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湯・つれづれ雑記録(旧20世紀ウラ・クラシック!)

※旧ブログの一部コラム・記事、全画像は移植していません。こちらのコンテンツとして残します。

チャイコフスキー:ワルツ・スケルツォ

2008年01月18日 | チャイコフスキー
◎L.コーガン(Vn)ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(VistaVera)1952モスクワlive・CD

一応ステレオを装っているが殆ど残響付加モノラル。録音状態は併録の交響曲第4番やピーコンにくらべやや明晰。コーガンの唖然とする技術を聴こうもので、ワルツ部分よりもスケルツォ表現の機械のような物凄さにこの時代のヴァイオリニストたちの凄まじい練習量と意識の高さが伺えて感服させられる。◎。
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チャイコフスキー:交響曲第4番

2008年01月18日 | チャイコフスキー
◎ガウク指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(VistaVera)1959/4/19・CD

ガウクの本領はワルツなど舞踏要素の表現にある。リズミカルでも喜遊的な揺れを伴う前のめりの表現で、同時代の西欧指揮者に多かった「即物性」が無く、世俗的なアピール力がある。チャイコの純管弦楽曲の中からも、舞踏要素と思われる部分はいちいち踊れるような表現をとる、そこが聞きやすさであり魅力である。旋律のきわめて明瞭でわかりやすい起伏の付け方、どぎついまでの色彩性はスヴェトラーノフへと受け継がれるロシア伝統、と思われている典型的な芸風でもあるが、アグレッシブでオケの崩壊もいとわない自然アッチェル気味の表現においてはもっと没入型指揮者の気まぐれな発露というものを感じさせる(スヴェトラは寧ろかなり制御する指揮を行ったほうだ)。前半楽章はとにかく瞠目もので、録音のレンジが狭く凝縮的な音響なだけにガウクの拡散的な音楽の作り方、すなわちオケの「バラケ」が余り目立たない復刻となっており、いい部分だけを愉しむことができる。3楽章の攻撃的なピチカートもよその国ではスコアを気にしすぎてできないほどのスピードとアゴーギグをともなう。4楽章はまさに怒涛の攻撃といったふうだがスピードはそれほど速い感じはしない。ガウクはどうも交響曲の最終楽章で尻切れ感を感じさせることも多いがここでも感情の余りスピードや音量を煽りすぎてソヴィエト国立交響楽団的な弦の崩壊がさすがに目だってしまう部分もあり、それがためか若干の抑制が感じられ疾駆とまではいかない演奏ぶりになっている。といっても十分怒涛の攻撃性を煽る演奏になっており、やはりこれは◎だと思う。4番のドラマは1楽章で決まる。この1楽章は一つの交響詩として出来上がっているかのようだ。2楽章の男らしい憂愁も引きずるよりは前向きの力強さがある。ああ終わらない。メロディヤ録音と同一と思われるが、VISTAVERAのライヴ集のシリーズとして出たCDでもあり、ひょっとすると別の「ライヴ」かもしれない。拍手などはすべて入っていない。このガウク集はコーガンのワルツ・スケルツォとオボーリンのピーコン1番のいずれもライヴとのカップリングで復刻状態もよくどれも名演、ちょっと標準価格からは高いが、おすすめの一枚です。
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チャイコフスキー:交響曲第4番

2008年01月16日 | チャイコフスキー
○コンヴィチュニー指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団(PROFIL)1953/11/6国立劇場live・CD

併録のブラームスとともに正規音源(ブラームスはDG原盤)。海賊盤既出の記載の資料もあるが、知る限り初出。残響が付加されノイズリダクションが強めにかかっているが録音はおおむね良好。ソース起因の篭りがある。アグレッシブでスラヴ的であり、ベートーヴェン的に重くリズムを強調することはなく颯爽と進む。迫力のある音表現はびしっと揃えられたアンサンブルに拠る部分が大きい。指揮者の腕を感じさせる。解釈は素直。変に揺れることはない。アーベントロートを彷彿とさせる部分もある。ロシア方式でブラスや打楽器をぶっぱなすのはいいが感情的に決して乱れない演奏ぶりが4楽章では客観性として伝わり聴く側の熱気をそぐ。整えすぎである。ルスラン的に突っ走ってもいいのではないか。仰々しさが好悪わかつだろう。拍手カット。○。
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チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第2番

2008年01月15日 | チャイコフスキー
○ニキータ・マガロフ(P)ブール指揮ミラノRAI放送交響楽団(ARKADIA)1965/3/26ミラノlive・CD

ステレオだが録音は一部悪質。曲が凡庸で長ったらしいが、ブールの職人的な処理の光るバックにのってマガロフがそつなく技術をひけらかし最後はフライング拍手で終わる。尤も一部技巧的パセージを流したような表現もみられるところをみるとそれほどノって演奏しているとも思えないが。2楽章の弦楽トップ奏者との室内楽的絡みは美しい。
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チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番

2008年01月15日 | チャイコフスキー
○ニキータ・マガロフ(P)シュミット・イッセルシュテット指揮北ドイツ放送交響楽団(ARKADIA)1961ハンブルグlive・CD

最初は縦が揃わずマガロフのソロとリズム感もずれてしまい座りの悪さが露呈するが、ドイツ的な無骨で激しい音表現が次第に板についてくるとマガロフの力感ある確かなタッチとシンクロし、飽きることなく最後まで突き進む。かなり壮烈な演奏になっている。録音はモノクロでやや悪い。○。
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チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番~Ⅱ

2008年01月12日 | チャイコフスキー
ガルネリ四重奏団(特典盤)1926・CD

ディスクユニオンの2007年初春特典盤です(反則?)。SP原盤、状態はさすが、よくありがちな音痩せもない素直な復刻。SPの収録時間の問題か、異常にカットが多く、単に「アンダンテ・カンタービレ」として演奏したかったがゆえの録音と言ったほうがいいのだろうか。止揚するテンポも気持ち悪い。音は赤銅色の艶あるもの。録音年代からわかるとおり、これは新しいグァルネリ四重奏団とは違います。無印。
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チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」~花のワルツ

2008年01月01日 | チャイコフスキー
○ビーチャム指揮LPO(DA:CD-R)1939/4ビーチャム製薬放送live

放送用録音か。オケの高いアンサンブル能力の発揮された実にかっこいい演奏で、こんな緻密なアンサンブルを颯爽とこうじられるビーチャムの力量はかつての評によくみられた「アマチュア」「二流指揮者」などといった誹謗が事実無根であったことを改めて感じさせる。LPOという「楽器」の素晴らしさにも改めて感嘆した。とてもスピーディで適切なテンションの発揮されたしかし、いかにもイギリスオケのもの。そういう演奏。○。
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チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」

2007年12月07日 | チャイコフスキー
○ユルゲン・ワルター指揮北ドイツ交響楽団(JOKER他)LP

アメリカの「世界のクラシック音楽シリーズ」などに収録されていた廉価盤でおなじみの名前であるが、これがなかなか立派なステレオ録音なのである。いかにもドイツらしいオケの規律、しかしそれがローカリズムとして認識されるほどに厳しくはなく、まさに「クラシック音楽の紹介にはうってつけ」といったしっかりした出来だ。フルヴェンやフリッチャイなどの個性的な指揮ぶりではないが、傾向的にはそちらなので、娯楽的要素もあるものの、むしろ真面目な演奏ぶりである。アメリカでは「ベルリン交響楽団」と表記されていたようである。JOKERはドイツのレーベルなので原盤に近いものか。しかし薄盤で録音再生は似たようなレベルである。○。実のところはNDRSOのどこかか。
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チャイコフスキー:ピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出」

2007年12月06日 | チャイコフスキー
○レーピン(Vn)、ヤブロンスキー(Vc)、ベレゾフスキー(P)(ERATO他)・CD

バシュキーロフ盤に似た「無為の為」のような芸風で奇をてらうこともロマンティックな起伏を盛り込むでもなく一直線に突き進む。表現そのものより表現の機微できかせ、完璧な技巧こそがそれを可能としているのだろう。意図か録音のせいか、残響のなさがまた凝縮度を高め即物的というかスポーツのように楽しませあっというまに終わる、かっこいい。最終変奏にカット版を使用しているところも変奏曲全体のバランスに配慮してというよりくどさを排し極力削ぎ落とした演奏を目しているからだろう。1楽章のほうが旋律がデロデロなだけにギャップがおもしろい。力強くてアンサンブルとしてもよく組み合っており、ピアノはやや引き気味だが、とくにレーピンが素晴らしく民族性も盛り込む余裕をみせて好きな演奏だが、聴く人によって評価は別れるだろう。じっさい浅いなどと言う人もいる。ここまですべての音符をあきらかに彫刻を尽くしているのに、その二文字で処されるのはかわいそうだが。○。
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チャイコフスキー:交響曲第4番

2007年11月13日 | チャイコフスキー
○カンテルリ指揮NYP(RAREMOTH:CD-R)1955/1/30LIVE

あっけらかんとした衒いの無い鮮やかな指揮ぶりでNYPの統率も素晴らしい。やはりトスカニーニを思わせざるを得ないが、トスカニーニはこういう曲はそれほど得意ではなかったと思う。ただ、トスカニーニ/カラヤンの補完指揮者としてに留まらない溌剌とした魅力があり、リズミカルなドライヴぶりはチャイコの舞踏要素をよく汲んでいる。前半楽章が陰鬱で後半楽章が喜遊的という分裂症的な曲だが、前半楽章が苦手な私もこの喜びに満ちた演奏を聴くとそれほど鬱入ることもなく、3楽章のピティカートの饗宴からややテンポの落ち着いたものの勢いは非常にある(NYPも能力を出し切った素晴らしいアンサンブルぶりを見せる)。異様に早いフラブラも仕方ないくらいの終演時には私もこの曲が捨てたものではないと思うにいたった。同曲の前半が苦手な人にはお勧め。前にカンテルリのサインを落とし損ねたことがあったがそれ以来出物を見ない。やや夭折であったカンテルリのものとしてはあの値段は破格だったが、モノラルの悪い録音が多くてもファンが未だ多いのもうなずける。未完の大器ではない、これがたぶんカンテルリそのもので・・・完成していたのだと思う。○。
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チャイコフスキー:バレエ音楽「くるみ割り人形」~1幕抜粋

2007年10月01日 | チャイコフスキー
○コンドラシン指揮モスクワ・フィル(GLOBE)1978/3/29live・CD

ずいぶんとボロディン的な民族曲なんだなあと改めて組曲じゃない版を聴いて思った。反じて組曲は洗練された部分だけを抜いた非常に上手い構成のものだと感じる。コンドラシンは音響的には地味だが求心力がありリズミカルに気持ちよく曲を進めている。ややソヴィエト末期的というか個性が薄まっている感もあるが、すっきりとした演奏であり、リマスターもいい。○。


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チャイコフスキー:交響曲第6番

2007年09月07日 | チャイコフスキー
○D.オイストラフ指揮ベルリン・フィル(BP)1972/3/16live・CD

後年は指揮者としても活躍したオイストラフだがさすがに「若手気鋭の指揮者がベルリン・フィルを振らせてもらった」的な扱われ方をしているようにきこえいささか心苦しい。表現は硬くしかし無難に悲愴をやっている、といったふうで、しいていえば3楽章の終盤で極端な他に聴かないたぐいのデュナーミク変化がつけられ盛り上がりが作られているところが聴き所か。しょうじき、なんとなく、オルフェオで出ていたオイストラフ指揮ライヴとか、あるいはフリッチャイのチャイコライヴのような「奇妙な軋みのある生硬な演奏」に聞こえてしまい、凡演と評せざるをえない。ただ、オイストラフのものとしてはオケの協力できちっとしているという意味で○はつけておく。

