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こちらが先に寿命が来てしまうわ・・・

2011年10月31日 | お客さん宅で
(カタログ開いて、「新型LED照明へのお取り替えをおすすめします」とお話しすると・・・・)

街の電気屋アトムの店は、今日も黙々カタログ持って、ニコニコ笑顔で回ります。
明日から11月です。月初めの1日からは、年末大感謝祭のご案内状を一軒一軒お届けする予定で、準備は完了いたします。
『エライこっちゃ、リホォームご提案の特選品カタログ秋・冬号が、あと40軒ほど残っとるがな』、『お父さんの受け持ちのお客様に、今日中に配ってしまわないと明日は社長会に行くから配ることが出来ん』、
『11月は、年末大感謝祭の案内状とがっちんこするから、今日中に残りの分を片付けてしまうわ』と、カタログ持って飛び出しますね。
テレビやエアコンや、全商品を載せます「アトムの特選品カタログ」は、毎月毎月発行されてアトムの店は配ります。「リフォームご提案特選品カタログ」は、春夏秋と季節ごとに発行されます。三ヶ月に一度、それもお届けしましてお話します。9月発行の秋・冬号も、コツコツ配って残り少なくなりました。

『こんにちわ~、Kさ~んいらっしゃいますか。毎度ありがとうございます』とニコニコと、笑顔いっぱいで入ります。
昼過ぎですよ、お休みになってたとこですか?、ちょっと眠たそうな奥さんは「いつもいつも色々と、案内届けていただいてありがとう。今日はまた何の御用なの?」、
『今日はね、プチ・リホォームのご案内です』、手作りチラシを差し出して『店にも展示をしています。最新型の省エネ温水便座をおすすめします。エコでとっても良いですよ』、Kさんは、リホォーム特選品カタログを手に取って「アトムさんはこんなもんまでするの?、窓枠もベランダも壁までするの」、『家の事なら何でもします。専門の業者さんと協力してやりますよ』なんてお話すすめます。
街の電気屋やってることはテレビやエアコンだけじゃない、今では家の周りの御用なら何でも相談できるのに、世間の皆さんなかなかですよやってる事さえ知りません。毎月毎月配っていても「知らんかったわ~、電気屋さんがね~」とおっしゃる皆さん多いですね。

『こんにちわ~、Fさん~んこんにちわ』、「あら~何のご用なの今日は、私しんところは二人でしょ、跡を継いでくれる子供も都会から帰ってこないし、次々新しいもの買うことないの、傷んだらその時はアトムさんに頼むわよ」と、先手を打ってお話ですね。
『Fさんちは何~んにも揃っているの、よ~く知っています。それでも少し暗くなったかな?、スイッチの調子がおかしいな?、寝たままでスイッチ入り切りしにくいな、そんな電気はないですか?』、
『今ね、今とっても注目されてる照明器具は、このページのLED照明なんですよ。とってもエコなのです節電ガ~ンとします凄いですよ。それに寿命がムチャクチャ長いの、10年以上もちますよ。一日に2~3時間しか点けなかったらもっと長く持って、20年かもしれません』と、LEDの内容を説明します。
Fさんは、「な~に言ってるのよアトムさん、10年も持つってそんなのだったら、球の取替えを頼む用事が無くなって電気屋さんも困るでしょう」、「それよりなによ、10年も20年も寿命があるってことは、こちらが先に寿命が来てしまうわ」とおっしゃいますね。

『電気屋の私だって20年も生きとられませんがな、私もいっぺん買っていただいたら、こちらが先に寿命ですがな。でもね、これからは全~んぶLEDになっちゃいますよ、そういう時代なんですよ』なんてお話しながら、お互いLEDより先に寿命が来る、来ると言って笑います。

《LEDより ずっと先まで 生きましょう》

街の風景

2011年10月30日 | その他
(県営住宅・国府テラスの6階から眺めた府中小学校や当店の姿)

都会でも田舎でも、訪ねた人が初めて見る街の印象は、周りの山々や流れる川の風景が素晴らしいことにひきかえ、迎えた通りが少し汚かったり雑草が目立ったり、空き地や空き家が目立ったり、商店もシャッターを下ろした淋しい状態でありますと、実にがっかりするものです。
それに引きかえ、トンネルを抜けてパッとひらける下り坂の通りが、いかにも元気のよさそうな店舗が立ち並んでいたりしますと、とても好印象を与えます。
街の元気な印象は、立ち並ぶ店舗がきれいであること、一軒も空き店舗やシャッターを下ろしている店がないこと、夜になってせめて7時くらいの時間帯では、まだ店は明るく看板の一つも電気に照らされて明るい通りであること、街の風景はできることならそんな明るく元気なものを望みます。

今日は日曜日、当店は定休日です。
夕刻ちょっと、久美浜方面へドライブしまして帰り道、ホームセンターに寄って買い物をいたします。ホームセンター・ストックの周辺はとても明るくにぎやかで、どのお店も元気な姿、街の風景がとても良いですね。
食事をしまして自宅へ向かうその途中、通ります市の中心部の駅通り、商店街はまだ6時過ぎだという時間帯なのにすっかり暗い通りです。昼間に走っても、数店おきにシャッターが閉まって淋しい通りですが、夜ともなると暗い歩道は怖いくらいの風景なのです。
そんな中でも、店を開けて明るく営業されてます洋品店が一軒二軒、真っ暗な通りに目立ちます。ただ如何せん、ほとんどのお店は閉めてますので多勢に無勢、淋しい暗い駅通りは続きます。
家に帰って本を広げたそのページ、松下幸之助さんの「商売心得帖」にこんなことが載ってます。

『店舗のあり方』

《自分のお店を常にきれいにし、お客様が入りやすいよう、また商品が見やすいようにすることは、商売を発展させていくために、非常に大事なことの一つだと思います。
ただ、そのように店舗をきれいにするということについては、単にお客様の購買意欲を高めるということだけではなく、より一段高い理由からも、大いに力を入れる必要があると思います。
その理由とはどういうことかといいますと、自分の店舗は、自分の商売のためのものであると同時に、自分の街の一部をなすものである。だから、自分の店舗のあり方は、その街の美醜(びしゅう)にも大きな影響を与えるということなのです。一つの街に好ましい店舗ばかりが並んでいれば、その街は、いきいきと活気に満ちたきれいな街になります。街全体に好ましい環境が生まれます。
したがって私たちは、そうした街を美化するというか、街の品位を高めるという一段高い見地からも、自分の店舗をきれいにしていくことが大事だと思うのです。それは、「社会の役に立つ」という商売の真の使命にもとづく一つの尊い義務ともいえましょう。また同時に商売の繁栄にも結びつくものだと思います。》

自分の屋敷・建物だって同じことです。
自分の所有物だからといって勝手放題に空き地を草ぼうぼうにしたり、朽ちた空き家を放置して周りの人に迷惑をかけたりして、街の風景を台無しにすることはとても許されません。
自分の土地であってもその物は街の大切な一部であって、今はたまたま世間様からの借り物であるとの気持ちで取り扱わなきゃなりません。
自分の住んでる街の風景も、一人一人の心がけ一つできれいにも好印象にもなりますね。

《店きれい お客様にも 風景も》

日本再生へ「希望の種」まく・・・野田首相の所信表明演説を読む

2011年10月29日 | 世相雑感
(ちょっと情緒的な例えの多すぎる、所信表明演説の全文を読みました)

1月の通常国会での冒頭演説は施政方針演説、それ以外の臨時国会の冒頭での演説は所信表明演説と言います。どちらかというと、施政方針演説に比べて所信表明演説は中身にやや具体性がなくっても許されるのでしょうか、具体的な趣のする「施政」という言葉に対して、何となく気持ちを伝えればという感じの「所信」という言葉なのでしょうか?、それとも「方針」に対して「表明」という表し方でしょうか?、いつの総理大臣が国会で演説する内容を読んでみましても、「所信表明演説」は何となく心持ばかりの情緒的な文言に終始しているように感じます。

