こんな話題ばかりですみません。最近、コメントして下さるかたも沢山でてきて、あまりハレンチなこと言って嫌われたくない(笑)という気持ちと闘ってあえて書きたいと思います。
JW問題、2世教育弊害問題に興味がある方なんかに参考にしていただければ…とも思いました。
●性に対する歪んだみかた
ことの発端はパウロですが、パウロは女性嫌いで知られていますよね、幼少から彼の悪意にみちた苦々しい(笑)言葉ををシャワーのように浴びせられているのがJWの女性です。徹底した男尊女卑思想をこれでもかと聞かされて、女性は例え子供でも屈辱感を感じているはず。…それはそれとして、
彼にどんなイタイ過去があるのかとか、彼の女性観とかそれはそれで…知りません!!!でも”盛りがついて我慢できない人は結婚しろ”というようなニュアンスを「聖句」として紹介されることに疑問と怒りを感じます。結婚はエホバが始めたもの、神聖なものなのに、そのいいぐさはない。あからさまに神を冒涜してる、とっいってもいいような発言です。
でもそんな個人のうっぷんを晴らすにまかせたような結婚についてのパウロの意見がそのまま「聖句=神の言葉」になってるのだから、パウロの罪は重い。そして、その聖句のおかげでJW内で結婚には「セックスしたい人たち」というイメージがつくようになった。淫行防止になって偉いというのは、裏を返せば我慢できなかったんだろうね、などと言っているのと同じということに気付かない人は多いけれど、
周りのJWにとって結婚とは真っ先に「淫行の恐れがなくなった」(そうですか?)から喜ぶべきことであり、絶対的に禁止なことを晴れで出来るようになった特異な存在であったりする。結婚するほうもそれを知ってるからなんとなく結婚=セックス問題で後ろめたい。結婚してない人からそれとなく、または公にセックスがらみの嫌味を言われたりすることもある。
卑猥な冗談を口にしてもいけないと普段重々知っているJWの口からこんな嫌味が??と耳を疑うような発言もされる。
つまりJWはかなり性に対して鬱積していると思う。それはもちろん、結婚以外での性行為が絶対的な悪であると、ほとんど毎日締め付けられているのと、同時にアメリカの出版物であるゆえの(?)ポルノまがいな単語や表現がいっぱいの雑誌を(これまた必要以上に頻繁に)研究させられているためと、
それに加えて性を娯楽化する”この世”の圧力などが理由。
その中で大きな要因はものみの塔で、最近の2007年3月号目覚めよ!で「結局のところ(高い評価を受けてる他の雑誌では)セックスをしないことよりも、安全なセックスを勧めることに重きをおいています。ティーン向けウェブサイトに掲載された記事によるとセックスするかおうかは結局のところ
1妊娠する恐れ
2性感染症になる恐れ
3感情的に準備ができているかどうか
です。(略)そのようなセックスが正しいかどうかについては全く触れられていません。」
ってかいてあるんですが、ものみの塔も1妊娠に対する恐れ、2性感染症の恐れ
を性に言及する時めちゃくちゃ用いてます。同じです。
というより、異常に固執します。
jW2世はセックスするとどんな悪いことが起こるかについて、毎日毎日、繰り返し教えられているのです。
おかげで私は一度も恋愛らしい恋愛をしたことがないし、(相手が愛用表現をすると、イコール、何か悪い意図があると考える図式ができている)結婚してからも、根強い性に対するネガティブなイメージがぬけず、性生活を楽しんだことがありません。
夫には悪いと思いつつも、もし彼が病気だったらうつるかも、とか結婚しているのに、妊娠してしまった!親に知られてしまう!!という悪夢をみたりします。もちろんそういうわけでセックスは嫌々、どうしても義務でしなければいけない時のみ。
淫行=セックス=殺人に匹敵する罪と子供の頃から教えられてきたJWが結婚したからといってそのイメージをさっさと変えることはできません。”今日から殺人はいいことになった”と言われても出来ないのと同じ…では決してないけれど、それと同じような感覚があると思います。
集会や雑誌でしつこく淫行=セックスの罪を繰り返えされると、もうやる気も起きません。(すみません、えげつなくて。もう私も、もうやけです。)セックスってムードとか、セクシーな気分とか大切ですよね、JWでどうやってセクシーな気分になれるのか教えて欲しいです。
●異常潔癖症を生むJW教育
淫行は罪、殺人と同じ聖句に出てくるから殺人と同じ、という、また飛んでもない教えを間に受けて、恐ろしい罪の意識にさいなまれるよりは、いっそのこと性自体を否定すればいいという考え方もあります。
もとから異性に対して良くない感情を持っていない人はJWにぴったりです。楽園です。性全てに対して汚らわしい、とまた性の創始者であるエホバを公に冒涜しても、淫行の教えにより相殺。
ある結婚をひかえた姉妹が「私は絶対寝室は別にしてもらう。兄弟とはずっと貞潔なままの関係でいたい」と話していました。
彼女はすでに40です。40歳にしては性に対してずいぶん幼稚な考えをしていると思います。けれども淫行=セックス=重大な罪、死に値する罪と教えられてきた人はある程度こうやって、性に対して無知で、子供なままでいることによって、いわゆる護身する人もいる。
「結婚してもセックスなしの関係ってあり。」という幻想はJW2世女性に密かに多い考えです。セックスなんて汚らわしくて汚らわしくて口にも出せないから、もちろん行いも想像できません。だからそういうの、ないことにしよう。
って考えです。
●片手落ちの組織の見かた
組織は気持ち99.9パーセントくらいセックスを目のかたきにする記事、講演、を打ち出す一方で、肯定的セックス(いわゆる結婚内)に対する情報は皆無…で済ませる傾向にあります。
結婚内のセックスに対しては30年以上まえからの「与えるほうが幸福。セックスは自分が満足できなくても相手に満足感を与えることに意味がある」の一行で終わり。
JW夫婦が他に導きもなく、なんとなくセックスレスになってゆく傾向が分かるような気がします。
反論、それから男性陣の意見お待ちしています。
JW問題、2世教育弊害問題に興味がある方なんかに参考にしていただければ…とも思いました。
●性に対する歪んだみかた
ことの発端はパウロですが、パウロは女性嫌いで知られていますよね、幼少から彼の悪意にみちた苦々しい(笑)言葉ををシャワーのように浴びせられているのがJWの女性です。徹底した男尊女卑思想をこれでもかと聞かされて、女性は例え子供でも屈辱感を感じているはず。…それはそれとして、
彼にどんなイタイ過去があるのかとか、彼の女性観とかそれはそれで…知りません!!!でも”盛りがついて我慢できない人は結婚しろ”というようなニュアンスを「聖句」として紹介されることに疑問と怒りを感じます。結婚はエホバが始めたもの、神聖なものなのに、そのいいぐさはない。あからさまに神を冒涜してる、とっいってもいいような発言です。
でもそんな個人のうっぷんを晴らすにまかせたような結婚についてのパウロの意見がそのまま「聖句=神の言葉」になってるのだから、パウロの罪は重い。そして、その聖句のおかげでJW内で結婚には「セックスしたい人たち」というイメージがつくようになった。淫行防止になって偉いというのは、裏を返せば我慢できなかったんだろうね、などと言っているのと同じということに気付かない人は多いけれど、
周りのJWにとって結婚とは真っ先に「淫行の恐れがなくなった」(そうですか?)から喜ぶべきことであり、絶対的に禁止なことを晴れで出来るようになった特異な存在であったりする。結婚するほうもそれを知ってるからなんとなく結婚=セックス問題で後ろめたい。結婚してない人からそれとなく、または公にセックスがらみの嫌味を言われたりすることもある。
卑猥な冗談を口にしてもいけないと普段重々知っているJWの口からこんな嫌味が??と耳を疑うような発言もされる。
