20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音評を中心に紹介しています。

ホルスト:組曲「惑星」

2017年05月31日 | Weblog
バーナード・ハーマン指揮LPO他(decca)CD

左右の分離の強いステレオで最初は戸惑う。録音操作もあり、でもそれだけに音場の拡がりがあってしっかり圧もかかり、木管など細かい楽器の動きが明瞭で、スペクタクルでメロディアスな音楽がいっそう引き立ち、同時代クラシックの指揮にも積極的だった映画音楽家の「わかりやすくさせる腕」が光る。この演奏を惑星の決定版とする人がいるのもわかる。元より小編成、ほとんどピアノ四手版だったものに、非常に理解ある協力者らを得て創り上げた(米英ではしばしばある)大管弦楽曲であるからして、手を加えるのが通例なところもあり、火星についてもいきなり銅鑼が大きく鳴らされ続けて面白い。テンポはゆったりしていてじっくり横の流れに重い響きのうねりをのせて楽しませていくやり方で、しかし激しい曲で縦もそれほどしっかり揃ってないながらさほど弛緩を感じさせないのは、アタックを尽く激しく付けさせているからで、それ含めて効果の狙い方が通俗的と思われるかもしれないが、息遣いまで聴こえてくる明晰な録音(撚れている箇所もあるが)で各楽章の性格をはっきり描き分けてきて、この比較的穏健なテンポとアーティキュレーション付けの穏当さでも飽きない。木星は聞かせどころとみて力が入っている。土星では民族音楽要素と現代音楽的な金属音のコントラストを鮮やかに提示している(このトライアングルなど使った金属質の音響はホルストが好み神秘主義的に他の曲でも使った「常套手段」である。ラストの海王星では多用されている)。両大戦間の不安な空気を伝える曲でもあり、楽天的な中に空疎な勇ましさや夜の空気を漂わせる、構造的に複雑ではないながらも内容には重層的で、他の作品にみられないものが詰め込まれ、指揮者はすでにリヴァイヴァルしたスペクタクル作品と捉えてはいるが、ゆっくりしたテンポを崩さず内声まで音を余さず出し切らせているのは、答えはここにはないが、聴く者の中に何か立ち上らせようとしているのだろう…アイヴズの時のように。最後のクライマックス、軍隊行進曲となる天王星の過激で壮大な音楽、カラヤンもやっていたオルガンのグリッサンドで上り詰めてからの死滅するラストは一聴に値する。海王星で甘美さが戻るのが、原曲のせいとはいえ少し安っぽいが。スター・ウォーズといった感じである。無歌詞女声合唱に至っては宇宙戦艦ヤマトである。それでも、これは聴きやすい。長くじっくり楽しむ人向けである。
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☆スクリアビン:プロメテ~火の詩(交響曲第5番)

2017年05月31日 | スクリアビン
◎カステルスキー(P)イワーノフ指揮モスクワ・フィル(RCD)1975live・CD

力強く、烈しく、引き締まったベートーヴェン的スクリアビン。幻想よりオケの力が勝り、その各声部のやりとりのスリルが堪らない(スリルと言っても技術的スリルではない)。ピアノはオケの一部と化し殆ど目立たない。余り派手なピアニストではないようだ。それでもとにかく、たとえばこんな迫力の演奏を実演で目の当たりにしたら圧倒されてしまい、このライヴの終演後のザワザワする会場の反応同様、どう反応したらいいのか、途方に暮れる可能性もあろう。イワーノフの実力、このころまでのロシアオケの真髄を見る思いだ。ペットが凄い。即興的感興を流すようなつかみどころない曲ではあるし、最後の壮大な盛り上がりも録音の音場がやや狭いせいか広がりが足りない感じもするが、リアルな音の交歓だけでも十分味わうに足るいわば純音楽的演奏だ。ステレオ。

※2006/2の記事です
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☆ショスタコーヴィチ:交響曲第11番「1905年」

2017年05月31日 | Weblog
◎ストコフスキ指揮ヒューストン交響楽団(CAPITOL)CD

ショスタコーヴィチの後期交響曲の中では不人気なほうの作品だろう。11、12番、とくに12番は不成功という評価が一般的のようだ。11番は「血の日曜日」を題材とした表題音楽だが、表題性から切り離して、さらにこれがショスタコとは思わずに聞けば、けっこう面白く聞けるだろう。旧弊な民族交響曲的なところが少しあり(とくに民謡臭い旋律に顕著)極めて平易でわかりやすい。長い長い旋律をただひたすら歌い続け(但し終楽章はちょっと違うが)、楽器の用法もシンプルである。対位法的な箇所も少なく、音響的な新味もないし、オーケストレーションは異様に単純。どうしてしまったのだろう、と思う反面、ショスタコ・マニアまでいかない私のような者にとっては取りつき易く楽しみやすいものとして価値がある。2楽章アレグロが1月9日という悲劇の日を自作の十の詩の中の同名曲を引用して(この引用は単なる手抜きなのかもしれないが)克明に表現した描写音楽であるという前提条件がなくても楽しめるし(楽しんではいけないのだが)、だいいちショスタコ自身の本領としての暗く哀しくささくれだった音楽とは比べ物にならない平凡な楽想を用いているから、そういう楽しみかたもよしとしてもらいたい。群集がさわぎ行進し、通奏主題である1楽章宮殿広場の静かなコラール主題による一瞬の静寂ののち殺戮の銃撃、最後は阿鼻叫喚。2楽章はこういう内容であると知らなければプロコフィエフのようなスポーツ音楽という感覚をおぼえかねない。続いて3楽章葬式の音楽は平凡だが美しく悲しい挽歌。そして強烈なコントラストで雪崩れ込むアレグロ・ノン・トロッポの終楽章はちょっとショスタコらしさがあるというか、まあ過去の音楽の剽窃主題や民謡風主題(というか革命歌)がちょっとげんなりさせるものの、構成上決してきちんと解決しないのが面白い。内容的には壮大強烈なクライマックスを構じたあとそのまま終わらずに1楽章主題を回想させ静かにした後、2楽章の民衆のテーマを唐突に配して終わる。5番などでも見られる擬似クライマックスだ。ストコフスキはさらにダイナミックにこの音楽の表層的な娯楽性を浮き彫りにして秀逸である。名盤の誉れ高い演奏だが私の手元の2枚組LPが雑音まみれで残念。でも元の音はクリアなようなのでCDでは問題無いだろう(未確認)。この曲は深読みの余地がないのでストコフスキは大正解。この人、弦の扱いうまいなー。気合の入ったオケも聞き物。うまいですよ。

※2004年以前の記事です。
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☆マーラー:交響曲第3番

2017年05月31日 | マーラー
◎ユーストラティ(Msp)スツェンカー指揮ケルン放送交響楽団(ARCHIPHON)1951/3/5LIVE・CD

大変に立派な演奏で録音や演奏技術上の瑕疵はこのさいどうでもいい。ドイツ的な重厚壮大解釈の範疇にあるが、密度の高い音響への鋭い感覚とスコアに埋もれたフレーズへの緻密な配慮が、古典的な堅牢さとロマンチシズムの両端を満たしたまさにマーラー的な音楽を表現主義的に描き出す、響きの軽さをもって奇怪なメルヒェンを感じさせるいかにも前期交響曲的な表現ではなく、6番以降の後期交響曲を思わせる分厚く立体的な聴感を与える演奏になっている。芸風からしてもオケの表現の指向からしてもロマンに流されることはないが、構成の妙で、横のフレーズが表立ってきたときにはとてもロマンチックに聞こえるし、情緒的に揺り動かされるところも多い。力強くドラマチックな1楽章やリアルで雄渾な終楽章もよいが(人によっては後者はやや飽きるかもしれない)、聞き物は中間楽章で、時には9番、時には大地の歌の頃を思わせるようなところがあり、スコアの構造をくっきり抉り出し特に中低音域に散置されたフレーズに重心を置きなおすことで、「角笛交響曲」と呼ばれる歌曲編曲音楽にとどまらない、たんに旋律線と音響というのではない、交響曲としての聴き応えというものを構造的に明確に提示してきている。中間楽章でダレる演奏というのは類多々あり、それを終楽章の謳いまわしで挽回したりすることは多いが、これははっきり違う。「原光」の歌唱と管弦楽の対比においても、あくまで歌曲としてではなく交響曲の一部として器楽的に捉えているような節があり、全体のフレームのしっかりした歌唱付き管弦楽になっており、前後ともコントラストのついた楽章として聞き流さずに聞き込むことができる。

