【第8章】 カトー、スーパーマンになる
TVシリーズの「グリーン・ホーネット」全26話のうち、劇場映画化されたのは2本合わせてわずか8話に過ぎません。そのわずかばかりの情報では解くことのできない、いくつかの謎があります(もっとも全話見たとしても、おそらく謎に対する答えは与えられないだろうと予測していますが・・・)。
それは、ブリット・リードがなぜグリーン・ホーネットになったのか、なぜカトーはブリットと行動を共にしているのか、ブラック・ビューティやホーネット・ガス銃などのスーパー・メカを誰が作ったのかということです。
2010年、ついにそれらを明らかにする映画がアメリカで製作、公開されました。ミシェル・ゴンドリー監督作品の「グリーン・ホーネット」(THE GREEN HORNET。上映時間1時間59分)です。同じ年のうちに、ソニー・ピクチャーズエンタテインメントの配給で、日本でも公開されています。
主人公のブリット・リード(セス・ローゲン)は、幼くして母を亡くします。父ジェームズ(トム・ウィルキンソン)はロサンゼルスの有名な新聞社デイリー・センチネルの創業者で、いつも仕事に追われていて彼を構ってはくれません。常に寂しい思いを抱えて成長したブリットは、父親への反発からか酒や女遊びに溺れる絵に描いたような放蕩息子に育ちます。ところがある日、ジェームズが蜂に刺されてアレルギー反応で急死してしまいます。こうしてブリットは、突然、莫大な遺産と新聞社社長の座を受け継ぐことになるのです。
ついにTVシリーズの再編集ではなく、オリジナル劇場映画として登場した「グリーン・ホーネット」
父の埋葬翌日、ブリットは毎朝楽しみにしているカプチーノの味がいつもと違うことに激怒します。メイドを問い詰め、父の死にともない解雇した使用人のカトーがコーヒーを入れていたことを知り、彼を呼び戻します。
カトーを演じるのは台湾出身の歌手・作曲家で、俳優としても活躍するジェイ・チョウです。ジェイも才能豊かな人ですが、彼が扮するカトーはTVシリーズのそれを遥かに凌ぐスーパーマンへと進化しています。
彼は武術の達人である上に、天才的な発明家でもあります。絵を描くことも得意で、クラシック音楽を愛する芸術家肌の一面も持っています。冷静沈着な性格で、気難しいジェームズやわがままなブリットに根気よく対応する忍耐強さの持ち主ですが、一方でブリットが手下扱いすることに対しては、不満を口にするプライドの高さも有しています。
カトーは上海生まれで4歳の時に両親と死別、12歳まで児童施設で育ちました。友人と施設を脱走し、ストリートチルドレンとなります。その後、自動車修理工場で働いていた時に、彼の腕前に惚れ込んだジェームズにスカウトされ、リード家に雇われました。カトーはジェームズのために、美味いカプチーノを入れる機械から、さまざまな防御機能を備えた自動車まで、画期的なハイテク・マシンを作り上げます。ジェームズが死んだ後、それらを息子のブリットに披露しますが、その時に見せたスケッチ・ブックには、メカのデザインのほかに、ブルース・リーの似顔絵も描かれているといった微笑ましいシーンもあります。
そのブルースが演じてから、カトーの新たな能力として付与されることになった功夫の腕前も、さらに人間離れした域に達しています。路上生活を送っていた頃、喧嘩に明け暮れていた彼は、心臓の鼓動が速まると周囲の動きがスローモーションみたいに見えるようになるという、まるで加速装置を使って超スピードで闘う時のサイボーグ009並みの能力を身につけました。
わずかな動作で至近距離にいる相手を吹き飛ばす、ワンインチ・パンチの妙技も見せます。これは言わずと知れた、ブルースが「グリーン・ホーネット」に出演するキッカケとなった、第1回国際空手トーナメントでのデモンストレーションで披露したものです。
そんな何でもこなすカトーのことを、ブリットはアーミーナイフにたとえました。いろんな機能が隠れていて、「もう終わりかな」と思うと、さらに次のものが出てくる──まさにカトーとは、そういった存在です。
意気投合したブリットとカトーは、傲慢だったジェームズへの腹いせに、夜陰に紛れて彼の銅像の首を切断します。それを抱えて意気揚々と引き上げようとしたところ、偶然悪漢がカップルを襲う場面に遭遇してしまいました。カトーの電光石火の早技のおかげで彼らを叩きのめすことができたブリットは、俄然、正義に目覚めます。そして、世間からは銅像の首泥棒としか見なされていないのを逆手に取ることにします。犯罪者を装って、人質がいると悪人に手を出せないといった正義の味方特有の弱点を持たない最強(?)のダーク・ヒーロー、グリーン・ホーネットとして自分たちを売り出すのです。
ブリットとコンビを組むことを決めたカトーは、戦車のように頑丈で、火炎放射砲や小型ミサイルを装備したスーパー・カー、ブラック・ビューティを完成させます。彼はまた、実戦経験に乏しいブリットのために、一瞬で相手を眠らせることができる強力なガス・ガンも開発しました。
自分だけが武器を持たされることに不満を抱いたブリットは、カトーにヌンチャクを持つことを勧めます。カトーはその場では相手にしませんでしたが、こっそりとブラック・ビューティの天井にヌンチャクを備え付け、後にカー・チェイスのシーンでそれが威力を発揮することになります。
ヌンチャクと同様、ブルース版カトーが使っていた独特な武器である投げ矢も、ラスト近くになってようやく登場します。どちらも取って付けたような扱いではありますが、製作者たちは一応これで先代カトーに敬意を表しているつもりなのかもしれません。
「ブルース・リー IN グリーン・ホーネット2 電光石火」
ブリットの秘書レノア(キャメロン・ディアス)はジャーナリズム学と犯罪学を学んだ経験があり、ブリットとカトーは彼女から引き出したグリーン・ホーネットの行動予想をヒントに、ロスの裏社会を支配するチュドノフスキー(途中から「ブラッドノフスキー」と名乗りを変えます。演じるのはクリストフ・ヴァルツ)と覇権を争うふりをしながら、凶悪犯罪の撲滅を図ります。
やがてブリットは、チュドノフスキーと裏で手を組む地方検事スカンロン(デヴィッド・ハーバー)がジェームズの死に絡んでいることを知り、物語はクライマックスへと突入していくのです。
【終章】 カトーよ、永遠に・・・
新しく作られた劇場版「グリーン・ホーネット」はコメディ・タッチで、だらしないお調子者のブリットは、ダンディで理知的だったTVシリーズの彼とはとても同一人物とは思えません。彼がカトーに勝てるのは、唯一カトーが金づちで、ブリットは泳げるということぐらい。2人の間柄は、まるでドラえもんとのび太のようです。
もちろんブリットは主役ですから、最後には映画「ドラえもん」ののび太ばりに大活躍をするのですが、話のうちの大部分では、カトーがいないと何もできないダメ男ぶりをさらします。そんな映画ですが、彼らの原点を考える上で、多くの示唆を含んでことも確かです。
まず、ブリットがグリーン・ホーネットとなった理由です。
単なる正義感からというのではなく、何か、相応のきっかけがあったはずです。それには、おそらくジャーナリストとして正義を貫こうとした父の死が大きく関係しているでしょうし、あるいは犯罪者の手にかかって非業の最期を遂げたということがあったのかもしれません。
カトーが映画にあるように、父の代からリード家に仕えていたのなら、そんなブリットの思いに同情と共感を抱き、手助けをするようになったのだと想像することは可能です。また、犯罪者と見なされながらも、悪を許せず孤独な闘いを続けるブリットを、密かに敬愛する気持ちもあったに違いありません。それが、明らかにブリットを上回る戦闘能力を持ち、時に驚くべき聡明さを示すカトーが、あくまでブリットのサポート役に徹している理由だと思われます。彼らの絆のあり方は、あたかも劉備玄徳の崇高な志や人柄にひかれ、関羽雲長、張飛翼徳、諸葛亮孔明といった英雄俊傑が、彼のもとに集ったのと似ています。
こうして、約80年前に単なるブリット・リードの助手、引き立て役として登場した従順な東洋人カトーは、やがて向かうところ敵なしの武術を身につけ、天才的な発明能力を発揮し、ブリットと同格のパートナー、それどころか主人公を完全に食ってしまうような存在へと進化・成長を遂げていきました。
最新版の「グリーン・ホーネット」でブリットを演じ、製作総指揮、脚本も務めたセス・ローゲンは、パンフレッドに掲載されたインタビューの中で、映画のシリーズ化も考えていると語っています。
それが実現するかどうかはわかりませんが、カトーをヒーローの座に押し上げたブルース・リーの存在がその輝きを失わない限り、彼はこれからもさまざまな形で、メディアの上に甦り続けることでしょう。
【参考文献】
四方田犬彦著『ブルース・リー 李小龍の栄光と孤独』晶文社、2005年
松宮康生著『ブルース・リー最後の真実』ゴマブックス、2008年
映画パンフレッド『グリーン・ホーネット IN 3D』松竹、2011年
TVシリーズの「グリーン・ホーネット」全26話のうち、劇場映画化されたのは2本合わせてわずか8話に過ぎません。そのわずかばかりの情報では解くことのできない、いくつかの謎があります(もっとも全話見たとしても、おそらく謎に対する答えは与えられないだろうと予測していますが・・・)。
それは、ブリット・リードがなぜグリーン・ホーネットになったのか、なぜカトーはブリットと行動を共にしているのか、ブラック・ビューティやホーネット・ガス銃などのスーパー・メカを誰が作ったのかということです。
2010年、ついにそれらを明らかにする映画がアメリカで製作、公開されました。ミシェル・ゴンドリー監督作品の「グリーン・ホーネット」(THE GREEN HORNET。上映時間1時間59分)です。同じ年のうちに、ソニー・ピクチャーズエンタテインメントの配給で、日本でも公開されています。
主人公のブリット・リード(セス・ローゲン)は、幼くして母を亡くします。父ジェームズ(トム・ウィルキンソン)はロサンゼルスの有名な新聞社デイリー・センチネルの創業者で、いつも仕事に追われていて彼を構ってはくれません。常に寂しい思いを抱えて成長したブリットは、父親への反発からか酒や女遊びに溺れる絵に描いたような放蕩息子に育ちます。ところがある日、ジェームズが蜂に刺されてアレルギー反応で急死してしまいます。こうしてブリットは、突然、莫大な遺産と新聞社社長の座を受け継ぐことになるのです。
ついにTVシリーズの再編集ではなく、オリジナル劇場映画として登場した「グリーン・ホーネット」
父の埋葬翌日、ブリットは毎朝楽しみにしているカプチーノの味がいつもと違うことに激怒します。メイドを問い詰め、父の死にともない解雇した使用人のカトーがコーヒーを入れていたことを知り、彼を呼び戻します。
カトーを演じるのは台湾出身の歌手・作曲家で、俳優としても活躍するジェイ・チョウです。ジェイも才能豊かな人ですが、彼が扮するカトーはTVシリーズのそれを遥かに凌ぐスーパーマンへと進化しています。
彼は武術の達人である上に、天才的な発明家でもあります。絵を描くことも得意で、クラシック音楽を愛する芸術家肌の一面も持っています。冷静沈着な性格で、気難しいジェームズやわがままなブリットに根気よく対応する忍耐強さの持ち主ですが、一方でブリットが手下扱いすることに対しては、不満を口にするプライドの高さも有しています。
カトーは上海生まれで4歳の時に両親と死別、12歳まで児童施設で育ちました。友人と施設を脱走し、ストリートチルドレンとなります。その後、自動車修理工場で働いていた時に、彼の腕前に惚れ込んだジェームズにスカウトされ、リード家に雇われました。カトーはジェームズのために、美味いカプチーノを入れる機械から、さまざまな防御機能を備えた自動車まで、画期的なハイテク・マシンを作り上げます。ジェームズが死んだ後、それらを息子のブリットに披露しますが、その時に見せたスケッチ・ブックには、メカのデザインのほかに、ブルース・リーの似顔絵も描かれているといった微笑ましいシーンもあります。
そのブルースが演じてから、カトーの新たな能力として付与されることになった功夫の腕前も、さらに人間離れした域に達しています。路上生活を送っていた頃、喧嘩に明け暮れていた彼は、心臓の鼓動が速まると周囲の動きがスローモーションみたいに見えるようになるという、まるで加速装置を使って超スピードで闘う時のサイボーグ009並みの能力を身につけました。
わずかな動作で至近距離にいる相手を吹き飛ばす、ワンインチ・パンチの妙技も見せます。これは言わずと知れた、ブルースが「グリーン・ホーネット」に出演するキッカケとなった、第1回国際空手トーナメントでのデモンストレーションで披露したものです。
そんな何でもこなすカトーのことを、ブリットはアーミーナイフにたとえました。いろんな機能が隠れていて、「もう終わりかな」と思うと、さらに次のものが出てくる──まさにカトーとは、そういった存在です。
意気投合したブリットとカトーは、傲慢だったジェームズへの腹いせに、夜陰に紛れて彼の銅像の首を切断します。それを抱えて意気揚々と引き上げようとしたところ、偶然悪漢がカップルを襲う場面に遭遇してしまいました。カトーの電光石火の早技のおかげで彼らを叩きのめすことができたブリットは、俄然、正義に目覚めます。そして、世間からは銅像の首泥棒としか見なされていないのを逆手に取ることにします。犯罪者を装って、人質がいると悪人に手を出せないといった正義の味方特有の弱点を持たない最強(?)のダーク・ヒーロー、グリーン・ホーネットとして自分たちを売り出すのです。
