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「なぜ寝かせた肉はおいしいのか?」

2015-09-19 07:27:48 | 日本

佐藤成美さんの 「なぜ寝かせた肉はおいしいのか?」について、要約し記す。



「熟成肉」の人気が高まっている。まだ食べたことはなくても、気になっている人も多いのではないだろうか。また、熟成肉がどんな肉かをあまり知らずに食べている人もいるかもしれない。これまで食べたことがなかった。熟成肉とはどんな肉なのかを探ってみた。


◎熟成肉ブームが到来

ステーキハウスや焼肉屋の店頭に「熟成肉」の文字が並ぶ。牛丼チェーン店でも熟成肉を使ったメニューが登場した。

熟成肉とは、より長く寝かせた肉のこと。熟成していない肉に比べて旨味や風味が増している上に、肉はやわらかい。

欧米で熟成肉は「エイジングビーフ」としてよく知られたメニューだ。日本での熟成肉ブームは、食肉販売業の日本人がニューヨークのステーキハウスで、肉を包装せず、専用冷蔵庫で風を当てて水分を飛ばしてつくる「ドライエイジングビーフ」を食べたことに端を発する。「これはおいしいし、目新しい」と目をつけ、数年前に技術を取り入れたことで日本でも火が付いた。

なお、ウェットエイジングという方法もある。これは肉を布でまいたり、真空包装をしたりして冷蔵庫で保管する方法だ。どちらの製法も酵素の働きによりタンパク質が分解し、アミノ酸やペプチドに変化することで、旨味が増す。


◎「熟成肉」の定義とは?

「肉は腐る直前がおいしい」というが、熟成肉は腐りかけの肉ではない。腐るとは、腐敗細菌が繁殖し、タンパク質などが分解されて悪臭や有害物質が発生すること。一方、熟成肉では、温度や湿度をコントロールして肉を寝かせることにより、腐敗細菌の働きを抑えつつ、肉が本来もつ酵素や有用細菌を働かせて肉の熟成を進めるのである。

ドライエイジングでは、水分を蒸発させるため、うまみが凝縮する。熟成後は、肉のまわりにびっしりカビが生え、表面の色も変わるが、外側をきれいに取り除くときれいな赤い肉が現れる。「熟成香」とよばれるナッツのような独特な香りも生まれる。
ただし、熟成と腐敗は紙一重。取り扱いが悪いと、あっという間に腐敗する。よい熟成肉をつくるには、細心の品質管理と熟練の技が必要だ。

「ドライエイジングでは、食用にできる部分の割合は50~60%くらい。その上、手間もかかるので、価格が高いのです。ただ、現時点では熟成という加工について共通の定義はなく、会社により加工時の温度や湿度、さらに熟成日数もまちまちです」と、東京食肉安全検査センターセンター長の中島和英さんは話す。

現時点では、熟成肉の定義がはっきりしていないので、手間暇かけたドライエイジングビーフも、冷蔵庫で数日寝かせただけの牛肉も、「熟成肉」といえてしまう。人気の高まりを受けて多くの加工業者が熟成肉に参入しているが、味も衛生状態もまちまち。熟成肉が出回るほど、品質の差は広がり、粗悪な品では食中毒も出かねない。

そこで、農林水産省はドライエイジングビーフを日本農林規格(JAS)に加えた上で、製造方法などに一定のルールを設ける検討を始めた。今秋から検討を始め、早ければ来年度中にルールが決まる予定だ。


◎昔から日本にも熟成肉はあった

「日本でも、昔から『枝を枯らす』といって、肉を熟成させる方法はあったのですよ」と中島さん。枝肉(内臓を取り除き、背骨から2つに切り分けた状態の肉)を吊るしておいて、熟成させる。昔の肉屋の店先でよく見られた光景だ。

解体直後の肉は死後硬直により硬くなるので、肉がやわらかくなるまで普通の肉でも10日ほど吊るしておくが、枝枯らしでは、枝肉を1カ月から2カ月も吊るしておく。すると肉のまわりに白いカビがびっしり生えるので、食べごろを見極めて肉をおろし、カビを取り除く。肉の色は黒っぽくなるが、脂肪やすじ、肉が一体となっておいしさが増す。肉の種類によってノウハウがあり、手間もかかるので職人技が求められるが、よりおいしく食べさせるための工夫だった。

一方、欧米では、硬い赤身肉をおいしく食べ、保存性を高めるための工夫がドライエイジングだった。「和牛ならランクの低い赤身の肉がドライエイジングに向いています。乳牛などでもいいでしょう。ドライエイジングは価格の安い肉に付加価値をつけることができるいい方法なのです」と中島さんは話す。


