goo blog サービス終了のお知らせ 

酒とサッカーと・・・

旨い酒とサッカーがあれば人生の大半は・・・

バルーン大会が始まった

2009年10月30日 | その他

2009 SAGA INTER NATIONAL BALLONN FIESTA
バルーン大会が始まった。

会場となる嘉瀬川河川敷には世界中からプロの熱気球乗りが集まる。
通勤途上にあるので、今朝の出発風景を橋の上から撮ってみた。

車から一瞬の間隙を狙って撮影したので写真的にはイマイチだが、いっせいに飛び立つスタート時は迫力がある。

このバルーン競技、ルールは良く知らないが、それなりの公式ルールがあり目標を目指してスタート時には激しいせめぎあいがあるようだ。
見る分には優雅な飛行だが、風向きにあわせ有利な位置取りを争う競技のようである。

街中をうろうろと飛行する「野良気球」。
10月に入ると練習飛行する熱気球が頻繁に通過するようになる。


このバルーンフェスタ、最終日の夜には、地上係留したバルーンが音楽にあわせて一斉にバーナーを点灯させる「ラ・モンゴルフィエ・ノクチューン」が人気だそうだ。

この夜間係留、残念ながらいままで見たことが無い。

ちょうどこの時期、東京の幕張メッセで隔年開催されているJIMTOFへ出張しているか、天候が悪く中止になってしまい今まで見ることができなかった。

今年は天候が許せばぜひ見てみたいイベントである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

やるせない気持ち

2009年10月24日 | その他

会社の社員が死んだ。
休日にバイクで事故を起こしたそうだ。

一週間、意識不明のまま戦ったが2009年10月24日早朝に亡くなった。まだ30歳になったばかりか。しかも結婚して1年ほどだ。
お通夜と葬式、出棺まで見送ったが、若い人の葬式ほど悲しいものはない。

転勤でもう数年会わない友人、電話もしないが年賀状だけは交換する知人。
何年も会わないのに、その人たちは居る。

なのに、昨日まで会社に居た人がもう居ないなんて信じられない。工場の片隅からふと現れそうな気がする。
あまりのショックで書けなかったが、日付をさかのぼって残しておこう。
彼がこの世に居た事実を。

(井上君の後姿 2008年4月18日タイの射撃場にて)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ビール汲み放題だったら

2009年10月19日 | その他
コスモス1000万本。キリンビアパーク福岡へ行って来た。

朝倉市にあるキリンビアパークは、ビール工場を一般開放している。昔、麦畑だったところにコスモスを一面に植えて観光名所となった。
久々に渋滞に並びようやく駐車場へ入れる。

敷地の半分がコスモス畑という感じ。

コスモスもすごかったが、人ごみもすさまじい。

世間は飲酒運転に厳しくなり、ビール会社としても飲酒絶対禁止を貫かなくてはいけない。お祭りムードただよう会場だが、近年、レストラン以外ではビール販売をやめたそうだ。
もちろん車だったので、ビールの試飲も生ビールもお預け。

あまりの人ごみに早々で退散し、少し足を伸ばし「岩屋湧水」へ向かう。

午後4時頃だったのに、こちらも行列中。
ポリタンを並べる人はまだしも、ペットボトル40本くらい用意してる人も居て、水汲みに時間がかかる。
ペットボトルなんて汲んでる時間より、入れ替えてるほうが長いし・・・・。

こちらのお水、料金は無料で清掃協力費100円/10リットルの募金方式だ。
トンネルより湧き出る水は水量も豊富で、20リットルポリタンなら1分ほどで満水になる。



効能は良くわからんが、どうやら名水百選だそうだ。


キリンビアパークも「ビール汲み放題」だったら2時間待つ!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

いまからJALマイレージを溜める人

2009年10月17日 | その他

経営悪化に伴い、年内中にも2000億円の緊急融資が必要となったJAL。
前原大臣に詰め寄られても、緊急融資どころか債権放棄も認めない銀行団。
JALが不採算路線を中心とした大幅な減便や、場合によっては国際線撤退までありうる危機的状況を迎えるなか、マイレージで「どこいこかな?」なんてのん気に構えている人はいませんか?