昨日の第179回臨時国会の衆院本会議場で、9月13日に続いて2回目の野田首相の所信表明演説がありました。
本日の新聞に載っています演説の全文を読んでみます。読み終えました感想は、最初に書きました通りの、何とも言えない「気持ちを吐露する情緒的な文言ばかりが延々続き、具体的な施策に賭ける意気込みが伝わらないな~」と言う感じです。
新聞には大きく、《日本再生へ「希望の種」まく》の見出しで演説の全文が載っています。
野田首相の気持ちを表す演説のキーワードは「希望の種」であり、「希望づくり」であり、希望、希望と「希望」の言葉がよく出てまいります。

《平泉は、平安末期に、争乱で荒れ果てた東北の地を復興する営みの中で生まれました。明治の大火災で町を焼かれた川越や高岡の人々は、耐火建築とし「蔵造り」を広め、風情ある町並みを後世に残しました。関東大震災のがれきは海に埋め立てられ、横浜の名所としてにぎわう山下公園に姿を変えています。繰り返す戦禍や災害に打ちのめされながらも、先人たちは、明日に向かって「希望の種」をまき、大きく育ててきました。》と、「希望の種」をまいた先人の心を取り上げています。

被災地の子供たちから聞いた、《「早くお外で鬼ごっこやリレーをしたい」、「お友だちとドングリ拾いやきれいな葉っぱ集めをして遊びたい」、前歯が抜けたままの顔で屈託なく笑う福島の幼稚園児たちの言葉が、私の脳裏から離れません。》の言葉を使って、首相の優しい気持ちを伝えようとしています。
所信表明ですから、具体的な施策に対する考え方が表さなくてもいいいとは考えられません。9月に続いて2回目です。震災復興は最重要課題です。でも今の日本には課題山積、どれもこれも喫緊のものばかり、気持ちを表明する段階から具体的な決断をはっきり表明する時が迫っていますね。
前回から一ヶ月半過ぎてもまだ同じことです。TPPの事でも、普天間基地の事でも、相変わらずの差しさわりない、周り中に気を使ったような発言ばかり、何も決められない覚悟のない言い回しばかりです。
読み進んでいってもいっても超が付きます安全運転の、どこからも文句が出ないような、それでいて日本の針路を、覚悟を持った言葉で指し示すような感じが伝わらない文言ばかりです。

言志四録を著した江戸時代の儒学者・佐藤一斎の「春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛す」の言葉を引用して、政治や行政に携わる者の身の処し方を説いておられます。
その通りです。
でも、優しい言葉や気持ちばかりではいけません。首相ならば、具体的に日本を立て直す厳しい改革を打ち出して、実際的に実行してもらわなければなりません。演説内容は、当たり障りないことばかりが続いて、全文読んでもその気迫が迫りませんね。

《「嬉しいなという度に 私の言葉は花になる だから あったらいいなの種をまかこう 小さな小さな種だって 君と一緒に育てれば 大きな大きな花になる」》と、詩人の言葉を例えに挙げて、《私は信じます。「希望の種」をまきましょう。そして被災地に生まれる小さな「希望の芽」をみんなで大きく育てましょう。やがてそれらは「希望の花」となり、すべての国民を勇気づけてくれるはずです。・・・・今こそ「希望づくり」の先頭に立ってともに行動を・・・・》と、最後の最後まで情緒的な言葉が続きます。

2010年10月の管首相の所信表明演説は、「有言実行内閣のスタートであります。何を実行するのか。一言で申しあげれば、これまで先送りしてきた重要政策課題の実行です。」と前置きして、 解決すべき重要政策課題は、「経済成長」、「財政健全化」、「社会保障改革」、「地域主権改革の推進」、「主体的な外交の展開」と結構具体的なものでした。しかし、たいして実行力もともなかった後で読み返せば、何とも空虚な感じです。
鳩山首相だって、きれいな詩的な訳の分からない言葉が躍っていました。麻生首相だって、元気は良いが野党の民主党に挑戦するような言葉が続いていました。後で読み返せば、これもなにやら変な気持ちの後味の悪さ、時々の首相の所信表明演説って、読んでてその時はハ~~って感じることもありますが、後になって何か虚しくなりますね。

《所信とは 信ずる所を 詩にします》

店の内外にぎやかに、AVフェアの飾り付け

2011年10月28日 | 店内外の話
(今年最後のキャンペーンの、AVフェアのポスターを壁一面に張り付けました)

(派手派手に、天井にもズラ~~っと並べて吊り下げました)

(なんとAVフェアのポスーターが、壁にドアに天井に、何十枚もありますビックリします)

(店の外には、ノボリがズラリと並んで、道行く人にお知らせします)

昨日本部から到着しました。11月12月のキャンペーンは、「アトムの年末AVフェア」なのです。その飾り付けのポスターとノボリが到着します。
アトム電器チェーンは、一年中毎月毎月何かのキャンペーンをやってます。
夏の商戦「エアコン・キャンペーン」が終了しますと、9月と10月は「住設キャンペーン」でお客様にご奉仕しまして頑張りました。
本日はKさん宅に、エコキュートとIHクッキングヒーターに食器洗い機を、納めて無事工事も完了しました。「住設」とは、オール電化や照明器具など住宅設備に関係する商品のことです。Kさん宅のお仕事は、まさに「住設キャンペーン」そのものの商品なのです。
「住設キャンペーン」は、あらかじめ決められた商品ジャンルの品番の仕入れ金額の合計を、全国のアトムのお店が競うわけです。その「住設キャンペーン」もあと3日で終了なのです。もう一息の3日を残して、明日はMさんへ又々オール電化のご相談にまいります。

11月からは、今年最後のキャンペーン「アトム年末AVフェア」に突入します。
「AV」って商品は、液晶やプラズマテレビにBDデッキを中心とした映像・音響商品なのです。正月をめがけた年末はやっぱりテレビやデッキの季節です。
昨年の11月は、エコポイントの影響でテレビの売り上げが異常なくらいに盛り上がり、ほとんどのご家庭に買っていただきました。そして今年の7月末の地デジ化終了で、さらに最後の盛り上がりです。商品の品不足が続出するくらいの売れ行きでした。
そのあと迎える今年の年末はどういっても買った後なので、なかなか売れ行きは心配します。でも、アトムは頑張ります。元気を出して例年どおりのフェアです。

普通のままに取り組みますと、今年はちょっと売れません。
本部から届いたポスターを吊り下げながら読みますね。
その1.4~5年前にお買い上げいただいた茶の間の32型や37型を、2階や寝室に移動していただいて、最新型の46型を茶の間にすすめるキャンペーンをしよう!!、
その2.インターネットに接続する楽しみをご提案して、最新のネット対応テレビをすすめるキャンペーンをしよう!!、
その3.録画した番組をどのお部屋でも見るようにLANケーブルや無線LANを提案して、ホームネットワークテレビをおすすめするキャンペーンをしよう!!、
その4.ついでに、雰囲気で調光・調色のできる最新LED照明をおすすめして、テレビ生活をさらに楽しんでいただこう!!、

そんなことを考えながら、店の内外にぎやかにAVフェアの飾り付けを、これでもかこれでもかとやりますね。
更に凄いはこんなこと、11月~12月のお客様は幸せですよ、最高ですよ。
アトムの自慢の大盤振る舞いは、毎年恒例の「高級ズワイガニ」を付けちゃうキャンペーンなのです。たった5万円ですよ、そんなお買い上げにもアトムは付けます。浜坂港から全国へ、「高級ズワイガニ」をお客様のお宅へ直送します。
今年はさらにうれしい内容なのです。高級ズワイガニに浜坂産の真ガレイ一夜干しを7~12枚付けちゃいますよ。全国チェーンの強みです。山陰は浜坂港から全国へ、北海道から沖縄までカニとカレイがバンバン直送ですよ。
本当にワクワクします。早く来い来い11月、12月なのです。アトムの「年末AVフェア」が待ち遠しいですね。

