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働けど:’08蟹工船/5 日雇い、漂泊10年

2009年01月31日 | スクラップ

 

 
■限界感じ脱出…畳で「大の字」に万感

 てんでんばらばらのもの等(ら)を集めることが、雇うものにとって、この上なく都合のいゝことだった。=「蟹工船」から

 「ネットカフェで暮らした10年、リラックスしたことは一度もない」。埼玉県の中島孝さん(45)=仮名=は日雇い派遣で食いつなぎながら、昨年7月まで続けた長い漂泊生活を振り返る。

 きっかけは離婚だった。妻と2人の息子を残し、住んでいた賃貸マンションを出た。運送会社で月収約30万円の正社員だったが、うまい話を持ちかけてドライバーを集める営業の仕事が嫌で、同じころやめた。

 新たにアパートを借りる蓄えはなかった。引っ越し作業などのアルバイトをし、サウナやカプセルホテル、ネットカフェなどを転々とした。2、3年後、派遣会社計5社に登録した。友人に借りた携帯電話で、翌日の仕事の有無を聞く。「あしたはないよ」。次々に断られると、「寝るところはどうしよう。食べ物は」と焦りと不安に胸が締め付けられた。

 仕事は、倉庫内の仕分けや工場での製品箱詰め、ごみの回収・分別などの軽作業や肉体労働だった。中島さんは「どんな現場でもしょっぱなからガンガン働いた」。派遣先に気に入られるためだ。

 東京都内のごみ分別工場で働いた時。ごみやほこりがたちこめていた。1日働き、「また来てよ」と呼ばれて2日目に行った時、工場の社員が「はい」と手袋とマスクを差し出した。社員が使っているのと同じ丈夫なものだ。派遣先の目にとまれば、小さな役得もあり、指名されれば仕事にあぶれなかった。

 「普通は5000円払っても断りたい仕事。でも、その日の5000円や6000円のために、一生懸命やるのがオレたち」と声に自嘲(じちょう)がこもる。それでも仕事があるのは週に4回ほど。月収は約8万円だった。

 稼ぎは食費や宿泊費に消える。その中から1000円程度は残さなくてはならない。仕事のない日曜に備え、土曜に6000円はないと不安だった。大型連休や正月は1週間ほど仕事が途絶える。年始には「毎日100円浮かせば次の年越しができる」と考えた。金のない時は野宿だ。怖くて眠れなかった。


 家族連れを見るのも苦痛だった。「あの時、家を出なければ」。後悔にも襲われた。しかし、脳裏に浮かぶ息子の姿も振り払った。「生きるのに邪魔になる」。思い出に浸るのはぜいたくだった。

 午前0時まで時間をつぶせば、ネットカフェは5時間1200円の割安料金になる。窓のない1畳ほどの空間。いすの背もたれはいっぱいに倒しても45度。無理に目を閉じても終電を逃した酔客がなだれこむ。外から鍵が掛からず、「シャワーの間に荷物がなくなった」と盗難騒ぎも珍しくない。早朝に出て、コンビニ弁当を買い、仕事に向かう。疲労が蓄積されていく。病気になっても保険はなく、医者に行けない。風邪を押して仕事に行き、あまりの顔色の悪さに帰されたこともあった。

   *

 暑くなり始めた昨年5月、ふと思った。「夏を越せるのか」。全財産は財布の数千円。保証人もおらず、アパートを借りるなど非現実的な夢だと思いこんでいた。「だれもあてにできない」と張りつめてきたが、精神的にも、肉体的にも、限界が近づいていた。

 ネットカフェのパソコンに「ホームレス」「生活保護」と打ち込んで検索してみた。さいたま市で、住居確保などのホームレス支援をしているNPO法人「ほっとポット」を見つけ、半信半疑でメールを送った。代表理事の藤田孝典さん(26)らは、生活保護申請や部屋探しをてきぱきと進めた。他人のために動く人たちに驚いた。

 家賃2万5000円、4畳半一間のアパートに落ち着いた。大の字になって寝ころび、手足を伸ばした。「ああ、10年ぶりだ」。今年から派遣先で倉庫管理の仕事に就き、月収は15万~16万円。生活保護は2カ月計約20万円を受給後、辞退した。

 派遣のままで不安はあるが、生活は格段に安定した。地に足をつけ、少しでも金をためるつもりだ。【亀田早苗】=つづく




■緊張強いられる短期派遣労働者


 厚生労働省が昨年、派遣会社10社を対象に行った調査結果によると、契約が1カ月未満の短期派遣労働者は1日平均約5万3000人、日雇いは同約5万1000人。短期派遣労働者の月平均就業日数は14日、平均月収は13万3000円だった。

 厚労省の有識者研究会は、禁止業務への派遣や不正天引き、労災多発など問題が多い日雇い派遣の原則禁止を報告書に盛り込んだ。この報告書をたたき台に労働者派遣法の改正案がまとめられ、秋の臨時国会に提出される予定だ。

 NPO「自立生活サポートセンター・もやい」の湯浅誠事務局長は「今日明日を生きるため、人間的な諸権利を放棄するまでに追い込まれるのが派遣労働者。希望を失い、自分を大切に思えなくなるのが問題」と指摘している。また、連合本部は「日雇い労働者は、派遣先が頻繁に変わるため、緊張を強いられストレスをためやすい」として労働相談窓口(0120・154・052)の利用を呼びかけている。



 

毎日新聞 2008年8月27日 東京朝刊

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