ひろむしの知りたがり日記

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ブルース・リーに功夫の魂を伝えた男 ─ イップ・マン <第2章>

2014年03月21日 | 日記
温厚で人当たりがよく、「頭胸隋和」(心身のバランスが取れた人)と評された葉問<イップマン>とは反対に、弟子のブルース・リーは短気で自己顕示欲が強い少年でした。即効性の高い技の練習には熱心だったものの、長い期間をかけてようやく効果を発揮するような練習には目もくれなかったので、しょっちゅう葉問から注意を受けていたそうです。また組手練習で負けた翌日には、自分で研究した技や他派の技を平気で使っては叱られていました。それでも彼は、暇を見つけては白鶴拳、蔡李仏家拳、北派少林拳、北派蟷螂拳、テコンドー、ボクシング、空手道など実にさまざまな格闘技を研究していました。
これらのうち蔡李仏家拳は、実は詠春拳を目の敵にしている門派でした。両派の対立の源は、日中戦争の時代に遡ります。それまで豊かな家財に頼り、悠々自適の暮らしをしていた葉問は、侵略して来た日本軍に家財道具一切を没収され、何もかも失ってしまいました。彼の生活を心配して日本軍のために働くよう勧める者もいましたが葉問は応じず、隠居のような生活を送っていました。一説には正義感から日本軍兵士を何人か殺したとも言われています。映画「イップ・マン 序章」(ドニー・イェン主演。日本公開2011年2月19日)で空手の達人である日本人将校三浦(池内博之)とイップ・マンが対決するに至るストーリー展開は、この間の経緯が背景となっています。

表立った行動を控えていた葉問のもとに周清泉<チョウチンチュン>という商人がやって来て、2人の息子を門人にするよう依頼しました。家族を養うためにそれを受けた葉問は、詠春拳を教授し始めます。そのことが佛山商会の理事李協虎の耳に入り、当時隆盛を誇っていた蔡李仏家拳の武館である鴻勝館の代表拳士温大牛との興業試合が企画されました。大観衆が見守る中、はじめは猛攻連打を放つ温大牛が優勢に見えましたが、彼の繰り出す技はことごとく葉問にかわされてしまいます。やがて葉問が反撃に転じると、温大牛はジワジワとコーナーの端へと追い詰められていきました。いよいよ危なくなってきたところで鴻勝館側の立会人がストップをかけ、試合は引き分けとなりましたが、誰の目から見ても葉問の優位が明らかだったので観客の大ブーイングが巻き起こり、試合を見ていた両陣営の者たちの間にも遺恨が残る結果となりました。
この出来事をきっかけにいろいろな問題や事件が発生したため、葉問は周清泉の息子たちに詠春拳を教えるのをやめてしまいます。それからしばらくして葉問は佛山を去り、香港へと渡りました。
やがて時が過ぎ、沈静化していた両派の確執は、ブルースの映画が世界的にヒットして詠春拳が彼の学んだ拳法として脚光を浴びることによって再燃します。一時は若い修業者たちが師に黙って頻繁に因縁試合を繰り返していましたが、それもいつの間にかやんでいったようです(川村祐三著『詠春拳入門』)。

葉問の門下生は当然のことながらブルースばかりではありません。葉問が亡くなった後も詠春拳の発展に努め、「世界詠春聯會」の代表を務める長男の葉準<イップチュン>や二男の葉正<チン>、香港ばかりでなく中国本土やアジア各国、ドイツ、オーストラリア、イギリス、スイス、ポーランドなどヨーロッパ各国でも指導を行った黄淳梁<ウォンシュンリャン>、それに張卓慶、梁相、徐尚田、洛耀、古生ら多くの優秀な拳士たちが輩出しました。彼らの中でもブルースを特に可愛がり、指導していたのが黄淳梁と張卓慶で、ブルースがアメリカに渡った後も、3人の交流は続きました。
しかし、師の教えに素直に従わず、外では詠春拳を使ってケンカを繰り返すブルースは、相弟子の誰からも好かれたというわけではありません。師から直接教わる時間ほしさに、他の道場生を「今日は休みだ」と言って追い返したという練習熱心ぶりを示す有名なエピソードも、道場仲間から見れば自己チュー以外の何物でもなかったでしょう。母がドイツ人との混血で、純粋な中国人ではなかったことも、中国武術を外国人に教えることを嫌う当時の風潮にあっては、彼に対する反感を強めるのに拍車をかけました。
自身も詠春拳の使い手で、香港で同門の人たちから話を聞いた川村祐三氏は、ブルースを直接知る兄弟弟子の多くが彼の創造した裁拳道<ジークンドー>を賞賛することはあっても、その人柄や詠春拳の技術に対してはあまりいい顔をしなかったと言っています。映画「イップ・マン 誕生」(デニス・トー主演。日本公開2012年3月17日)に、香港で梁璧<リョンピック>(葉準が演じており、90歳近い老齢ながら見事な拳法技を披露しています)から彼が工夫した新しい技を学んだ葉問が、佛山に戻って呉仲素<ウーツォンソウ>(ユン・ピョウ)からそれらを邪道であると非難されるシーンがあります。伝統を重んじる武術の世界にあっては、改革を目指す者はどうしても茨の道を歩まざるをえないのかもしれません。