全般、近視眼的には揺れず予め作りこまれた解釈が緊張感溢れる演奏として提示されている、これはオケの共感なしには成り立ち得ない。ちょっとオケが暴走気味になるところも含め、ライヴとしてかなり聞ける演奏という位置に置くことに躊躇は感じない。◎。

※2007/6/12の記事です。
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ホルスト:組曲「惑星」

2017年05月31日 | Weblog
ストコフスキ指揮ロス・フィル他(EMI/Capitol) 1956・CD

数々の一流オケを相手にしてきたストコだけあってこの外様相手だと相対的にオケの音が痩せて迫力不足にきこえ(1956年のステレオ録音だからと言って20年余の実験をへて、2年前に世界初の商業録音として満を持してレコード発売、直後驚いた各社競ってステレオに取り組むなか3トラック録音により、原音そのもの(僅かなノイズや曇り、レンジの広さ)を除けばほぼ現在の録音と遜色ない記録となっている。そこに原因は求められない)、カラヤンもやっているような(ストコフスキー・クレッシェンドや打楽器増強とか休符無視とか独特ではあるが)一部スペクタクル的改変を除き、むしろ音符を切り詰め即物的に演奏しており、そのくせテンポは標準的というかほぼ速めのインテンポで揺れず、なぜか響きは重心が低くドイツ的な純音楽志向すら感じさせ、バランスは良いが期待する以上のものは、デモーニッシュな天王星以外恐らく得られない。思い入れなくスコアに少し手を入れたものを再現させたような演奏だ。音色に魅力がないのは厳しい。LAフィル特有の映画音楽的な艶や雑味もなく個性的ではない。巨視的なドラマを作らず小技を除けば平板で、迫力でいえばストコフスキ自身のスタイルが押せ押せだった古いNBCライヴを取る人がいてもおかしくはない。このあと同曲の録音を残さなかったのはイギリスの作曲家と近しかったストコにしては不思議でもあり、セッション録音には何かしらレコード会社側の事情が絡んでいたとしても、ライヴ記録すらないのはボールトなのかカラヤンなのか、力ある指揮者に道を譲ったのか。といっても普通に楽しめるし、普通に聴くのに問題はない。さすがに60年以上前のステレオ録音なので最新のライヴを生で聴くのとは違うが。
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☆リムスキー・コルサコフ:シェヘラザード

2017年05月30日 | リムスキー・コルサコフ
○ストコフスキ指揮フィラデルフィア管弦楽団(DA:CD-R)1962/5/21live

非常に臨場感のあるステレオ録音で、いちいち楽器配置を変えて演奏しているのか、音楽が意表を突いたところから聞こえてきたりといった面白さもよく聞き取れる。多分、会場で聴いているアメリカ人に最もわかりやすいように、どぎついまでに表現を色彩的にしようとしたのであろう。ソリストのメドレーのようにメロディラインが強調され、それがまた物凄いうねり方をするために(スタジオ盤もそうだったが相手が最強のパワー楽団(しかもオーマンディ時代のボリューム・アンサンブルを誇ったメンツ)なだけに尚更!)1楽章くらいは「青少年のための管弦楽入門」のように楽しめたが、3楽章では「もういい・・・」と苦笑。しつつ結局いつものアタッカ突入で楽章変化すら定かじゃない流れで物凄い終局にいたるまで聴いてしまった。弦楽器はいくらなんでも反則だよなあこの力感。。まあ、会場は喝采だろうなあ。録音の限界というものを「逆方向で=どぎつさが更に強調されるようなキンキンした音で」感じさせられた次第。いや、ストコ/フィラ管のステレオでこの曲を聴けるというだけで最大評価されても不思議は無いと思う。○。

※2006/12/25の記事です。
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☆ファリャ:三角帽子第二組曲

2017年05月30日 | その他ラテン諸国
○クラウス指揮ウィーン・フィル(capitol)

じつに中欧ふうの演奏振りでちょっと固すぎる感もあるが、それだけにコンサートホールで聴くに堪えうる格調のある演奏として特徴的なものになっている。安心して聴ける演奏であり、軽音楽ふうの楽しさより中欧のホールでしっかり聞くのに必要なマジメさを取り入れた演奏として、物凄い名演とは言わないが佳演と言うに躊躇は無い。特殊ではあるが、まじめさがその特異性を覆い隠した。

