20世紀ウラ・クラシック!<最新版>

このページは、19世紀末から20世紀の末流ロマン派クラシック音楽に焦点を当て、同時代の録音評を中心に紹介しています。

オネゲル:交響曲第3番「典礼風」

2008年12月31日 | フランス
◎カラヤン指揮ベルリン・フィル(SARDANA:CD-R)1984/12/12定期live

オネゲルの代表作で、一見「構造主義」的な晦渋さが人好きさせないように見えて、実際には近代オケという大きな楽器の機能をフルに活用したスリリングなアンサンブルがスポーツ的快楽をもたらし、明快簡潔な構造も適度に歌謡的なメロディも(2楽章はヴォーン・ウィリアムズかと思わせる)聴き易く、あざといまでにキャッチーな音楽であることがわかる。いや、それがわからない演奏はこの曲に失礼である(オネゲル自身でさえも)。

この曲をそのように魅力的にきちんと聴かせられる指揮者というのは数少ない。

ましてや現代の大編成オケで鳴らしまくり、軋みや違和感を感じさせない指揮者というのは。

(オネゲル自身小規模な弦楽合奏をオケの基軸と考えている節がある。そこに管楽ソロを加え曲を編成する教科書的な発想が確固としてある。難度が上がるゆえんでもある。)

カラヤンはその一人である。

BPOはカラヤンによってこの曲の「娯楽的価値」を飛躍的に高める「道具」となった。この演奏もライヴだからという点は無くレコードと変わらぬ精度と強度を提示し、3楽章制の比較的短いこの曲を、20世紀初頭までに多かった立派な大交響曲として見違えるように聴かせることに貢献している。技術力にくわえ程よい「古きよき音」もある。今のBPOの音ではなく、かといってフルヴェンの音でもないけれども、確実に両方の音の属性をも備えた幅広い音表現のできる一流オケである、それだけは言い切れる。

テヌート多用とか音の表層だけを磨いたとか、印象だけの評論で先入観を持っているかたがいるとすればこれを聴くといい。テヌートなんて多用しない、分厚い音をスラーでつなげてぐねぐねうねらせる横の音楽を作る指揮者なんて沢山いたが、カラヤンにとっては使い分けている属性の一つにすぎない。2楽章のカンタービレ表現は世俗的でも儀礼的でもない、だからこそ引き込まれる絶妙の手綱さばきだ。RVWの「タリス」を思い出させる、奥底の感傷を引き出されるような暖かい音楽。

素晴らしい演奏であり、典礼風の純粋に音楽的な魅力を引き出した記録である。意味とかイデオロギーとか、そんなものはどうでもいい。歪んだ政治的立場などとも無縁であり、オケとの確執など微塵も表現に出ない、これこそプロの仕事である。

音質も海賊盤としては素晴らしい。録音がいくつかある中でも新しい演奏であり、それでもここまで磨かれ、弛緩もしないというのはカラヤンならではのところでもある。

音の重心が低くブラスも渋く、オネゲルの演奏史における正統とはいえないような気がするし記念碑的なライヴ記録でもないが、満足しうる演奏である。

1957/8/13のザルツライヴが正規化された(orfeo)、但しボックス収録。正規盤はDG(1969/9/23教会での録音)。
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ドビュッシー:管弦楽のための夜想曲~Ⅱ.祭り

2008年12月30日 | ドビュッシー
○トスカニーニ指揮NBC交響楽団(RICHTHOFEN:CD-R)1948/3/27NBClive

録音悪。速い。とにかく鬼速すぎる。これでも非常に機能的なオケの、限界までテンポを上げ爽快に曲の表層を愉しませまくる。いいのだが、どんどん棒がつんのめりを促すような前に向かいすぎの様相をていしてきて、ソロ楽器など解れが発し始める場面がみられ、さすがのトスカニーニも年のせいか抑えきれないものが出てしまった、という感じがする。とにかく一言、速い。単独演奏のもののようで拍手で終わる。これはアナウンス込みの放送エアチェック音源だがソースは協会?DA?
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シベリウス:交響曲第4番

