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44年前の予測が当たる

2011年10月22日 | その他
  
(日本の人口がついに一億人になると書き出しの原稿で、昭和85年を予測しています)

以下のお話は、私が21才のころから数年にわたり、社内報に書き続けましたシリーズ物の原稿で、昭和42年7月の社内報の掲載分です。

《この七月の末か八月の三日ごろにかけて日本の人口が、ついに一億人に達するそうです。現在、世界中の人間の数が約三十四億なので、世界中の人間の内、三十四人に一人は日本人であるということになりますね。日本も明治五年には三千三百十一万人しか人間がいませんでしたが、九十五年後の昭和四十二年には、実に六千六百八十九万人も増えてしまって、ついに一億人、よくもまあ、生めよ増やせよの世の中だったのですね。
ところでこうも次々と人間が増えてしまうと、しまいには人間が海にこぼれ落ちやしないかという心配が起こります。どっかの学者は、今から七百年先には世界中の陸地と言う陸地は全部、人間が立っているだけでいっぱいになる、といっていましたが、これは現在の人口増加がそのまま進んだらの話であって、なかなかそういう事にはなりそうに考えられません。日本の人口も昭和八十五年(平成22年)には一億二千四百九十六万人になるそうで、その後はだんだんと下り坂になって増加はしないそうです。
ところで皆さんは淡路島を知っていますね。もしも世界中の三十四億人の人が全部淡路島に集まったらどうなると思いますか、どう思いでしょうか皆さん。地球儀で淡路島を見ると、ほんの点にしかすぎません。世界中の陸地は実に淡路島の25万2千個分なのです。可能と思いますか、不可能と思いますか。一つ計算してみましょう。
淡路島の面積は590平方キロです。これを世界中の人口34億人で割ってみると一人当たりの面積が出ます。一人当たりの面積=590,000,000平方メートル÷3,400,000,000人=0.173平方メートル、一人当たり0.173平方メートルはちょっと狭そうですね。これでは1m四方の土地に6人も入らねばなりません。1平方メートルに6人というとちょっと込んだ通勤電車並みです。しかしあの地球儀で点でしかない淡路島でも世界中の人間をつめ込むことも出来るんですから案外淡路島といっても広いものですね。
ところがこれが日本人だけ集まったとすると、一人当たりの面積が5.9平方メートルになって八畳の部屋に2人が入るぐらいでゆったりとしたものです。
どこかの会社のCMではありませんが世の中でっかいヨー、と言えそうな話です。日本もまだまだ広いですよ。この世界中の人間が集まることの出来る淡路島の630個分あるのですから、まだまだ人口が一億になったからといって海に落ちる心配はないでしょう。》

この原稿は今から44年も昔のものですが、文中に出てまいります「日本の人口も昭和八十五年には、一億二千四百九十六万人になるそうで・・・・」は、ほぼ正確に当たっています。
日本の人口は平成17年(昭和80年になります)に、一億二千七百六十九万人でピークを迎えています。その後は亡くなる方より出生数が少しずつ下回り、人口の自然減が続いて現在に至っています。これからは急カーブを描いて人口の減少が進み、あっという間に一億人も切ることになるでしょう。
世界の人口は西暦1800年には10億人だったものが、1900年に15億人になった後は、50年後の1950年に30億人と2倍に増えて、さらに50年後の2000年には60億人とまた2倍、そして今年2011年に70億人を超すだろう、さらに2050年には90億人になる予測です。

今から40年後の世界では、何より深刻な問題は人を養う食料なのです。日本人こそどんどん人口が減少する予測ですが、世界の人口は爆発的に増えます。現在でも、限られた穀物生産をいかに世界中にまんべんなくするかという事は、とても難しくって多くの人が飢えて亡くなる国も存在します。
日本の人口がこれからはどんどん少なくなるから、日本人の食料の確保は楽になるでしょうか?。違いますね、食料の世界中での争奪戦が始まります。TPPなどで安い農産品が我が国にどっと入ってくるから、国内の農業は壊滅だなんて言っている以上に深刻なことになりますね。
そもそも安い農産物が入るっていうことは、需要に比べて供給が充分にある時のこと、もしも90億人の人口になった時の穀物の生産が、その割合よりも伸びなかった時には世界中が食料の取り合いになるでしょうね。いくら高くても買わなければならなくなるでしょう、それよりもっと怖いのは食料を盾に国家の領土や主権まで脅かされること、食糧安保の危うさですね。
いっ時の思惑で国内の食料生産を疎かにすると、40年後にはとんだツケがやってきて国内の荒れてしまった農地を開墾せねばならんような羽目に、どこかの属国の憂き目に成り下がることになる、そんなことまで考えてどうかTPPにも望んでもらいたい。
44年も昔の原稿読んで、そんな心配いたします。

《高くても 買わなきゃならん 時が来る》