四、お地蔵さんがコンコンさん
35.祭り寿司
それから、何日かたった。ジョンさんは興味深げに酢でしめた鯖を見ている。
「よく見れば、鯖は奇麗ですね。いろいろな色が輝いています」
鯖やコハダなどを光り物と寿司つうの人たちは言っている。よく見れば虹のように輝いているのである。
炊き立てのご飯を、流しのところに置かれた木の桶にだして、合わせ酢をふりかけて、ご飯をまぜる。
「ご飯をまぜる時は、切るようにするのよ」
しゃもじを持って母はデモンストレーションをしている。
「おお、見事です」
「じゃ、ジョンさん、しますか?」
「あっ、はい」
「お上手です。雄二、団扇(うちわ)で仰いで……」
「あっ、はいはい」
「返事は一度でよろしい」
「あっ、はい」
「ご飯をかき混ぜたら、団子になりますので、切るようにするのです」
「お酢はすっぱくて嫌いでしたが、湯気で香ってくるといい匂いですね」
雄二も湯気の香りをかいだ。食欲を増進させる酢の香りである。酢はそのままだと鼻にツンとくるのに、あつあつのご飯にかけるといい香りがする。
「ジョンさん、ええこと言わはるね」
ちょっと離れたところから声が聞こえた。
「あっ、曽我のおばあさん」
「静かに。雄二は、団扇であおぎなさい」
「は~い」
「返事は伸ばさない。はいです。わかったか」
「はい」
「それで宜しい。ジョンさんに日本の文化を教えるというから、わしが指導に来たわけや」
「指導ですか」
ジョンさんは、首からかけたタオルで汗をふく。
「そうですがな。日本の文化は素晴らしいものです」
自信満々の曽我のおばあさん。
「他にすることあらへんのかいな……」
「雄二、何か言いましたか? 何か言いたいことがあったら、男らしく言いなさい」
聞こえていないと思っていたのに、聞こえていたので驚いた。
「あっ、はい。何もありません」
と、あわてて謝った。
「今の返事は短くて、よろしい!」
「はい」
眉間に皺がよるのがわかる。
「ご飯、冷めたか? うんうん、このくらいでよろしい。しばらく放っておいて自然に冷ますのや。それから、ジョンさんは光り物が嫌いやということで、わしが卵焼きをつくって、それから、茹でたエビをのせます。茹でたエビは、ジョンさん、食べられますか」
「好きです」
「よろしい! それじゃ、むこうで、わしは準備しているからなあー」
曽我のおばあさんは、出て行った。
「酢の香りで、食欲がわいてきますね」
ジョンさんはうれしそうな顔をしている。
「おかあちゃんが、曽我のおばあさんに言うたのか?」
「私で~す」
ジョンさんがすまなそうに話した。
「な~んや。言わんでいいのに」
「あの、楽しみにしていました」
「楽しみにしていてくれたんか。お世辞でもうれしいなー。それから、ちらし寿司も作ろうと思うてます」
母もうれしそうな顔をしていた。
「ちらし寿司?」
ジョンさんは質問した。
「ちらし寿司も、お祭りのときに作られるお寿司で、子どもはこっちの方が好きなのよ」
「でも、作るのは面白くないで」
母がちらし寿司の作り方を説明する。
「まず、高野豆腐を水でもどします。かんぴょうとかも入れる家があります。もどした高野豆腐を細かく刻みます。人参も細かくみじん切りにします。それを昆布だしの中に入れて煮るのです。昆布だしの他には、醤油と酢と砂糖も少しいれます。それから、みりんも……。それに、ちりめんじゃこも入れます。これは、ふだん食べていて、生臭くは感じることはありませんけど、お寿司にしたら、臭いますので、お湯で一回くぐらせてあります。それを鍋で煮て、水気がなくなったら、寿司飯に混ぜます。ちらし寿司だけのときは、普通のご飯にまぜることもあります」
「ちらし寿司ですか。おいしそうですね。私もちりめんじゃこは好きです。お頭つきです」
「それから、ちらし寿司の場合、金糸卵と紅生姜などを上にのせて、飾りつけるのですわ。そうしたら、見た目にもいいでしょう」
母はフライパンで、薄焼き卵をつくり、まな板でそれを細かく切る。
「ほう、細いです。糸みたいです」
「これ! つまみ食いしたら、いかんがな」
「ごめん。ほんでも、焼き立てで美味しいで」
「そうかー。ジョンさんも少しどうですか。この卵には砂糖が入れてありますし、小麦粉も少し入れてあります」
「そうですか。それじゃ失礼します」
小皿にのせられた金糸卵をお箸で器用に食べるジョンさん。
「美味しいです」
満面の笑顔を見せていた。
↓1日1回クリックお願いいたします。
ありがとうございます。
もくじ[メリー!地蔵盆]
世の中、文才があるかたはいっぱぃいらっしゃるのですね・・・*(・д・〟)
もしそうでしたら、若い人には読んでもらえないと
思ったので、うれしいです。
文才ですか……。
たぶんないし、あって欲しくありません。
そう思ったのは高校二年のときです。
杉森久英の『天才と狂人の間』という作品を
読んだときです。
あの室生犀星が貧乏作家で登場します。
日本語が下手と評されて売れない作家として
描かれています。
天才や狂人にはなりたくないと若いころに思いました。
人間がいい。
ジョン・レノンは人間だと、
内田裕也がレコードの帯に書いていたのを見て、
ぼくの神様にジョン・レノンはなりました。
これも高校の時でした。
でも、室生犀星もジョン・レノンも当時の
才能ある人より残ってますね。