九、さよなら、大文字さん
99.池山家の引っ越し
池山一家も引っ越していく。毎年毎年、家賃は値上げされるからだ。
「いいところがあって、よかったな」
曽我のおばあさんは自分のことのように喜んでいる。
「香取ちゃんとも、お別れかいな……」
「でも、ぼくのところも、府営住宅が当たったから、引っ越すねんで」
「ぼくのところも、ここより家賃が安いのに、二部屋もあるところに引っ越すねんで。それに共同の便所とちがって、ちゃんと便所があるんや。曽我のおばあさんのおかげや」
曽我のおばあさんは、微笑んでいた。曽我のおばあさんの紹介で、そんないい所を借りることができたのである。
「ぼくとこなんか、三部屋もあるし、便所も風呂もあるんや。少しだけ家賃高いそうやけど、いうほどじゃないそうや」
「よかったな」
池山は自分のことのように喜んでいた。
もう少し早く当たっていたら、伏見のおじいさんと住むことができたのにと、母は涙していた。
「こっち、来てよ。私の住んでいたところ、広いのよ」
恭子の表情はゆるんでいた。
「ほんまかいな」
「それが、ほんまに広いねんで」
池山は目をむいて、笑っていた。
雄二は池山のアパートの部屋に入った。元料亭の家には、天窓がついている。これは晴れた星空の日には、素敵なことだが、台風のときなど、雨漏りがして、その下にバケツが置いてあったことを思い出した。
「ほんま、広いな」
「荷物もないし、人もいない部屋は広いな」
「そろそろ、行くよ!」
池山の母が本館の玄関から大きな声で呼んでいる。
「うん。……こことも、お別れか。幸江には、挨拶しないで行くよ」
「どうして」
といいかけたが、雄二は止めた。
それもそうだろう。仕方のないことだろうと思った。
「ジョンに挨拶して行こうよ」
「そうやな、吉坊」
「ジョンともお別れか……」
犬のジョンの所へ行く。
「ジョンっていう犬に似た人おったね」
吉坊が懐かしそうに話した。
「犬には似てへんやろ、吉坊」
「似ていたのは、名前だけ。熊に似とったわね」
「うまいこと恭子いうがな」
「あの人は、優しい人やったね」
吉坊がにんまりしている。
「覚えとるんかいな」
「ほんま、優しい人やったね」
「いい人やったね、楽しかったよね」
「うん」
吉坊はよだれをこぼしている。
「ほんなら、私、この鍵を管理人さんに返してくるわね」
と池山の母。
雄二は犬のジョンを撫(な)でていた。新館から幸江の母親が出てきた。何か悪口を言われると思ったが、
「これで、ジョンの友達もへるわね」
と拍子抜けすることを言った。
「それじゃ、失礼します」
「お達者で」
幸江の母親は挨拶した。
雄二は、石段を降りていく池山の兄弟について行った。
「まだ、ついて来るんかいな」
「うん、市電の道まで」
「そんなの嫌だよ。ここで、ええよ」
池山は力なく話した。
「どうしてや!」
雄二は市電の道まで行って見送りたかったのだ。
「兄ちゃん、泣きよるんや、きっと」
「そんなこと恭子いうなよ」
「そうかいな。ほんなら、ここでな」
池山の涙なんて見たくなかった。いや、誰の涙も本当は見たくない。
「うん、香取ちゃんも達者でやりなよ」
池山は照れ臭そうに笑った。
「うん。池山もな。吉坊のこと宜しくな」
「わかってる」
池山は吉坊の頭をなでていた。
「ほんならな! バイバイ」
「バイバイ」
池山三人兄弟は手をふっていた。
楽しそうに吉坊が大きく手を振っていた。
「広い家に住めるんやから、悲しむなよ」
雄二は、池山に叫んだ。
「ああ!」
池山は後ろ向きで手を大きく振っていた。
閑話休題 ぼくの子ども時代には京都市内で市電が走っていました。 子どもたちは、「チンチン電車」と呼んでいました。 路面電車は環境にはいいという話ですが、 モータリゼーションにはあわないようで、 京都から、その姿を消しました。 ぼくが広島が好きなのも、 今、京都の市電を見たければ、 広島に行けば、現役でがんばっているからです。 ここをクリックしてくださいませ。 ぼくの子ども時代の京都の市電が活躍していたころの 写真が掲載されているのを見つけました。 古都に市電はよく似合います。 ここをクリックしてくださいませ。 |
↓1日1回クリックお願いいたします。
ありがとうございます。
もくじ[メリー!地蔵盆]
古都と路面電車 拝見しました。komu-gはんを想起させられますね。
南への旅 今晩ゆっくり拝見するつもりです。
不思議とコムコムはんの写真は現代なのに、ああいう感じもありますね、確かに。
ぼくの遊び場でもあった熊野神社は涙ちょちょぎれもんです。
タイムマシンの開発ができたなら、
ぼくは今の京都より市電が走り出したくらいの時代に旅行してみたいです。
時代小説など空想世界でもかなり楽しいと思います。
ン十年前の鱧男さん 拝見しました。
秀才風の好青年ですね。私の若い頃そっくりwww
宮脇俊三さん、殆ど完読しましたが、とんでもない切符、宮脇さんと同じです。
まわりに鉄道好きが多かったです。
その影響も受けているのかもしれません。
彼らは、いい人が多かった。
僕は「吉本に入れ!」と、
先生にいわれるタイプの人間でした。
田舎に帰ったとき、
ぼくらがつくったギャグを、
田舎の見ず知らずの子が話していて、
こけそうになりました。(^^)