◎「ベーシックインカム」
生活に必要な最低限の現金を政府が定期的に給付する政策
ベーシックインカム(英: Basic Income, BI, Universal Basic Income, UBI)は、最低限所得保障の一種で、政府が全国民に対して、決められた額を定期的に預金口座に支給するという政策。
また、基本所得制(きほんしょとくせい)、基礎所得保障、基本所得保障、最低生活保障、国民配当や、頭文字をとってBIやUBIなどともいう。世界中で限定的なパイロットプログラムも始まっている。公的社会保障担当機関における人件費・管理運営費に余計にコストが掛かっていることに着目し、国民全員均一同額配布にすることで現行の審査と管理におけるコスト・負担を無くせる制度。現状のワーキングプア層と少子化対策にもなるように世帯における人数が増えるほど受給金額増えるために多子世帯・少子化懸念者から賛成があり、支給金額をいくらにするかが議論になっている[]。
2013年には、2016年のスイスのベーシックインカムに関する国民投票(77%対23%で否決)を支援するために、ベルンの連邦広場に5サンチーム硬貨800万枚(住民1人当たり1枚)が投棄された。
2021年10月には、米国のシカゴ市議会がベーシックインカム・プログラムを承認。試験的に5,000の低所得世帯に1年間にわたって毎月500ドルを支給することを決めました。
◎概説
国民の生存権を公平に支援するため、国民一人一人に無条件かつ定額で現金を給付するという政策構想。包括的な現物給付の場合は配給制度であり、国民全員に無償かつ定期的に現金を給付するため社会主義的・共産主義と批判されることがあるが、ベーシックインカムは自由主義・資本主義経済で行うことを前提にしている場合が多い。ベーシックインカムの根底には、無知や怠惰といった社会悪の除去という目的がある。ダニエル・ラヴェントス(スペイン語版)は、その目的のために法律化されるベーシックインカムは、世帯にではなく個人に対して支給されること、他の収入源から所得は考慮しないこと、仕事の成果や就労意欲の有無は問わないこと、という三つの原則に従わなければならないと主張している。
新自由主義者からの積極的BI推進論には、ベーシック・インカムを導入するかわりに、生活保護・最低賃金・社会保障制度を消滅させ、福祉政策や労働法制を「廃止」しようという意図が根底に流れている。
一方で、この考え方・思想に対しては古代ローマにおけるパンとサーカスの連想から「国民精神の堕落」など倫理的な側面から批判されることがある。所得給付の額次第では給付総額は膨大なものになり、国庫収入と給付のアンバランスが論じられたり、税の不公平や企業の国際競争力の観点が論じられることもある。
◎利点
ベーシックインカムは、年金・雇用保険・生活保護などの社会保障制度、公共事業を縮小・統廃合することにより、公平かつシンプルで「小さな政府」を実現するのに役立つといわれている。
また、最低限の生活を保障するほど、市民は労働から解放され、企業も雇用調整を簡単に行うことができるようになり、雇用の流動性が向上し、富の格差は解消し、社会不安はなくなり、新産業創出などの効果があるという意見がある。
・勤労貧困対策・勤労意欲の維持
ベーシックインカムの最終的な目標は、一定の所得を無条件で保障することで、すべての国民が最低限以上の生活を送れるようにすることである。ワーキングプア問題への処方箋として期待する向きもある。ワーキングプアは、自己の年収が200万円を下回る貧困層の立場に置かれているものの、辛うじて生活保護を要するほど困窮した立場にはないとして、従来の社会保障制度では救済されない。ベーシックインカムを導入すれば、ワーキングプアにも社会保障を受ける機会を提供できるとされる。また現行の勤労意欲を減退させていて、脱却率が著しく低い生活保護に至る前に人々を救う「防貧」の効果がある。現行の生活保護や雇用調整助成金では働かない状態を維持するため受給の条件に下方修正している人がいる、負の動機付けや、交渉や制度の利用の得手、不得手から、適切な可否判断が難しい現行制度を是正出来るとの指摘がある。
・少子化対策
ベーシックインカムは負の所得税と異なり、世帯ではなく個人を単位として給付される。子供を増やすことは世帯所得増加に繋がるため、子供を産むインセンティブとなるために少子化対策となりうるという考えがある。
・家賃の低い地方の活性化
ベーシックインカムの給付額は生活に必要な最低限といわれることが多い。全国一律であると仮定した場合、家賃の安い地方に生活するインセンティブになるという意見がある。
・社会保障制度の簡素化
現在ある複数の年金制度、ハンディキャップを負った人のための保障など種々の社会保障制度のうち、失業保険、生活保護、および基礎的な年金などベーシックインカムで代替できるものは一本化し、他を補助的に導入することで簡素化されることで事務コスト・負担が無くなる。一元化されることにより、問題になっている生活保護の不正受給問題が解決できる。
・行政コストの削減
社会保障制度を簡素化できれば、それらの運用コストは簡素化に応じて削減される。これはベーシックインカムの導入目的の一つでもある。さらにベーシックインカム実現への課題の一つである財源問題は、現行の社会保障政策を全廃しベーシックインカムに一本化を行えば、財源となる予算の付け替えだけで済むため、同時に解決可能との意見もある。
・余暇の充実
ベーシックインカムにおいて、労働は、最低限度の生活を起始点として、必要な分だけ賃金を得る方式であるという考えがある。この前提では仕事と余暇の割り当てを自由に行えるという点から、多様な生き方を認めるという思想とも取れるという意見がある。景気刺激策という観点では、余暇を楽しむ選択をした人々がさまざまな財を購入してくれる場合に、その効果は高いという意見がある。生産力の上昇を見込んだ上で、資本主義経済において、常に需要を確保する必要があると仮定すると、マクロ経済学的にはよい状態になるという意見がある。公共投資は景気刺激効果をもたらし、所得上昇に繋がるとされている。ベーシックインカムはこれらの景気刺激効果と変わらなくても、国民総幸福のような指標では差が生じるという意見がある。
ワークシェアリングによって、同時に雇用の形式も多様化している方が制度的な整合性がよいという意見がある。
・ブラック企業の撲滅・転職活動の容易化
仕事を辞めてもBI給付によって、求職中も最低限の生活を送れるため、不本意な労働をしている人々が仕事を辞めることができる。それに伴い、劣悪な労働環境下で働く労働者に支えられてきた、いわゆるブラック企業が淘汰されていく。所得が保証されれば劣悪な労働環境で無理に働くことを継続する必要がなくなるため、違法性やグレーゾーンを含む劣悪な労働環境で労働者を働かせているブラック企業を倒産に追い込めると指摘されている。
・職業選択・チャレンジの容易化
現在の社会制度の下では起業に失敗すると経済的に困難な状況に陥るが、ベーシックインカムが導入されていれば、もともと最低限の生活は保障されているため失敗を恐れる必要がなくなるという意見が有る。また学生が、生活していくためあるいは小遣い稼ぎのためにアルバイトにあてている時間を学問・研究に回すことにより学生の質を上げる。現状では、ごく一部の成功者だけしか生活が成立するだけの収入を稼げていない、芸術家・音楽家・作家などの職業を選ぶことも容易になる。
・うつ病を含む精神疾患の症状改善
継続的な現金の支給によりうつ病患者を含む精神疾患患者の症状が改善したとする論文が発表されており、医療費の軽減や労働力の増加に繋がることが指摘されている。
・一律支給によるスティグマからの解放
ルトガー・ブレグマンは、生活保護は、受給者に社会に対する恥辱感や罪悪感を生じさせ、社会からはネガティブなスティグマを付与するシステムと化していると述べている。ベーシックインカムによる公平な支給は困窮者のストレスを減少させ、社会統合を促す効果があると考えられている。
◎欠点・議論・懸念
・財源の不安
人口が少なく豊富な天然資源があるなど、国家に極端に大きな歳入源があることで機能する制度との考えもある。ベーシックインカムはその財源をどこに求めるのかという点が議論の的となる。これについては#財源案を参照。また、後述の通り働かない人が増えれば国家の歳入はそれだけ減る。すると政府はベーシックインカムを維持するためにますます税金を引き上げることになる。
・浪費への懸念
ベーシックインカムが消費者金融からの借金や賭博に使われる可能性が懸念されている。
・経費膨張の法則
国家の経費はつねに膨張の圧力にさらされており、歳費削減問題は国庫の恒常問題である。主権者は国庫からの恩恵よりも国庫に対する義務をつねに過大に感じており、このことが財政需要を拡大させる。17世紀イギリスのウィリアム・ペティの時代から、国家経費の膨張あるいは冗費節減が指摘されてきた。アドルフ・ワーグナーによれば、戦争や大不況、大災害など社会的動乱により「人々は平時には容認できないと考えていた租税水準と収入増加の方法を危機時には認めるようになり、この容認は動乱自体が収束しても存続する。」その結果、動乱が過ぎると支出は下落しているのにも関わらず政府はこれまで必要とされながらも増税をしてまでは行わなかった諸政策の実施を図るようになり、結果として高い水準での財政支出構造が維持される(転移効果)とする。
・勤労意欲の低下
「何もしなくても現金が手に入る」「生活できる程度の収入が手に入る」ということが分かっている上、働かねば働かないほど生活保障を厚くしてくれるというのであれば働かないでわざと困窮するのは合理的な判断になってしまうため、労働者の勤労意欲が低下し、無責任になる動機付けが起こる可能性があるという考えがある。
・大きな政府への批判
濱口桂一郎は、「ベーシックインカムは、実は超中央集権である」「安易なベーシックインカム論は要するに『一君万民モデル』である。社会というのは何段階も経てまとまっていくもので、ある段階でおかしなところがあればそこを修正すればよい。一人の絶対的な権力を持つ皇帝がおかしくなれば弊害も大きくなる」「事業活動では業界があり、企業があり、個々の職場があるように複数の段階で構成されているが、それが実は大きなセーフティネットになっている。最後のセーフティネットとして生活保護がある。他の段階を全部なくして全部ベーシックインカムで統一しようというのは、いわば皇帝モデルに近い」と批判を述べている。
・財源案
山崎元の試算によれば年金・生活保護・雇用保険・児童手当や各種控除をベーシックインカムに置き換えることで、1円も増税することなく日本国民全員に毎月に4万6000円のベーシックインカムを支給することが可能であるとする。具体的には日本の社会保障給付費は平成21年度で総額99兆8500億円であり、ここから医療の30兆8400億円を差し引くと69兆円となる、これを人口を1億2500万人として単純に割ると月額4万6000円となる。小沢修司も月額5万円程度のベーシックインカム支給ならば増税せずに現行の税制のままで可能と試算している。
ベーシックインカムの支給額は日本では月額5万から15万円程度で議論されることが多く、様々な財源案が提起されている。一方で多くの提案の背景には租税徴収確保主義("集めれば良い")があり、民主主義と財産権の観点から課税の正当性を記述する必要がある(目的税)。
たとえば受益が課税の正当性の根拠だと安直に短絡している議論もあり、公的分配の背景に財産権の公的侵害がある場合、公平・公正の観点から、慎重かつ明確に政策目的とその限界が記述されるべきものである(租税法律主義・租税公平主義)。
・税収
「所得税」、「消費税」、「環境税」、「相続税」などが挙げられる。ゲッツ・W・ヴェルナーは、ベーシックインカムを導入するとともに所得税や法人税を廃止し、消費税に一本化すべきと主張している。BIの財源を消費税のみで賄おうとする場合、現行の消費税率10%を25.8%引き上げた35.8%にする必要がある。これは諸外国で高い税率を課しているハンガリー、アイスランド、スウェーデン各国それぞれの消費税率27%、25.5%、25%よりはるかに高く、やはり消費税のみで財源を賄うことは非現実的である。
◎資源
・鉱物
土地・鉄・銅・ボーキサイト・ウラン鉱・石油・石炭等の天然資源を売却し、収益を国民に分配する。(ジョージズム)。原油価格が高値安定していたころのサウジアラビアは、原油を輸出しその代金で政府支出をまかない、国民福祉も充実し、税はないに等しかった。実質的にこの経済世界が実現されていたといえる。
・海底鉱物
日本の領海の海底に存在するとされる鉱物資源の収益に課税し、それを国民に分配する。
・エネルギー
宇宙太陽光発電事業の収益に課税し、それを国民に分配する。
◎日本における動向
日本でベーシックインカム導入をマニフェストに盛り込んでいる政党は、日本維新の会、国民民主党、政治家女子48党、緑の党グリーンズジャパン、つばさの党である
◎ベーシックインカム導入国
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大に伴って経済活動が停滞し、多くの人々に苦しい生活が強いられるなか、日本ではすべての人に給付金が給付された。緊急対応ではあったものの、ベーシックインカムに近いモデルであったことが注目されている。これを受け、日本ではベーシックインカムの段階的な導入や支給金額の見直しなどが継続的に議論されている。ここでは、世界で行われている実例もいくつか紹介する。
・フィンランド
フィンランドでは、2015年の総選挙に勝利した中央党が選挙公約として掲げてきたベーシックインカムの実験を行った。抽選で選ばれた2,000人を対象に、失業手当と同額の560ユーロを2年間にわたって支給。実験の結果、労働意欲や雇用の促進に影響はそれほどなかったものの、ストレスが軽減され、幸福度が向上したという結果が出ている。
・アメリカ
2022年、カリフォルニア州ロサンゼルス市でいくつかの条件を満たす約3,200世帯を対象に、毎月1,000ドルを1年間支給する導入実験が行われた。その結果、エリック・ガルセッティ市長は、「困難な状況にある家族にリソースを提供することで、私たちの多くが幸運にも当たり前のように享受している目標を実現する余裕を与えることができる」と述べている。また、アメリカではその他の地域でも導入実験が進められている。
・ブラジル
ブラジルのマリカ市では、条件つきで地域通貨がカードやスマートフォンへのチャージ式で支給されている。このシステムを導入したことによって、支給された人々がベーシックインカムを何に使用しているのかを把握でき、給付後の人々の行動の変化を正確に測定できるようになった。ブラジルにおける資金調達は石油収入によるものであるため、財源確保がしやすく、長期的な実験が可能だと言われている。
◎日本のベーシックインカムはいつ導入される?
ベーシックインカムを実現するには膨大な予算が必要なため、日本での導入時期は未定。しかし、日本でも導入に関して継続的な議論が行われており、国民民主党や日本維新の会が導入に意欲的だ。
例えば、日本維新の会はすべての国民に無条件で1人当たり月に6万円から10万円を支給することを政策として掲げているが、実現には年間およそ100兆円が必要になることから、財源の確保が大きな課題だ。そのため、現在も段階的な導入や支給金額の見直しなどを検討する議論が行われている。一方、国民民主党では、税金を一定額減税する「給付付き税額控除」と、要請を受ける前に支援を行う「プッシュ型支援」を組み合わせた「日本型ベーシックインカム」という仕組みを提案している。
◎注目が高まるベーシックインカム
ベーシックインカムは、すべての人々にとって魅力的かつ画期的な制度だ。生活の底上げが叶うことですべての人が安心して働き、心配なく暮らしていくことができるようになるため、貧富の差や経済的格差を解消する大きな手段となるだろう。一方で、膨大な財源の確保が必要なため実現までの道のりは長いかもしれないが、世界的にも実験的な実例が増加しており、日本でも実現に向けた議論がされるなど、さまざまな動きが見られている。誰もが笑顔で暮らせる未来に期待したい。
◎お金のシステムの変革期は近い
2020年ごろから流行している新型コロナウイルスの影響で、経済の根本が傷みました。
日本では、これからの少子高齢化の影響も相まって、十分な生産活動ができなくなるとされています。2040年には、生産年齢人口比率が全人口の50%まで低下するとの予測もあります。
地球温暖化問題も考えると、2030~50年あたりが、お金のシステムの大きな変革期かもしれません。
そのとき低成長ながら安定した暮らしを続けていくには、これまで述べてきたような、「直接国がお金を発行して、ひとりひとりに配当する国家デザイン」が必要となる可能性が高いと思います。そんな近未来をみなさんも、ぜひ、共に想像してみてください。
◎ベーシックインカムの課題
ベーシックインカムには多くの課題があります。日本で導入できるかどうかは、この課題を解決できるかどうかによるでしょう。ここでは課題を3つに分けて紹介します。
・多額の財源確保が必要
全ての国民に対して定期的に現金を支給するため、巨額な財源を確保しなければなりません。単に現行の社会保障費を振り替えるだけでなく、増税などによる新たな財源確保策が必要となる可能性があります。その際には、負担増への国民の反発が予想されます。
・既存の社会保障制度との調整
ベーシックインカムと既存の年金、生活保護、児童手当などの社会保障制度の関係を整理する必要があります。二重給付による不公平な制度が生まれたり、すでに年金や生活保護を受給している層が反発したりする可能性があります。ベーシックインカムを正しく理解するための、丁寧な制度設計と国民への周知が重要です。
・労働意欲減退の懸念
無条件で一定額が支給されることで、国民の労働意欲が低下してしまうのではないかという懸念があります。一方で、ベーシックインカムによる導入で国民に余裕が生まれ、新しい働き方を支援できるという見方もあり、議論が分かれるところです。
日本での導入に際してはこれらの課題に加え、超高齢化社会への影響といった日本固有の事情も発生すると考えられます。社会保障制度の大きな改革には、国民的な合意形成が必要不可欠です。ベーシックインカム導入するためには、制度変更の是非や具体的な制度設計など多くの課題を解決しなければなりません。
◎まとめ
ベーシックインカムは国民の最低限の生活を保障できる一方、制度を安定させる財源確保や現行の社会保障制度との調整などの課題もあります。日本で導入するのは簡単ではありませんが、さまざまな課題を解決できれば、話が一気に進むかもしれません。
ベーシックインカムが導入されれば、より自由な働き方を選択できるでしょう。将来の選択肢を考えるきっかけとして、ベーシックインカムの今後の動きに注目しておくのがおすすめです。