※2006/11の記事です。
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☆チャイコフスキー:弦楽四重奏曲第2番

2017年05月30日 | チャイコフスキー
○コミタス弦楽四重奏団(COLUMBIA)LP

アルメニアの団体でコミタスは西欧向けの名称。ソヴィエト時代の名カルテットの一つだが、やや客観的で整えた演奏ぶりが比較的新しいロシア系団体の芸風に近い感じをあたえる。たとえばショスタコーヴィチ四重奏団といったところだ。ただ音色にかんしていえばより国民性というか時代性を感じさせる艶めいたものがある。この曲は西欧のやや古風な楽曲に回帰したような作品で、他の室内楽作品もそうだが1番などに比べると一層大規模楽曲向きのしっかりした楽想と構造を持った内容である。グラズノフの弦楽四重奏作品、とくに4番あたりに強い影響をあたえた(ロシア国民楽派内の)西欧折衷派らしさが遺憾なく発揮された極めて構造的な作品ということができる。渋いけれども「ロシア国民楽派」の純器楽曲書きの中ではずば抜けた技術と個性をもっていたことを証明する作品の一つであり、比肩しうるとすれば同国同時代ではボロディンくらいだろう。

終楽章が何といっても聴き物で、シンフォニーの5番あたりに近い聴感というか、カッコよい騎馬民族的な附点リズムの上でファーストがろうろうと歌うチャイコフスキー旋律、第二主題が余りに有名だ。ディープに聞くなら展開部の当時のロシアとしては異常に込み入ったフーガの書法に寧ろ着目すべきだが、あくまで格調高く引いた態度でせっし激情を持ち込まないことで見通しをよくするようにつとめたコミタスは賢明といえるだろう。2楽章のヘンなリズム(チャイコの室内楽の特徴であり国民楽派でいられたゆえんの民族的なリズム)を除けば同曲中ではダントツで訴える力の強い壮大な楽章であり、旋律の力も非常に強いため、却って楽曲構造的にこの中間部分がしっかり聞こえてこないとたんなる演歌の「つなぎ」と聴き飛ばされ、肝心の構造的意図が聞き取られず浅い楽曲と捉えられる可能性が高い。再現部で第二主題が壮大に再現される部分を生かすためには、このアンサンブルの見せ所はきちっと整えしっかり地盤を作りそのあとの上向音形から再現部への盛り上がりを演出しないと、といったところだ。個人的に再現部からコーダはもっと激してもいい気がするが当時の流行りのスタイルかとも思った。○。

※2007/1の記事です。
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☆ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第4番

2017年05月30日 | ヴォーン・ウィリアムズ
◎ヒコックス指揮LSO(chandos)CD

これは勢いがあっていい。その勢いが昔の演奏みたいに押せ押せで縦よりも横みたいなものにはならず、しっかり構造を引き締めたうえでオケの力量を最大限に引き出しつつ、一歩踏み出した派手な響きを伴い耳を惹く。整いすぎた演奏でもないのである。むしろヒコックスのこの選集の中では異質のライヴ感がある。ブラスやパーカスが活躍するRVW初の純交響曲ということでRVWの中でも異質(部分的には完成期後の作品にあらわれる表現だし6番は特に近い位置にはあるが求心力と娯楽性ではこちらに軍配があがる)の曲、それをヒコックスはきちんと理解して表現を変えている。最初から最後まで見事に楽しめる演奏。戦争と絡めての情緒的な部分を重視する向きには晦渋さがなく食い足りないかもしれないが、RVWにこういう曲が書けたという点をわからしめるにはいい。入門編としては最適だろう。
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☆ファリャ:三角帽子抜粋

2017年05月29日 | その他ラテン諸国
○アルヴィッド・ヤンソンス指揮モスクワ放送交響楽団他(MELODIYA)

透明感のある音響でロシア系の演奏としては異彩をはなっている。美しい。もっとも細かいことを言えばアタックが揃わなかったり弦の弓返しがばらけたりとロシア流儀ではある。歌唱を含む抜粋版でやや凝縮力の少ない選曲だが、いい音で聴けば十分楽しめるだろう。燃え上がるはずの終曲の落ち着きぶり(特に遅いテンポ)がどうも気になるが、好き好きともいえる。このあたり現代的な指揮者といえ、マリス氏にも受け継がれている要素のひとつだろう。

