20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、主に19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音を中心に紹介しています。

☆ワイル:歌劇「三文オペラ」

2018年03月16日 | ドイツ・オーストリア
○H.ロスヴェンゲ、R.アンダイ、C.アドラー指揮ウィーン・フォルクスオーパー・アンサンブル(VOX,MAJESTIC)1963版・LP

マーラーの最後の使徒として有名なチャールズ・アドラーはアメリカに居を構えてのち戦後はウィーンにも拠点を置き、SPAレーベルを通して比較的保守的な現代音楽を紹介することに情熱を注いだ。録音は少なくないのだがLP単発のち再版せず、マーラーを除いては今も評価を得られていない感がある。だがこのいかにも中欧臭い演奏には同時代の空気が紛々とし魅力的である。ほつれのないがっしりした構えの中、ブレヒト劇にふさわしい歌唱、正しく戦前ドイツの世俗的情景を描き出している。また兵士の物語や、サティの晩年作を思わせる皮肉な調子(意図的引用も含め)も、それとわかるようにくっきり明瞭に表現し分けられる。ガーシュインとは違うヨーロッパの「ジャズ」。引き締まった書法だが基本ミュージカルのような曲だけに、少し真面目過ぎるところは気にはなるが流れはいい。ウィーン風でないところがむしろいい。なかなか。○。

※2010-01-25 20:03:38の記事です
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☆フランツ・シュミット:交響曲第3番

2018年03月14日 | ドイツ・オーストリア
○ファビオ・ルイージ指揮MDR交響楽団(VKJK)CD

ライプツィヒの渋くガチガチの音が曲にはあわない気がする。非常に美しく研ぎ澄まされた音響を駆使した演奏で、ルイージの指揮も非常に精緻であり、陶酔的なテンポでじっくり聞かせようとするのだが、これはもう曲自体の弱さというしかないか、3楽章まで聴くといくらなんでも緩慢すぎて飽きてしまう。フランツの曲は決して創意が無いわけではなくマーラーやブラームス好きにはとても受ける要素があると思うが、形式感を重視し(古典的な意味での形式ではない・・・この曲は古典を意識したものではあるが)決して大きくは踏み外さないハーモニーを使うため、そこにオケ側からのプラスアルファ(艶と言い切ってしまおう)がないと、確かによく書けてはいるがつまらない、という印象を強く受けてしまうのである。ただ、終楽章にかんしては艶は足りないにしても弦に特に気合いが入っていて、シャキシャキしたアンサンブルがとても気持ちよく耳を刺激する。ガガガガと縦に叩き付けるような刻みと美しいウィーンふうの横に流れる旋律が交互に現れるさまを楽しむ娯楽的によくできた楽章だが、前者の点において優れている。物凄く巧いオケ、さすがライプツィヒだが、曲にはあわなかったかもしれない。でもこの4楽章を買って○。1楽章は陶酔的でも曲想がそういう感じだから許せるが、それでも飽きる、ましてや2楽章の晦渋さとなると・・・スケルツォの3楽章ですら緩慢と感じてしまった。

※2005-10-04 09:37:52の記事です
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☆ヒンデミット:気高き幻想組曲

2018年02月14日 | ドイツ・オーストリア
○クレンペラー指揮スイス・ロマンド管弦楽団(ETERNITIES:CD-R)1967(57?)/3/6live

クレンペラーではEMI正規録音に近く、オケのアタックが弱くヤワで迫力には欠ける。しょうじき非力でありやる気もどうかというところだ。最後こそ偉大に盛り上げるがそこまでは退屈で、無理に遅めのテンポに抑えているようだ。ヒンデミットでも作風がマンネリ化した時期の作品で、構造や構成もまったく新味がなく、ヒンデミット慣れしているとこういう客観的なやりかたは退屈きわまりない。うーん。○にはしておくか。ここで美しいのは静かな場面での木管のやりとりだが、木管に鉄琴重ねるやり方はまったく世界の調和他と同じでヒンデミット的にはいつものやつなのである。

※2011-11-12 16:25:34の記事です
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☆レーガー:シンフォニエッタ

