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湯・つれづれ雑記録(旧20世紀ウラ・クラシック!)

※旧ブログの一部コラム・記事、全画像は移植していません。こちらのコンテンツとして残します。

グリンカ:ルスランとリュドミラ序曲

2009年12月23日 | ロシア・ソヴィエト
○ハラバラ指揮チェコ・フィル他(SUPRAPHONE)1953

ロシアっぽいバラけた勢いが魅力的で、はっちゃけている。むろんロシアにはいくらでもこういう演奏録音はあり、迫力はあるものの統制された美しさという面からするとムラヴィンスキー前の有象無象、といった印象をもつ人がいても不思議は無い。ただ、私は◎直前の○、という評価。オケがいいのか。
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ムソルグスキー:禿山の一夜(リムスキー・コルサコフ編曲)

2009年12月23日 | ロシア・ソヴィエト
○ハラバラ指揮チェコ・フィル他(SUPRAPHONE)1953

原曲は尚更なのだがワルプルギスの夜が去り朝日が照りつけるまで、メリハリが無くロンドのように繰り返すだけの楽想を如何に魅力的に聴かせるか、結局スピードとテンションで乗り切るしかないとなるとあとは演奏精度か元々の演奏家たちの個性で聴かせるしかない。この演奏は同LP盤中ではちょっと普通かな、という気がした。もちろんこの指揮者なりの勢いがあるが、オケが割とニュートラル。○。
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モソロフ:鉄工場

2009年11月30日 | ロシア・ソヴィエト
○スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団(venezia)1981studio・CD

どうやら新発見音源らしい。知る限り同曲ライヴがMELODIYAから出たのみでスタジオ録音があったとすれば、未発売か抱き合わせで一瞬出て廃盤になったものと思われる(この盤の前半に収録された同年録音がそれだろうか)。遠くやや弱く、けして凄く良い録音ではないがロシアの正規盤の水準ではあり、安定したノイズレスな音で、最盛期スヴェトラコンビの筋肉質の力強い演奏ぶりを楽しむことができる。ロシアアバンギャルドの象徴のように言われる騒音主義の影響を受けた短い曲だが、ノイジーな部分はクラスター状の合奏部に僅かに残るくらいで、リズムはまさに鉄工場で規則的に打ち下ろされる大鉄槌の、実に単純単調なものにすぎない。ストラヴィンスキーやプロコフィエフの前期にくらべれば遥かに耳なじみよく(オネゲルみたいな明快な旋律線を設けないのは同時代けして珍しくない)、短く骨太の描写音楽であり、工場労働者を賛美する社会主義国家がこれを否定するのはモソロフの真意を汲んでとかいったことではなく、単に趣味だろう。甲乙つけがたいが、聴きやすいのはライヴ盤よりこちらかもしれない。もっと拡散的でスヴェトラらしいアバウトな豪快さが聴きたいのならライヴ盤を。○。このモソロフ集は転向前後を比べることのできる好企画。いずれ才能ある惜しい作曲家だったことがわかる。
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ムソルグスキー:交響詩「禿げ山の一夜」(リムスキー・コルサコフ編)

2009年10月01日 | ロシア・ソヴィエト
○ヴォルフ指揮ラムルー管弦楽団(POLYDOR)SP

威勢のよいヴォルフ、ラムルー管時代の数多い記録の一つ。細部はめろめろで雑味はあるが、力で強引に引っ張り、速めのテンポをデジタルに揺らしながらイマジネイティブな音風景を紡ぎ出し、ノリよいオケ共々SPなりに楽しめる。まるでリストやグリーグをやっているようだが、媒体柄厚みがないからテンポ設定以外は描写音楽として平坦にも感じ、純音楽的な面もあるがこれは仕方ない。大局的には直線の「ヴォルフ節」なのでアレグロ突進系演奏が苦手な向きには、明るくカラフルな管楽器の饗宴のみを聴けと言っておこう。○。立派。
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アレンスキー:不明作品

2009年06月10日 | ロシア・ソヴィエト
作曲家(P)(marston)1899/4/12ロシア録音・CD

言葉をまじえた一連の独奏曲録音の一つ。「泉にて」と一緒に録音されたものらしい。作風は極めて古風であり余り惹かれない。民謡ともつかないもの。

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アレンスキー:泉にてop.46-1(原曲:カンタータ「バフチサライの泉」)

2009年06月10日 | ロシア・ソヴィエト
○作曲家(P)(marston)1899/4/12ロシア録音・CD

言葉をまじえた一連の独奏曲録音の一つ。原曲はアレンスキーの代表作の一つといってもいいのか。ただ私は良く知らない。前奏曲あたりからの編曲だろうか。opus番号も作曲年順ではない場合も特にロシアには多いが、なかなかに面白い、といってももっと現代的な曲も書けた人だと思うのだけれども。演奏はアレンスキーなりのもの。

