《『月刊救援』「人権とメディア」から》
☆ 大川原化工機国賠で
違法捜査の検事と警部補の実名を報じないメディア
生物兵器製造に転用可能な装置を無許可で中国、韓国へ輸出したとする外為法違反罪などに問われ、後に起訴が取り消された「大川原化工機」(横浜市)の大川原正明社長らが東京都と国に損害賠償を求めた国賠訴訟の判決で、東京地裁(桃崎剛裁判長、板場敦子右陪席裁判官、平野貴之左陪席裁判官)は一二月二七日、双方に計約一億六千万円の支払いを命じた。
桃崎裁判長は大川原社長ら三人に対する警視庁公安部の逮捕を「根拠が欠如していた」と指摘し、東京地検の起訴も「有罪立証の上で必要な捜査をせず起訴した」としていずれも違法とした。本号三面で、田鎖麻衣子弁護士が判決内容を紹介し、代用監獄で違法な捜査が行われたと指摘している。
刑事事件では、二〇年三~六月に二回にわたり逮捕、起訴があり、二一年二月、大川原社長と元取締役島田順司氏が保釈された。地検は初公判直前の二一年七月、起訴を取り消した。
社長らは同九月に提訴し、計約五億六千万円の賠償を求めた。容疑を否認した三人は最大三三二日拘束された。特に起訴取り消し前に胃がんで亡くなった元顧問の相嶋静夫氏は保釈が八回認められず、勾留の執行停止で何とか入院したが、既に末期で手遅れだった。
大川原社長は判決後に地裁前で、「適切な判断をしてくれた。警視庁、検察庁にはしっかり検証して、謝罪をいただきたい。報道の皆さんが後押ししてくれた」と話した。
判決では、違法起訴の塚部貴子検事、違法捜査をした警視庁公安部外事一課の安積伸介警部補の実名を明記した。
判決は、「捜査官のリークで実名報道され、犯人というレッテルが貼られた」「逮捕・起訴で実名報道され、会社の信用が失墜し、原告らの名誉が殿損された」とする原告側の主張を認め、「会社及び三人の実名と共に複数のマスメディアによって広く報じられた(以下「本件各報道」という)ことの結果、会社は銀行などから取引を停止されるなど経営に支障が出た」「被告らによる違法捜査に起因する本件各報道により会社の信用が毀損された」と認定した。
また、大川原氏に関し、「実名報道がされ、精神的苦痛を受けた」と指摘。島田氏は「保釈後も会社への立入や関係者との接触を制限され取締役の業務ができなくなり嘱託従業員となった」とし、相嶋氏に関しては、「実名報道されていた中、控訴棄却の事実も知らぬまま死亡した」と述べ、それぞれに慰謝料支払いを命じた。
私は判決公判を取材したいと思い、傍聴券を求めて並ぼうと思ったが、東京地裁のHPには、傍聴券配布情報はなかった。
そこで、原告訴訟代理人の高田剛弁護士にメールで聞いたところ、「先着順で整理券配布。ある程度列が出来た段階で適宜判断して整理券を配り始める。前回期日の際は一時間位前に整理券がなくなった」と教えてくれた。
私が地裁へ着いた時には傍聴券配布は終わっていた。私は地裁前で、判決後の原告らのコメントを取材。その後、司法記者会で開かれた会見を取材した。
大川原氏は会見でも、「裁判が進む中、メディアが新しい事実や証拠を明らかにしてくれた」とメディアに謝意を表明した。
私は会見で、電気式人工喉頭を使って、「大川原社長はメディアへの感謝を表明したが、判決文には違法な逮捕・起訴で実名報道され、名誉が毀損されたと何ヶ所かで言及されている。逮捕から基礎までの取材・報道について今、どう思っているか」と質問した。
大河原氏は「速報が求められるのは分かるが、私たちの言い分を取材し、事実をしっかり確認してから報道して欲しい。私たちの実名を書くなら、捜査官の実名も報道して欲しい」と答えた。
私の質問の後、ビデオニュースの神保哲生氏が「逮捕の際、会社側の言い分は報道されたか」と質問。別のジャーナリストが「違法捜査をした警察官、検事の実名がメディアに出ないことをどう思うか」と質問した。
大川原氏は「逮捕・起訴された私たちは実名なのだから、捜査官も当然実名報道すべきだ」と答えた。
高田弁護士は「組織でやったことということで匿名になるという考え方もあるが、判決は、塚部検事と安積警部補の個人の違法捜査を認定しているから、当然、実名報道すべき。会社は逮捕当日、ホームページで違法逮捕だとする見解を公表した。あるテレビ局が取材にきたが放送はなかった、会社はその後、まとまった声明を出し、2、3社が電話で取材したが、まったく記事にはならなかった」と答えた。
判決を報じるテレビも新聞も、過去の実名犯人視報道の問題は一字も一秒も報道していない。塚部、安積両氏の氏名、現在の肩書きもまったく出ていない。
高田弁護士は二八日、「逮捕時の実名報道で大川原社長らの名誉が著しく毀損されたことはご指摘のとおりです。失われた名誉を回復するのに4年かかりました」と述べた。
胃がんで獄死した相嶋静夫顧問の長男(50)は「八回保釈請求したが、七回却下された。保釈を認めなかった裁判官が一番悪い」と指摘した。勾留を認めた裁判官、保釈請求を却下した裁判官の実名は判決文にない。
高田氏によると、三人の保釈申請を却下した地裁の裁判官は、遠藤圭一郎、宮本誠、本村理絵、牧野賢各氏らだ。
記憶しておきたい。
(浅野健一)
『月刊救援 第657号』(2024年1月10日)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます