ひろむしの知りたがり日記

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ブルース・リーに功夫の魂を伝えた男 ─ イップ・マン <第3章>

2014年03月30日 | 日記
内戦後、国民党に属して警察局刑偵隊隊長などを務めていた葉問<イップマン>は、共産党が政権を掌握すると身の危険を感じ、1949年に生まれ育った広東州佛山市に妻子を残して1人香港に亡命しました。そして翌年、生活のために港九飯店職工總會(労働組合)の屋上に間借りして詠春拳の指導を始めたのです。
ブルース・リーの面倒をよく見ていた兄弟子の黄淳梁<ウォンシュンリャン>が入門したのは1951、2年頃で、当時の塾生数は40~50人くらいでした。やがてその中に、ブルース少年も加わります。13歳の時とも14歳ともいわれますが、いずれにしろ1950年代中頃のことです。
彼はごく小さい頃からケンカに明け暮れていました。周囲にはよく、いじめを受けていると漏らしていたそうですが、実は友だちの1人が教えを受けていた葉問に自分も習いたくて、いじめに対抗する力をつけたいからという理由で、レッスン料を両親に払わせるための口実でした。
葉問は外国人には拳法を教えない主義でしたが、なぜかブルースのことは混血児であるにもかかわらずたいへん気に入り、かわいがっていたそうです。黄淳梁は1993年2月、香港にある彼の武館で行われたインタビューで、葉問がブルースの風貌や性質に対して、何か独特なものを感じていたようだったと語っています。(『ブルース・リー 駆け抜けた日々』)

詠春拳には「チーサオ」(黐手)という独特の技術があります。「黐」とは粘りつくという意味で、自分の手を相手の手に絡みつかせながら、攻撃を無心のままに受け止め、その力を阻止したり、流したり、あるいは誘導したりと制御・逆用する技術です。その際に動きを予想したり、急いだりすることなく、ただひたすら流れを継続させ、相手の攻撃に自分の動きを調和させます。ブルースは自ら創始した裁拳道<ジークンドー>にもこの技術を取り入れ、それは今なお重要な練習体系として受け継がれています。(『ブルース・リー ジークンドー公式マニュアル』)
チーサオのように、敵の力を無効にし、自分のエネルギーを最小限に抑える詠春拳の技は、決して躍起になったりせず、穏やかな心で行わなければうまく使うことはできません。しかし、実際に敵と戦う段になると、ブルースの心は完全にかき乱され、どうにかして相手を打ち負かし、勝たねばならないという思いで頭がいっぱいになってしまいます。そんな彼に葉問は、「リラックスして心を落ち着けろ。自分のことは忘れて敵の動きに従うのだ。」とアドバイスしました。ところが「リラックスしなければならない」と思って頑張るのは、「リラックス」という言葉とは矛盾した行為であることは言うまでもありません。にっちもさっちもいかなくなってしまったブルースに、葉問は再び教え諭します。
「物事の自然な曲折に従って自分を保ち、ほかのことに煩わされるな。自然に対して決して自分を主張してはならない。いかなる問題に対しても正面きって抗わず、それにつれて動くことによって制御していくのだ。今週は稽古をしなくてよい。家に帰ってこのことを考えてみなさい」

それからブルースは1週間家にいて、瞑想と稽古に多くの時間を費やしましたが答えは出ず、ついにあきらめて1人でジャンクに乗りに出かけました。そして、海の上でこれまでしてきた修業のことを考え、自分に腹が立って思わず水面を拳で叩いたのです。その瞬間、彼に突然のインスピレーションがひらめきました。
水は攻撃しても傷つかず、掴み取ろうとしても指の間をすり抜けてしまいます。また水はどのような容器にも収まり、一見弱いようで、固い物体をも貫き通します。水こそが、功夫の原理を示しているのではないかと悟ったのです。さらにブルースは、1羽の鳥が飛び去り、水面に影がよぎるのを見て、敵に相対した時に浮かぶ思考や感情は、鳥の影と同じくただ心の中を通り過ぎていくのだと気がつきます。つまり自分を制御するためには、情緒や感情を持たないのではなく、それらに執着したり抑えつけたりしないで、まず己の本質に逆らわず、寄り添っていくことによって自分を受け入れなければならないのだと思い至ります。

荒っぽいケンカ沙汰に明け暮れながら、一方でブルース少年はこんな哲学的なことも考えていたのです。彼の心の目を開かせたのは、疑いもなく師である葉問の存在です。妻のリンダは次のように書いています。
「イップ・マンが人生の具体的な指針になるようなものをブルースに与えたのだとしたら、それは若い弟子に、仏陀や孔子、老子、道教の始祖たち、その他東洋の偉大な思想家や精神的指導者たちの哲学的教えに興味をもたせたことだった。その結果ブルースの心は、こうした教師たちの知恵の粋を集めた宝庫となった。」(『ブルース・リー・ストーリー』)

しかしブルースの心に豊かな彩を添えた知恵の数々も、彼の荒ぶる魂を抑えつけることはできなかったようです。ブルースは18歳の時、その後の運命を大きく変えることになるトラブルに見舞われました。それは、奇しくも師の葉問とも因縁の深い、蔡李仏<チョイリーフット>派との間に起こりました。

いったいブルースの身の上に何が起きたのか─それは次回、最終章で見ていくことにしましょう。

ウォン・カーウァイ監督作品「グランド・マスター」

【参考文献】
リンダ・リー著、柴田京子訳『ブルース・リー・ストーリー』キネマ旬報社、1993年
川村祐三著『詠春拳入門【増補改訂版】』BABジャパン、1998年
中村頼永著・監修『ブルース・リー ジークンドー公式マニュアル』ぴいぷる社、2001年
四方田犬彦著『ブルース・リー 李小龍の栄光と孤独』晶文社、2005年
上野彰郎著『ブルース・リー 駆け抜けた日々 ─急死の謎と疑惑─』愛隆堂、2005年
松宮康生著『ブルース・リー最後の真実』ゴマブックス、2008年
みうらじゅん他著『現代思想』10月臨時増刊号「ブルース・リー 没後40年、蘇るドラゴン」青土社、
 2013年第41巻第13号
ポール・ボウマン著、高崎拓哉訳『ブルース・リー トレジャーズ』トレジャーパブリッシング、2014年

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