マイレージだって立派な電子マネー。運営する企業が解体されれば一気にご破算も。

と、言いながら、JALへポイントを移行しました。

さらばニコススマイルクラブ」を書いてから早10ヶ月。ついにスマイルクラブの更新月がやってきて溜めていたポイントも押し出されたわけだ。
あと1年の延命期間もあったのだが、更新せずスマイルクラブを退会することに。

NICOSスマイルクラブ事務局:0120-254-990へ電話すると、毎月12日のポイント確定分までを15日以降に処理可能だという。
1000ポイント単位なので、33000ポイントをJALへ移してもらう。
電話対応してくれたS嬢は、のちに郵送する書類があると言っていたが、ついにその書類はやってこなかった。でも24日にはポイント移行完了。

ついでにYahoo!に残っていたポイントをちょろっと移しておいて、合計33150マイル。

ご覧のようにFLYON 0ポイント。つまりJALに乗ったことが無い。

これとは別に8000マイル分が「わいわいポイント」にあるので、これを移行させれば当面の目標だった4万マイルは確保できたわけである。

JALに乗ったことの無い私が4万マイルをJALで使う・・・。ごめんねJAL。

このマイレージもJAL経営悪化の中、うまく活用できるか不安も残る。
いっそうの事、再建策のひとつとして「JALマイレージの政府一括買い上げ」でもしてくれないかなぁ?

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

都会がいいところもある

2009年10月12日 | その他

10月体育の日、うちの会社では、年末年始やGWを除くと唯一の祝日休で3連休となる。
とりたてて用事は無いのだが、たまに都会の空気を吸いに行こうと福岡へ向かった。

まずは天神コアなどショッピングゾーンで妻のお買い物。女の買い物が長いのには諦めているが、特にうちのは全国平均タイムを大幅に上回るのは間違いなし。もし競技タイム記録があるなら、私は間違いなく妻をエントリーさせるだろう。
私自身は物欲が無いのでひたすら待ちで耐え忍ぶ。

ようやく買い物が終わって腹が減り、目指すは「笑うだるま」。

松葉ガニよりブラックタイガーを選択する我らエビラーにとって、一度訪れてみたかったお店である。
むしょうに食いたかったエビフライを半ダースと、海老4種盛りなどを注文しエビ尽くしを堪能した。
この「笑うだるま」は水産卸店が営む海老料理専門店だ。ランチ営業がはっきりわからなかったので、博多に1泊し夜に訪れた。
腹いっぱい海老を食べるとカラオケへ。

やっぱり競争原理だろうか、地方と違いカラオケ店も洗練されおしゃれで設備も最先端ある。
飲んだくれてチェックインしたのはホテルプレミエ。

部屋はビジネス宿そのものだが、門構えとロビーは洗練されている。玄関前にはMKタクシー専門の車寄せもあり、運転手は車の横に直立したまま客待ちをしている。
わが町のタクシー乗り場なら、弁当食ってるか昼寝しているかなのだが、やっぱり都会は違うなぁ。

翌朝、部屋から下の駐車場を覗いたら警察官が集まっている。どうやらホテル隣の飲食店に泥棒が侵入したようだ。

これも都会ならではの風景か。(警察密着24時、大好きです)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鷹島肥前大橋からモンゴル村へ

2009年10月01日 | その他
佐賀県から長崎県に架かる橋、鷹島肥前大橋。

唐津を通り玄海町へと抜けると、肥前の先、鷹島がある。
2009年の春、この鷹島と佐賀県をつなぐ大橋が開通した。

磯釣りに訪れる人しか居なかった島は一気に観光地化を進める。島へ渡り更に10分ほど車を走らせると「モンゴル村」に行き着く。
モンゴル由来の宿泊テント「ゲル」と、海岸沿いに広がる芝生広場。あとはちょっとした遊具と羊や子馬が数頭いるだけの小さな公園だ。

