったのではと思います。


今頃、子分はおっかさんといっしょにいるのかな。


みんなうららかな日差しの中でまどろんでたあの頃みたいに過ごしてくれてたらいいな。


あの町の片隅で懸命に生きていた猫たちのこと、わたしにとっては宝物みたいな思い出です





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じゅんちゃん☆またね

2018-05-04 21:49:26 | 旅に出た猫たち犬たち
先週のことです。


4月28日に、じゅんちゃんが逝ってしまったというお知らせをいただきました。


じゅんちゃん・・・。


2006年の5月、さかのぼること12年前の猫周りの現場で生まれてしまった5兄弟姉妹の1匹です。




黒いきれいな可愛い子でした。



白猫のようちゃんという先住猫さんがいるお宅の子になりました。


当時まだ小さかったじゅんちゃんは、ようちゃんのことをお母さんみたいに慕って


ずいぶん甘えさせてもらっていました。






飼い主さんもとってもかわいがってくれました。




その後、新しい弟、妹たちも増えて賑やかな暮らしをしていたのです。






動物が大好きなご家族の元、楽しくやっていたと思います。




でも、昨年11月22日にじゅんちゃんといちばん仲良しだったようちゃんが慢性腎不全で召されました。


寂しかったと思うのです。


猫だって人間と同じように、大好きな存在がいなくなれば探したりストレスを感じる生き物ですから。


今回、わずか半年で後を追うかのように逝ってしまったのです。


同じ病だったそうです。


12歳では早すぎてとてもつらいとおっしゃる飼い主さんですが


これがじゅんちゃんの天命だったと思います。


きっとじゅんちゃんはようちゃんのいる場所にいきたかったのかな。


じゅんちゃんの本当の母猫はさび猫。


最後の最後まで捕獲に手間取り、丸2年をかけて最後は網でつかまえました。


賢くて、威風堂々とした、そしてオス猫にやたらもてる母猫でした。


じゅんちゃんたちのことも橋の下に隠して育てていましたから、保護は頭脳戦となったことをなつかしく思い出します。


保護できた後は、じゅんちゃんとは毎晩いっしょに遊びながら、絶対にいいお家を探すからねと語り掛けていました。


おかげ様で良いお宅にバトンを渡すことができてからは、じゅんちゃんの幸せぶりをいただくお便りで拝見することができました。


今頃、きっとようちゃんと天国で再会を果たし


甘えたり遊んだりしていると思います。






実体のないほわほわの世界で・・・ようちゃんが出迎えてくれたと思うと安心します。




そして、実の母猫ももしかしたらいっしょに出迎えてくれたかもしれません。


飼い主のMさんには、心から感謝しています。


じゅんちゃん、ずっと幸せでした。そして、逝ってしまった後も幸せなんだろうなぁって思うことができます。


本当にありがとうございました。


じゅんちゃん、またね、またいつか会いたいね

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妹からのメッセージ

2018-04-26 09:30:44 | 旅に出た猫たち犬たち
妹からテツを無事に見送れたことのメッセージが届きました。


ペットセレモニーそらさんを紹介したのですが、妹家族の心に寄り添うような


そんなお見送りをしてくれたようです。


昨日夜てつを送りました。

雨の夜でした。てつが泣いているのか、私達の涙なのかわかりませんが結局一晩中降ってましたね。

綺麗にお花を飾り、てつが最後まで食べていたエサを少し入れて毛も少しだけ切らせてもらって送りました。

火葬されたてつは小さな四角いトレーの中に部分別に分けられていました。

わりとしっかりした骨でした。

骨も少しもらってキーホルダーに入れました。

骨も可愛く見えてしまいました。

骨壺に入ったてつを抱きしめるとあの毛並みではないけどそこにてつがいるようで安心できました。

実体がなくなるとそれはそれでやはり寂しいですね。

まだ家のどこかに隠れてるんじゃないかなーと思っちゃいます。

てつは?とくせで聞いてしまう自分がいます。

本当にいなくなっちゃったんだなーと時間が経つにつれ実感してきますね。

少しずつてつのいない生活に慣れていこうと思います❗

そらの斎藤さん、すごくよくしてくれました。

またお礼言っておいてください。よろしくお伝えください。ありがとね。


寂しいけれど、良く生きたテツ。


本当にまたいつか会いたいね
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テツ☆またいつか会おうね

2018-04-24 02:48:22 | 旅に出た猫たち犬たち
妹の家の飼い猫テツが4月23日の早朝・・・天に還りました。


ここ最近はオムツをつけて暮らしていましたし、回復の見込みはなかったのですが


それでもとても頑張っていました。




妹がテツを起こそうとしたときは、すでに逝ってしまった後。


泣きながら電話をかけてきましたが、身体はまだ温かくて


たぶん旅立った直後だったと思われます。


還るその時を見せたくなかったのか、きっと旅立つ瞬間パニックを起こしそうな妹を気遣って


黙って逝ったのかもしれません。


日曜日、2匹のミルク飲みのサンベリーナちゃんと生ちゃんが旅立ちましたが


私にはテツがきっと同じ舟に乗るために、この日を選んでくれたんだと思いました。


幼子だけで旅立たせない、テツの粋なはからいだと思っています。


妹の猫ではあったけれど、保護したとき何から何までわたし任せでしたから


その最初の恩を、こんな形で返してくれた気がします。


テツがいっしょなら、本当にありがたいです。


目も見えてないへその緒付きの子猫たちを先導してくれるのがテツならば、どんなに心強いことか。


存在感たっぷりの猫で憎めない猫でした


テツのおかげで妹の家族はとても幸せな時間を過ごせていたと思います。


テツもまた、幸せな猫として旅立つことができました。


大往生です。


ほんとうによく頑張りました。


テツ、妹の家の子になってくれて本当に本当にありがとうね。


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