『ドイツ・エコロジー政党の誕生
-「六八年運動」から緑の党へ-』
西田慎・著/昭和堂2009年
ドイツと日本はよく比較されるが……。
やはり組織犯罪を許さないとしたドイツと、組織犯罪で運営されている日本とは大きく異なるだろう……。
日本は、与野党ともに、組織犯罪体質は否定できないことだろう……。できたら、うれしいんですが……。
この本を読んだ感想では、左翼のイデオロギーに限界を感じた人たちが、環境(生活が第一)という旗の下に集まったように思える。害にしかならない利権のためだけのイデオロギーより、実際的になったのがよかったのだろう……。日本では、まだ利権にしがみついてセレブ気取りのイデオロギー信者たちがいる……。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/f6/bc96efaa7704d7cd90f471ccca17f069.jpg)
1968年……。下「」引用。
「-略-さらにはロック音楽が公認され、アングラ文化も隆盛を極めていった。このように「六八年」は、政治や社会を一変させ、今日につながる体制を作り出したことから、(西)ドイツでは四九年の正式な建国に次ぐ、「第二の建国」とも呼ばれる。
これに対し日本における「六八年」全共闘の影の薄さはどうであろうか。わが国では欧州と異なり、全共闘世代に立脚する政党もメディアも存在しない。-略-せいぜい「学生が騒いだ年」ぐらいにしか見ていないのである。」
「■不徹底に終わった「非ナチ化」■」下「」引用。
「-略-こうした「非ナチ化」の不徹底さが、後に「六八年」の導火線の一つとなるのである。」
日本では「一億総懺悔」というペテン師の論法が続き、戦争を推進した人たちが政治に復帰し、その子孫が家業のように継いでいく。今の総理も反民主主義の祖父をもつ……。
モスクワ派のドイツ共産党DKP、北京派のドイツ共産党はKPDを名のったという。
国際マルクス主義者グループ(GIM)。
「四人組」で混乱。下「」引用。
「その後の「四人組」の逮捕を経て、中国が改革開放政策に転換すると、彼らはイデオロギー的にも混乱に陥り、一部は「新しい社会運動」や結党過程にあった緑の党に参加することで、それを乗り切ろうとするのである。」
「■緑の党と新左翼」
反原発運動がはじまる、1976年。
「■反原発運動から「緑のリスト」誕生へ■」
「■緑の党の結党■」 下「」引用。
「ところで各地で「緑のリスト」をはじめ、環境保護を掲げる政治団体が選挙で善戦したことを受け、それらを統合して全国政党を結成しようという機運が盛り上がってきた。そして七九年三月、目前に迫った欧州議会選挙に参加するために「それ以外の政治的結社・緑の党」(SPV)がフランクフルトで結成されたのである。-略-」
連邦議会に登院した緑の党の議員。長髪ノーネクタイが売りだったという。
カトリック教会と人工中絶のことで対立。下「」引用。
「-略-枢機卿が、「信心深いキリスト教徒なら、選挙の際に緑の党を選んではいけない」と発言して物議を醸したこともあった。しかし近年は両者間で対話の動きが進み、九七年以来緑の党とカトリック司教会議の間で首脳会議が持たれている。」
中絶をすることが理想ではあるまいに……。
ユーゴ空漠で大荒れ……。
丸山眞男は日本の学生運動を「左翼ファシズム」と非難。下「」引用。
「政治学者の丸山眞男が、全共闘の学生に研究所を荒らされた挙句、「こんな暴挙はナチスでもやらなかった」と批判したエピソードは、ハーバーマスが同時期にAPOを「左翼ファシズム」と批判したことを想起させる。-略-」
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-「六八年運動」から緑の党へ-』
西田慎・著/昭和堂2009年
ドイツと日本はよく比較されるが……。
やはり組織犯罪を許さないとしたドイツと、組織犯罪で運営されている日本とは大きく異なるだろう……。
日本は、与野党ともに、組織犯罪体質は否定できないことだろう……。できたら、うれしいんですが……。
この本を読んだ感想では、左翼のイデオロギーに限界を感じた人たちが、環境(生活が第一)という旗の下に集まったように思える。害にしかならない利権のためだけのイデオロギーより、実際的になったのがよかったのだろう……。日本では、まだ利権にしがみついてセレブ気取りのイデオロギー信者たちがいる……。
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1968年……。下「」引用。
「-略-さらにはロック音楽が公認され、アングラ文化も隆盛を極めていった。このように「六八年」は、政治や社会を一変させ、今日につながる体制を作り出したことから、(西)ドイツでは四九年の正式な建国に次ぐ、「第二の建国」とも呼ばれる。
これに対し日本における「六八年」全共闘の影の薄さはどうであろうか。わが国では欧州と異なり、全共闘世代に立脚する政党もメディアも存在しない。-略-せいぜい「学生が騒いだ年」ぐらいにしか見ていないのである。」
「■不徹底に終わった「非ナチ化」■」下「」引用。
「-略-こうした「非ナチ化」の不徹底さが、後に「六八年」の導火線の一つとなるのである。」
日本では「一億総懺悔」というペテン師の論法が続き、戦争を推進した人たちが政治に復帰し、その子孫が家業のように継いでいく。今の総理も反民主主義の祖父をもつ……。
モスクワ派のドイツ共産党DKP、北京派のドイツ共産党はKPDを名のったという。
国際マルクス主義者グループ(GIM)。
「四人組」で混乱。下「」引用。
「その後の「四人組」の逮捕を経て、中国が改革開放政策に転換すると、彼らはイデオロギー的にも混乱に陥り、一部は「新しい社会運動」や結党過程にあった緑の党に参加することで、それを乗り切ろうとするのである。」
「■緑の党と新左翼」
反原発運動がはじまる、1976年。
「■反原発運動から「緑のリスト」誕生へ■」
「■緑の党の結党■」 下「」引用。
「ところで各地で「緑のリスト」をはじめ、環境保護を掲げる政治団体が選挙で善戦したことを受け、それらを統合して全国政党を結成しようという機運が盛り上がってきた。そして七九年三月、目前に迫った欧州議会選挙に参加するために「それ以外の政治的結社・緑の党」(SPV)がフランクフルトで結成されたのである。-略-」
連邦議会に登院した緑の党の議員。長髪ノーネクタイが売りだったという。
カトリック教会と人工中絶のことで対立。下「」引用。
「-略-枢機卿が、「信心深いキリスト教徒なら、選挙の際に緑の党を選んではいけない」と発言して物議を醸したこともあった。しかし近年は両者間で対話の動きが進み、九七年以来緑の党とカトリック司教会議の間で首脳会議が持たれている。」
中絶をすることが理想ではあるまいに……。
ユーゴ空漠で大荒れ……。
丸山眞男は日本の学生運動を「左翼ファシズム」と非難。下「」引用。
「政治学者の丸山眞男が、全共闘の学生に研究所を荒らされた挙句、「こんな暴挙はナチスでもやらなかった」と批判したエピソードは、ハーバーマスが同時期にAPOを「左翼ファシズム」と批判したことを想起させる。-略-」
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