2008年12月27日 | シベリウス
〇アンセルメ指揮ヘルシンキ市立管弦楽団(lanne:CD-R)1963live

オケは非常にしっかりしたものだが、アンセルメは壮大にやりすぎている感がある。遅いテンポだが音の芯が強く、繊細なこの曲を国民楽派的に扱い過ぎているようだ。特に速い楽章で顕著であり、終楽章は作為的な遅さと拡散的な音作りが気になって仕方ない。さりげない終わりかたをどうするか、という点においても、だらだら続けていきなり尻切れのような残念な印象が残った。この指揮者の鋭敏な耳と透明な音作りに期待して、さらにオケの性向にも期待していたが、共に半端だった。精度はあり、〇にはしておくが。
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速報。RCOボックス発売延期、ハルサイ最後の自演復刻ほか

2008年12月26日 | Weblog
・前に書いた25日発売予定のRCO80年代ボックス発売はさしあたって1月17日に延期になった模様。現在見た限りどの店にも店頭・ネット共に出てません。

・ストラヴィンスキー最後の「春の祭典」自作自演ライヴ(リハ付き)がCD-R化。中古LP(DISCOCORP)では普通に出回ってますが(うちの旧サイト参照)。スウェーデンの放送オケとのもので、出色とは言えないものだったかとは思う。資料的価値。

Lanne(LHC7104)

・ケーゲルの裏青復刻を時限でやっていたmorgan'sですが、SUNJAYよりプロコのピーコン三番ライヴが復刻された模様。同じ裏青ですけどね。


SUCD-128K

突っ込みどころ満載の番号だなあ(苦笑
SUCDてSACDと勘違いしそうだし、12Kと勘違いしそうだし。


ところでしばらくジリ貧で骨董LPから遠ざかっていたのだが、最近ちょっと見るようになったら、見なかった時期に出てた(売れてしまった)ものに左欄のWANTLISTのものがいくつかあるなあ(苦笑

とことん縁のない盤とは縁がない。グラズノフの弦楽四重奏第5番、タネーエフ四重奏団(レニングラードフィル四重奏団)の盤と縁が無い。セバスティアンの大地の歌もそうだ。
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merry christmas

2008年12月25日 | Weblog
2008年はお世話になりました。
2009年もよろしくお願いします。

年賀状は例年通りお互い遠慮するということで。
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スクリアビン:ピアノ・ソナタ第10番

2008年12月24日 | スクリアビン
○ソフロニツキー(P)(Arlecchino,MELODIYA)1960/2/2LIVE・CD

このあたりになってくるとスクリアビンは動きと響きの微妙なうつろいを聴かせる「雰囲気作曲家」になってくるので、悪い録音はその状態だけでマイナスである。ただ最初こそイマイチ即物的というか、あからさまに律動的すぎて「楽譜を思い浮かべてしまう」感じが否めないものの、どんどん観念的な夢幻世界に引き込まれていき、痙攣的なトリルが鮮やかに、しかしリアル感なく脳髄を震わせてくる。あ、スクリアビンだ、と改めて認識させる頃には曲が終わる。ソフロニツキーの真骨頂は寧ろこういう表現力にあるのだろう。けして技術的にホロヴィッツと拮抗できる人では無いと改めて思うが、ロシアのピアニストらしい豪快さと感情表現の幅の広さが聴ける演奏。○。
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ヴォーン・ウィリアムズ:8つの民謡舞曲のシリーズ

2008年12月20日 | ヴォーン・ウィリアムズ
作曲家指揮国立民謡舞曲管弦楽団(pearl他)1930/1・CD

やや生硬な演奏ぶりで楽団もひなびた音をしている。録音だけのせいではあるまい、むしろ時代からすればいい音であろう。じつに無個性な民謡編曲でありこういう曲もRVWには多いのだが、旋律だけではどうにも弱いのが英国民謡である。何故か民謡というのは旧東側諸国のほうがリズムも特殊でインパクトがある。清清しい響き、職人的な無駄の無いオーケストレーションで今でもブラスアンサンブルなどで演奏されることは多いけれども、RVW好きはそれほどそそられない。無印。
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音楽家は殺さない、聴衆が勝手に自死するのみ

2008年12月19日 | Weblog
このめまぐるしい現代において、いまさらカラヤンがどうとかケーゲルがどうだったとか、どうでもいいねえ。自己の思想的主張を音楽の表層に絡めて文学的に書くという評論屋の流れはまだ続くのか。知識で聴くな、赤子であれ。カラヤンの音楽(的記録体)は偉大な遺産である。偉大か偉大でないかを判断するのは聴く個々に帰結する。しかし直感的にカラヤンの後期ロマン派音楽の解釈が「ヘタクソ」で「汚い」と感じる人間がいるとしたら、耳を疑ったほうがいい。クラシックは透明で綺麗な音を出すことから始まる。なぜってそういう音楽だからだ。音響バランス的なものはケーゲルがすぐれている部分はある。しかしクレンペラーの音は概ね、汚い。

書を捨てよホールに行け、楽器を弾けっつーのに。扇情的な題名のほうが罪だ。権威的なものに反抗するのに殺すだなんだと、そっちのがワロスわ。

さて、どの本のことを言ってるんでしょう?まあ、どの本でもいっしょです。

技術論からカラヤンとか読み解けばこんな話にはならんのではないかなあ。政治的な手腕はオケに対しても必要な技量で、世渡り上手はオケ繰り上手ってとこもあんじゃないでしょうか。
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シマノフスキ:ヴァイオリン協奏曲第1番

2008年12月18日 | 北欧・東欧
○ウィウコミルスカ(Vn)ロヴィツキ指揮ワルシャワ国立フィル(MUZA)CD

シマノフスキの代表作でよく知られており、冒頭から前衛的な透明な書法が光るが、錯綜するわりに少ない楽想に対し25分前後の単一楽章とは長すぎる。まだ初期のロマンティックな重い表現が残っていることとあいまって、けして名曲とは言いがたい部分もあり、個人的にはすかっと割り切った二番のほうが(易しいし)好きだ。オイストラフの演奏が残ってしまっているため、どんな手だれがやってもどうしても比べてしまう。ウィウコミルスカというバリ弾きなソリストをもってしても線が細く心許ない、という印象を抱きかねないところがある。弦楽器というのはけっこう繊細である。録音に残り易い奏法というのがあり、音というのがある。それを前提に話せばこの録音は余り上位には置けない。技術的に落ちるバックオケに引きずられ田舎っぽい感がある。シマノフスキは民族的な音楽を書いていても常に中欧の流行りを意識してきており、コンプレックスもあったのかもしれないが、中期以降は物凄く洗練され都会的である。もとからそういう音楽なのに民族性を下手に強調すると野暮になる。ショスタコがグラズノフになってしまう(どういう比喩だ、私は圧倒的にグラズノフが好きである)。恐らく地獄のような特訓の末生まれたであろう父ド・オイストラフの安定した太い音とアンサンブルに対する鋭敏な感覚にくらべ、やや弱さを感じた。何より、ロヴィツキはどうも相性があわないらしい。○にはしておく。美しい部分はある。
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STING sings ELGAR and RVW (and Dowland) in Japan+

2008年12月17日 | Weblog
(後日補記)横浜セットリストがウドーのサイトで公開されました。第一部及び「馬」は掲載されてませんけどw

http://www.udo.co.jp/News/index.html#081222

ちょっとはしょられてますが、mixi等で詳細公開しているかたもいらっしゃいますので。


~まだ「ダウランド歌曲集」ジャパンツアー中なので詳しくは書きませんけど、今日は物凄い良席で聴いたのでかなり楽しめました。古楽はおろかイギリス民謡(「フォークソング」ね)にすら興味の無いかたがたが寝たりセットリストや感想をかちゃかちゃ書いてたり(ジャーナリスト気取りをのさばらせるブログなんかなくなってしまえばいいのに)


;(ツアー記念盤)

端っこだった昨日よりはねえ、オーチャードのど真ん中の列の一ケタ台だったので、通路際の五月蠅さは避けられたからよかったけど。ほとんど妙齢のご婦人がたしかいないゾーンだったのはかなりびみょう・・・それはいいとして(こっちも人のこと言えない

スティングがさらっと流して言ってしまい、「ヴォーン・ウィリアムズの作品」と誤解してしまったのがあった。

ダウランドの一生を作曲年に沿って歌でつづり(テキストは自身のアルバムに寄せた解説(ダウランド自身の手紙等)に拠っている)、その後19世紀末から20世紀中盤をへて、ビートルズ("In My Life")、自分("fields of gold","message in a bottle")、更に後はクリスマスを意識したブルース(Robert Johnson;同盤収録の作曲家ではなくて「ブルースマン」のほうね;"Hellhound on my trail")やクリスマスカロルにダウランド"Say Love,if ever thou didst find"、更に筝曲「さくら」の比較的忠実な(可能な限り)リュートデュオアレンジで〆たわけですが、その19世紀後半の代表として取り上げられた曲。

