信玄公、最期の出陣その2

2023-05-02 13:40:06 | 紹介
信玄ミュージアムは休館日ですが、すでに大型連休に入っていらっしゃる方も多いようで、
武田神社周辺も混雑しています。
明日からゴールデンウィーク本番で、混雑が予想されますが、お気をつけてお越しください。

連休終わりの大河ドラマでは、武田VS徳川の全面対決が描かれていきます。
元亀3年(1572)10月に甲府を発した信玄公は、駿河から遠江に入り、
浜松城を目指して進軍します。
同時に信濃からは、重臣山県昌景率いる別働隊が国境を越え、奥三河と呼ばれた
信濃国境の山岳地域の国衆を従えつつ侵攻したようです。
※信玄公は、山県昌景らと信濃から侵攻したとする説が以前からありますが、最新説
では、本隊は東海道方面を進んだ、というものが有力視されつつあります。

信玄公率いる本軍と別働隊は、浜松城攻略の最重要拠点であった二俣城で合流し、
家康が籠城する浜松城へ向けて侵攻するかと思われましたが、途中で進撃ルートを
変え、浜松城北方にある三方ヶ原へ向かい、そのまま三河方面に進む動きを見せました。
慌てたのは徳川軍。
まさに「どうする家康」という状況の中、様々な理由と状況で、籠城から追撃へと作戦を変更し、
いよいよ両軍激突へと向かっていったのです。
どんな映像になっているのか興味津々ですが、
鎧の上に法衣をまとい、諏訪法性兜をつけた阿部寛さん演じる信玄公は威風堂々。
甲府駅前で皆様を迎えている銅像ともひと味違った威厳があり、素敵ですね。


そんな信玄公だけではなく、勝頼公も前回の放送で登場しました。
まるで古代ローマを想像させるような衣装と演出で、ネット上も少々ザワザワしたとか
しないとか。
ともあれ、実際の躑躅が崎の館はそんな修行の場とは無縁の雅な空間だったようです。

開催中の信玄公没後450企画展「戦国大名武田信玄の遺産」で展示中の
「信玄公屋形之図」から信玄公時代の館を現在残る建物に置き換えて例えると、
こんな雰囲気になろうかと・・・
多くの方が知っている、あるいは行ったことがある、有名なあのお寺。
銀閣寺としても有名な慈照寺でございます。
もともと室町幕府八代将軍の足利義政が造営した東山殿だった場所をその没後に
臨済宗慈照寺として今日に至ります。
もちろん、規模や建物構造などは異なりますが、全体の空間構成や主要建物の配置
などは躑躅が崎の館の造りにも影響を与えた可能性があります。
そんな中世の建築様式が残る慈照寺の姿を思い浮かべながら、信玄公が暮らした
館跡をこの連休で散策してみてはいかがでしょうか。

先日も告知しました躑躅ヶ崎歴史案内隊の皆さんが現地案内をサポートいたします。
今回は5月6日(土)です。
現地で受付を開設してお待ちしていますので、お気軽にどうぞ。
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