※2005/7の記事です
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☆ファリャ:バレエ音楽「恋は魔術師」

2017年05月29日 | Weblog
○フレイタス・ブランコ指揮マドリード交響楽団他(LONDON他)

ファリャの音楽は、フランス近代音楽に親しんだよそ者にとってはいわば「種明かし」のようなものを感じさせる。かれはラヴェルやドビュッシーの南欧へのあこがれが生んだ作品の数々を、南欧の立場からあっさり切り返してみせた。さらには極寒のストラヴィンスキーの音楽すらも取り込んで、より「スペインスペイン」した音楽を造り上げている。あっさりとしていて、単純な旋律重視の構造も、色彩的なオーケストレーションによって飽きがくることを避けている(この「飽きる」という感覚、私は南欧のとくにオペラなんかによく感じる。イタリアオペラ大苦手ということもあるのだが、その影響下のチャイコフスキーは好きだったりと、いささか論理性に欠けてはいる)。とくに弦の刻みや旋律に変化をもたらす変拍子等の非常にメカニカルな効果が目立つ。ストラヴィンスキーを思わせるところだが、いくぶんドビュッシーふうのやわらかな情緒も感じさせる楽曲であり、盛年期のブランコの、けっしてリズミカルでも前のめりでもないのだけれども、音の輪郭がしっかりしていて、体臭を感じさせる演奏が気分を盛り立ててくれる。派手でクリアな音響が持ち味で、後年の母国ポルトガルでのライヴ録音集における精彩を欠く指揮ぶりとはまったく異なる(いや、特徴は共通しているが、後年のものには長所が抜け短所だけが残ったような気すらする)瑞々しい音楽を楽しもう。体臭、と言ったが、けっして国民楽派ふうの民族音楽の延長上の音楽を演ずるのではない、20世紀の南欧音楽を演じるのだ、と自覚したようなあっけらかんとしたところがあり、透明感すら感じる。ファリャの、ラヴェルをして嫉妬せしめた機敏な感性が、民族音楽を20世紀音楽に見事に昇華させたように。まあ・・・私はじつはファリャは前述した理由で苦手ではあるのだが、歌の入らない部分は、アンゲルブレシュトのように客観性を感じながらもつねにどこか人間的で心地よい感興を呼ぶ絶妙の技を味わった。録音は古く、何度も聞く演奏ではないかもしれないが、この曲が好きな向きならぜひ。ちなみに最初シャンゼリゼかと思ったほど洗練された音を紡ぎだしたオケにも乾杯。

※2004年以前の記事です。CD化した模様。
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☆ヴォーン・ウィリアムズ:交響曲第7番(南極交響曲)

2017年05月29日 | ヴォーン・ウィリアムズ
○ビューロウズ(SP)ボールト指揮LPO(EMI)新録・CD

モノラルの旧録とはソリスト違いの別もの。10年程度の録音時期の差とはいえ表面的効果の重要なこのような曲でモノラルかステレオかは大きな違いであり、ソリストには旧録に一長あったとしても、そこは問題にならない。ホルストとRVWがいかに近い場所にいたのか、しかしRVWがホルストより秀でたのはやはりアカデミックな書法を大事にし、直接的な表現の下にも常に這わせておく周到なやり方にあり、おそらく何度も何度も聴くにたえるは惑星ではなく南極だろう、そういう構造におもいはせるに十分な録音であり、演奏である。ボールトの惑星同様、ドイツ臭さというか、野暮ったさギリギリのざらざらした響きがなきにしもあらずだが、透明感があればいいかといえばこの曲にかぎってはそうとも言えないところもあり~磨き上げた底には何も無いかもしれない~このくらいでいいのかもしれない。ウインドマシーンと歌唱が少し浮いているが、ボールトも持て余したのだろう。○。
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プーランク:ピアノ、オーボエ、バスーンのための三重奏曲

2017年05月28日 | Weblog
作曲家(P)ラモーレット(Ob)デリン(Bs)(columbia/pearl他)1928-34・CD

10分あまりの小品だが、新古典主義にのっとって三楽章にきちっと収めたプーランク六人組時代の個性の粋を感じられる作品。暗く鐘の響くような序奏から突如いつもの朝っぽいプーランクのあけっぴろげな本編、そのあとは予想通りのマンネリではあるが、懐かしくも格好いい和音進行など楽しませながら、相互の絡みは少ない方だが各楽器の見せ所はそれぞれしっかり見せていき、二楽章では少し深みを、三楽章ではいつもの爽快なフィナーレを聴かせる。クラリネットのように表情のある音を持つラモーレットを中心に、まだ元気に指の回るプーランクの名技性とデリンの最適なバランス感覚により、最小限編成としてのトリオをちゃんとアンサンブルとして聴かせることができている。
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サン・サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番

2017年05月28日 | Weblog
メニューヒン(Vn)ガストン・プーレ指揮LSO(documents他)CD

ブルッフの次に聴くべき、弾くべきロマン派協奏曲として位置づけられており、残念ながら作曲年代が遅すぎたというか、いきなりチャイコフスキーへ飛んでしまう状況にはなってしまったが、サンサンならではの創意(二楽章末尾と三楽章最初の方のフラジオ用法なんて耳の良い作曲家じゃなきゃ思いつかない繊細かつ個性的なもの)は突拍子のないところがなくまるでブルッフの一番の簡素に過ぎるところをしっかりリフレッシュして書き直したかのようで安心して楽しめるし、要求される技巧的にも特に三楽章では名技性を盛り込みしっかり一段上のものに仕立てている。型式にこだわった結果、伝統的な様式をことさらに強調し、演奏家に細部に宿る霊感を隅へ追いやるよう仕向けるところはあって、いかにもフランス的な例えば有名な一楽章第二主題の甘やかなメロディもさらっと現れ埋没してしまい、結果ドイツ的な堅牢さの前に飽きる人は飽きるだろう(私も)。逆に型式にこだわって聴けば何ら問題はない。極めて器用なところがこの多作で、スコアをよく書き込む作曲家(一流のピアニストであったが凡百のピアニスト作曲家のような他楽器への理解不足はまったく感じられ無い)の印象をむしろ薄くして、ただ筆の遊びで書き流した「動物の謝肉祭」組曲が売れてしまい今も代表作扱いというのは本意ではないだろうが、このあたり、ミヨーやオネゲルにも通じるフランスの多作家が受ける評価の一つの傾向でもあると感じる。この頃のメニューインは素晴らしく冴えている。音は強靭で高音でも痩せることは決してなく(終楽章で最高音を一箇所とちっているように聴こえたが極めて珍しい)、後年の柔らかさこそ無い、ただ弾きまくる感もあるにはあるが、復刻状態にもよるものの同時代の演奏家のもつ香気の残り香くらいは漂わせ、僅かにポルタメントも入れて演奏しているところも聴かれる。ただメニューインにしてはかなり初期的というか才能と技巧だけでブレなく正確に弾きまくるスタイルで、当時としてはこのような演奏は斬新だったかもしれない。音色が悪いというわけではないがそこは余り売りにならず原曲の本来持つ色がそのまま現れている。父プーレはピタリとつけて、色彩的で勢力的な演奏スタイルをメニューインと融合させている。
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アンタイル:ジャズ・シンフォニー

2017年05月28日 | Weblog
デ・レーウ指揮オランダ金管アンサンブル他(TELEFUNKEN他/london)1976オランダ音楽祭live・CD

londonよりデ・レーウ75歳記念ボックスでCD化されたが、ヴァイオリン・ソナタを欠いているのと得意としているサティが収録されず完全に前衛音楽集となっているゆえ、その中では古典的な(昭和元年前後)ジャズ風作品であるこれ目当てに購入するのはおすすめできない。6分強の作品で交響曲というよりアーチ構造を持つメタクラシックの小品に近く、当時最先端の騒音主義に立って打楽器を中心とした無造作で派手な音響を志向しながらも、リズムもメロディもしっかりラテン音楽、古典ジャズを一見アイヴズ風に組み入れて、クラシカルな音楽としてしっかり作られており、ガーシュウィンと比較されたのはさもありなん、シンフォニック・ジャズとしてミヨーらヨーロッパの作曲家による異化されたものとは比べ物にならない出来栄えで、無邪気なドン・ギリスというより総体的にヒナステラの先駆と言って差し支えないかもしれない。もっとも素直に楽天的に楽しめるものではある。この演奏は当時放送され評判となりレコード化された。比較的透明感を持って、勢いに隠されがちな曲の構造の巧みさを示してなお熱意が篭り喝采を呼んでいる。
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