エルガー「海の絵」から4曲目「Where Corals Lie」のリュート伴奏アレンジです(ラビリンス・ツアーでは毎回やっている)。エルガーは世俗的で保守的でちょっと違和感がある。しかもジャネット・ベイカーかなんかで聴いたことがあるのでこれは・・・と思ったらやっぱりRVWではなかった。わたすはエルガーが鬼門です。歌詞はスティングぽいんだけど・・・RVWはまさに復古運動の旗手でもありダウランドと並べても違和感がない。

といってもやっぱり透明な響きと心地いい和声にははっとしてしまうなあ。いちおう英国歌謡史のレクチャーコンサートの趣旨もあるんですし、エルガーくらいは知ってる人もいると思うのでちゃんと紹介してほしかったけどみんなあんまり興味なさそうだったからいいか。ヴォーン・ウィリアムズはLinden Leaでした。

(後注)やっぱり今日は「曲数が多すぎてわからなくなっちゃったけど」って間違って紹介してたみたいです。昨日はさらっと「E.Elgar and R.Vaughan Williams」って言ってたような気がした。
(後後注)三日目はかぶりつき席で純粋にファンとして聴いてましたが湿気があった昨日のほうが演奏的には安定(リュートが初日に近いコンディションだったし弦二回切れた・・・二回目はやり過ぎただけだけど)。ただ、熱気もリラックス度もあり、客も盛り上がったし、エルガーもきちんと説明してたし、よかった。カラマーゾフはちょっとスパニッシュ・ギター過ぎる(リュートは厄介な楽器です)気もするけどdeccaからアルバムも地味に出てますので興味があればどうぞ。Linden Leaもいい曲だなあ。従軍もし戦災に絶望した長生の倫敦紳士の、若き代表作です。没後50年だしね。ちなみに、ヴィクトリア朝(だけじゃないけれど)作曲家の象徴的存在のエルガーから半世紀にわたる王立音楽院の重鎮ヴォーン・ウィリアムズへの流れは至極当然で、ディーリアスはイギリスとは言いがたい部分もあるしブリテンは時代が浅い。レクチャーでこの流れは当然で、しかも、ヴォーン・ウィリアムズが亡くなる前に既にスティングは生まれているしビートルズは結成されていたのでした。1930年代に「悪魔に命を渡した」ロブ・ジョンソンにいたっては、比較的晩成だったRVWと同世代と言ってもいいのかも。スティングは自分の作風に近づけてアレンジしてたけど。



;(スティングが曲・ボーカルで参加してますが純粋にクロスオーヴァアルバムとして聴けます、バッハが似合うなあ。)

海の絵にリンデン・リー。

どちらも英国近代声楽好きにはおなじみでしょうね。

スティングの声はいい。昨日のほうがクラシカルだったけど、今日は「らしさ」があり、カラマーゾフのリュートは昨日ちょうどエルガー直前に弦が断裂し今日は抑え目でppppからpの音しか出てなかったけど(録音じゃ聞き取れませんね)、スタンドマイクだけでよくまあ・・・リュートの音量でコラールを重ねるんだからねえ。

明日から日曜までまだツアーは続きます。セットリストのメモなんかとらなくてもクリスマスソングとさくらさくら以外はヨーロッパやオーストラリアなんかと同じみたいですよ。コーラスだけの第一部はちょっと違ったかな。

*パシフィコ横浜の追加公演、というワードで検索してきているかたもいらっしゃるようですが、昨日の時点でまだA席は残っていました。オーチャードより確かキャパは多いですが日曜なので、早いうちに前のほうは売れたようです。パシフィコ横浜はオーケストラホール専門ではないのでオーチャードよりも幅が広く平面席も最前ブロックの少数だけなので、比較的後ろでも見易いと思います。

by Richard Garnett (1835-1906)

The deeps have music soft and low
When winds awake the airy spry,
It lures me, lures me on to go
And see the land where corals lie.
The land, the land where corals lie.

By mount and mead, by lawn and rill,
When night is deep, and moon is high,
That music seeks and finds me still,
And tells me where the corals lie.
And tells me where the corals lie.

Yes, press my eyelids close, 'tis well,
Yes, press my eyelids close, 'tis well,
But far the rapid fancies fly
The rolling worlds of wave and shell,
And all the lands where corals lie.

Thy lips are like a sunset glow,
Thy smile is like a morning sky,
Yet leave me, leave me, let me go
And see the land where corals lie.
The land, the land where corals lie.





・・・幻想的な詩だね。

(後後補)

by William Barnes (1801-1886)

Within the woodlands, flow'ry gladed,
By the oak trees' mossy moot,
The shining grass blades, timber-shaded,
Now do quiver underfoot;
And birds do whistle overhead,
And water's bubbling in its bed;
And there, for me, the apple tree
Do lean down low in Linden Lea.

When leaves, that lately were a-springing,
Now do fade within the copse,
And painted birds do hush their singing,
Up upon the timber tops;
And brown-leaved fruits a-turning red,
In cloudless sunshine overhead,
With fruit for me, the apple tree
Do lean down low in Linden Lea.

Let other folk make money faster
In the air of dark-roomed towns;
I don't dread a peevish master,
Though no man may heed my frowns.
I be free to go abroad,
Or take again my homeward road
To where, for me, the apple tree
Do lean down low in Linden Lea.





・・・英詩には独特の感傷がある。曲は素直だけど、日本の近代童謡によく似ていて、これも望郷の気がよく比較されます(RVWの「望郷」は日本のそれとは趣が違い「牧歌的」ではあるけれど)。揚げひばりとか、そのへんに繋がっていく世界。

(後日補記)ウドーから転載したセットリスト。「第二部」は全公演このとおりの模様。

Walsingham
Reading – letter extract 1
Flow my tears
The lowest trees have tops
Reading - letter extract 2
The Most High and Mighty Christianus the Fourth, King of Denmark, His Galliard
Can she excuse my wrongs
Reading – letter extract 3
Fine knacks for ladies
Reading – letter extract 4
A Fancy
Come heavy sleep
Reading – letter extract 5
La Rossignol
Come again
Have you seen the bright lily grow
Reading – letter extract 6
Weep you no more, sad fountains
Clear or cloudy
Reading – letter extract 7
In Darkness let me dwell- - - - - - - - - - encore 1 - - - - - - - - - - - - - - - -
Where corals lie
Linden lea
In my life
Fields of gold
Message in a bottle
- - - - - - - - - - encore 2 - - - - - - - - - - - - - - - -
Bethlehem down
Say, love, if ever thou didst find
- - - - - - - - - - encore 3 - - - - - - - - - - - - - - - -
Hell hound
Sakura
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速報。クレンペラーのショスタコ9番復刻+

2008年12月16日 | Weblog
MEMORIESだけど。CETRAのイタリアライウ゛LPから全て板起こし。海賊にしては安いイメージがあったけどさいきん図にのってるなー




;まだ在庫あるようです、というか販売開始時点から既に在庫稀少のたぐいなんですけどね(売り逃げ

<12/24時点>銀座山野楽器がマイナー盤セールの中で早々と廉価放出しています(二枚組み2000円)。ストコのプロコ5番ロシア録音なども。タワーとは500円、HMV(単価)とは更に違いますねえ。ワゴンセールでめぼしいマイナー盤を出すのは山野と石丸くらいだなあ。RVW自作自演のシンフォニー5番は880円だったかな。
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ファリャ:バレエ「三角帽子」第二組曲

2008年12月15日 | その他ラテン諸国
〇モントゥ指揮ボストン交響楽団(DA:CD-R)1961/7/23LIVE

細部まで実に明快で一音たりともおろそかにせず、スコアの仕掛けの魅力だけをオケの見事な技術を背景に聞かせる、しなやかでそつの無い演奏ぶりはいつものこと。だが、聴衆は大ブラヴォ。リズムもテンポも熱狂的では無い冷静さがある。音は温かくこじんまりと固まった充実ぶりだが、クールなところがどこかあるのだ。個人的にはまったく惹かれないが、ステレオだしいいか。
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マーラー:交響曲第2番「復活」

2008年12月12日 | マーラー
○クレツキ指揮ケルン放送交響楽団・スイス音楽祭管弦楽団他、ヴォイトヴィツィ(s)ファスベンダー(Ms)(rare moth:CD-R)1970年代live