《アトムって 毎年やるよ カニ付けて》

鸛(こうのとり)と久々比神社

2011年10月27日 | ふるさとの話
(謎掛けのように難しいですな~、「鸛」の漢字と、柳のカバンが一緒に展示です)

ふるさと但馬や豊岡市の素晴らしい特産品が、ずらっと並べて特売されています「じばさんTAJIMA」の喫茶店で、休憩してコーヒーを飲みます。
店の片隅に掛かっています難しい漢字は「鸛」と書いてあります。下には柳で作ったカバンが一緒に展示です。
豊岡の事情を知らない者には、この漢字とカバンの組み合わせが何を表しているのか分かりませんね。「鸛」の漢字と柳のカバンの組み合わせは、謎掛けのようで不思議な展示に見えます。
実は「鸛」という難しい漢字は「こうのとり」と読みます。豊岡に生息します国の特別天然記念物・コウノトリなのです。そして柳のカバンは、全国一の生産を誇る「鞄(かばん)」のルーツでもあります柳行李が起源の、昔の豊岡の特産品であります柳のカバンです。
その組み合わせが、いかにも豊岡の誇りを表すように展示されていまして感心いたします。

(下宮の久々比神社には、「鵠:くぐい・こうのとりの古語」の伝説が書いてある)

豊岡市下宮(しものみや)のIさん宅へ、アトムの特選品カタログを持って訪ねます。
『日高の秋祭りは秋晴れでしたよ。一週間遅れの豊岡は雨模様でしたね』とお話しします。Iさんは、「豊岡だって晴れてたよ、雨の降ってたのは前日の15日、城崎の祭りは今も15日を守っているので大雨の中、豊岡は今年は16日が本祭りでばっちり晴れてたよ」とお話されます。
そして、「六ヶ村のお宮さんである下宮の久々比(くくひ)神社では、餅まきも盛大にやったよ、立派な神社でしょう」と、Iさん宅の目の先にあります久々比神社のお話をされますね。

久々比神社を訪ねます。
確かに立派なお社です。子供の遊具もあります広い境内では、お母さんと一緒に遊ぶ姿の子供連れが、キャッキャと楽しそうに走り回って、私の足元にもニコニコと寄ってきます。
神社の起源や由来を書いた案内には、「久々比神社のコウノトリ伝説」が詳しくのっています。
《垂仁天皇のころ、皇子と一緒に宮殿の前に立たれた時、大きな鳥(鵠:くぐい)が大空を鳴きながら飛んでいきました。その時、皇子が「これは何という名の鳥だ」とお問になったので、天皇は家来の者に「誰かあの鳥を捕まえて献上しなさい」とおっしゃいました。
天湯河板挙命(あまゆかわのたなのみこと)という者が、「私が必ず捕えて献上します」と申し出て、この大鳥が飛び行く国々を追って廻り、出雲の国とも但馬の国ともいわれる地で捕えた》というお話、

大きな鳥のことを鵠(くぐい)とか、鴻(おおとり)とか言います。
中国の故事に、「燕(ツバメ)雀(スズメ)いずくんぞ、鴻鵠の志を知らんや」というものがあります。ツバメやスズメのような小さな鳥に、どうして鴻鵠(大きな鳥)の大志がわかろうかという意味です。
その大きな鳥のことです。
コウノトリを捕えた但馬は豊岡のこの地、下宮付近を鵠(くぐい)にちなんで久々比(くくひ)と呼ぶようになったと記されています。
大きい鳥のことを鵠(くぐい)、そしてこの地を久々比(くくひ)と呼んで神社の名前も久々比神社というわけなのです。
それでは鸛(こうのとり)は、鵠(くぐい)でもなければ鴻(おおとり)でもないのですか?。鵠や鴻は、どちらかというと白鳥のような大型の鳥で木の上には留まりません。
松上のツルと呼ばれ、木の上に巣も作りそこで生息しますコウノトリは、大型の鳥でも別格のものです。なのでコウノトリは、鸛(こうのとり)と書きます。
そんな素晴らしい大きな鳥がコウノトリ、豊岡の誇りのコウノトリなのです。

《コウノトリ 鴻鵠よりも 大志かな》

普通に朝が迎えられる有難さ

2011年10月26日 | その他
(道路沿いに咲いています。真っ赤な花に朝日が当たってきれいです)

今朝は、お客様のKさん宅へ香典を届けに訪ねます。
葬儀は市内の葬儀場で執り行われるようで、自宅の受付では留守番のお方が応対でした。若くしてお亡くなりになったKさんの家族へ、心からのお悔やみを申し上げます。

人の寿命は色々です。
とても頑健で元気いっぱいだった方でも、突然の病のために臥したり、命を落としたりすることだってあります。災害や事故だっていつ何時、誰にやってくるかも分かりません。
街の電気屋をやって長くなりますと、お客様の中からも次々とお亡くなりになる方も出てまいります。同じ仲間の電気屋さんでも、ちょっと消息がないなと思うと病と戦っておられることになったりします。誰でも、亡くなったりすることや病に臥すことほど、残念で悔しいことってありません。
それに比べてわが身の今日は、元気に普通に働けることを実に有難いことだと感じます。

先日読みました「ひすいこたろう」さんの、《朝にキク言葉》という本にこんな話が載ってました。その中から一部を抜粋して書き写させていただいて、今日も普通に生きていることの素晴らしさ、有難さを感じてみます。

「ひすいこたろう」著、《朝にキク言葉》より、

「毎朝、目を覚ますたびに、お前はこう言ってもいいだろう。
目が見える。耳が聞こえる。体が動く。気分も悪くない。ありがたい!。
人生は美しい」 byジュール・ルナール(フランスの作家)

この宇宙における究極の奇跡、それは朝、目が覚めることです。朝、目がひらく。これ以上の奇跡はあるのでしょうか?。
徳川家康、坂本龍馬、アインシュタイン、マザーテレサ、どんな有名な歴史上の人物だって、今朝、目を1ミリもあけることはできなかったのです。にもかかわらず、あなたは今朝、目覚めた。
この広大な宇宙の中で、生命が確認されているのは地球だけです。つまり、宇宙というのは、本来、死の空間なのです。死が普通なんです。にもかかわらず、あなたは今朝、目覚めた。
今朝亡くなった人だって、世界には10万人以上にのぼります。にもかかわらず、あなたは今朝、目覚めた。今日、目覚めたということがどれだけすごいことなのか、わかっているだろうか、今日という1日を普通に過ごせることが、どれだけ素晴らしいことであるか、わかっているだりうか。
「明日、目覚めなければ100億円あげます」と言われたらどうですか?。つまりは明日死んだら、ということですが。やっぱり、生きたいですよね。ということは、朝、目が覚めるというのは100億円以上の価値があるのです。

「人生には2通りの生き方しかない。ひとつは、奇跡など何も起こらないと思って生きること。もうひとつは、あらゆるものが奇跡だと思って生きること」 byアルベルト・アインシュタイン(物理学者)
生きている、それ自体が奇跡なのです。毎朝、目を覚ますたびに、あなたは、こう言ってもいいだろう。「この奇跡にありがとう。」

また別のページにこんなことが書いてあります。

「早寝、早起きは、人を健康にし、金持ちにし、そして賢くする」 byベンジャミン・フランクリン(アメリカの政治家)

