劇場彷徨人・高橋彩子の備忘録

演劇、ダンスなどパフォーミングアーツを中心にフリーランスでライター、編集者をしている高橋彩子の備忘録的ブログです。

十八代 中村勘三郎丈 逝く

2012-12-06 11:03:13 | その他
十八代 中村勘三郎丈が昨日逝った。

容態がかなり悪いという噂はあったけれども、
とても運の強い人だから、もちこたえてくれると信じていた。

古典も現代作品も、どんな舞台も、全力投球で演じ、
他の誰とも違う、勘三郎固有の演技を確かに造形していた。
舞台姿からは、芝居が好きなのがひしひしと伝わってきて、
その情熱に、観ていて引き込まれずにはいられなかった。

父である十七代目の愛嬌も受け継いだ。
その可愛らしさに、誰もが目を輝かせ、あるいは顔をとろけさせ、大いに沸いた。
たとえば可笑しい台詞を言う時、自分から笑ってしまうなんてアリなんだろうか?
そんなことも成立させてしまう、特別な俳優だった。
彼が登場しただけで、会場の空気はがらりと変わり、
文字通り、熱狂の渦に巻き込まれた。

コクーン歌舞伎、平成中村座、海外公演……。
新しい試みもたくさんなさって、周囲の皆さんは大変だったと思うが、
あの企画力と実行力にはただただ頭が下がる。
浅草に常設の芝居小屋を創るという計画の実現も、待っていたのだけれど。

インタビューは5回ほどしかできなかった。もっともっと、たくさん話を聞きたかったのに。
とても厳しい人でもあったのだろうが、
取材では本当に明るく温かく、配慮に満ちた人だった。

観客として、こんなに早く彼を失うなんて、自分の人生のプランになかった。
勘九郎最後の日も、勘三郎襲名も、震度4の地震の日も、歌舞伎座さよならの日も、
観客として、歌舞伎座で、舞台上の勘三郎丈と同じ時間を過ごした。
新しい歌舞伎座でも、素晴らしい舞台をたくさん見せてもらうつもりだったのに。

勘三郎を襲名して8年。まだまだ、これからだった。
むごい。悲しい。悔しい。無念だ。

現勘九郎丈、七之助丈はじめ、中村屋一門の皆さんの活躍ぶりを、
きっとどこかから、喜んだり悔しがったりしながら見ておられるんだろうなあ。


 スカイツリーと平成中村座の取り合わせを喜んでいらした。




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