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チャイコフスキー:無言歌op.2-3(弦楽合奏編)

2007年09月03日 | チャイコフスキー
○ターリッヒ指揮スロヴァーク・フィル室内楽団(SUPRAPHON)1950/6/20・CD

素直なチャイコ初期の民族的な小品だが、ターリッヒの棒はトスカニーニを思わせいささかストイックに過ぎるかもしれない。もっと細かい妙なる揺れが欲しい気もする。これでは単なる「フィレンツェの思い出」だ(別にそれでもいいんだけど)。ターリッヒの芸風がチャイコではこう現れるという典型。好き嫌いはあるかもしれない。○。
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チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第1番~Ⅱ.アンダンテ・カンタービレ(弦楽合奏編)

2007年09月03日 | チャイコフスキー
○ターリッヒ指揮スロヴァーク・フィル室内楽団(SUPRAPHON)1950/6/18・CD

スプラフォンのターリッヒ・エディション最終シリーズ、巻16「室内楽曲集」におさめられたこの曲は、よく知られたお涙頂戴の編曲ものだが、ターリッヒは純音楽的に、ひたすら雄渾に描いていく。大規模編曲されると確かにこういう強い響きの曲になる性向があるにはあるものの、旋律と響きの純粋な「強さ」を打ち出し、トルストイにむせび泣かせることなど考えていない。あのあけっぴろげな弦セレすら思わせる響きも聞こえる。しかし、再現部ではヴァイオリンにいくぶんテンポ・ルバートとアーティキュレーションの微細な変化があらわれはじめ、そこからのどんどんと、深く落ちていくようなデュナーミク変化、休符表現の絶妙さが際立ち、一瞬力強く飛翔するものの、そのまま深き淵へと墜ちていく。ターリッヒはヴァイオリニストであった。室内楽にも強い関心を示していたがついぞその純粋な演奏記録は残されることは無かった(しかしこうして後期には室内楽団を組織し振ったりしていた)。この演奏終盤の沈潜ぶりは、そんなターリッヒの何かしらの思いが反映されているように思えてならない。前半との極端な対比が秀逸。だがまあ、○だろう。
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チャイコフスキー:管弦楽組曲第3番~Ⅳ.主題と変奏

2007年09月01日 | チャイコフスキー
○アーベントロート指揮ライプツィヒ放送交響楽団(TAHRA)1951/3/20・CD

まー単曲でもよく録音された長い曲だが(17分以上、この演奏もスタジオ収録モノ)変幻自在のチャイコの変奏技術を脂の乗り切った時期の作風において聴ける佳作ではある。もっとも私は変奏曲という形式自体がそもそも余り好きではないが、この曲は(チャイコによくあることだが)感傷的な曲想に頼り切ることもなく、弦セレあたりでみせた作風から一歩外へ出て、バレエ音楽ふうに場面転換のくるくるするさまを、時には歌劇、時にはバレエ、時には技巧的なヴァイオリン協奏曲、時には純管弦楽曲、時には描写音楽といった人好きする風景の中に見せてゆく。一種いっちゃったようなチャイコ特有の病的な部分は出てこない。アーベントロートのがしりとした立派な演奏で聴くとじつに板について楽しくも気高い。クライマックスのこれまた「何か(ヴァイオリン協奏曲第一楽章の一場面など)」を想起させるような騎馬民族的な曲想の盛り上がりもリズムをしっかり打ち出し弦楽器に弾け気味に分厚く厳しく雄渾に弾かせ、その上で決して他を圧倒することなくバランスのとれるような抑制をきかせたブラス、総合的にいってそこに描かれるダイナミズムが素晴らしく、単調で長い曲展開を忘れさせるような壮大さを獲得したすがすがしいほどの演奏。バレエ組曲ふうの曲ではあるが、たまに聴くといいなあ。後戯が長いけど。録音は弱いがリマスターはいい。○。
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