病院には共通点があります。入院すると、必ず早寝早起きさせられます。それは、早起きが治療の効率を高めるからです。体の免疫力は明け方頃、最も強くなるそうです。
いま、地球は24時間周期で自転していますが、太古の地球は違いました。地球は約25時間で回っていました。だから私たちの体内時計は、実は1日約25時間で設定されていて、1時間ほどのズレがあるのです。
では、このズレはどうやって毎日修正されるのかというと、朝の光を浴びることでリズムが整えられているのです。
東邦大学医学部統合生理学教授の有田秀穂先生によると、朝日を浴びると、日の光の刺激が目の網膜から脳へ伝わり、セロトニン神経が活性化するのだそう。すると、心を穏やかにする脳内物質、セロトニンが分泌されます。
現在、日本には100歳以上の長寿者がおよそ2万人います。そのうち9割の人が夜は8時に寝て朝は4時に起きているとか。アメリカでは、100歳以上の長寿者が約8万人いますが、8割の人がやっぱり8時就寝、4時起床だしうです。
また、日本の男性と女性では平均寿命が約7歳違います。女性の方が長生きするのですが、女性の方が男性より大体1時間早起きであることも関係していそうです。
早起きにシフトすると、寿命まで延びそうですが、いかがでしょうか?。
早起きとは、体を大切にすることであり、それは人生を大切にするということです。早く寝れば早く起きられる。これが人生が好転する最大のコツです。

もう一つ、こんなことも書いてありました。

「明るい日と書いて、明日って読むんだよ」(読み人知らず)

小学校1年生の国語の教科書、一番初めに習う言葉、それは何か。先生はゆっくり口をひらき、こう告げました。

あさ、
あさ、
あかるいあさ。

うみがひかる、
かわがひかる、
やねがひかる。

おはよう、おはよう、さあ、いこう。
みんななかよし、さあ、いこう。

小学校で一番初めに習うことは、「あさ、あかるいあさ」でした。
「日」が昇り、「月」が沈み、また「日」が昇ると、「明日」という字になる。そして、その明日はいつだって「明るい日」ということです。朝は、どうやら特別なようです。
「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」。これら挨拶のなかで、最も敬意が表されるのは「おはよう」です。
「おはよう」だけが「ございます」をつけられるからです。「こんばんはございます」とは言いません。「おはようございます」です。
朝は、やっぱり特別なのです。

三つの話を読みまして、今日も無事に元気に、普通に朝が迎えられる有難さをつくづく感じることですね。

《朝陽うけ 今日も元気で 有難さ》  


頑張ってます街の電気屋

2011年10月25日 | 店内外の話
(プリンターでどんどんと印刷されますご案内の大型チラシ)

Kさんは、オール電化と一緒に「ついでに買っちゃうわ」と食器洗い機もご購入されました。
エコキュートの基礎工事と配管準備工事を、業者の方としながら私は食器洗い機、息子はIHクッキングヒーターの取付をいたします。ちょうど正午になります『今日からIHで美味しい料理ができますよ、洗い物は食洗機に任せて奥さんは楽をしてくださいね』と説明しまして、午前中の作業を終えます。
午後は、床下に潜り壁を探って電気工事をいたします。夕刻店に帰ると、カタッ、カタッ、カタッとプリンターが音を立ててチラシを印刷しています。

毎月お届けします「街のでんきや便り」や「売り出しのご案内チラシ」は、ほとんど全部が息子の役目、『11月の大感謝祭のクイズは、バッチリ印刷終わったよ』の声に急(せ)かされ、息子の役目の「案内チラシ」は最後の仕上げを頑張ったようですね。ほぼ出来上がっていましたチラシの原稿を、最後の点検と仕上げを完了したのでしょう、カタッ、カタッ、カタッと印刷が始まっています。
11月19日、20日のアトムの年末大感謝祭は、一年で一番力を入れます売り出しです。アトム本部が作成しますDM案内状も、豪華なA3版の大きさなので、店の「案内チラシ」もそれに負けじとA3版と特大デラックスのチラシです。

今回は、スポーツ新聞風のカラフルな、大きな文字が躍っていますとても見やすいチラシです。載せます内容は、いつものように家族総出の顔出し写真、載せてご挨拶しましてご来店を、丁寧に一生懸命にお願いします。
当日の楽しいイベントは「こんなことをします」と考えました。当日のご来店には「こんなお得」で感謝の気持ちを届けます。お越しいただいた皆様には、心を込めて「こんなおもてなし」で待ってます。
とても大きなチラシに心を込めて、ご案内をいっぱい書いてカタッ、カタッ、カタッ印刷します。

(「創業当時の店と、若き日の店主です」と記して懐かしい写真です)

チラシの右端にちょこんと一枠載せてます。えらい昔の写真です。
創業当時の店舗の写真、それに若き日の私の写真を載せています。懐かしいですな~、髪の毛がフサフサ黒黒しているやおませんか、創業直後のものですね。
創業37年!、地元一筋!、頑張ってます街の電気屋」、「創業当時からの皆様のお引き立てでオオウエ電化サントップおおうえアトム電器と、頑張ってくる事ができました。本当にありがとうございます。これからも若い夫婦と一緒に、地域の皆様のために、便利で親切な街の電気屋として頑張ります。何卒よろしくお願いいたします!」、「創業当時の店と、若き日の店主です。※写真・・・若いでしょ?」なんて書いています。とても懐かしいですね、すごく嬉しいですね。
これをご覧のお客様、今の私の顔とあまりに違うので、「プッ~~」っと笑ってしまうでしょうね、少し照れます可笑しいですね。

《この家族 いつもニコニコ 顔を出す》 


5分で解けたよ~、こんなの簡単すぎるわ

2011年10月24日 | 店内外の話
(11月のアトムの大感謝祭にお届けの、クロスワードパズルが出来ました)

毎月お届けしますアトムの特選品カタログに、おまけとして一緒に添えますクロスワードパズルを作ります。
来月は11月19日と20日に開催します大売出し「アトムの大感謝祭」のために、ただ今ご案内状の準備を一生懸命にしています。本日やっと完成しましたクロスワードパズルを印刷しまして、息子と家内に渡します。
パズルのヒントや案内文に、誤字脱字がないかチェックしてもらうためです。それより何よりパズルですから、実際に解いてもらって解けるかどうか、解けても難しすぎるか簡単か、それの評価も大事です。

「ハイ、出来たよ5分で解けたよ~、こんなの簡単すぎるわ」と、息子はヒラリとクイズの用紙を返します。
家内のほうはユックリとまだ半分も解けてない、誤字脱字の点検でしょうか丁寧に見て解いているのでしょうか、本当はなかなか分からないようにもありますね。

このクロスワードパズルはもう2年以上作り続けています。7×7枠のちっぽけなものですが、いざ作ろうとしますとなかなか難しいものでして、作り始めた最初のころなど半日座って考え込んでも出来ませんでしたね、頭がクラクラするほど難しいものでした。
電気製品の名前や、電気屋さんらしい言葉や、ふるさと但馬の地名に季節の言葉、いろいろ欲を出してそんな言葉を枠の中に、一つでも二つでも入れようとするからなお難しいものでした。
さらに二重枠の5文字の言葉を作り上げることも、なかなか出来なくて、一字が足りない言葉が出来ない、そんな壁にぶち当たります。

毎月毎月頭を抱えて作っていくうちに、ちょっとしたコツを掴み少しずつ出来上がるスピードも速くなり、今では2時間もあれば完成します。時には調子良く1時間ちょっとで出来ることもあります。
今回作りましたアトムの感謝祭にお届けするパズルは、なかなか手間がかかりまして2時間ちょっとは使います。それを「5分で解けたよ~、こんなの簡単すぎるわ」とはヒントがメチャクチャ甘かったのか、それにしてももう少し時間をかけて楽しんでほしいものです適いませんね。
お客様はどうしても簡単すぎるほうがよろしいようで、あとは回答を店に持っていきたくなるかどうかです。今度の分は、売り出し当日の持参分のみ有効としました。ヒントが甘くちょっと簡単なパズルでした。さらに回答持参の方全員に粗品を、さらに抽選で3名に賞品をプレゼントと書きました。
きっと大勢のお客様が、回答を握りしめて感謝祭にお越し下さることでしょう。準備をしながらワクワクとしてきます。

《ご案内 一枚一枚 心込め》


お徳用女房論

2011年10月23日 | 私の思い
  
(44年前の社内報の原稿に、松下幸之助さんの「政治研究所構想」の記事がちょっぴりと)

昨夜に続いてシリーズ物の原稿をもう一つ、昭和42年12月の社内報に掲載されました〈お徳用女房論〉と題した一文です。

《早や十二月ですね、今年最後のコーナーです。ボーナスが支給され皆さんはいろいろと使途の計画を練っておられることでしょう。
先々月(十月)の新聞紙上で、松下幸之助氏は、「政治研究所構想」という題で、「会社では新製品の開発に年間何十億という開発費をかけているのに、国の運命をかけた政治という大事業に本格的な研究がないこと自体おかしい、政治の生産性を高めること、つまりお金と時間のかからない政治をするためにはどうすればよいかをもっと真剣に考えるべきではないかと思う。政府もよい商品=政治を生み出すためにはそれだけの研究所を作るのは当然だ。たとえ政治研究に何十億円使っても効率の良い政治ができれば国民は何兆円もの得になる・・・・・いまの政治技術はまことにお粗末なものであって、国家予算を三分の一にしぼって、今の二倍の政治をするためにはどうすれば良いかというような課題をもっと真剣に考える必要があるだろう。・・・・・国民が汗水たらして稼いだ金を生産性の低い政治で浪費していることほど不合理なことはない。現在の政治なら役人は今の三分の一でやっていけるはずだと思う。・・・・・」というような事を述べられていましたが全くその通りだと思いますね。
政治に限らず、私たちが毎日働くということについても、もし技術者なら技術者の、製造する人なら製造することに誇りがあるならば、仮に会社からの生産性アップのための圧力がなくとも自分の仕事については、いかにすれば合理的に効率的に仕事が完遂できるか研究努力するのが当然でしょう。
この社内報の中でも「VA(Value Analysis、価値分析のこと)」について出ていますが、「VA」とは部品とか製品にだけにあるものではないと思います。すなわち何かの目的(仕事)を完遂するための最も適切な、かつ高効率な行動は何かと考える、このことが「VA」の精神だと私は受け取っています。ちょっと堅苦しくなりましたが、私が今までに書いてきたことを「お徳用」という言葉で表現してみたいと思います。
月給が安い、物価が上がる、生活が苦しくなった。と毎日ぼやく、このことは正常な不満ですから良いのですが、唯これだけでは「お徳用女房」とは言えないのです。まず現状の環境の中で現状の安月給でもってどの様にすれば多くの品物を購入し、豊かな明るい我家にすることが出来るかという事を考える女性が「お徳用女房」というのだと私は思うのです。(この理論は決してケチではなく同じ金額の金をいかに有効に使うかという有効性の問題であるのです)。松下式に言えば現在の三分の一の月給で今の二倍の生活をするにはと真剣に考えねばなりません(これは少しオーバーかな)。そこで「出迎えて妻はボーナスひったくり」なんてないように、男がお金の事で妻にゴチャゴチャ言うのは絶対にいけませんが、まさかひったくりはやめて、「VA」手法でも使って「お徳用女房」になって下さい。・・・・ボーナスより女性へ・・・・》と書いています。

(死ぬほど疲れた方へとは凄い問い掛けですね・・・クスリ屋さんにて)

この中に出てまいります「政治研究所構想」は、その後の「松下政経塾」へと繋がっていくのです。
松下幸之助氏は偉大な事業家でしたが、国の往く末を想う憂国の気持ちがとても強いお方でして、戦後間もなく始めたPHP研究の機関紙を昭和22年に創刊し、その中で膨大な量の政治、経済、教育の分野での建設的な提言をおこなっておられます。
「政治研究所構想」は昭和42年10月に発表され、その想いは強く、それから10年以上の長きにわたって心の中で醸成されていきます。
43年には「日本人としての私のねがい」、47年には「人間を考える、新しい人間観の提唱」、49年「崩れゆく日本をどう救うか」、51年「新国土創成論」、52年「私の夢・日本の夢、21世紀の日本」と次々と提言の書を世に出しています。
そしてついに85歳にして、私財70億円で設立したものが「松下政経塾」です。今から31年前の昭和55年のことです。
第一期生の野田さんが日本国の総理大臣を務めることになる今日の姿を、泉下の幸之助さんはどんな気持ちで眺めておられるのでしょか。無税国家論を展開されていた松下幸之助氏が、今の日本の現状をどんな思いで眺めておられるでしょうか。
昔懐かしい社内報の記事を読みながら、フッとそんなことを思います。

《政治って 研究できぬ ものですか》


44年前の予測が当たる

2011年10月22日 | その他
  
(日本の人口がついに一億人になると書き出しの原稿で、昭和85年を予測しています)

以下のお話は、私が21才のころから数年にわたり、社内報に書き続けましたシリーズ物の原稿で、昭和42年7月の社内報の掲載分です。

《この七月の末か八月の三日ごろにかけて日本の人口が、ついに一億人に達するそうです。現在、世界中の人間の数が約三十四億なので、世界中の人間の内、三十四人に一人は日本人であるということになりますね。日本も明治五年には三千三百十一万人しか人間がいませんでしたが、九十五年後の昭和四十二年には、実に六千六百八十九万人も増えてしまって、ついに一億人、よくもまあ、生めよ増やせよの世の中だったのですね。
ところでこうも次々と人間が増えてしまうと、しまいには人間が海にこぼれ落ちやしないかという心配が起こります。どっかの学者は、今から七百年先には世界中の陸地と言う陸地は全部、人間が立っているだけでいっぱいになる、といっていましたが、これは現在の人口増加がそのまま進んだらの話であって、なかなかそういう事にはなりそうに考えられません。日本の人口も昭和八十五年(平成22年)には一億二千四百九十六万人になるそうで、その後はだんだんと下り坂になって増加はしないそうです。
ところで皆さんは淡路島を知っていますね。もしも世界中の三十四億人の人が全部淡路島に集まったらどうなると思いますか、どう思いでしょうか皆さん。地球儀で淡路島を見ると、ほんの点にしかすぎません。世界中の陸地は実に淡路島の25万2千個分なのです。可能と思いますか、不可能と思いますか。一つ計算してみましょう。
淡路島の面積は590平方キロです。これを世界中の人口34億人で割ってみると一人当たりの面積が出ます。一人当たりの面積=590,000,000平方メートル÷3,400,000,000人=0.173平方メートル、一人当たり0.173平方メートルはちょっと狭そうですね。これでは1m四方の土地に6人も入らねばなりません。1平方メートルに6人というとちょっと込んだ通勤電車並みです。しかしあの地球儀で点でしかない淡路島でも世界中の人間をつめ込むことも出来るんですから案外淡路島といっても広いものですね。
ところがこれが日本人だけ集まったとすると、一人当たりの面積が5.9平方メートルになって八畳の部屋に2人が入るぐらいでゆったりとしたものです。
どこかの会社のCMではありませんが世の中でっかいヨー、と言えそうな話です。日本もまだまだ広いですよ。この世界中の人間が集まることの出来る淡路島の630個分あるのですから、まだまだ人口が一億になったからといって海に落ちる心配はないでしょう。》

この原稿は今から44年も昔のものですが、文中に出てまいります「日本の人口も昭和八十五年には、一億二千四百九十六万人になるそうで・・・・」は、ほぼ正確に当たっています。
日本の人口は平成17年(昭和80年になります)に、一億二千七百六十九万人でピークを迎えています。その後は亡くなる方より出生数が少しずつ下回り、人口の自然減が続いて現在に至っています。これからは急カーブを描いて人口の減少が進み、あっという間に一億人も切ることになるでしょう。
世界の人口は西暦1800年には10億人だったものが、1900年に15億人になった後は、50年後の1950年に30億人と2倍に増えて、さらに50年後の2000年には60億人とまた2倍、そして今年2011年に70億人を超すだろう、さらに2050年には90億人になる予測です。

今から40年後の世界では、何より深刻な問題は人を養う食料なのです。日本人こそどんどん人口が減少する予測ですが、世界の人口は爆発的に増えます。現在でも、限られた穀物生産をいかに世界中にまんべんなくするかという事は、とても難しくって多くの人が飢えて亡くなる国も存在します。
日本の人口がこれからはどんどん少なくなるから、日本人の食料の確保は楽になるでしょうか?。違いますね、食料の世界中での争奪戦が始まります。TPPなどで安い農産品が我が国にどっと入ってくるから、国内の農業は壊滅だなんて言っている以上に深刻なことになりますね。
そもそも安い農産物が入るっていうことは、需要に比べて供給が充分にある時のこと、もしも90億人の人口になった時の穀物の生産が、その割合よりも伸びなかった時には世界中が食料の取り合いになるでしょうね。いくら高くても買わなければならなくなるでしょう、それよりもっと怖いのは食料を盾に国家の領土や主権まで脅かされること、食糧安保の危うさですね。
いっ時の思惑で国内の食料生産を疎かにすると、40年後にはとんだツケがやってきて国内の荒れてしまった農地を開墾せねばならんような羽目に、どこかの属国の憂き目に成り下がることになる、そんなことまで考えてどうかTPPにも望んでもらいたい。
44年も昔の原稿読んで、そんな心配いたします。

《高くても 買わなきゃならん 時が来る》

自適生活

2011年10月21日 | お客さん宅で
(あいさつは、いつも明るく元気よく !!・・・中筋小学校にて)

豊岡市・中筋小学校へ商品を届けます。ちょうど、休みの時間が始まったところだったのでしょう。下駄箱のある玄関から子供たちが飛び出してきます。
『こんにちわ、こんにちわ』、ぶつかりそうになる男の子に、喋りながら走ってくる女の子に声をかけます。どうでしょうか、こちらが声をかけるより先に、子供たちは「こんにちは~、こんにちわ~」ととても元気な明るい声であいさつを返します。
この学校だけではありません。どこの小学校を訪ねても、同じように元気な声であいさつが返ってきます。学校で「元気な明るいあいさつ」をするように教えているのでしょう。
全面芝生化になったグランドを、走り回る元気な子供たちを眺めていますと、この子たちがぐんぐん成長していく将来の日本が、今まで以上に明るく元気な日本でありますように願うばかりです。

アトムの特選品カタログに添えてお届けしますクロスワードパズルの答えは、とてもたくさん店に届きます。応募のお客様に全員粗品を届けていましたが、とても多くてできません。4月からは抽選としまして3名様に、ささやかですが賞品をお届けします。
『こんにちわ~、Mさん賞品ですよ、クイズの賞品を届けに来ましたよ』と、庭先のMさんへ声をかけます。
「よかったわ、ちょうど今海から帰ってきたところよ。タコ取りに行ってたんよ」、「昼からは畑の仕事です。今年はコンニャク芋を出荷してちょっと売り上げがあったよ」、「明日は三原の方で、山陰ジオパークの行事があります。雨が降るかと心配なことです」、「電気炉まで備えて、陶芸教室もせにゃならんし」なんて、退職後も忙しい毎日が続くとMさんは返事です。
Mさんはこの春に65才で会社を退職し、悠々自適の生活なのです。
生きた川ガニを竿の先っちょに取り付けて、岩場をコチョコチョ探るそうです。川ガニに抱きついたタコを引き上げて、別の竿の針で引っかけで捕まえるそうです。
「ようけ捕れたので持って帰ってよ、タコの料理は奥さんできるわな」と、2匹のタコを袋に入れて渡します。
「まあ、自適生活、気楽な自適生活よ。お金はないけど海に山に畑に、自然からの恵みで自適生活しています」、
『川魚やシジミなんかは捕らないの?』と尋ねると、「タコを差し上げるとアユとか川魚のお返しいただくよ、今日はアトムさんに賞品いただいたので、タコを持って帰ってちょうだいな」、Mさん気さくで天気も良いし、実にのどかな海辺の町です。竹野の昼前ひと時なのです。

『こんにちわ~、Kさんの奥さん賞品ですよ』、Kさんは、もう10年くらい前に退職されて今は一人暮らしの大きなお家です。
「まあまあ、ありがとう、どんなものでも賞品いただけるなんて嬉しいわ、私も畑作りや出掛ける行事で忙しいのよ、悠々の一人暮らしに見えますか」なんて、自適生活を満喫ですね。

『こんにちわ~、おめでとうございます賞品ですよ』と、Nさんの奥さんへ届けます。Nさんは、ご夫婦二人の生活でどちらも60代です元気です。
「これからは年金のもらう年齢が68だ70だとなるそうね、少ない国民年金から介護保険が天引きされるそうね、65才になったらそうなるのかしら」、「アトムさんは定年がなくって、70才でも75才でも働けるんだから年金なんてどうでもいいわ、羨ましいわ」なんて、近所のHさんの奥さんと私を交えて話します。
Nさんご夫婦も、まあ自適生活と言えばそうです気楽です。

どうも今度の抽選で賞品お届けする3軒は、そろいもそろって自適生活のお話ばかりです。
自適生活って辞書を引きますと、「なににも縛られずに、心のままに楽しみ暮らすこと。悠々自適の生活をすること」と載っています。私はそんな気楽な自適生活夢です。無理ですできません。
中筋小学校の芝生の上を走り回る元気な子供たち、50年60年先のこと、自適生活はずっと先の事です。そのころの日本が、今より元気で平和で明るい世の中になるように、そんなことを思います。

《Mさんは タコにコンニャク 自適です》


あんたんとこは笑顔がいいわよ

2011年10月20日 | お客さん宅で
(玄関先にはきれいな花がいっぱい咲いてます)

「注文してましたテレビを今日配達してもらえるかしら、やっと片付いたのよ2階の部屋が」と、Wさんちの奥さんから電話です。
電話に向かってニコニコと、『片付きましたか、いつも小ぎれいなのにどうしたのですか?、いつもきれいなのにそれ以上きれいにして、そんなにきれいにしていただいてテレビを迎えていただき嬉しいですよ」、「すぐお届けにお伺いします。息子と二人で、BSアンテナの配線工事にエアコンの取り外しも一緒にさせていただきます』と伝えて飛び出しました。

Wさんちに到着しましていの一番に、『ハイ、アトムのうまいもの市の品です。今月は青森の焼き肉のたれですよ、お礼の気持ちです』と手渡しまして、ニコニコしながら挨拶します。
Wさんちの玄関先は、きれいな植木を並べて小ぎれいで本当に気持ちの良いおうち、家の中も、さりげなく飾ってあります置物や壁に掛かった額縁などが、家中が小ぎれいなのでより引き立ちますね。
テキパキとテレビを取り付け配線済ませ、頼まれていまして古いエアコン取り外します。
「アトムさ~ん、仕事終わりましたか~。まあまあ、二人ともコーヒー飲んでちょうだい、テレビの使い方や録画の仕方は主人と一緒の時にあらためて説明してね」と奥さんは、台所から2階の二人を呼びますね。

奥さんは、「今日のお代はいくらになるの、ハイ用意してました。持って帰ってね」とテレビと工事の代金を手渡しなが、らこんなことをおっしゃいますね。
「息子さんは美人で可愛いお嫁さんもらって、いつもお便りチラシで拝見しているわよ」、「アトムさんの一番いいとこ、それはね、すぐ飛んできていただくのも素晴らしいけれど、ご主人んも奥さんも、息子さんも若嫁さんも本当にいつも笑顔でニコニコなのね、いつ見てもニコニコ顔でお話していただいて気持ちがいいのよ、あんたんとこは笑顔がいいわよ、いつも思っています」とお話なのです。
『ありがとうございます。Wさんちこそいつもきれいに家中片付いていますよ。色々な置物や飾り物も本当にきちんと置いてあって、こんなにきれいなお家もなかなかないですよ』なんてお礼を返します。

(男は度胸、女は愛嬌、そして商売いつでも笑顔で対応)

商売人にとって「笑顔」ってなんだろう。心を込めてニコニコ接し、お客様に可愛がっていただくってなんだろう。
アトムの勉強会で聞きました。
街の電気屋さんは、昔から「技術」と「笑顔」は誰にも負けてない、大型店に負けていました価格や品揃え、それに情報発信のチラシやカタログ作りはアトムの本部が受け持つから、ただひたすらに「技術」で素晴らしい仕事をして、力いっぱいの「笑顔」でお客様に接してもらいたいと学びます。

そんなことを思いながら、一冊の本をめくります。
松下幸之助氏の著した、「商売心得帖」を読みます《笑顔の景品》と言うページです。

《お客様におつけする景品のうちで、何にもまして重要なものは何かということになったら、皆さんはどんな景品をあげられるでしょうか。
考え方はいろいろありましょうが、私はそれは、親切な笑顔ではないかと思います。もちろん、ハワイ旅行というような景品も結構にはちがいありませんが、いつもご愛顧頂いているお客さんに対して、感謝の気持ちにあふれた笑顔の景品を日ごろからおつけしていれば、あえてハワイ旅行というようなことをせずとも、お客様はきっと満足してくださるのではないかと思います。
また逆に、そういう景品がなければ、たとえ外国旅行に招待したとしても、お客さんとのつながりいは一時的なものに終わってしまうのではないでしょうか。
したがって、かりに私どもが、他の店がただ売らんがために高額の景品を付けているからということで、その表面の姿に惑わされ、自分のところも同じような景品を付けなければならないと考えるならば、それは決して好ましいことではないと思います。結局そこからは過当競争しか生まれないでしょう。
あのお店はあんな、いわば常識はずれの景品を付けているが、自分のところは親切な笑顔のサービスに徹しようというように、いわば徳をもって報いる方策で臨んでこそ、お客さんに心から喜んでいただけ、お店のよきファンにもなっていただけるのではないでしょうか。考え方はいろいろありましょうが、私はそう信じます。 松下幸之助》

「笑顔」こそ、お客様から可愛がってもらう商売の基本ってことですね。

《ニコニコと 笑顔で接し 今日も行く》


おばあちゃん、せめてものお返しです

2011年10月19日 | お客さん宅で
(但東町佐々木にあります東光寺、ペスタロッチー賞に輝く東井義雄先生の生家です)

配達のついでにアトムの特選品カタログを持って、但東町佐々木のIさん宅を訪ねます。
『こんにちわ~、お元気しておられますか』と声をかけます。Iさん宅は81才になられたおばあちゃんの一人暮らしのおうち、二人暮らしだったご主人は2年ほど前に亡くなられました。
当店から車で40分くらいもかかります但東町の山の中、そんな遠くなのにいつも売り出しには必ずご来店され、とてもご贔屓をしていただいたお客様でした。
『テレビはちゃんと映っていますか?、何でも御用がありましたら電話してね』と挨拶します。
「まあまあ、遠いところまでいつもお便りを届けていただきありがとう。アトムのカタログをちゃんと見させてもらいます」、「気の毒しますや~な、一人暮らしでな~にも買わせてもらわんのに、よう来てもらってな~あ」と恐縮されます。
『よろしいですよ、ご主人にはようお世話になりましたがな、おばあちゃんの元気な顔を見に来るだけでもよろしいですよ』、『耳も遠いいし年寄になってしまって、地区の役に立たんなんておばあちゃんは言うけれど、元気な笑顔を村の衆に見せるだけでもそれがお役ですがな、体に気をつけて元気にしょうで、時々顔を見に寄らせてもらうからね』とお話します。

Iさん宅のすぐ近くにあります小さなお寺が東光寺、教育界ではとても有名な先生の生家なのです。教育界の名誉ある賞でありますペスタロッチー賞を、受賞されています東井義雄(とうい・よしお)先生です。
道路沿いに石碑が立っています。

    拝まない者も
       おがまれている
    拝まないときも
       おがまれている    東井義雄 
      

(昨日の全面新聞広告に載っていました雑誌「致知」の内容に感動します)

人間学を学ぶ雑誌として有名な、致知(ちち)の全面新聞広告です。
「人間学」を探求して三十三年、「いつの時代にも、仕事にも人生にも真剣に取り組んでいる人はいる。そういう人たちの心の糧となる雑誌を創ろう。『致知』の創刊理念です」と書いて雑誌購読の案内広告です。
「喜びの種をまく」と題して、特集記事の内容を詳細に述べています。
「仏(ほとけ)説(と)きたもうに七種施しあり。財物を損せずして大果報を得ん」とした教えの、「雑宝蔵経(ぞうほうぞうきょう)」・無財の七施(しちせ)を紹介しています。

そしてこう書き続けます。
「無財の施しの教えで思い出すことがある。生涯を小中学生の教育に捧げた東井義雄(とうい・よしお)先生からうかがった話である。
ある高校で夏休みに水泳大会が開かれた。種目にクラス対抗リレーがあり、各クラスから選ばれた代表が出場した。その中に小児マヒで足が不自由なA子さんの姿があった。
からかい半分で選ばれたのである。だが、A子さんはクラス代表の役を降りず、水泳大会に出場し、懸命に自分のコースを泳いだ。
その泳ぎ方がぎこちないと、プールサイドの生徒たちは笑い、野次った。その時、背広姿のままプールに飛び込んだ人がいた。校長先生である。校長先生は懸命に泳ぐA子さんのそばで、がんばれ、がんばれと声援を送った。
その姿にいつしか、生徒たちも粛然(しゅくぜん)となった。」と、但東町佐々木の小さなお寺の出身である、東井義雄先生から聞いた話を取り上げています。

さらに、寝たきりで人の手を借りる暮らしのおばあさんが、自分の不甲斐なさを嘆く姿に、一人のお坊さんが「あなたにも与えられるものがあります。人にしてもらったら手を合わせ、ありがとうと言えばよいのです。言われた人はきっと喜ぶ、感謝の一言で喜びの種をまくことができる」とおばあさんに話したそう、おばあさんは涙を流して喜んだという。
そして、「喜べば喜びが、喜びながら喜び事を集めて喜びに来る」、「悲しめば悲しみが、悲しみながら悲しみ事を集めて悲しみに来る」と諭したそうです。

全面新聞広告の文中最後はこう記しています。
「最後に、東井先生からいただいた詩を紹介したい。《雨の日には、雨の日の/悲しみの日には悲しみをとおさないと見えてこない/喜びにであわせてもらおう/そして/喜びの種をまこう/喜びの花を咲かせよう/ご縁のあるところ、いっぱいに・・・・・》と。

但東町佐々木のIさんが、「アトムさんにはいつもありがとうございます」と手を合わすようにされますから、『な~に言っとるんですかえ、お世話になったのはこちらの方ですがな。ご贔屓していただいたご主人にお礼です。おばあちゃん、せめてものお返しです』と応えます。
無財の七施の一つ、「言辞施(げんじせ)」のあたたかい言葉の応酬ですね。

《施しは お互いですよ 笑顔です》



但馬の方言

2011年10月18日 | ふるさとの話
(今年は柿の当たり年です。どの柿の木も実がずずくなりです)

私が社会人になってふるさと但馬を離れ、大阪に住んだのは50年近く前です。全国から集まる仲間と話す時、お互いの地方訛りでどうしてもわからない言葉ってありました。
私が喋る但馬の言葉で、相手がどうしても分からないと言ったものに、「ながたん」という単語があります。皆は分からん、分からん、そんな言葉は分からんぞと言いますが、子供のころから普通に使ってる者にはそれが不思議でたまりません。「なつべる」という言葉もそうでした。
現在は情報化の時代です。テレビでは全国共通の番組をどの町にも流すわけですから、話す言葉も標準語になってしまうことは当たり前です。
今日は昔懐かしい我ふるさと但馬の言葉、但馬の方言のいくつかを紹介して今日のお話といたします。

ながたん」・・・包丁のこと(このながたんは、ようきれるや~な)
なつべる」・・・片付けること(茶碗は戸棚になつべたるや~な、探してみにゃ~な)
「あはぁ~げな」・・・馬鹿らしい(おそうきて、もらえへんかったや~な。あはぁ~げなことした)

「すけぇ~」、「がさくてゃあ~」、「こうじゃげな」、「あっかえ」、「あっきゃあへんがな」、
「しょうがりぃな~」、「ちょろけぇ~」、「せせこましい」、「へぇ~」、「どないですぃな」、
「どないあんばいだぇ」、「すんまへんな~」、「よ~す」、「ええもん」、「なんぞう」、
「おみゃあ~」、「あずる」、「ほたえる」、「ぼる」、「めげる」、
「ちょびっと」、「いかめ~」、「いっしく」、「おっとろっしゃ」、「てゃあぎゃあ~」、
「しちゃらあ~」、「あってゃあ~」、「な~あ」、「しんさるきゃあ~な」、「も~やこ」、「おんなる」、

延々とあります。ふるさと但馬の懐かしい言葉です。分かりますか?言葉の意味が、今ではあまり使わなくなったものもありますが、ふるさと但馬の言葉を聞きますと懐かしい子供のころを想います。

「すけぇ~」・・・ずるい(すけぇ~ことしたら、あかんがな)
「がさくてゃあ~」・・・雑なこと(あの人は何をしてもがさくてゃあな~)
「こうじゃげな」・・・生意気、賢いこと(お前もこうじゃげぇなことを言うようになったな~)

「あっかえ」「あっきゃあへんがな」・・・ダメだ(ちゃんとせんとあっきゃあへんがな)
「しょうがりぃな~」・・・意地悪だ(おみゃあ~は、ほんとにしょうがりぃな~)
「ちょろけぇ~」・・・弱い、情けない(なにちょろけぇ~こと言っとるんだいや)

「せせこましい」・・・落ち着きがない(子供のころからせせこましいわいや)
「へぇ~」・・・挨拶の言葉(へぇ~、晩なりました)
「どないですぃな」・・・どうでしょうか(おばあちゃんの体調はどないですぃな)

「どないあんばいだぇ」・・・どんな具合ですか(入院しなったそうだけどどないあんばいだぇ)
「すんまへんな~」・・・申し訳ない(よ~してもらってすんまへんな~)
「よ~す」・・・結構です(かまってくれんでもようすっちゃ)

「ええもん」・・・おやつ(おかあちゃん、なんぞええもんちょうだい)
「なんぞう」・・・何か食べ物(なんぞうわけてもらえんきゃ~な)
「おみゃあ~」・・・あなた(おみゃあ~わな、かわいいわいや)

「あずる」・・・暴れる
「ほたえる」・・・ふざける
「ぼる」・・・もぎ取る

「めげる」・・・割れる
「ちょびっと」・・・少し
「いかめ~」・・・うらやましい

「いっしく」・・・いつも
「おっとろっしゃ」・・・すごい、ビックリした
「てゃあぎゃあ~」・・・大概(たいがい)

「しちゃらあ~」・・・してあげましょう
「あってゃあ~」・・・やれやれ
「な~あ」・・・ですね

「しんさるきゃあ~な」・・・されますか
「も~やこ」・・・共有すること
「おんなる」・・・おられる

まあ、あるわあるわ、何千何万と我ふるさと但馬の言葉があります。懐かしいですね。

最後に、「柿の実がずずくなり」ってわかりますね。柿でも何でもいっぱい込み合って付いていることを、「ずずくなり」と言います。

《方言は 昔の生活 思い出す》



ビックリするほどの良いことってなかったよ、

2011年10月17日 | お客さん宅で
(仏壇の前で『そんなことがあったのですか?・・・』と話します)

一人暮らしの〇さん宅で修理しました仏壇の、灯篭を取り付けながらお話します。
〇さんは7年前にご主人を亡くして、今では家を守り畑で精出し、都会の子や孫たちが来るのが唯一の楽しみ、今年85才の元気なおばあちゃんです。
仏壇に対になって飾ってあります灯篭が、古くなって配線が切れましてその修理に伺いました。配線を新しくし、途中にスイッチを取り付けまして『ハイ、これで大丈夫です。使いやすくなりましたよ』と伝えます。

おばあちゃんが話し始めます。
「アトムさん、大工さんに直してもらいました。仏壇の隣の床がきれいになったでしょう」、「去年の正月に子や孫たちと正月の夕食を囲んでいる時、乗用車が家に突っ込んできたのよ、家の壁を突き破って車が床に突っ込んできました。そりゃ~ビックリしましたや~な」と話し始めます。
〇さんの家の裏は、小さな畑を間に挟んで後ろに国道が走っています。国道は屋敷より3mくらい高い所にありまして、緩やかにカーブを切っています。その下りカーブを切りそこなったのでしょうか、3mの高さから「ズド~ン、ドカ~ン」と家に突っ込んできたそう、奇跡的に運転手にケガはなく、突っ込んできた仏間にも人が居なくて家の者も無事でした。
おばあちゃんが話します。
「仏壇が守ってくれたんよ、ご先祖さんやおじいちゃんが守ってくれたんよ」と、大きな穴が開いた床の壁を見てそう思ったそうです。

そんな話を聞きまして、私は『おばあちゃん良かったね、ケガがなくって良かったね。ちゃんと元通りにきれいな床になって良かったね』、『車が飛び込んでくるなんて滅多にない災難があった後は、何かビックリするほどの良いこと起きなかったかね』とお話しします。
『昔から言うでしょう。良いことがあったらその後は少しは悪いことがあるって。悪いことがあったらその後は良いことがあるって』、『滅多にない自動車の飛込みでしょう、その後は滅多にないビックリするほどの良いことあったでしょう』と話を続けます。
おばあちゃんが応えます。
「アトムさんはそんなことを言うけれど、ウ~ン、あれからねビックリね~、ビックリするほどの良いことあったかね~、ビックリするほどの良いことってなかったよ」、「別に良いことはなかったけど、病気したりケガをしたり、家族の心配するような悪いこともなかったわ」とおっしゃますね。
『おばあちゃん、それそれ、悪いことがなければ、これといった悪いことがない平穏無事が一番ですよ。それこそが一番の良いこと、病気もケガも心配事もなければそれが一番、それがビックリするほどの良いことなんだわな』とお話しします。

松下幸之助はある夏の夕方、船べりから船員と一緒に足を滑らせて二人とも海にドブンと落ちてしまったそうです。その日はツイていないことになります。運が悪かったと言えます。
ところが海から上がった幸之助はこう言ったそうです。
「自分にはとても運があると思いました。これが寒い冬だったら死んでしまったかもわかりません。まだ夏の事だったからよかったのです。私にはツキがあります。運がとてもいいです」と、
松下幸之助はたとえ悪い出来事、ツキの悪いことが起きても、ものは思いようです。海に落ちようがツイている、運が良い、何があってもツイている、運が良いと思い続ける人だったようです。そう思い続ける人にはツキも巡ってきます。本当の運も引き寄せるのです。

そんな話をどこかの本で読みました。おばあちゃんに「ビックリするほど良いことってなかったよ」と言われても、無事こそそれが最高ですよ。心配事もなく85歳を生きてることが最高ですよと、幸之助さんの話を思い浮かべて感じます。

《ツイている 思えばそっと 運も来る》