ブリットとコンビを組むことを決めたカトーは、戦車のように頑丈で、火炎放射砲や小型ミサイルを装備したスーパー・カー、ブラック・ビューティを完成させます。彼はまた、実戦経験に乏しいブリットのために、一瞬で相手を眠らせることができる強力なガス・ガンも開発しました。
自分だけが武器を持たされることに不満を抱いたブリットは、カトーにヌンチャクを持つことを勧めます。カトーはその場では相手にしませんでしたが、こっそりとブラック・ビューティの天井にヌンチャクを備え付け、後にカー・チェイスのシーンでそれが威力を発揮することになります。
ヌンチャクと同様、ブルース版カトーが使っていた独特な武器である投げ矢も、ラスト近くになってようやく登場します。どちらも取って付けたような扱いではありますが、製作者たちは一応これで先代カトーに敬意を表しているつもりなのかもしれません。
「ブルース・リー IN グリーン・ホーネット2 電光石火」
ブリットの秘書レノア(キャメロン・ディアス)はジャーナリズム学と犯罪学を学んだ経験があり、ブリットとカトーは彼女から引き出したグリーン・ホーネットの行動予想をヒントに、ロスの裏社会を支配するチュドノフスキー(途中から「ブラッドノフスキー」と名乗りを変えます。演じるのはクリストフ・ヴァルツ)と覇権を争うふりをしながら、凶悪犯罪の撲滅を図ります。
やがてブリットは、チュドノフスキーと裏で手を組む地方検事スカンロン(デヴィッド・ハーバー)がジェームズの死に絡んでいることを知り、物語はクライマックスへと突入していくのです。
【終章】 カトーよ、永遠に・・・
新しく作られた劇場版「グリーン・ホーネット」はコメディ・タッチで、だらしないお調子者のブリットは、ダンディで理知的だったTVシリーズの彼とはとても同一人物とは思えません。彼がカトーに勝てるのは、唯一カトーが金づちで、ブリットは泳げるということぐらい。2人の間柄は、まるでドラえもんとのび太のようです。
もちろんブリットは主役ですから、最後には映画「ドラえもん」ののび太ばりに大活躍をするのですが、話のうちの大部分では、カトーがいないと何もできないダメ男ぶりをさらします。そんな映画ですが、彼らの原点を考える上で、多くの示唆を含んでことも確かです。
まず、ブリットがグリーン・ホーネットとなった理由です。
単なる正義感からというのではなく、何か、相応のきっかけがあったはずです。それには、おそらくジャーナリストとして正義を貫こうとした父の死が大きく関係しているでしょうし、あるいは犯罪者の手にかかって非業の最期を遂げたということがあったのかもしれません。
カトーが映画にあるように、父の代からリード家に仕えていたのなら、そんなブリットの思いに同情と共感を抱き、手助けをするようになったのだと想像することは可能です。また、犯罪者と見なされながらも、悪を許せず孤独な闘いを続けるブリットを、密かに敬愛する気持ちもあったに違いありません。それが、明らかにブリットを上回る戦闘能力を持ち、時に驚くべき聡明さを示すカトーが、あくまでブリットのサポート役に徹している理由だと思われます。彼らの絆のあり方は、あたかも劉備玄徳の崇高な志や人柄にひかれ、関羽雲長、張飛翼徳、諸葛亮孔明といった英雄俊傑が、彼のもとに集ったのと似ています。
こうして、約80年前に単なるブリット・リードの助手、引き立て役として登場した従順な東洋人カトーは、やがて向かうところ敵なしの武術を身につけ、天才的な発明能力を発揮し、ブリットと同格のパートナー、それどころか主人公を完全に食ってしまうような存在へと進化・成長を遂げていきました。
最新版の「グリーン・ホーネット」でブリットを演じ、製作総指揮、脚本も務めたセス・ローゲンは、パンフレッドに掲載されたインタビューの中で、映画のシリーズ化も考えていると語っています。
それが実現するかどうかはわかりませんが、カトーをヒーローの座に押し上げたブルース・リーの存在がその輝きを失わない限り、彼はこれからもさまざまな形で、メディアの上に甦り続けることでしょう。
【参考文献】
四方田犬彦著『ブルース・リー 李小龍の栄光と孤独』晶文社、2005年
松宮康生著『ブルース・リー最後の真実』ゴマブックス、2008年
映画パンフレッド『グリーン・ホーネット IN 3D』松竹、2011年