とりたてるほどの見所ではないが、島では一番の観光地になるのだろう。
たぶん二度と訪れることはないだろう。

帰路、事故処理中の渋滞が一番のハプニングかも。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パケット通信2009年09月

2009年10月01日 | その他

2009年9月 FOMAパケット通信は、約95万パケットでした。

パケホーダイダブル定額料4,200円。
1パケット0.21円で計算するなら、199,014円。

パケットは主にmobile2PCとゼンリンナビによるもの。
十分もとは取れているが、通話料は繰越分すら使いきれない。たまには実家に電話するか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

水汲みにかかるコスト

2009年09月21日 | その他


筑紫野インターチェンジ近くにある「天水」

私は水に金を払うなんて・・・という世代だが、嫁はこだわる。

以前はディスカウントショップでペットボトルをダース買いしていたが、近くにある煎餅屋さん「もち吉」の販売水を購入するようになっていた。
この「もち吉」の「力水(ちからみず)」は100円10リットルで購入できた。ところが「もち吉」が移転とともに水の販売をやめてしまったのだ。

ここから、水探し放浪の旅が始まった。

熊本まで行けば阿蘇の天然水がタダで汲める。ドライブの際には立ち寄るようにしている。しかし何かのついでとは言え、高速料金とガソリン代が高くつく。
佐賀近辺でタダのところは一通り回ってみたのだが、どこも市内からは遠くほとんどは山手にある。結構なガソリンを焚いて上っていかなくてはならない。

冒頭の写真、「天水」は筑紫野インターちかくにある有料水汲み場だ。
正しくは、水は無料で設備維持費として10リットルあたり100円を支払う形になっている。実際にポリタンに入れてみると12リットルは出るようだ。

しかし、これでもタダが好きな嫁としては不満のようだ。(ガソリン代を払う俺も不満だ)

実はもう一つ、佐賀市内にあり、かつ無料で水が汲める場所がある。
家から近くて駐車場もある。うちの社長に教えてもらうまで、ネットでもみつけることができなかった穴場中の穴場だ。

ただしそれは高級レストランの庭にある。

「自由に汲んでください」と書いてあるが必ず店員さんと目があうのだ。きちんとスーツを着た店員さんが並んでお辞儀をしてくれる。
このレストランは役員に連れてきてもらったことがあるのだが、とても自腹で行ける値段では無い。

そんなところに、短パンTシャツで水汲みだけに入る勇気は無い。
だからエリ付きのシャツを着て、買わなくともよいのに高級パンを買ってみたりする。
結局ここもコストは見合わないわけだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サービスエリアにドッグラン誕生

2009年09月10日 | その他
佐賀大和、金立(きんりゅう)サービスエリアにドッグランができたという。

全国的にも珍しい、外部からも徒歩で入場できるサービスエリアである。長崎自動車道の佐賀大和インターの西にある。

早速行ってきた。

隣接する一般駐車場に止め、徒歩でウェルカムゲートからサービスエリアに入る。エリアの西の端にはスターバックスができていた。
そのオープンカフェには、犬をつないでおくリードフックも備え付けられている。

肝心のドッグランは更にその先、サービスエリアの西側の公園に用意されていた。
「犬のひろば」

そう広くはないが、フェンスで囲われた一角が芝生で整備されている。
他人に迷惑をかけないことを条件に無料で利用できる。

犬を連れて長距離を走るドライバーには助かる施設であろう。
ただ、「犬を連れていない方は利用できません」と書いてある。・・・俺、犬、持ってないし・・・。

駐車場あり、カフェ併設ドッグラン。環境は整ってきたが、肝心の犬を飼っていないので、無料といえど使いようが無い。

早く犬が欲しいものだ。

後日、犬欲に負けて行ってきました柴犬の里。

芝犬いじり4回目。
今回はちょっと貧相?な「まりな」ちゃん。

この柴犬、散歩よりも枯れ枝かじりつきに夢中でした。

柴犬の里、常連になりつつありますが、いまだワンコインオーナーです。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

