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磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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アメリカ・インディアン-奪われた大地-

2010年07月06日 | 読書日記など
『アメリカ・インディアン-奪われた大地- 「知の再発見」双書 20』
   フィリップ・ジャカン(著)/森夏樹(訳)/
     富田虎男(監修)/創元社1992年

差別のひどさ、教養ある野蛮人である西欧人にあきれかえります。
キリスト教もすさまじいものです……。



表紙の絵。下「」引用。

「ブラックフット族族長 ブルズ・バック・ファット(雄牛の背の脂身)」

二つの時代ともに、ひどい……。下「」引用。

「1607年にヴァージニアのジェームズタウンでインディアンとイギリス植民者が初めて出会ってから、今日までの400年近い現米国本土におけるインディアン・白人関係の歴史は、1890年ころを境に2つの時代に分けられる。それまでの300年間は、移住か戦争かの択一を迫る武力征服と、これに対するインディアン側の武力抵抗か忍従の時代で、1870年代における米国軍と大平原緒部族の壮絶な戦いをもって、それは最高潮に達し、1890年のウーンデッド・ニーの虐殺をもって最終局面を迎える。
 1890年以降今日までの100年間は、広大な領土を奪われて狭い保留地に閉じこめられたインディアンが、個人所有地を割当てられて農民になることを強いられ、部族共同体に基づくインディアン文化の根底を掘りくずされて、教育などを通じて白人文化への同化を強制された文化征服の時代であり、これに対するインディアンの文化抵抗の時代である。1930年代のニューディール政策によって、一応の強制的同化政策に歯止めがかけられたが、インディアンの基本的人権と民族自決権は、まだ確立されたとはいえない。現在、そのためインディアンは戦っている。」

「ヴァージニアと同様、ニューイングランドでも、植民地化は血しぶきの中で進められた」

「ヨーロッパ中が渇望する毛皮を手に入れるために、オランダ人たちは毛皮の交換に鉄炮をイロコイ族に渡した」 下「」引用。

「ヒューロン族がフランス人に対して結んだのと同じような関係を、イロコイ族はオランダ人と結んだ。イロコイ族はまず、有力なライバルであるモヒカン族を排除することと、アルゴンキン族が自分たちの領土に侵入してこないように妨害することを決めた。一方、オランダ人たちに対して、毛皮の取引をする際に自分たちを仲介者とするに要求した。そして毛皮と引き換えに、イロコイ族はオランダ人から銃や弾薬の補給を受けた。オランダ人から手に入れた銃のおかげで、イロコイのモホーク族は数年を経ずして、東部地方随一の強力な部族にのし上がっていった。」

武器の制限とキリスト教。下「」引用。

「この脅威に対抗するために、アルゴンキン族とヒューロン族は、フランス人が自分たちのうしろ盾になり、火気の補給をしていくれることを望んだ。しかしフランス人は同盟者が武装することを警戒して、武器の補給を制限した。ただしイエズス会修道士の助言によりキリスト教に改宗したヒューロン族内の部族に限って、武器が手渡された。そのため1640年、ヒューロン族連合は改宗した部族と非改宗の部族に分裂した(これによってヒューロン族は当然のことながら弱体化した)。」

教会は白人とインディアンの結婚を反対した。下「」引用。

「教会は教会で、白人がインディアンと結婚することに激しく反対した。理由はその結婚が「放縦で淫蕩だ」というのである。宣教師たちだけは、かろうじて、洗礼を受けたインディアンと白人の結婚を認めた。-略-」

「イエズス会修道士の殉教」

聖者・テカクイータ。

「戦争よりもはるかに恐ろしかったのは、白人がヨーロッパからもらした疫病だった」

「南北戦争によってアメリカ人同士はたがいに引き裂かれたが、その一方では、インディアンたちの怒りが高まっていった」







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