クレツキのマーラーが次々と発掘されているがむらはある。これは派手さは無いが堂々たる演奏で感情的な超名演ではないにせよ職人的な色のつかない演奏として楽しめる。録音も最初が撚れるだけで明晰なステレオ。筆描きのようなしっかりしたアクセントある音がクレツキらしいが、違和感はなく、変な解釈というのは余り無い。録音がはっきりしていることもあるがレンジの広い表現でただそのダイナミズムを楽しめる。終楽章のソリストの絶唱も聞き物。○。
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ドヴォルザーク:チェロ協奏曲

2008年12月11日 | 北欧・東欧
ロストロポーヴィチ(Vc)ハイキン指揮ソビエト国立交響楽団(russian disc)1963/10/5モスクワ音楽院大ホールlive・CD

これは録音が明晰なだけに荒さが前面に出てきてしまいいただけない。武骨なオケはドイツの田舎オケのようだがそもそもソビ響なのだから仕方あるまい、問題は感情を抑えられず無茶苦茶になるソリストで、特に一楽章前半においてはあのびろうどのような安定した音がまるで別人のように雑で粗く汚い。思うがままに揺らすはいいが何か技術的についていかず、難しいパセージは悉く指がもつれ誤魔化しが目立ちすぎる。ごまかしというのはこのくらいのレベルのソリストにとっては割りと技術的限界とかいうよりコンサート全体の体力配分的なものとか練習時間がとれなかったがゆえの当座のものとかコンディションやホールの環境によるものとか「音楽外の理由による精神的なものとか」そういったところに起因すると考えるのが妥当だろう。ぎりぎりと締上げられるような状況での若きロストロ先生の苦悩が表れている。とにかく速いところは走るわもつれるわアクセントで誤魔化すわ投げやりなので、2楽章を中心とする緩徐部の表現に傾聴。まあ録音が無駄に明晰すぎる。無印。
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ヒンデミット:前庭に最後のライラックの花が咲くとき~愛する人々へのレクイエム

2008年12月10日 | ドイツ・オーストリア
○作曲家指揮NYP他、パーカー(CA)ロンドン(B)(CBS)CD

録音はまずまずのステレオ。細部が明瞭でなく篭って拡がりもないが、初演もかくありなんという重々しい演奏で、面子を揃えただけあって精度も高い。ヒンデミットの音楽はアメリカの明るくはっきりしたブラスの音と職人的で力強い弦楽アンサンブルにあっている。原詩はホイットマンに依るがヒンデミット自身により編み直されている。原題の「愛する者たちへのレクイエム」ではなく「前庭に最後のライラックの花が咲くとき」と歌曲的題名で呼ばれることが多い。

だが内容的には必ずしも即物的に詩を楽曲に落としたものと言えない。音楽として聴くなら詩と切り離してマーラー的なオラトリオとして聴くとよい。稀有壮大なわりに薄いという部分も含め印象的には似たものがある。鈍重で長いとはいえ(暗くは無い)、第二次大戦後にかかれた作品に特徴的な単純性とロマンティシズムが反映され聴き易い。

独唱・合唱を伴う大規模作品ゆえにまとまりある演奏は難しいとされる。そもそもヒンデミットの大規模曲はいわゆる拡大された調性の再現が難しく、離れた声部が独立して動くように感じやすいうえ独自の変容を施された入り組んだ構造的書法を駆使するから難しい。しかしこの演奏は要だけ押さえ演奏家としてさすがのところを見せている。原詩はリンカーン、楽曲はルーズベルトの追悼作だが、それだけに留まらない広く死と戦争の余韻に満ちた演奏と聴ける。シニカルさは健在だが。

晩年のヒンデミットはアメリカに籍を置いていたが時代遅れの作曲家として教育活動と指揮活動に重心を置き、ヨーロッパに戻ってからは音楽家として不遇な最後を遂げたと言われる(葬送の映像が残っているが実に淋しい)。自身の作曲上の才気は戦前のナチとの衝突と前後して既に衰え始め、独自の理論や主義主張に忠実な職人的マンネリズムに落ちていった感がある。戦中亡命時アメリカという国にあわせて結果さらなる転向を余儀なくされていたこともあるようである。だが少なくとも現在ヒンデミットの理論は再び顧みられ一つの規範となっている。転向後の楽曲は専門家や演奏家が好む先鋭で難度の高い楽曲に比べ平易で取り付きやすく、全てを聴く必要は無いがわりと例外無く楽しめるものである。
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