阪神淡路大震災の記録

2009年09月06日 | その他
1995年1月17日朝、阪神淡路大震災、震度7の直撃。
寝ていた私はベッドごとゆすられて、転げ落ちるのを耐える事で精一杯でした。

幸いにして家族に大きな怪我は無かったのですが、当時住んでいた実家周辺でも大きな被害が発生しました。

その頃、撮影した写真は、まだデジカメでは無かったので今ではプリントしか残っていません。少し劣化してきたこともあり、デジタル化して保管しておくことにしました。

当時、私は30代、働き盛りのサラリーマンでした。
たくさんの方が亡くなられた大災害ですが、正直に言うと、TVで見るまであまり実感がわきませんでした。

地震直後は、なんだか大変なことになったなぁという感じで、どうやって会社へ行こうか、2、3日休ませてもらえるかな?なんて事が最初の悩みだったと思います。

その後、避難先から2時間以上の通勤が大変なので、水もガスも復旧しないなか自宅に戻ることにし、半分キャンプみたいな生活をしながら通勤してました。

今でも大きな音がすると「びくっ」としますが、もう写真を見て涙を流すこともなくなりました。
日々生きていくことに精一杯なのかもしれません。

大震災の教訓

●素早く一報
直後なら電話が通じるかも。まず遠方でも良いので誰か知り合いに一報を入れ、そこから親戚関係に連絡してもらうのがいいです。

当時、まだ珍しかった携帯電話を持っていました。暗闇の中、ボーっと液晶が光ってくれたのですぐに拾う事ができました。
兄貴に電話したのが地震数分後です。あと後輩に電話を入れて「会社に遅れるかも」と伝言しました。
その後、1時間くらいたった頃には、もうどこへも繋がりませんでした。

お昼頃になると携帯を持っているのに気付いた人が集まってきました。順番に貸してあげましたが、神戸市内へは全く繋がらなかったようです。

結局、発信2本、着信0本のまま、電池が切れて使えなくなりました。

●靴を室内に
ガラスや食器で足の踏み場も無くなります。ちょっとした怪我なら病院も対応する暇はありません。しかし、避難生活をするのに、足を切ったりしていたら不便きわまりありません。
あと目が悪い人は眼鏡。身近なところに置いておくほうが良いですが、埋もれてしまえば見つかりません。私は、机に入れていた予備メガネを引っ張り出すことができ不自由せずに済みました。

●タンスが横転
タンスや冷蔵庫が転倒するのは「前」とは限りません。阪神淡路大震災のように加速度が非常に早い場合、方向によっては「側転」します。
重量物の周りには寝ないこと。これは大切だと思いました。

アルバム写真を見てもらったら判りますが、布団の上に倒れたタンスが、もし直撃していたら大怪我だったと思います。

●水や食料はなんとかなる
幸い、近隣都市は崩壊しなかったので、地震の翌日、落石を抜うようにして芦有道路を抜け大阪まで買い出しに出かけました。(後に通行止め)

大阪府まで来ると、普通に居酒屋やコンビニが営業しているのにびっくりしました。
親戚のおばさんとこに顔を出し、一通りの生活用品や食料を購入したのち、自宅に戻りました。
会社が用意してくれた避難所へ移るまでの1週間は、自力でなんとかなりました。
---------------------------------------

先日も東海沖で震度6弱がありました。日本周辺も再び大地震の恐れが高まってきたのかもしれません。
私は、阪神大震災に遭うまでは地震に対する準備や心構えは全くありませんでした。小学生の頃から、地震は関東で起きるものだと思っていたのです。

倒れた高速道の下を通る国道43号線、十数時間前にそこを走って帰宅しました。
百年単位で動く地震が、数時間、いや数分ずれただけでもっと恐ろしい思いをしていたかもしれません。
早朝で両親とともに自宅に居たことは幸いでした。

いつか地震は起きるものだと覚悟し、いざという時は、落ち着いて行動する事が大切だと思います。

コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする