3月11日は勝頼公のご命日。そして、限定の御城印のこと。

2021-03-07 18:51:21 | 紹介
まもなく、多くの方の記憶に刻まれている3月11日を迎えます。
今年の3月11日は、東日本大震災からちょうど10年の節目の年。
月日は経っても、復興はまだまだ終わりを迎えていません。
歴史の1ページというには、未だに心癒えない震災です。
先月は東北や紀伊半島を震源とした、大きな地震もあり、
日本が災害リスクが高い国であることを、改めて認識した方も多かったのではないでしょうか。

3月11日は、武田家にとっても特別な日、
信玄公の四男、甲斐武田家の当主 武田勝頼公のご命日です。

軍事の才に秀でながらも、武運に恵まれず、自害するに至った勝頼公をしのび、
「龍」および「獅子」朱印を押印した御城印⇩を配布します。
デザインは、通常版に獅子印を追加した形です。
・・・
祖父である信虎公の朱印のモチーフは「虎」、父である信玄公は「龍」、
そして、勝頼公の朱印のモチーフは、
信玄公の死の秘匿中はもちろん、正式な葬儀の後も用いた「龍」と
恐らく、ご自身で選んだ「獅子」でした。

勝頼公は、獅子のモチーフにどんな思いを託したのでしょうか。
獅子はその代名詞を「百獣の王」とするように、
権力、神聖、恐怖などの象徴として世界各地でその意匠が見られる動物です。
悪魔を圧する力があるとも考えられ、門、扉、建物の守護物とされた習俗の影響でしょうか。
いつからか、仏像の前に獅子像が2体で安置されるようになったようです。
日本でも、仏像と共に持ち込まれた対の獅子像ですが、
平安の頃からか、狛犬の像と対をなすようになり、神社や宮中における魔除けの役割を果たしました・・・。

勝頼公が獅子朱印を使い始めたのは、天正3年(1575)ごろから。
同じ年、長篠の戦いにおける敗戦がありました。
朱印を新たなものにした訳は、領国統治を立て直す決意表明だったのでしょうか?
武田家宗家を守らんと、自らの役割を獅子に重ねたのでしょうか。
本当のことは、わかっていません・・・。

よろしければ、こちらもお読みください。
※結婚記念日の際は、同じデザインで配布を計画はしましたが、
コロナ対策で配布を見送っていますので、また来年。

・・・
配布期間は、3月10日(水)~3月22日(月)です。
当館の特別展示室にご入室で、ご希望の皆さまにお渡しいたします。
お1人さま、1日1枚です。
この期間内は、原則、通常版の配布は行いません。

新型コロナウイルス感染症拡大予防のため、1都3県の非常事態宣言も延長されています。
対象エリアにお住いの方には大変申し訳ありませんが、今後も勝頼公関連の出来事に伴い、
同版印の配布はいたしますので、焦って来館される必要はありません。
もう少しの辛抱ですので、なるべく自粛をお願いいたします。

なお、信玄公生誕500年のカウントダウン期間ですので、4月から新デザインの御城印配布も予定しています。
詳細は、決まりましたら近日中にこのブログなどでお知らせいたします。
ランダムな記事更新ですが、引き続き記事のチェックをお願いします。

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