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東京都の元「藤田先生を応援する会」有志によるブログ(2004年11月~2022年6月)のアーカイブ+αです。

被害者はスピーキングテストを受ける中学校3年生の子どもたち

2022年06月28日 | 暴走する都教委
  《「子どもと教科書全国ネット21ニュース」から》
 ◆ 都立高校入試に英語スピーキングテストの導入
   ~本当にいいの?中学生を混乱の渦に

大内裕和(おおうちひろかず・武蔵大学人文学部教授)

 ◆ 公平性・公正性が保たれるか

 東京都教育委員会(以下:都教委と略)は、現在の中学校3年生が受験する2023年度都立高入試から、スピーキングテストの結果を活用する方針です。活用されるのは、中学校英語スピーキングテスト「ESAT-J」(イーサット・ジェイ)です。
 都教委は株式会社ベネッセコーポレーション(以下:ベネッセと略)と協定を結び、事業主体は都教委、運営主体はベネッセという位置づけで共同実施されます。
 「ESAT-J」は、2022年11月27日(日)に実施される予定です。
 このスピーキングテストについて、大きな問題が四点あります。

 第一に入試において最も重視されなければならない公平性公正性が失われるという問題です。
 英語のスピーキングを客観的に評価するには、膨大な時間と手間がかかります。「ESAT-J」を受ける東京都の公立中学3年生全員約8万人分の音声による解答を、22年11月末~23年1月中旬までの約1カ月半で採点するというのは相当に困難です。
 それに加えて、「ESAT-J」の採点者が一体どんな人たちであるかが公開されていません。分かっているのは採点者が「常勤の専任スタッフ」であり、フィリピンで採点が行われるということだけです。これでは公平・公正な採点に疑問をもたれるのも当然でしょう。
 それに加えて、入試の公平性・公正性を大きく揺るがすのが、「ESAT-J」と民間試験GTEC(ベネッセ)との類似性です。
 「ESAT-J」と民間試験GTEC(ベネッセ)は、問題構成や問題傾向、採点基準ともに、とても良く似ています。
 東京都内には民間試験GTEC(ベネッセ)を実施している公立中学校と実施していない中学校があります。
 2022年5月29日現在、東京都内の台東区、荒川区、練馬区、目黒区、渋谷区、品川区、足立区、町田市、福生市、多摩市の10自治体が実施。それ以外の自治体は不実施との情報が入っています。同じ学力の生徒であっても、同形式の試験を受けていた生徒の方が高い得点を取る可能性は高く、このままでは都立高入試で地域ごとの不公平・不公正は深刻となることが予想されます。
 ◆ 点数評価はどうなのか

 第二に、スピーキングテストの配点「20点」と評価の点数化について、入学試験の点数・評価に関する疑問が解消していないという問題です。
 ESAT-Jで算出された最高20点の得点は、調査書の「諸活動の記録」欄に記入されます。
 例えば都立高校入試の第一次募集(前期募集)の場合、学力検査が行われる5教科の調査書点は、通知表の5段階評価を4.615倍して換算され、英語で成績「5」を取ると調査書点は約23点となります。
 日頃、中学校で学んでいる英語全体についての最高評価が約23点であるのに対して、英語のなかの一技能であるスピーキングについて、特定の日に行われるテストが20点というのは、余りにも配点が大き過ぎます。
 しかも国語、数学、理科、社会の調査書点が最高約23点なのに、英語だけが調査書に記載された点数が全部で約43点にもなります
 これでは「英語だけなぜ特別扱いするのか?」という疑問が生じます。

 また、スピーキングテスト評価の点数化についても疑問があります。「ESAT-J」は0点~100点で採点した後に、A~Fの6段階で評価します。
 「80点~100点=A」「65点~79点=B」「50点~64点=C」「35点~49点=D」「1点~34点=E」「0点=F」と不均等な得点域で分けたのち、
 A=20点、B=16点、C=12点、D=8点、E=4点、F=0点と4点刻みで配点されます。
 この方法だと、例えば1点しかとれなかった人も、34点とれた人も同じくEに評価されて4点が配点されます。つまり最大33点違っても同じ点数になってしまうのです。
 また1点はEで4点に換算され、0点はFで0点に換算されますから、1点でもとればテストの結果は4点差としてカウントされます。
 わずか1点の差が合格・不合格を分ける入試において、このような換算方法を採用することが適切であるかどうかは大いに疑問です。
 ◆ 採点は信頼できる?

 第三に、プレテストの段階でスピーキングテストでの事故・トラブルの検証がなされていないことと、スピーキングテストの結果について開示請求に応じないことによる、入学試験の透明性・信頼性に関わる問題です。
 2021年度の「プレテスト」では、受験生は約64000人という「概数」しか報告されず、機器のトラブル、音声回収の不備、喪失などの「事故やミス」の報告がこれまでなされていません。
 もう一つの問題は、スコアレポートで受験生に通知されるのが「総合得点」のみだということです。
 2021年に実施されたプレテストの設問は、「A(音読)」「B(Q&A)」「C(描写・説明)」「D(意見・コメント)」の4つのパートからなっていますが、それぞれのパートごとの得点が記載されていません。
 これでは、総合得点のみの通知に疑問を抱く受験生、保護者、教員が多数出てくることが予想されます。
 これに対して「得点開示は成績票がすべて。これ以上のものを渡すことは難しい」(東京都国際教育推進担当課長の西貝裕武氏の発言「8万人を『公平』はムリ」『AERへ』2022年2月21日号より)とあるように、東京都側は開示請求には応じない姿勢です。
 しかし、学力検査得点表と答案の写しまでが開示請求できるのに対して、スピーキングテストについては開示請求に全く応じないというのは、対応があまりにも違っています。これでは採点に信頼が置けません。
 ◆ 生徒の個人情報が私企業へ

 第四に、一私企業への個人情報を提供することの危険性、一私企業への利益誘導あるいは利益相反の疑い、それから出身家庭の経済力による教育格差を拡大する問題です。
 2021年に実施されたプレテストでは、ウェブ上で生徒情報を登録する際、生徒の顔写真をアップロードすることを求められました。その時は任意でしたが、2022年度に実施される本試験からは都立高校志望予定者全員の名前、顔写真、「ESAT-J」の結果がベネッセに渡ることになります。
 ベネッセでは2014年に業務委託先の従業員が約3500万件の顧客情報を持ち出し、名簿業者に売却していた事件が発覚しました。過去にこうした事件が起きてしまっている以上、今後入手する大量の個人情報を安全に管理できるという根拠を明確に示す必要がありますが、そうした説明はなされていません。
 ベネッセは英語教育に関する教材を数多く出版し、通信教材を学校や塾に販売したり、その教材の有料オプションとしてオンラインでスピーキングの授業を実施しています。
 そうした一私企業が公立高校入試に関わることによって、自社の利益誘導につなげることがあってはなりません。
 都立高入試に関わることがベネッセへの利益誘導につながらない、または利益相反には当たらないとの証拠は、現在のところ明確には示されていません。
 また、出身家庭の経済力による教育格差が拡大する危険性も重大です。
 40人学級を基本とする公立中学校の授業では、授業時間内に生徒一人ひとりが英語を十分に話す機会をつくることは困難です。
 学校の授業でスピーキングに習熟できないとなれば、少人数制の塾や英会話学校、オンラインの英会話授業などで話す機会を得られる生徒のほうが、入学試験において有利になる可能性は高くなります。
 つまりは、学校外教育機関を利用できる生徒が有利、そうでない生徒が不利となれば、出身家庭の経済力による教育格差が拡大することになります。
 ◆ 最低基準を満たしていない

 以上4点から分かるように、都立高入試へのスピーキングテスト導入は、入学試験として必要な最低基準を満たしていません
 この試験の被害者はスピーキングテストを受ける中学校3年生の子どもたちです。
 子どもたちを被害者にしないためにも、都立高入試へのスピーキングテスト導入を阻止することが強く求められています。
『子どもと教科書全国ネット21ニュース 144号』(2022.6)

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