2018年02月12日 | ドイツ・オーストリア
○ボンガルツ指揮ケルン放送交響楽団(GARNET)1970'・LP

シンフォニエッタのくせに1時間弱かかるという交響的大蛇。これはもうワグナー/リヒャルト・シュトラウスの申し子たる、ぬるまゆーい雰囲気の長大半音階的音楽(重厚ではない)。弦を中心とする分厚い音響に彩られたフランツ・シュミットの雰囲気に非常に似ているが、そこから魅力的な旋律を取り去って、より構造的に突き詰めたような(時代的には逆だろうが)、いわば交響曲2,3番あたりをながーく引き伸ばしたような作品と言え、レーガーだから緻密で構造的でそういう面白さもあるのだろうけども、一般的な聴衆は一つ一つの要素に拘泥せずにただ聞き流し浸り切ることでのみ価値を見出すことができるたぐいのものと言う事ができるだろう。聞き心地は悪くない(明るく暖かい)ので前記の作曲家群が好きな向きは是非試してみていただきたい佳作である。この演奏はちょっと軽めに仕上げた感じがする。そこが程よいというか、うまく中和的に作用して曲を聞きやすくしている。ハープの典雅な響きなど意外と印象派的な魅力も引き出している。オーケストレーションのせいもあるのかもしれないがオケが割合と薄く、ヴァイオリンが剥き出しになる部分など生音が聞こえてしまうところもあるが、ボンガルツが実に手際よくまとめるおかげで瑕疵と認識しないうちに次の変奏に移行してしまうから、これは棒の力でカバーできていると言っていいだろう。編成はともかく技術的にはかなりいいセンを行っているがケルンだからあたりまえか。ドイツではいい意味で個性の薄いオケだからこその爽やかな肌触りが曲をいい方向に持っていっている。総じて○にしておく。ステレオ。

※2005-03-23 09:27:05の記事です
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☆リヒャルト・シュトラウス:ばらの騎士組曲

2018年01月25日 | ドイツ・オーストリア
○バルビローリ指揮ハレ管弦楽団(IMP,BBC)1969/8/9プロムスLIVE・CD

この曲を得意としたバルビだがこの異様な熱気に包まれたライヴでは殊更熱が入っているようだ。晩年ゆえ激しいというほどでもないがスタジオとは比べ物にならない躍動感と覇気に満ちている。名前を伏せて聞かせたらケンペのようなリヒャルト指揮者と勘違いする人もいるかもしれない。バルビを下手な指揮者だと認識している人がいたらライヴでリヒャルトの錯綜した音楽をこれだけ精妙にまとめることのできる指揮者、しかもハレ管という楽器としてはいささかランクの落ちる楽団を使ってここまで表現しきることができる指揮者ということで認識を改めるかもしれない。拍手が終演を待たずに入ってくる熱演(といってもテンション芸ではなく品を保ったとてもタノシイ演奏である)。○。

※2005-04-09 20:42:45の記事です
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☆オルフ:劇的カンタータ「カルミナ・ブラーナ」

2018年01月20日 | ドイツ・オーストリア
○フリッツ・マーラー指揮ハートフォード交響楽団、合唱団、スタールマン(SP)他(VANGUARD)CD

グスタフ・マーラーの甥フリッツとオルフは親交があったと言われる。後半生ハートフォード交響楽団のシェフとしてドイツ的なしっかりした腕を振るい録音も結構なされたが、いかんせんオケの知名度に欠けるせいか現在現役盤は殆ど無い。オケは結構巧いので見くびらないように。この演奏もよくできていて、日常的に聴きたくなったらいつでも聴ける類の演奏、と言ったらいいのか、変な山っ気もなくソリストが突出して芝居じみた表現を繰り出すこともなく、かといってヨッフムのように少々真面目すぎてつまらなく感じることもない。長く連綿と続く簡素な歌を聴き続ける部分が大半の曲で、結構飽きるものだが、これは締まった音が心地よく、耳を離さない。全体のバランス、設計もいいのだろう。力感溢れる両端部は録音マジックの部分も多少あるかもしれないが、誇大妄想的表現にも陥らない立派な表現である。いい演奏。○。

※2008-09-10 14:45:47の記事です
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☆ワグナー:歌劇「マイスタージンガー」1幕への前奏曲

2018年01月20日 | ドイツ・オーストリア
○クレンペラー指揮ACO(WME:CD-R)1957/2/20live

この曲は構造的に完璧なのでクレンペラーのような声部の強引無骨な堆積で音楽を作ろうとする人の演奏でもちゃんと立体的な組み物として迫力をもってきこえるわけで、クレンペラー向きとも言える。オケはどうしても時代的にフルヴェン的な迫力を求めているがクレンペラーの客観冷静鋼鉄の鋳型のような型にはまって別の音楽表現にシフトせざるをえない様子。クレンペラーの棒から離れてカンタビレるヴァイオリンをはじめ勝手なノリでアーティキュレーションをつけていくオケ、そのけっこうソリスティックな崩しは、それでもプロフェッショナルにクレンペラーの棒にはギリつけているし、ワグナーがちゃんと譜面で仕切ってるのでフォルムは崩れない。スリリングなライヴとしてなかなか楽しい。が名演奏とは言えない、ライヴの楽しいドキュメント。コンセルトヘボウってこんなに艶っぽかったのだ。録音茫洋と遠くきわめて悪い。○。

※2007-07-15 23:57:28の記事です
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☆フランツ・シュミット:交響曲第2番

2018年01月19日 | ドイツ・オーストリア
○カール・クリッツ指揮シラキュース交響楽団(DA:CD-R)1969/12/11live

珍しいライヴ。クリッツはこのブルックナーの流れを汲む末流ロマン派交響曲作家の代表格たる作曲家の弟子である(カラヤンも学んでいるが演奏記録は限られている)。シェーンベルクと同い年でありながら文学性を帯びた表現主義的前衛性を前面に出すことなしに、あくまで純粋な音楽としての技巧的先進性を追及した理論家でもあり、保守的とみなされるのは主にいかにもウィーンの古きよきロマン性をかもす主題、ワグナーからの流れをくむ自由でありつつ耳心地いい和声によるものであって、分厚いオルガン的音響と耳に捉えられないくらい細かな機構の、うねるように変化し続ける複雑な様相、既存のロマン派交響曲に囚われない有機的な楽曲構成への挑戦が新古典主義の堅固な構造と組み合っているさまはブラームスの流れをも汲んでいることを示している。

死後、ナチス協力者の汚名が晴れてのち少しずつ認められていったが、この人には華々しい使徒がいなかったのが不幸であった。クリッツも華々しいとは言えない。少数の室内楽やオラトリオを除けば演奏機会は少なく、やっと10数年前ヤルヴィや大野氏が注目し演奏録音したものの、今も余り脚光を浴びてはいない。正直前衛が受けない時代に何故この絶妙な立ち位置の作曲家が取り上げられないのか理解に苦しむが、易い聞き心地に対して(ウィーンの作曲家らしいところだが)声部剥き出しだったりソリスティックでトリッキーな部分の多い比較的演奏が困難な楽曲であることは大きいだろう。チェロの腕は有名であり、職業演奏家としてマーラー時代を含む(マーラーを嫌ってはいたが受けた影響は指摘されている)ウィーン国立歌劇場オケの主席をつとめていたが、弦楽アンサンブルに対するけっこう厳しい要求がみられ、クリッツが生涯育て上げたこのオケにおいてもばらけて辛い場面が多い。同時代を知っている演奏家によるライヴ録音はミトロプーロスとクリッツのものだけだそうだが、分は悪いと言わざるを得ない。

解釈が生硬に聞こえるのもオケが厳しいせいかもしれないが、ともすると旋律追いになって完全にブルックナーの和声と旋律だけで出来上がった単純な交響的大蛇に聞こえてしまう曲を、構造面をかなりクリアに浮き彫りにしようとしていて、立体的なつくりがよく聞こえる。2楽章の中間部、ハイライトたるべき魅力的なワルツ主題もそれだけが浮き立つのではなくそこを盛り立てるための内声部の明快な組み立て、魅力的な和声変化の鮮やかな表現にクリッツの意図は汲み取れる。けして指揮者としての腕があるようには聞こえず学究肌に聞こえる、これは結局シュミットが使徒に恵まれなかったということに繋がることだが、それでも、数少ない演奏の一つであり、晩年のクリッツの境地を知る資料ではある。録音がかなり辛い。○にはしておくが。

フランツ・シュミット
本サイトのフランツ・シュミットの項

※2008-06-30 21:43:47の記事です
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☆プフィツナー:交響曲第2番

2018年01月15日 | ドイツ・オーストリア
○ベーム指揮ザクセン国立歌劇場管弦楽団(ZYX MUSIC他)1940初出(1938?)・CD

循環形式というのはあざとい。そりゃ忘れた頃の「王の帰還」で感動しないほうがおかしい。この3楽章制交響曲のあざといところは晦渋なブラームス志向の音楽でありながらも構成は思いっきりフランクなところで、両端部を飾るワグナー的な響きの旋律そのものがフランクに聴こえる。そう思って聴きなおすと半音階的な進行や終盤の和声もフランクのシンフォニーからの剽窃に聴こえてくる。それでもなおこの曲に価値があるとすれば、その手ごろな「短さ」にある。ベームは同時代者として、プフィツナーの「言わんとするところ」をよく理解している様子だ。ともするとぶよぶよした演奏になる可能性があるこの曲を、スリムに引き締め、厳しく弾かせている。晦渋な2楽章から3楽章循環主題の提示前まで、頭でっかちの構造偏重ぶりが伺えるところ、これをきちんとまとまった音楽として聴かせられるだけでも既に腕のある指揮者であったことがわかる。軍隊のような演奏。録音は極めて悪いものの、○をつけるのはそういった理由による。

・・・このブログは何度でも同じ音源を取り上げます。その時々で見方が変わるからです。旧評はサイトかまとめブログを参照してください。無邪気に褒めてます。

※2009-01-13 19:49:53の記事です
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☆ワグナー:ジークフリート牧歌

2018年01月03日 | ドイツ・オーストリア
○ゴロワノフ指揮ソヴィエト国立放送交響楽団(melodiya)

CD化している音源かどうかよくわからない。ラフリンの幻想とカップリングでそれに比べるとずいぶんと録音が悪い。ワグナー指揮者として国内で絶大な人気を誇ったというボリューム感たっぷりの迫力ある表現はここでも健在で、分厚い弦楽合奏のデュナーミクの異常なうねりにいちいち細かくつけられるアーティキュレーションの異様に粘着気質な感じ、ブラスのない室内合奏曲でもこれだけの圧倒的な表現を可能とする指揮者であったことを証明する演奏になっている。ちょっとクリスマスや誕生日の暖かい雰囲気にそぐわない、どちらかといえば素材を引っ張ってきた元の楽劇の壮大なロマンを短い楽曲中にこれでもかと凝縮して煮詰めたような感じがする。元々持っていたこの曲のイメージがだいぶ覆されたものの、いやこれは面白く十分板についている。この時代のこの国のこの指揮者でしかなしえなかった、とことん主情的な演奏(もちろん合奏だから即興解釈でここまで揃うわけはなく、メンゲルベルクがそうであったように解釈が主情的という意味なのは言うまでも無い)の見本として聴く価値はある。なんか思いっきりクリームがてんこもりのタルトを突き出された気分だ・・・そう、「突き出された」。

※2007-01-07 22:51:19の記事です
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☆オルフ:カルミナ・ブラーナ

2017年12月19日 | ドイツ・オーストリア
◎ストコフスキ指揮ボストン交響楽団ほか(DA:CD-R)1954live

とにかく攻撃的な演奏である。スピードもさることながら音のキレが非常に激しく、とくに合唱の音符の切り詰め方にはしょっぱなからから焦燥感を煽られある意味小気味いいくらいだ。シェルヒェンの芸風をやはり想起してしまう。歌によってばらつきがないとも言えないしブラスはどうもブカブカとふかす感じだが、総体として終始楽しめるようにできており飽きさせることはまず、ない。盛大な拍手もわかる非常に興奮させられる演奏である。ストコの生命力は凄い。原典主義とは無縁の世界だってあっていいし、だいたいビートルズの弦楽四重奏編曲とか平気でやる分野の音楽家が、近現代の作品で多少譜面をいじることを何故躊躇し嫌うのか、金銭的権利的権力的問題以外の部分では私にはとうてい理解し難い部分があるなあ。

※2006-10-27 09:41:42の記事です
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☆ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱付」

