20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音評を中心に紹介しています。

ソロモン・ヴォルコフ出演

2006年10月31日 | Weblog
ハリウッドフィルムフェスティヴァルベストドキュメンタリー賞受賞のこの作品、なんと「証言」のヴォルコフが出てますね。冗舌です。あ、「ハチャトゥリアン生涯と演奏」です。よくできた、さすがアメリカ作品(ナイトウォッチャー観てたんですが、低予算で東欧的ロシア的ゴシカルな中にでも、いちばん影響を与えてたのはアメリカのめまぐるしいミステリーテレビドラマシリーズだった。。)。ソビエトは過去のものです。しかし全盛期のロストロさんは常軌をいっした神ぶりです。自作自演はコンチェルト・ラプソディ全曲のほか断片ですがレーニン追悼演奏会でのオードやヴァイコン(オイストラフ)、剣の舞二種や交響曲第二番を含むピアノ試演(チェロは聞けないけど、リズムがさすが身に染みた表現で巧い)。ハチャの民謡と世俗的語法と現代的構成の絶妙が素人にもわかりやすく解説されていて、またソビエト音楽史を短くまとめて理解できるのもいい。よくできてますこの映画。カレンさん、若い!エミンさんはさすがに年、しかしもっと年である裏切り者フレンニコフはここでも悪者なりにしっかり出演して弁明(コンヴィチュニーの交響曲録音を復刻してくれー)。ミャスコフスキーの国での崇敬のされかた、私などが聞かされていた「自主的転向」はけして無かったかのような筋書きも面白い(音楽は転向し語法が定着していたことは確かで、例の批判はたんに権力側の好みと気紛れ、そして嫉妬であったにすぎないから関係はたいしてないのだ)。フレンニコフの自己批判も聞けます。体制側にも公平に聞く製作者の態度には納得。ソビエトものは批判しか出てこない(崩壊前は180度違う言説しか聞かれなかったのに!)現状は少々極端な気もするので、ショスタコはまあ体制に積極的迎合していたこともあったという反論資料もなくはないけど、フレンニコフ以外の弁明もききたいものだ。なんだかんだいって芸術は理不尽から生まれる側面は否定できない。芸術面ではソビエトは優れた体制をもっていたと思うマニアも実はけっこういるもので、時の流れの先で両者歩み寄りも必要かと思う。
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マーラー:交響曲第2番

2006年10月27日 | マーラー
◎ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団他、パーカー、ムーディ(vibrato,DA:CD-R)1971/4/3(6?)live

ライヴにしては録音もかなりいいステレオ、とにかくこのアグレッシブさに瞠目せよ、いじりまくりで後半楽章などどこをやってるのかわけがわからなくなるほど錯綜して聞こえる轟音の饗宴、賛否あろうが終演直前の「ストコフスキ・クレッシェンド」(スヴェトラなど寧ろ後塵を拝する立場だったわけで)に間髪入れずの大ブラヴォーにはちょっとワナワナ震えるくらいの恐ろしくスゴイものを聴いたという印象だけが残る。最初これを聴いたとき長々しいけして趣味的に得意ではない復活が、こうも飽きさせずにどんどん聴き進められていいものかどうか戸惑いを覚えるほどだったが・・・じじつとことんアグレッシブな攻撃性を維持しつづけ(実はそれほどでもないのだが)退屈部分カットや楽器追加編曲等原型を感じさせない「ひたすら威圧感動させる姿勢」を貫いた演奏であるわけで・・・いつのまにか終楽章に入り、まあ各声部の近いこと、合唱もブラスも弦もひたすら耳元でがなりつづけ、あけっぴろげに下品に、しかしこういうぶっぱなした音楽こそマーラーだというストコの確信が説得力をもって最後まで私の耳を離してくれない、そういう復活を私は初めて聴いたような気すらしたのだ。もうなんだか最初は、遂にこの曲の決定盤を聴いてしまった、誰も認めないだろうけど俺にとってこの盤は最高の復活だ、と思って忘我としたが、繰り返し聞くうちに冷静になり、けっして正規盤など既出のものから離れた演奏様式ではなく、ただ異様な熱気がダイレクトに伝わってくる、アメリカ交響楽団はこうして最後の頂点に上り詰めた、最晩年になってもまだ攻撃的な姿勢を崩さなかった(ここにおいてはシェルヒェンを凌駕する)ストコとともにあった、ストコそのものの楽団だったのだ、という信頼関係の最も素晴らしい形を聞き取ることができる。ロンドンのオケならこうはいかない。アメリカそのもの、賛歌といってもいいこの強烈な音楽には、しかし何度聴いても最後には自分も歌っている、そういう世界なのである。これこそが真のカリスマである。音だけで圧倒する、ロック魂溢れるマーラーである。◎。vibrato盤は6日表記あり、詳細不明。
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ヘンデル:サウルからの葬送行進曲

2006年10月27日 | その他古典等
○ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(DA:CD-R)1971/4/8(6)?live

6日にNYで亡くなったストラヴィンスキーに捧げる、皆さんもどうぞ黙祷をとストコフスキの声が入っているのでクレジットの3日というのは誤りと思われる。演奏はハデハデしいものだが、前向きな演奏様式はストコなりのストラヴィンスキーへの花むけと言うべきだろう。ストラヴィンスキーが烈火のごとく怒りだすような編曲であっても、これはやはりストコの演奏なのであり、誇り高い演奏家と作曲家の間の大人の告別だ。○。膝録。vibrato盤は6日表記あり。
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ショスタコーヴィチ:前奏曲(管弦楽編曲)

2006年10月27日 | ショスタコーヴィチ
ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(vibrato/DA:CD-R)1971/4/3(6?)live

ストコフスキがよくやっていた演目でいかにも稀有壮大なストコ節。ただやっぱり元が重く暗いだけに聞き栄えはしない。演奏的に評価不能。vibrato盤は6日表記あり。
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トゥーリナ:闘牛士の祈り

2006年10月25日 | その他ラテン諸国
WQXR四重奏団(POLYMUSIC RECORDS)LP

余りぱっとしないロマンティックな曲だが大編成編曲でも知られる。演奏的には余り巧い感じはないのだが情熱的ではある。
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シベリウス:交響曲第3番

2006年10月25日 | シベリウス
バルビローリ指揮ハレ管弦楽団(DA:CD-R)1969live

個人的にバルビのシベリウスやRVWのシンフォニーは音のキレが甘く、テンポがもったりした感じがして余り好きではない。もちろん時期や作品、また楽章によっても違うが、ディーリアスあたりまでの響きの分厚い後期ロマン派作品、やはり独欧系の楽曲に適性をかんじる(リヒャルトやマーラーのような)。ハレとなるとなおさら出来不出来があり、アンサンブルはともかく個人技的にはレベルがばらけた印象が否めない。この作品は過渡期的とはいえ前期の覇気に満ちた主情的な書法と後期の精緻な構造からなる主知的な書法が共存する妙味があり、1,2番の冗長さからも4番以降のとりとめのなくなりがちな性向からも離れた一般的な魅力に溢れた作品だと思う。とくに1楽章は民族的リズムのキレが要であり、大昔これをきくとマーラーの巨人の舞曲楽章を思い浮かべたものだが、ハレでバルビだと重量感も余り感じられずノリが半端な感が否めない。好き好きだろうが、私は余りのれなかった。もちろん、これが最晩年の演奏様式にのっとっているせいもあるだろう。中間楽章(緩徐楽章)の旋律的魅力が4番以降より劣っている感もあるのでなおさらバルビの歌心が生かせない曲でもあるのかもしれない。無印。ステレオ。
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ディーリアス:歌劇「フェニモアとゲルダ」より間奏曲

2006年10月25日 | イギリス
○バルビローリ指揮NYP(DA:CD-R)1962?LIVE

ミヨーのフィルハーモニック序曲のあとになぜかクレジットなしで収録されていたもの。雑音が多く状態がかなり悪いため、別日と思われる。バルビのディーリアスはこれでもかというくらい陶酔しきったものと若干引き気味なものに別れるように思う。これは後者である。仄かな雰囲気を楽しむ程度におさまっており、違和感をかもすことはない。バルビなので感傷的ではある。曲はまさにディーリアス。メタリヒャルトでもメタフランクでもメタドビュッシーでもない、また晦渋で哲学的な領域に至ることもなく長ったらしくなることもない、いちばんいい形のディーリアス。○。
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ミヨー:フィルハーモニック序曲

2006年10月25日 | フランス
○バルビローリ指揮NYP(DA:CD-R)1962/11/30LIVE

びっくりするくらい前進的で明快な演奏。これが60年代のバルビ?と思わせるほど躍動感というかタテノリの力強さというか、横の流れ「だけ」を重視した音楽作りをする前の芸風ということなのだろう。もちろんプロフェッショナルだから曲により解釈も変えるし演奏方法も変えさせるのだろうけど、シベリウスや正規のステレオ録音などにみられるあの「ユルさ」が微塵も感じられないライナー張りの推進力にいたく驚きました。このレーベルにしては音もエッジが立って聴きやすい。曲はほとんどヒンデミット(変に構造的なところやヴァイオリンの超高音を多用するところは元々似てるんですけどね)。○。
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マーラー:交響曲第6番抜粋

2006年10月24日 | マーラー
ドラティ指揮ナショナル交響楽団(DA:CD-R)1974/10/27live

録音は非常に明晰でステレオ効果も抜群だが、弦が後退しブラスばかりが浮き立って聞こえバランスが悪い。これはおそらくいわゆる膝録り(インホール録音、隠し録り)であり、カセット入れ替えのため3楽章と4楽章冒頭が欠落してしまったものと思われる。演奏はいたって普通。ちょっと隈取が強い感じを受ける部分もあるが録音バランスのせいなのか解釈のせいなのか定かではない。何よりワシントン・ナショナル響がちょっと弱い。ブラスやパーカスの威力は認めるが、けして「巧い」と思わせるものはなく、軋みが生じるというより甘さが生じている。キレよくしようという意図が聞き取れてしまうほど、キレが悪いのだ。ドラティはかなり引き締めるほうの指揮者だと思うがラインスドルフかと聞きまどうほどに「普通」な解釈を施してきているがゆえに加えて物足りなさが残るのである。無印。
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バッハ/レスピーギ:Wachet Auf

2006年10月20日 | その他古典等
ロジンスキ指揮クリーヴランド交響楽団(DA:CD-R)1946/10/27live

ランドウスカが入ってる?いずれグリーグふうのオーケストレーションを加えられた凡作。イマイチ。無印。
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シベリウス:交響曲第5番

2006年10月20日 | シベリウス
○ロジンスキ指揮クリーヴランド交響楽団(DA:CD-R)1946/10/27live

録音は許容範囲ギリギリといったところか、ロジンスキのライヴってそれ以上のものはないですしね。これは既出盤とは違うように思えた。さすがの集中力だがややひっかかりがない高速運転。あと、終楽章が思ったより盛り上がらない気がしたのは期待しすぎだったのか。○。
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ラヴェル:スペイン狂詩曲

2006年10月20日 | ラヴェル
◎ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(DA:CD-R)1967/11/19live

これが客席の当惑反応が信じられないくらい盛り上がるいい演奏なのだ。きついステレオも原曲がすぐれていれば寧ろ素晴らしい録音になる見本。同日の三角帽子では辟易した私もこの手垢のつきまくった曲で熱狂するとは思わなかった。同日イベリアもハマっていた。これはある意味録音の勝利でもあります。録音はエッジも気にならない殆ど正規並。ちょっと大げさすぎて最後ブラスが乱れるけど、齢を重ねるほどにどんどん高速化していったのかこの人は。コノ人とシェルヒェンくらいじゃないのか。◎。
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ドビュッシー:管弦楽のための映像よりイベリア

2006年10月20日 | ドビュッシー
◎ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団(DA:CD-R)1967/11/19live

粒立った音作りが功を奏している。明瞭鮮やか、清清しいくらいにきらびやかなイベリアが聴けます。そんなに恣意性も気にならない。客席反応もまずまず。これ生でやられたら他聴けないだろうなあ暫く。ストコもオーマンディも、結局生の人であり、これはたまたま録音がいいから「伝わった」が、基本的に録音に捉えきれないレンジの広い音楽を繰り出していたんですねえ。ブラスパーカスだけじゃないよ、寧ろストコは弦。木管もうまいけど。
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ラヴェル:ボレロ

2006年10月20日 | ラヴェル
○ストコフスキ指揮アメリカ交響楽団?(DA:CD-R)1967?live

クレジットに無いものが入っている場合もあればあるべきもんがない場合もあるこのレーベル、クレーム出しておいてから、しっかりこのクレジットなしトラックについて書きます。多分67年のフランスの放送ライヴ。ラヴェルは正直、ギリギリアウトの不協和音を駆使した作曲家だと思う。そのアウトをセーフに聞かせるのに非常に繊細な各楽器の音量操作がいる。だがストコははっきりいって「アウトでいいのだ!」と不協和なコードを立体的にはっきり響かせてみせる。これは録音のせいでもあろうが却って現代性が引き立ち面白い。ただ、最初からそんな調子なので一本調子にそのまま高みのパレードで終わってしまう平坦さはある。だが面白いことは確か。録音よし。
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マーラー:交響曲第6番

2006年10月20日 | マーラー
○ロスバウト指揮ベルリン放送管弦楽団(DA:CDーR)1942放送

ドラティのあとに聴いたせいかこれぞマーラー!と膝を打つ思いだった。この赤銅色の響きがなくては!スケール感溢れ意外と正攻法でマーラーはこれだ!ときっぱりやってのけている。遅さなど気にならない、ロスバウトってこんなにはっきり覇気に満ちた演奏してたっけ、と一瞬疑うが4楽章の緩徐部のねっとりしたロマンチシズムから途方も無いスケールで憧れに満ちた演奏を繰り広げるあたり、ああロスバウトだ、と思った。歌曲の混信やら放送由来の雑味はあるが安定した聴きやすい録音。○。
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