ですが、たとえどんなに彼のことが嫌いであっても、32年の短い生涯で遺したものの価値は、認めるしかありません。川村氏は『詠春拳入門』で、「彼の詠春門と中国武術界における功績は多大なものであったことは、誰にも否定できない事実です」と書いています。そのことは、「詠春」の発音が世界的には北京語の「ヨン・チュン」ではなく、ブルースの師葉問の生まれ育った広東語の「ウィン・チュン」が浸透していることからも容易に窺い知ることができるでしょう。

葉問青春の日々を描いた映画「イップ・マン 誕生」

さて次回第3章では、複雑な立場に置かれながらもブルースが葉問から貪欲に学び、吸収していったことを、技術と精神の両面から具体的に見ていくことにしましょう。


【参考文献】
川村祐三著『詠春拳入門【増補改訂版】』BABジャパン、1998年
上野彰郎『ブルース・リー 駆け抜けた日々 ─急死の謎と疑惑─』愛隆堂、2005年
ポール・ボウマン著、高崎拓哉訳『ブルース・リー トレジャーズ』トレジャーパブリッシング、2014年

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5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
はじめまして。錢氏詠春道場と申します。明後日のイベントへ来られませんか? (中根)
2014-09-21 11:58:18
はじめまして。


突然のコメント失礼いたします。
錢氏詠春道場の担当 中根 と申します。


この度は、明後日のイベントにて
興味があればと思いご連絡いたしました。

よろしければご検討ください。

各武術の師父(講師)達が直々に演武される
非常に貴重なイベントに来てみませんか?



どなたでもご参加いただけます。



午後4時から開始予定です。



定員100名限定



要予約 (食事の準備があるため...)



コメント、メッセージを『明日21日までに』ください!!



予約なしで直接来られる方は

申し訳ございませんが

お食事をおつけすることが

出来かねますのでご了承くださいませ。



一人でも多くの方に

来ていただきたく思います!!!



今回のイベント内容は....

詠春拳、秘宗拳、通背拳、洪家拳などなど....



様々な南北中国武術の流派が一同に

集まり、『精武会』というものを立ち上げ、

その記念に師父本人がそれぞれ演武をされます。



予定では23日、26日、29日の3日かけて

映画『グランドマスター』さながらの演武を皆さんに見ていただきます。



これまでなかった貴重なイベントですので、

カンフーやアクション映画などが好きな方には、たまらないと思います!!



是非お越し下さいませ。お待ちしております♪



(English Version)

We inaugurated "Athletic Association" about get together north style and south style of chinese martial arts.



that was very difficult to do till now but we decided to make them all in one.



And we going to invite you to Special experience about that each kind of Style Chinese martial arts Master's self will Demonstration in front of us.



it's valuable experience tho.



Please Join us. waiting for you.



Date : september 23th, 2014



Time : 4PM ~



Charge : 3000yen (including Drink & food)



Place : Chien Yen Wing Chun DOJO



Address : Minato Building 3F,187-2, Yamashita Cho,Naka Ku,Yokohama.



『精武会』詳細はこちら。

http://www.chienyen-wingchun.com/#!untitled/c14e9
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お知らせありがとうございました (ひろむし)
2014-09-24 22:47:20
中根さん、はじめまして。

せっかくイベントの情報をお寄せいただいたのに、コメントなどめったに入らないものですから、ついつい見落としておりました。申し訳ありません。

詠春拳をはじめ、さまざまな中国武術を生で拝見できる貴重なチャンスだったのに、残念です。

また機会があれば、よろしくお願いします。
返信する
おせっかいかもしれませんが (I)
2017-02-01 21:24:29
こちらの動画にほとんど同じ文言が字幕で使われていました。著作権侵害であれば当事者であればyoutubeに削除申請をすることができます。
(ご本人だったらすいません)
https://www.youtube.com/watch?v=sbdeZzcoWYw
返信する
おせっかいかもしれませんが (I)
2017-02-01 21:25:15
秒数は4:11ごろからです。
返信する
お知らせありがとうございます (ひろむし)
2017-02-04 08:43:06
お知らせいただき、ありがとうございます。
私自身は著作権を主張するほど大した者ではないので、とりたてて削除申請をするつもりはありませんが、むしろ、映像をずい分使っているけど、そちらの著作権は大丈夫なのかな、ということの方が気になります。。。
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