

(但馬ふるさとづくり協会転載許可済)
平成25年 第8回但馬検定(1級)問題より
記述式
【76】豊岡市日高町松岡に伝わる、「松岡御柱まつり」の由
来となった雅成親王の妃は、誰でしょうか。
正解は、【幸姫】です。
豊岡市日高町松岡にある、十二所神社前の円山川河川敷で行
われる「松岡御柱(おとう)まつり」は、雅成親王(後鳥羽
上皇皇子)の妃・幸姫の霊を慰めたことから始まりました。
春の南風が吹き始める4月14日に行われる、火祭りの奇祭
「松岡のばば焼き」はこんな話から始まるのです。
《むかしむかし、承久(じょうきゅう)の変の後、雅成親王
(まさなりしんのう)と申すお方は、但馬国(たじまのくに)、
五荘村高屋(ごのしょうそんたかや)の里に配流になりまし
た。
都のお妃様は、親王様の身の上をご案じられて、明け暮れ、
お嘆きになっていましたが身重なおからだをもいといなく、
うばひとりを連れ、慣れぬわらじを召されて、都をあとには
るばる但馬国高屋の里へと、お旅立ちになりました。
折しも春の半ば、見渡すかぎりの野原も山も、緑にもえて美し
く、こずえに歌う鳥の声もわびしい旅情をお慰めしたことでし
ょう。
そして、道中泊まりを重ねて、ようやく但馬国松岡の里まで、
おいでになりました。
なにしろ、遠く山坂超えての旅路でしたから、かよわい女の身
は、綿のようにお疲れになって、道ぶちの石にいこわせられ、
ふと、岸辺で物洗いをしている、ひとりの老婆にお気付きにな
りました。
高屋までの道のりは
「少々、ものを尋ねます。五荘高屋の里へは、どう行けばよい
でしょう。」とお聞きになりました。すると老婆は、お妃様の
姿を、しげしげと見ていましたが、「それはまあ、たいへんで
ござります。高屋までおいでになるには、五日かかる池上(い
けがみ)を行き、七日かかる納屋(なや)を過ぎて、九日かか
る九日市(ここのかいち)から、十日かかる豊岡(とよおか)
へ出て、人を捕る一日市(ひといち)を通らねばなりません。」
と、
三里(十二キロ)にも足らぬ平穏な道を、さも、まことしやか
に言いました。
これを聞かれたお妃様はおどろかれ、「十日の日かずはいとわ
ねど、人を捕る一日市とやらが恐ろしい・・・ようようここま
で来たものを、ああ、どうしましょう・・・・・。」と、じだ
んだ踏んでお嘆きになりました。
南の風になって
「一日市とかで、捕らわれのはずかしめを受けるより、いっそ、
このふち川へ身を投げて果てましょう。死後は南の風になって
高屋へ行きます。」と、言い残して、前を流れる深みへ、お沈
みになってしまいました。
このことを知った村の人たちは、すぐ川からお助けしましたが、
王子を生み落されたまま、ついに事切れてしまわれました。
歯ぎしりして残念がった村人は、逃げまどう老婆を捕えて、松
の木にしばり付け、「おのれ憎いうそつきばばめ、火あぶりに
してくれるわ。」と、下からどっと火を燃やし、焼き殺して、
お妃様の恨みを晴らしました。
お妃様は、りっぱな長い髪のお方でしたから、身投げなさった
時、その黒髪が、川いっぱいに広がって、一里(約4キロ)の
川下までも続いていたとのことです。また、じだんだを踏まれ
た足跡が、今もその川岸の岩に、残っているそうです。
十二所神社
松岡の川ぶちにある神社は、王子様とお妃様をお祭りした社で
十二所(じゅうにしょ)神社と申します。
悪い髪の人は、その毛を供えてお祈りするとりっぱになるとい
われています。
それから、この村の子供たちは、この老婆を憎んで、毎年三月
十五日に、ばばの形のわら人形を作り、松の木(おとうまつ)
の上にくくり付けて、焼くようになりました。
これを、『ばば焼き祭り』といいます。この日には、不思議に
南風が吹くということです。》
(菅村驛一さんの、「匂うふるさと」より)
『そうだら~がな』
但馬弁で「そうだら~」と言ったら、「そうでしょう」のこと
です。
「ミオちゃん、今朝は何回もトイレだね。昨夜はアイスをたく
さん食べたね、おなか壊したんだわ。夜に冷たいもん食べたも
んね、そうだら~」と注意して話します。
但馬弁で「~がな」は、「~よ」のことです。
「ケンちゃん、朝ちゃんとようけ食べとけへんから、腹減った
だろうが。そうだら~がな」と話します。