リスクが高いのはレバ刺しだけではない
佐藤成美 さんの「生肉を食べるのはこんなに危険」について、要約し記す。
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2014年6月、厚生労働省により健康被害リスクの高い豚肉の生食を禁止する方針が出された。牛から豚へと肉の生食禁止が拡大することに、不満や怒りを覚える人も多いという。だが、肉は火を通して食べることが当たり前だったはず。最近の消費者の意識はどうなっているのだろうか。
◎牛の代用品の豚も禁止に
夏本番。スタミナをつけようと焼き肉店に足を運ぶ人は多い。ただし、「カルビにロース、それと牛レバ刺し」と注文しても、いま牛レバ刺しは出てこない。2011年に焼き肉チェーン店で起きた食中毒事件を受け、翌年の7月から提供が禁止されているからだ。
牛レバ刺しが食べられなくなり、残念がる人は多い。そこで、禁止後の代用品として、豚のレバ刺しを提供する飲食店が出てきた。さらには、豚の刺身を看板メニューにする店まで登場。全国に豚の生食料理を提供する飲食店が増えた。
しかし、2014年6月、厚生労働省は重大な健康被害が出る恐れがあると、飲食店で豚肉の生食提供を禁止する方針を決めた。またもや、レバ刺しの禁止にファンから嘆きや怒りの声が上がっているという。
◎生肉とは基本的に危険なもの
厚生労働省が豚肉の生食を禁止したのは、E型肝炎ウイルスによる劇症肝炎や、サルモネラ属菌やカンピロバクターなどの細菌による食中毒のリスクが高いからだ。豚レバーの生食による食中毒は2003年以降で5件発生している。
国内での感染例はほぼないものの、豚やイノシシに寄生する有鉤条虫(ゆうこうじょうちゅう)などの寄生虫は、死に至るほどの重篤な感染症を引き起こすなど、豚肉の取り扱いには注意が必要とされてきた。
一方、牛や馬は、このような寄生虫感染のおそれが少ないので、生で食べられる場合がある。しかし、食中毒事件で死者を出した腸管出血性大腸菌は、特に牛の腸管に多く生息し、糞尿などを介して牛肉やほかの食品を汚染する。
鶏肉も刺身などで食べる場合があるが、鶏肉にも寄生虫や細菌がいる。食品安全委員会の調査によれば、小売店で販売されている肉の半分以上がカンピロバクターに汚染されていた。
カンピロバクター属の細菌は、家畜やペットの腸管に存在する細菌で、特に鶏の保菌率が高いと言われる。汚染された鶏肉を生のまま食べれば、下痢や嘔吐、発熱などの症状だけでなく、神経まひや呼吸困難などを引き起こすギランバレー症候群を発症する可能性もある。
魚についても、すべての種類を生で食べられるわけではない。刺身は四方を海に囲まれ新鮮な魚がすぐに手に入る日本だからこそ味わえるものなのだ。
生食するのは主に海水魚だが、腸炎ビブリオという細菌による食中毒のリスクがあるので新鮮なものに限る。腸炎ビブリオによる食中毒は夏場に多く発生し、激しい腹痛と下痢を引き起こす。また、サケにはアニサキスなどの寄生虫がいるが、冷凍すると死ぬので、冷凍処理したものが刺身などで食べられている。
一方、淡水魚には肝ジストマや横川吸虫といった寄生虫が多いため、生食は向かない。肉や魚の細菌や寄生虫は十分に加熱すれば死滅する。
◎肉の生食経験者は6割
生肉は食中毒のリスクが高いので、十分に加熱して食べるのが当然だと考えられてきた。ましてや豚肉を生で食べるなどという発想はあまりなかった。
ところが、最近の消費者は、肉の生食への警戒の意識が薄れているようで、抵抗感もなく豚の刺身を食べている。外食ばかりでない。新鮮なら大丈夫と野生の鹿や猪を刺身で食べたり、スーパーで買ってきた生肉をそのまま食べたりする人までいる。「若い知人が調理中に生肉を味見している姿を見て、唖然とした」(40代女性)という声も聞いた。
東京都は、都民に対して「食肉の生食等に関する実態調査」を行った。2011年度の調査では、消費者1000人に食肉を生で食べることがあるか尋ねたところ、「よく食べる」「たまに食べる」に「以前は食べていたがやめた」と回答した人を加えると6割を占めた。生肉による食中毒も多く発生しており、20~30代の患者が多い。
もともと日本人は魚を生で食べる習慣があるので、その影響か食肉の生食も受け入れやすいようである。かつては、生肉を食べてはいけないと頻繁に言われたものだが、食品衛生や安全管理の質の向上が吹聴されるにつれて、そんな言葉は聞かれなくなってしまった。B級グルメの流行なども手伝って、様々な飲食店が生肉メニューを提供するようになった。若者を中心に生肉に対する意識は変化し、ここ数年生肉ブームが続いている。
◎焼き肉とともに広まった生肉食
人類が火を使って、調理を始めたのはいまから200万年前のこと。火であぶることで肉を安全に食べられるようになった。固い肉も食べやすくなり、消化もよくなった。さらに、様々な調理法によっておいしく食べる方法を編み出した。
日本人の肉食の歴史をひもとくと、縄文時代は狩猟で得た鹿や猪の肉を焼く、煮るなどして食べていた。仏教伝来以降、表向きでは肉食が禁止され、再び本格的に肉を食べるようになったのは明治時代以降のことだ。
では、どうして現代の日本人は、肉を生で食べ始めるようになったのか。
内臓を食べるようになったのは、戦争による食糧難に肉の代用として使われたことによる。闇市で、在日韓国・朝鮮人が牛のハツ(心臓)を焼いて売り出したところ、人気が出たので、他の内臓類も工夫し、売られるようになった。
朝鮮半島には、内臓を食べる習慣はあまりなかったが、ユッケのような生肉を使った料理があった。そこで、在日韓国・朝鮮人が、刺身の好きな日本人向けにアレンジしたことで、レバ刺しなどの生肉メニューが生まれたと考えられている。レバ刺しは、大阪の鶴橋のようなコリアンタウンから焼肉とともに広がったのだろう。焼き肉店が増えるにつれて、生肉を食べる人も増え、ユッケやレバ刺しは人気メニューとなった。
「夏になるとお客さんが増え、肉の焼き方もレアを好みますね。血が滴るような肉をにんにくと一緒に食べると元気が出ると感じるようです」と話すのは、都内で焼き肉店を家族で営む男性だ。レバ刺しでは、レバーのプリプリした柔らかさや甘さ、ハツ刺しや
センマイ(牛の第3胃)刺しでは、コリコリとした食感が人気だという。
現在、すべての生肉が禁止になっているわけではない。「肉は火を通して食べた方がうまみが出ておいしいと思うのですが、生肉ならではの食感や脂の風味を楽しむ人が多いです。いまの肉は、屠畜の技術や管理がしっかりしているので、生臭みもなく、食べやすいのでしょう」と話す。
◎「新鮮だから安全」は間違い
かつては、この焼肉店でもレバ刺しやセンマイ刺しを出していた。だが、食中毒事件などをきっかけにリスクのある生ものメニューはやめてしまった。その頃から、レバーの表面にアルコールを吹きかければいいとか、アルカリ性や酸性の電解水で肉を洗えば安全などの話が飛び交ったというが、「そんなことで、病原性大腸菌などの汚染がなくなるとは思えなかった」。
牛レバ刺しが禁止になってだいぶ経つのにいまだに「レバ刺しはないのか」と尋ねるお客さんがいるという。
“新鮮だから安全”“信用できるお店ならレバーや豚肉を生で食べても大丈夫”と考えている人がいるかもしれないが、それは間違いだ。いまはもうレバーや豚肉を生で提供する店はないはずだし、新鮮だから寄生虫や細菌がいないわけではない。前述の男性も「むしろ新鮮な方が寄生虫がたくさんいそうで怖い」と話す。
バーべキューで生焼けの肉を食べたり、生肉をつかんだトングから食べ物が汚染して食中毒になることもある。特に子どもや高齢者は重症になりやすいので気をつけたい。肉を食べてスタミナをつけるつもりが、食中毒になっては元も子もない。生肉には用心して接することを心がけたい。