◎やわらかさや香りが熟成肉のカギ

牛肉のラベルには「A4」や「A5」などと記されているが、これは国産牛を枝肉で取引するときの規格による格付けである。国産牛には和牛と交雑牛、乳牛があり、格付けは、むだなく肉が取れる割合である歩留まり等級のA~Cと、肉質等級の1~5の組み合わせで分類されている。

「格付けは、おいしさの指標ではありません。たとえば、黒毛和牛は一般的に骨が細いので歩留まりがよく、等級はAとなります。肉質等級は脂肪交雑の仕方、つまり霜降りかどうかなどで決まるので、どんなにおいしくても赤身肉ならランクは下がります。あくまでも好みの問題なんですよ」と中島さんは言う。

枝肉の格付け。歩留まり等級は、Aが標準より歩留りがよく、Bは標準、Cは劣るもの。肉質等級は、脂肪交雑、肉の色沢、肉のしまりときめ、脂肪の光沢と質から評価する。

そもそも肉のおいしさは何で決まるのだろうか。
「うまみという味のベースに加え、肉のやわらかさや脂肪と一体となった舌ざわりが牛肉特有のおいしさをつくります。それに香りも重要な要素です」と、肉のおいしさを研究する日本獣医生命科学大学教授の松石昌典さんは話す。松石さんらは、和牛のおいしさに関わる甘いコクのある香りを見つけ、「和牛香(わぎゅうこう)」と名付けた。和牛香は、脂肪と肉が接する部分、つまり霜降り部分で生成するという。

例えば、霜降り和牛は赤身の中に脂肪が入り込んでいるので、肉はやわらかい。高級な霜降り和牛なら、霜降り部分には約50%も脂肪が占めるので、口の中で肉はとろけ、それと同時に好ましい香りが広がり、格別のおいしさを感じるのである。
ところが、熟成肉のやわらかさや香りは、別物だという。
「熟成肉のおいしさは、うまみが増すこともありますが、独特のやわらかさや熟成肉特有の複雑な香りの要素が大きいです」

先に述べたように肉は解体直後に硬くなり、その後やわらかくなるが、熟成肉では、長時間熟成させることでその程度が大きくなり、さらに、やわらかさが増す。「長く熟成させると筋肉の構造が大きく緩んでくるのです。すると、霜降り和牛とは異なる、ふわっとするような、独特のやわらかさになります。また、複雑な熟成肉の香りには、微生物の働きによる発酵臭が含まれています。ただし、熟成肉の香りは好みが分かれるようです」と、松石さんは説明する。


◎ブームに終わらず定着するには

日本人の牛肉の消費量は、高度経済成長期から増加を続けてきたが、いまは横ばい状態だ。そのため、多くの食肉関係者は熟成肉に期待を寄せている。食肉加工メーカーであるスターゼン広報IR室室長の海老原俊司さんも「熟成肉という新しいジャンルができれば、消費者の選択肢が広がる」と話す。

「ただし、熟成肉は普通の牛肉とまったく取り扱いが異なります。肉の特性を熟知していないと事故につながりますから、加工業者も消費者も正しい理解が必要です。素人が熟成肉をつくろうなどしては危険です」と前出の中島さんは釘をさす。海老原さんも「信頼できるお店で熟成肉を食べたり購入したりしてほしい」と話す。

熟成肉のブームはいつまで続くのか、そして、熟成肉は私たちの食生活に定着するのだろうか。熟成肉の今後のゆくえが気になるところだ。

最後に中島さんが「熟成肉では、たれやソースはあまり使わず、塩味でじっくりと肉の旨味を味わってください」とアドバイスしてくれた。そこで、熟成肉の塩味のステーキを試してみることにした。

地下食品売り場で買い調理した熟成肉。部位はサーロイン。

街に出ると、ドライエイジングビーフの専門店には人がいっぱい。さらに、別のバルも予約で満席で、人気のほどがうかがえた。そこで、デパートの地下食品売場へ行ってみると、ドライエイジングビーフ協会の認定証を掲げた専門店に、赤身とサーロインステーキの2種類の熟成肉が並んでいた。

購入した肉からは、経験したことのない甘い香りが漂う。焼くと香ばしい香りに変わった。「これがナッツの香りか」と思いつつ口の中へ。確かにやわらかいし、口の中に残る味も、いままでのステーキと違うものを感じた。

熟成は、安い赤身肉でもおいしく食べることができるよい方法だ。ただ、熟成肉を食べてみたが期待外れだったという声も聞く。確かな品質の熟成肉が出回るなら、肉のジャンルの1つとして確立しそうだ。









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