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アレンスキー:忘れられたリズムによる試みop.28~Ⅲ、Ⅴ

2009年06月10日 | ロシア・ソヴィエト
○作曲家(P)(marston)1894/12/20モスクワ他録音・CD

言葉をまじえた一連の独奏曲録音の一つ。オリエンタリズムの延長上で古代ギリシャ風幻想を描いたものとしてはショパンを通り越して近代フランス派に接近しており、アレンスキーの過去の呪縛にとらわれない折衷性のより強い発露ならびに繊細な感性の現れたものとして注目できる。気まぐれで指の軽い演奏ぶりもこちらのほうが向いている。西欧ロマン派風の作品と一線を画した作品ということはフランス語の標題にもあらわれ、スクリアビンと同時代の作曲家であったことも認識させる。3曲目がイオニキ、5曲目がストロフ・アルセエンヌという題名である。これら一連の自作自演は一部欠損があるが恐らくシリンダに収まりきれなかったのだろう。作曲後間もない演奏としても貴重。

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アレンスキー:24の小品 op.36~Ⅲ、Ⅴ、ⅩⅡ、ⅩⅤ

2009年06月10日 | ロシア・ソヴィエト
○作曲家(P)(marston)1894/11/25、12/20モスクワ他録音・CD

言葉をまじえた一連の独奏曲録音の一つ。このあたりの曲になると一部面白みが見えてくる。正確には「24の性格的な小品」、やはりショパンやリストなど伝統のピアノ詩曲の影響は強い。演奏的には不安的なところもある。これは演奏様式の問題でメロディにかかる過剰に細かいテンポ・ルバートは19世紀の時代がら仕方ないだろう。腕は正直専門ピアニストのレベルではない。タネーエフと比べると顕著である。録音は3(夜想曲),12(間奏曲ヘ短調)が11月モスクワ、5(慰め)が録音年月場所不明、15(森の中のロシアの踊り)が結構面白い曲で12月モスクワ録音である。
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アレンスキー:即興曲イ長調

2009年06月10日 | ロシア・ソヴィエト
作曲家(P)(marston)1893/11/24ロシア録音・CD

言葉をまじえた一連の独奏曲録音の一つ。保守的な曲。演奏的にも突飛なものはない。
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アレンスキー:即興曲変ホ長調

2009年06月10日 | ロシア・ソヴィエト
作曲家(P)(marston)1892/11/24ロシア録音・CD

言葉をまじえた一連の独奏曲録音の一つ。かなり保守的で即興曲にしてはゆったり安定感のある曲。演奏的にも突飛なものはない。1893年録音の可能性あり。
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アレンスキー:二台のピアノのための組曲~Ⅰ、Ⅲ、Ⅳ

2009年06月10日 | ロシア・ソヴィエト
○タネーエフ、パプスト(P)(marston)1892/12/14モスクワ録音・CD

作曲家の同僚タネーエフはタッチが重く響きに安定感があり、演奏家としてはドイツ的だったことが伺える。この時代のピアニストなりのテンポの不安定感はあり、アンサンブルの「あるある」として重奏部で歩みを取り戻すようなところはご愛嬌。曲はアレンスキーの保守面の出た前時代的なショパンやリストのようなもの。
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アレンスキー:ピアノ三重奏曲第1番~Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ断片

2009年06月10日 | ロシア・ソヴィエト
作曲家(P)フルジマリ(Vn)ブランデュコフ(Vc)(marston)1894/12/10ロシア録音・CD

比較的有名なシリンダ録音で、チャイコフスキーの肉声らしきもので知られるプーシュキン・ハウス・コレクションのユリウス・ブロック録音の一つである。ソヴィエトによる接収後、その崩壊あと特に秘匿されていたわけではないがこのようなCD集に復刻されることは無かった。チャイコフスキーの肉声に関してはあくまで推定でありこのための日本のドキュメンタリー番組も10年ほど前に民放で放送されているが、時代なりの劣化はあるもののかなり状態のよい現物がみられ、ソヴィエト時代という暗黒史がこの貴重なコレクションについては(恐らく多くをスターリン趣味と合致するロシア民族主義の作曲家や名演奏家のものが占めていたために)プラスに働いていたのかもしれない、西欧にあったなら戦後の混乱や商業利用の結果散逸していた可能性もある。
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アレンスキーのピアノ演奏はこれ以外にも多く収録されている。ほかタネーエフの演奏もあるが自作自演はなく、手堅いアレンスキーの作風が彼ら世代の保守派ピアニストに受けていたことも伺える(単にブロックの人脈的な理由かもしれないが)。アレンスキーにせよタネーエフにせよ比較的短命でこの時期は既に病を得てやっと回復したくらいだ。シリンダー録音の難点は膨らみが無く高音が消えていたり中音域が抜けたり、低音は強調操作可能な程度のようであるが、輪郭だけの音楽に聴こえてしまうところ。病のせいもあるだろうが腕にやや問題があるように思われるアレンスキーの、それでも細かい音符と薄い響きによる繊細なフレーズ(折衷的作曲家として標題含め同時代フランスの影響が感じられる曲も書いている)においては耳を澄ませば極めて密やかで美麗な表現をとっている様子が聞き取れる。ピアノトリオとしてはヴァイオリンの音が殆ど消えている箇所が多くどうにも聴きづらい。ヴィオラ音域ではしっかりアンサンブルしている様子がうかがえ、西欧折衷派としてのチャイコフスキーの影響の強い古風な音楽が欠損はあるが説得力をもって響いてくる。もっとも「偉大な芸術家」の影響は無く無難なプロフェッショナリズムのうちにある曲である。2楽章の丁々発止が聴きものか。この時代のロシアの弦楽奏者のレベルが既に極めて高かったことも知ることのできる貴重な録音。仕方が無いのだが音の悪さで無印。
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ムソルグスキー:禿山の一夜(リムスキー・コルサコフ編)

2009年05月15日 | ロシア・ソヴィエト
○アンゲルブレシュト指揮ORTF(STEF)CD

モノラルであるが50年代くらいのものと思われる。これがライヴか放送用録音かは不明だが、ノイズの程度から後者である可能性があると思う。ただ音像が安定せず最初はやや聴きづらい。オーソドックスな演奏で、拡散的ゆえに色彩的なリムスキーの書法(によるムソルグスキー作品編曲)の欠点をただ演奏の求心力で剛速球にするのではなく、ある程度拡散性を持たせたままにすることで派手さと立体的な書法の面白みを際立たせている。多少はラフであるが。わりと軽い、フランス伝統の禿山と言うべきかもしれない。フランス人に禿が多いと言っているわけではない。○。
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レビュツキー:交響曲第2番

2009年04月24日 | ロシア・ソヴィエト
○ラフリン指揮モスクワ放送交響楽団(melodiya)LP

素直で個性の欠片もないが、裏を返して清澄で耳馴染みのよい、民族的なのにちっとも灰汁が浮いてこない薄い書法でえんえんと音楽が流れていくのに身を任せているだけで結構もつ。楽想が極端に少なくしつこいにも程があるほど繰り返し繰り返し主題が表われてくるが、ソヴィエト「社会主義レアリズム」音楽の「寧ろ形式主義」に辟易するより、ミニマル音楽を聴くような浮遊感に捉われてくる。ラフリンのモノラル期の特徴である雑味のあるぶん味もある表現が支えている面もあると思うが、このチャイコフスキーともボロディンともつかない、でも全体的にははっきり半音階的な響きのうねりを伴う前期ミャスコフスキーの影響の強い大交響曲の不思議な魅力は、聴いてみないとわからないかもしれない。寧ろ交響詩的だろうか。モダンさが全く無いかと言えばそんなこともなく、それはミャスコフスキーからの影響を更にジョン・ウィリアムズ張りのメタミュージック的に昇華させたようで、作家性が美観を損なわない節度がある。私はコレに比べたらプロコフィエフやストラヴィンスキーのほうがよほど民族臭が強いと思う・・・スコアからは全くそうは見えないだろうけど。○。録音が古い。
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フレンニコフ:交響曲第1番

2008年11月20日 | ロシア・ソヴィエト
○ミュンシュ指揮ボストン交響楽団(DA:CD-R)1954/11/14LIVE

フォード社主催のコンサート記録でボストン初演か。MELODIYA盤と同一の可能性あり。音はエアチェックだがずっとクリアで硬質。焦燥感が叙情と皮肉のはざまにただよういかにもな曲で、20世紀前半的なロマンチシズムがミュンシュと相性いいようだ(ルーセル後年作品にちょっと似ているところもある)。統制が行き届き力強く、音色は多彩だが中身の単純なソヴィエト音楽ならでは生きてくるさばき方を心得ている。煌めく色彩味にはフランスものをやるときのあの強くはっきりした、一種鈍重さが示されている。ショスタコに献呈され確かにショスタコに近似したパセージもあるのだが、ヒンデミットによく似た職人的な構造性の寧ろ目立つ曲なので、ライプツィヒ出のミュンシュは見やすいやりやすいのかなとも思った。物凄い勢いの終演とともに大拍手とブラヴォともブーともつかない声が鳴り響く。○。
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