つまりJWはかなり性に対して鬱積していると思う。それはもちろん、結婚以外での性行為が絶対的な悪であると、ほとんど毎日締め付けられているのと、同時にアメリカの出版物であるゆえの(?)ポルノまがいな単語や表現がいっぱいの雑誌を(これまた必要以上に頻繁に)研究させられているためと、
それに加えて性を娯楽化する”この世”の圧力などが理由。
その中で大きな要因はものみの塔で、最近の2007年3月号目覚めよ!で「結局のところ(高い評価を受けてる他の雑誌では)セックスをしないことよりも、安全なセックスを勧めることに重きをおいています。ティーン向けウェブサイトに掲載された記事によるとセックスするかおうかは結局のところ
1妊娠する恐れ
2性感染症になる恐れ
3感情的に準備ができているかどうか
です。(略)そのようなセックスが正しいかどうかについては全く触れられていません。」
ってかいてあるんですが、ものみの塔も1妊娠に対する恐れ、2性感染症の恐れ
を性に言及する時めちゃくちゃ用いてます。同じです。
というより、異常に固執します。
jW2世はセックスするとどんな悪いことが起こるかについて、毎日毎日、繰り返し教えられているのです。
おかげで私は一度も恋愛らしい恋愛をしたことがないし、(相手が愛用表現をすると、イコール、何か悪い意図があると考える図式ができている)結婚してからも、根強い性に対するネガティブなイメージがぬけず、性生活を楽しんだことがありません。
夫には悪いと思いつつも、もし彼が病気だったらうつるかも、とか結婚しているのに、妊娠してしまった!親に知られてしまう!!という悪夢をみたりします。もちろんそういうわけでセックスは嫌々、どうしても義務でしなければいけない時のみ。
淫行=セックス=殺人に匹敵する罪と子供の頃から教えられてきたJWが結婚したからといってそのイメージをさっさと変えることはできません。”今日から殺人はいいことになった”と言われても出来ないのと同じ…では決してないけれど、それと同じような感覚があると思います。
集会や雑誌でしつこく淫行=セックスの罪を繰り返えされると、もうやる気も起きません。(すみません、えげつなくて。もう私も、もうやけです。)セックスってムードとか、セクシーな気分とか大切ですよね、JWでどうやってセクシーな気分になれるのか教えて欲しいです。
●異常潔癖症を生むJW教育
淫行は罪、殺人と同じ聖句に出てくるから殺人と同じ、という、また飛んでもない教えを間に受けて、恐ろしい罪の意識にさいなまれるよりは、いっそのこと性自体を否定すればいいという考え方もあります。
もとから異性に対して良くない感情を持っていない人はJWにぴったりです。楽園です。性全てに対して汚らわしい、とまた性の創始者であるエホバを公に冒涜しても、淫行の教えにより相殺。
ある結婚をひかえた姉妹が「私は絶対寝室は別にしてもらう。兄弟とはずっと貞潔なままの関係でいたい」と話していました。
彼女はすでに40です。40歳にしては性に対してずいぶん幼稚な考えをしていると思います。けれども淫行=セックス=重大な罪、死に値する罪と教えられてきた人はある程度こうやって、性に対して無知で、子供なままでいることによって、いわゆる護身する人もいる。
「結婚してもセックスなしの関係ってあり。」という幻想はJW2世女性に密かに多い考えです。セックスなんて汚らわしくて汚らわしくて口にも出せないから、もちろん行いも想像できません。だからそういうの、ないことにしよう。
って考えです。
●片手落ちの組織の見かた
組織は気持ち99.9パーセントくらいセックスを目のかたきにする記事、講演、を打ち出す一方で、肯定的セックス(いわゆる結婚内)に対する情報は皆無…で済ませる傾向にあります。
結婚内のセックスに対しては30年以上まえからの「与えるほうが幸福。セックスは自分が満足できなくても相手に満足感を与えることに意味がある」の一行で終わり。
JW夫婦が他に導きもなく、なんとなくセックスレスになってゆく傾向が分かるような気がします。
反論、それから男性陣の意見お待ちしています。