2017年12月16日 | ドイツ・オーストリア
○イワーノフ指揮モスクワ放送交響楽団他(MELODIYA)1972/10/12live

非常に充実した演奏ぶりでさすがベートーヴェン指揮者として国内でならしたイワーノフの「第九」である。ライヴならではの迫真味がありまるでフルヴェン先生のもののように力強く迫ってくる、もっとも解釈は一直線の棒状のもので剛速球スタイル、だから緩徐部・楽章では少し飽きる。ただこの超スピードは魅力的で、弦・打がまた素晴らしくキレている。ロシアのライヴものというとグダグダな箇所が一箇所はあるものだが、曲が曲とはいえ(ロシアでもベートーヴェンは昔から楽聖なのである)、この集中力とそれをリズミカルにドライヴするイワーノフの力量は並ならぬものがある。録音バランスのせいだろう、ブラスがやや引きで入っており篭る感じもあって◎にはできないが、あきらかなロシア奏法で19世紀的に処理される音響も含め、現代の耳には新鮮で面白く聞こえる。ロシア語歌唱。ハラショーが僅かに聞こえる。イワーノフは世界に一握りくらいマニアがいるらしく、たまに出物があるとすぐ売り切れるから要注意だ。私も3枚ほど探しているがいつも出遅れる。左欄にシェヘラザードなどを挙げているが、リムスキー指揮者としても有名だった。○。

※2007/11/12の記事です
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☆ヒンデミット:チェロ協奏曲

2017年12月10日 | ドイツ・オーストリア
○ベトヒャー(Vc)チェリビダッケ指揮シュツットガルト放送交響楽団(MORGAN'S:CD-R)1976/4/2LIVE

晩年的な比較的平易な作品でやや冗長だが、簡潔な書法にはプロフェッショナルな技が発揮されており感心させられる。ソリストにも無理や特殊技巧は要求されず威厳あるタテノリでつづられてゆく。演奏もやや解釈的なまとまりが弱く叙述的になっているが、チェリのまだ生命力あるダイナミズムと厳しい音響の律しかたが、全体をダラダラ感から救っている。ソリストも正直あまり特徴のないニュートラルな弱い表現で色もなく、単彩透明なチェリ美とともに「純音楽過ぎる」感じが少しつまらない。元がこういう曲だからスコア見ながら頭で愉しむのが正解としたらそれでいいのか。○。

※2006/9/2の記事です
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☆ブラームス:交響曲第4番

2017年12月05日 | ドイツ・オーストリア
◎チェリビダッケ指揮ジョルジュ・エネスコ・フィル管弦楽団(WME:CD-R)1978ブカレストlive

すいません、大満足してしまいました。チェリの演奏は録音が悪くてもいいものはいい!並ならぬ緊張感とオケの中から湧き上がる力、それをチェリが大人のさばき方でびっしり、かつ前進的にまとめていく。総体の表出力が物凄く、中声部以下の充実ぶりもすばらしく、よくある旋律追いの演奏ではない、ブラームスの構造を剛直に抉り出している。晩年はそれが聞く側にも堅苦しさを感じさせる場合もあったように思うが、イタリアやロンドンで力強い活動を行っていたころの、より中欧に近い、故国での記録であるだけに、そこには浅からぬ思いとそれまで培ってきた能力の最大値が発揮されているのだろう。とにかく、すさまじいのにまったく無理がない細部まで見事に奏者同士が融合した(融合しない演奏も多いチェリだけにそこがまた素晴らしい)超名演である。録音が悪くたって◎。

※2007/9/6の記事です
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☆ベートーヴェン:交響曲第9番

2017年12月05日 | ドイツ・オーストリア
◎ジョルジェスク指揮ブカレスト・エネスコ・フィル他(LYS他)1960-61・CD

見事だ。このリズムのキレの良さ、ガシガシいうアタックの強さ、スピード、3楽章は少々印象に薄いが、見事に最後までワクワクしながら聞きとおせた。フルヴェンコピーとか多い世代で、なおかつドイツで活躍していたわけだからドイツ式、ときそうなものだがオケのせいかちょっと違う。いい意味でニュートラルで、厳しい見方をする人なら弦のザッツに甘さを指摘するかもしれないがそんなこと言ったら殆どのフルヴェンの演奏も否定しないとならない。これは録音時期が新しいからそう「捉えられた」だけだ。そう、音もいい。LPではエレクトローラだかどこかが出していたと思うが、LYSの恐らくLP起こしの音でも十分迫力あるステレオサウンドで楽しめる。ステレオだが左右のマイク距離が狭いせいかモノラル特有の求心力の強さも併せ持つ録音になっており、スケール感には欠けるが、とにかくウキウキするような高揚感を伴う行進曲のような楽曲に仕上がっている。うーん、やっぱこの人は後期ロマン派には似合わない。チャイコのつまらなさとは格段。◎!

※2005/12/30の記事です
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