須玉日記

母と子、たまに父による写真日記。

鶴見線撮影旅4

2016-10-27 07:13:04 | DIY
2014年10月27日 <母>

鶴見線撮影の旅、最後は扇町。
ここは終点なので、運転手さんと車掌さんの
入れ替えですね。






ここはノラちゃんの駅でもありました。
常連さんらしく、ひとしきり草で遊んでもらったらここへ。
保護者と思っているのかも知れませんね。






「あんた、まだ食べるつもり?」
呆れているのか、自分もおこぼれを待っているのか。






ネコチャンズに見とれてしまいましたが、
近くに停まっていた昔ながらの貨物列車。
黒い塊り、頼もしいです。

ボディーには太平洋セメントと書かれていました。






帰り道、目の前を走っている車が突然水を はき出し
あわや、濡れるところでした。






ずいぶん派手な模様の車。



鶴見線はこれで終了です。
次回からは、東扇島の公園や工場写真をアップ予定です。

このシリーズ、結構順位が上がりました。
引き続きご支援よろしくお願い致します、ペコリ。

公園に向かって出発進行!
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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (fukurou0731)
2016-10-27 08:16:07
ばらりん様
おはようございます。
電車や鉄道に興味はないのですが、なぜか線路や駅舎を見ると懐かしさを感じてしまいます。
特に大きな駅ではなく、田舎の駅員さんのいないような駅舎、都会の複線ではなく草のはえた単線の線路です。
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Unknown (ばらりん)
2016-10-27 20:34:53
fukurou0731さん

古びた駅舎や草の生えた単線の線路は哀愁を
感じますよね。
一日に数本しか電車が来ないような。

そんな駅が都会にある事に驚きました。

返信する
Unknown (捨二)
2016-10-27 21:51:24
秩父小野田と日本セメントが合併して現在の太平洋セメント。日本セメントの前進が京浜工業地帯の祖浅野総一郎。

この散水車は誰かさんが言っていた様にはやり防塵の役割をしていたのでしょうね。どこの車かを拡大して見ると極東開発って書かれてました。極東開発といえば福島原発で使用された特殊車両を作ってる会社。

以上、解説加えておきます^^

派手な車・・面白い事してくれるじゃないですか!
どこにこんな車あったんだと思えば私の車(笑)
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Unknown (ばらりん)
2016-10-28 10:34:36
捨二さん

鶴見線には浅野という駅もありますが、それも浅野総一郎さん由来だったんですね。
今回、捨二さんの知識の深さの一端に触れた思いがします。
そして一層鶴見線に親近感を抱きました。

極東開発にもビックリですね、調べて色んなことが分ると
楽しさ倍増です。

え~~~~っ!
捨二さんの車だったんですかっ?
全く意識無く撮ってました。
ただ、これだけ綺麗に映るのは、よっぽど
手入れの良い車なんだと思っていました。
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Unknown (つっち)
2016-10-28 22:25:26
こんばんは☆

全4回に構成された鶴見線撮影旅。
いつかこの写真を見たら思い出すだろうな。
・・・しんみりとじんわりと。笑
 
この日に合わせたようなコバルトブルーのS号・・
ふふ・・こんな派手な車に乗せてもらっていたのね^^
記念に、並んだ写真をお願いしとけばヨカッタ。笑

今回もばらりんさんの撮った写真・・・
物凄い枚数になっているんじゃないかと思いますが、
続編。楽しみにしてます(^_-)-☆.。o○
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Unknown (ばらりん)
2016-10-29 11:11:45
つっちさん

そうねぇ、しみじみだわね。
若かりし頃の思い出、、、
って、その頃からみれば今は若いからね。

車、言われるまでまったく気づいていませんでした。
でも、ピッカピカに磨いているからきれいに映るんだろうな
と思って見てました。

はい、相当な数です。
約300枚近く削除しましたが、まだまだです。

しばらく続くので飽きないで見て下さいね。

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