神社おそうじ隊、見参!公式ブログ

カタチ以前にある「いのち」への感謝。 天の恵み 地の恵みへの感謝を、一緒にお届けしませんか?

神社おそうじ隊、見参!

人のカラダは宇宙そのもの。 そして人のカラダは神聖な魂が宿る神社そのもの。
新世紀の「神社」認識とは、その土地に存在する神社だけを指すのではなく、人そのものが神社、すなわち 「 動くパワースポット 」。 その大切な社(やしろ)である肉体、そして人の思考や行動が調和で満たされることにより、関わる全てが明らかなる変容を遂げます。 自らの心身を健やかに保ち自己実現することこそ、関わるすべての人・場所・物の保持する磁場が健やかに保たれることとなり、それすなわち地域が、日本が、そして地球が、太陽系が、そして宇宙にまで、その調和波動が遍く届いてゆくこととなります。
「共生・協調・調和」 をメインコンセプトに、 神職介添えのもと『 社(やしろ)』そのものである“ 人・場所・物 ”に神道的アプローチにより働きかけ、それに連なる地域→日本→世界→地球→宇宙の調和が図られる、というのが Planetary Work の種子。 一人一人小宇宙である実体を、神社などの縁ある土地に運ばせていただき、相互交流させていただくことにより、つつみ気枯れが祓われ、人も土地も物もすべてが本来の輝きを放つ、というのが神社おそうじ隊の種子。 すべての意と土地と人とを、神職が那珂執り持ちさせていただいています。
現在日本全国各所に鋭意見参中。 清祓ワーク、及び清祓ノ儀での御玉串料、およびワーク代は、プラネタリーワーク活動支援費として運用させていただいており、その一部は神社おそうじ隊が活動する中で、全国の地域・神社に納めさせていただいております。


 

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☆神社おそうじ隊 見参! 番外編:伊勢 その四

2011年05月03日 | 2011.4.14~16 伊勢

皇大神宮別宮『伊雑宮(いざわのみや)』






伊勢神宮には、よく知られる内宮・外宮のほかに、百二十三の宮があります。
「そんなに」と思われるかもしれませんけれど、いうなれば「伊勢神宮」とは、
これら百二十五の神社の集合体なのです、ね。

この『伊雑宮』は、別宮であり、別宮とされる神社は全部で十四社あります。
古くから天照大御神の遙宮(とおのみや)と呼ばれ、深い信仰があるということです。

この『伊雑宮』もそうですが、伊勢神宮というのは古代への追憶、ロマンをかきたてます。
(有名な「倭姫命世記」など…)
それらは、人の知りたい、真実を解き明かしたいという願望を同時にかきたて、これまで
数多くの考証が重ねられ、さまざまな説が湧き上がってきているようです。

しかし「おそうじ隊」はそういうこととは関係なく

そこに何があろうと
もちろん、何もなかろうと

ただただ「いのり」、ただただ頭を垂れるのみ。。。



参拝後、境内脇の駐車場のさらにその裏に広がる「御神田」へ。
「御神田」をもつのは、別宮でも唯一なのだそうです。





写真ではほとんど伝わりませんが、心に沁みる素晴らしい空間でした
こうした風景に出会うこと、それそのものが大切なのかな、と。。。




前日の私の〈ナンチャッテ天気予報〉では、「晴れ6 曇り4」でした。
(ちなみに、雨かどうかは、全然調べてないです)
何のかんので、けっこうその通りな感じの天候。



さて、ここから『天岩戸神社』へと。
そして、ここからが、ある意味でのメインイベントとなったのでした…。


…この日の朝、「おそうじ隊」全員でのホテルバイキングの時に、タロットカードに

「今日はあなたがリーダー、導いてくださいね

と通達されたのは、今回私を除く唯一の男性参加者、K隊員

そもそも、レンタルしたその車に備えつけられていたナビ。
これが非常に見にくいらしく(私にはよくわからないけれど)、それまでの道中も何とも
アヤシいものでした。。。
(ちなみに、彼の名誉のために断っておくと、運転自体は慣れていて心配ない様子でした


「天岩戸神社」へ、その通りに向かいながら、突然方向を変える。。
変えるだけでなく、どうしてそっちに行くのかわからない「山」に入る。。

…など、普通に考えたら「リーダー失格」なことばかりされていたのでした。

しかし、その「アヤシい」にも、ワケがあるもの。
彼が「今日のリーダー」となった経緯もそうであれば、この道中でのハチャメチャな迷走もそう。



翻って考えてみれば、時に、

「あれ、オレ何やってたんだろ…」
「ワタシ、どうしてこんなところにいるの…」

ということはけっこう誰にでもあるもの、ではないでしょうか。

また、飲み過ぎて自分を失っても、だいたいはおウチに戻れます。
これを「帰巣本能」と説明するのはカンタンなれど、では、「その本能の出てくる元は…」と
なると「発生的に最も古い脳」とかいう方もいるかもですが、では、そこはナゼそのような
仕組みなのかというと、、、そこから先は、「仮説」になるかと思いますが、、、
さてさて、いかがでしょう



この時も、何のかんので、結局は「天岩戸神社」に到着するのですが、ハチャメチャな割に
大きくはルートを外していなかったり、します。

それをここでは、あえて「導かれた」と、いっておきましょう

誰に

まあそれは、隊員のみぞ知る、ということで。。










予想していたように、お地蔵さまやお不動さまなども多数おられました
「神」「仏」は、この日本においては、大きくシンクロしていますから、ね。


こちらから、さて本日のフィナーレ『外宮』へ…
…なのですが、K隊員、分かれ道で、「それワザと」というような逆走。。

まあ、ほどなく修正できたのですが、、、、何とも面白い道行きでした



そして、ほどなく到着。

お昼を食べずにここまで来た面々。
少々疲労の色をのぞかせるも、全員シャキシャキと『外宮』参拝。



何とも愛らしい目の「神馬」。




ここでは、やはり『多賀宮』
御祭神、豊受大御神の荒御魂をお祀りされています。






こちらは、百段くらいの石段の上にあるのですが、やはり大切なものは、上におくものです、ね。

感覚的な意味での「内宮」「外宮」のちがいを、個人的に体感したかったワタシ。
さてその感想は…というと、
「やはり歴史はそのままではわからんものだな~

という感じ、でした。。




これにて、『神社おそうじ隊 番外編:伊勢』は、終了です。

まずは、今回隊員となっていただいたAさん、Iさん、Kさん(女性)、Kさん(男性)
みなさまのおかげにて、大変によい伊勢の旅となりました

そして…

「おそうじ隊」について、私はたぶん、これといった説明をしなかったと思います。
まあ、求められてもおそらくはボカしてお答えしただろうとは思いますが
それにも関わらず、ああして楽しくご同行させていただいたこと、心より
ありがたく、また嬉しく思います。

「これこれこういう目的で・・・」
「ここにはこういうありがたいカミサマがいるので、みなさんこういう感じで・・・」

と、意識を同じ方向に向け、そのように参拝ロードを歩むことは、はっきりいってカンタン。
でも、これでは「おそうじ隊」ではなく、ただの「ツアー」と同じになってしまいます。

それはそれでありですし、よいとは思いますけれど…
ただ、「おそうじ隊」は、そうではないということです。


ただただ「いのり」、ただただ頭を垂れる。
そこで湧き上がる、定型化されていない、自らの「感覚」。

なんとなく、みなさまにはいわずとも伝わっているのだな…
そう感じておりました


今回のご同行、本当にありがとうございました。
できますれば、またの機会にもご同行できましたら、嬉しく思います




次回の「番外編」は、九月に「出雲」へ向かいます。
その前、六月に神奈川県横須賀市へ、日帰りでの「おそうじ隊」です。


さてさて、どうなりますことか…
愉しみ、です。

 
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☆神社おそうじ隊 見参! 番外編:伊勢 その三

2011年04月28日 | 2011.4.14~16 伊勢

二日目の朝

宿泊先での朝食を済ませ、レンタカーにて向かったのは

『御塩殿(みしおどの)神社』



境内裏は、一面海

皇大神宮所管社であり、神事の欠かせない堅塩を作る施設を備えています。
ご祭神は、御塩殿鎮守神(みしおどのまもりがみ)とされますが、塩土翁(シオツチノオジ)で
あったとされる説もあり、はっきりとしないようです。






鳥居をくぐって歩を進めるうちに、これほどその内外の違いを感じた神域もなかなか珍しい。

吸う息吐く息
鳥たちの鳴くその声の響き
目に見える光見えない光…

広大でも深い森でも何でもないこの神域での感覚は、それまで感じたどことも違う。。



正殿と御塩殿が並び存し、その裏手に廻れば、そこはまたまったく異質な空間に。



こちらが「御塩汲入所」「御塩焼所」。
真裏が海なワケですが、ここが日本であることを忘れるような、南国的な質のエネルギー

今回参拝させていただいた神社のなかでも、もっとも印象深い「場」でした。。




そして、次に向かったのは・・・

『二見興玉(ふたみおきたま)神社』






古来から、伊勢参宮の禊所として知られているそうですが、例によってこちらの由縁により
二日目での参拝
ご祭神は、猿田彦大神と宇迦御魂(ウカノミタマ)大神。



こちらが、有名な「夫婦岩」。
この「夫婦岩」から昇る朝日を「日の大神」、またその沖合700メートルにある
霊石「興玉神石」を拝しており、「夫婦岩」はその鳥居の役目をしているとのこと。

奥に進むと『竜宮社』もあり、そこには
綿津見(わたつみ)大神が鎮座されています。

こちらの写真、私撮っていなかったので、A隊員から提供していただきました。
ありがとうございます





こちらでは、偶然なのかどうなのか、ご神事を拝見させていただくこともできました。

ひとくちに祭式行事といっても、本当にさまざま。
たとえば、この二見興玉神社では「夫婦岩」の大注連縄を張り替えること、それそのものがご神事
であり、毎年3回行われるそうです。

こうした伝統は、規模の大小問わず日本のそこかしこの神社で連綿と引き継がれ、そしてその
地域ならではの風習となって日本人的DNAとして刻まれていくのでしょう。。。



さて、次はいよいよ「伊雑宮」から本日のフィナーレ「外宮」へ。
しかし、この道行きが、ある意味でのメインイベントでした。。。

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☆神社おそうじ隊 見参! 番外編:伊勢 その二

2011年04月25日 | 2011.4.14~16 伊勢

 神社おそうじ隊・番外編 伊勢


初日の昼食は・・・やはり「おかげ横丁」


伊勢の「食」を楽しみにしていた私としては・・・やはりあちこち
みてまわり・・・
結果、海の幸と伊勢うどんをまとめて安価で食すことにし、
そのあと、「赤福」のぜんざいにてシメました






そのあと向かったのは、「ものごとの最初に現れ、万事良い方向へ、“おみちびき”になる大神」
とされる

『猿田彦神社』


伊勢参拝というと、この「猿田彦神社」→「伊勢神宮」というのが、知られたルート。
私も、出発直前まではこのルートで、と思っていました。
でも、直接神社に問い合わせた副長曰く

「『みなさんそうされますが、どうぞご都合の良いように参拝されてください』ですって」

…「ああ、やっぱり」

それではということで、このルート







境内には、猿田彦大神さまと関係の深い天宇受売命(あめのうずめのみこと)をご祭神とする

『佐瑠女神社』

も。

神社の裏にまわると、そこには「御神田」がありました。
毎年5月5日には、豊作を祈ってのお祭りが行われるそうです。



それから、バスに少々乗って移動し、皇大神宮別宮である

『月讀宮以下四別宮』

へと。




「月讀荒御魂宮」「月讀宮」「伊佐奈岐宮」「伊佐奈弥宮」と、東から西へと並び鎮座されていました。



その手前には、目を見張る太さの樹木が




外宮と内宮の間に位置するこちらは、鳥居をくぐったその瞬間、そこはまさに別空間。
さまざまな音、光、香りが交錯し、人々を「そこ」へと誘う・・・。


…次なる神域へと歩いて向かう。
けれど、さすがに日照り続きのなか疲れた一行。
途中にあった、中部では有名なあるコーヒーチェーン(コ○ダ)を見つけ、一休み。

かなり大きめなコーヒーフロートを、食しました。(写真はこちら下方に)。


そこで、明日の天気予報をやってみたならば・・・「6くらい晴れで4くらい曇り」という
自分ながらなんともはっきりしない予報に
・・・さて、翌日はどうだったでしょう、か


そうこうしながら、本日最後の目的地である

『倭姫宮』

に。



やわらかな夕暮れの光と
それをさりげなく遮る木々のなか参道を歩き
途中にある樹木に抱きつき静かに目を閉じる。。。

声なき声
音なき音
姿なき何かは、そうしてやってくる。





夕食は、私のほぼ独断で(すみません・・・)地ビールレストランへ。
やはり、その地へ行ったのならば、できるだけどっぷり「地元」を感じられる「場」と「食」を
というのが、「おそうじ隊」の流儀




食べ物もたっぷり頼み、
5種類の違ったビールを飲み比べできる「飲み比べセット」をみなで注文。
飲めない方も当然おりますので、そうしたビールは自然とワタクシの元へ・・・


ゆるやかに時は流れつつ、場も和んだ頃から副長の爆裂トークが全開に
今回の神社参拝、日本古代史から現代とのつながりまで、縦横無尽に炸裂していました


ただただ、「いのり」を伝え、
ただただ、そこに佇むすべてに頭を垂れる。

それがすべてといっても、決して過言ではない「神社おそうじ隊」
とはいえ、そこには集った人と人の、魂の交流も、あるのです。

ある意味で、日本の歴史の上をそのまま歩いているような、今回の伊勢参拝。
そこで、その歴史が刻まれるということへの、さまざまな意味に想いを馳せる。
それもまた、「おそうじ」なのかも、しれません




今日の最後の、デザート。
私はこれを食して、終了。



ジョッキに入ったパフェで、その名も「びやぐらパフェ」

さすがに、私ともう一人、A隊員のみしか頼みませんでしたが、なかなかパワフルなパフェでした



これで、初日は終了。

翌日へと、続きます。。。。
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☆神社おそうじ隊 見参! 番外編:伊勢 その一

2011年04月22日 | 2011.4.14~16 伊勢

神社おそうじ隊・番外編 伊勢


神とは…

『尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳のありて可畏(かしこ)きもの』

と、『古事記伝』(本居宣長)には記されている(らしい)。


もともと「神社」は、神霊を斎(いわ)い祭る屋代(やしろ)から始まったとされます。

「屋代」とは、いってみれば仮の施設。
その仮の施設に、特定の鉱物や岩石、鏡、木などを依代(よりしろ)として一時的に
そこに宿っていただいたのです。

それがやがて、仏教等の影響もあって社殿が建造され、恒常的にそこにご神体として
滞在していただくこととなった、という歴史があります。






2011年4月14・15日。

『神社おそうじ隊 見参!』の、番外編として向かったのは



記紀(古事記・日本書紀)において最高至上神とされている神である天照大御神(内宮)、
そして、日本の食の安定を司る神とされる豊受大御神(外宮)の二柱を祀る、三重県伊勢市の

「伊勢神宮」


伊勢駅からバスで向かうなか、道を眺めながら、何となく違和感があった。
その違和感は何かと自分に問うてみたならば…

「あ思っていたよりも人が少ないんだ」

ということ。


駅に着いた瞬間も、
バスから降りた瞬間も、
鳥居をくぐるその前におかげ横丁をふと見たときも、
その印象は変わらず。

「前に参拝させていただいた時はもっと人も車も多かったですよ」
とは、クロノ副長の弁。
(ちなみに、私は初参拝)


やっぱり事変の影響か。。
…こうしたことにも、事変時における人の心理が垣間見えますね。

でも、そういうときにこそ、「いのり」は大切なんですけれど



さて、

そうはいっても、人もさほど多くなく、太陽もまさに天照(アマテラス)な感じの燦々模様

はっきりいって、「サイコ~」な参拝となりました。


空、山、川、木々、小鳥、カラス、岩…すべてに歓迎されている。

参道を歩けば、そこに声なき声を感じ、
立ち止まれば、そこに大いなる息吹を感じる。

やわらかで微細な、それでいて広がりを感じるその空間は、清浄を尊ぶ神道の
伝統と奥深い力に満ちていた。










さて、『古事記』では「天照大御神」、『日本書紀』では「天照大神」、そしてこの伊勢神宮では
「天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ)」と表記されるこの神は、『日本書紀』の
なかで天上天下の主宰神として生まれた、と記されています。

そういわれる由縁はいろいろあるのでしょうけれど、そのひとつに、この神がはじめて稲作の道を
示されたから、といわれています。

天孫である邇邇藝命(ににぎのみこと)が、高天原から降臨される時に稲穂をお任せになったと
される三大神勅のひとつ「斎庭(ゆにわ)の稲穂」。

現代的感覚からすれば、「何でそれで?」となるかもしれませんが、古代においては「働く」と
いうこと、稲作に従事するということそのものが神聖な行為であったのでしょう。
(こうした観念が、「稲荷信仰」ともつながるようです)





正宮にて今回の隊員のみなさまと「いのり=意宣り」を感謝の波動にてお伝えし、頭を上げた
その瞬間、それまで上がっていた暖簾は静かに降りていきました



通常「外宮」からとされる伊勢神宮参拝。
それにはそれの由縁もありますが、こちらにはこちらの由縁もあります。


「内宮」から始まった、今回の「おそうじ隊」。
次なる「いのり」の神域へと、移ります。。。
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正宮 ・豊受大神宮(外宮)

2011年04月15日 | 2011.4.14~16 伊勢

外宮別宮
・多賀宮(たかのみや)(式内社)
・土宮(つちのみや)
・月夜見宮(つきよみのみや)
・風宮(かぜのみや)

 
外宮摂社
・草奈伎神社(くさなぎじんじゃ)
・大間国生神社(おおまくなりじんじゃ) 2座
・度会国御神社(わたらいくにみじんじゃ)(式内社)
・度会大国玉比賣神社(わたらいおおくにたまひめじんじゃ)
・田上大水神社(たのえおおみずじんじゃ)
・田上大水御前神社(たのえおおみずみまえじんじゃ)
・志等美神社(しとみじんじゃ)
・大河内神社(おおこうちじんじゃ)
・清野井庭神社(きよのいばじんじゃ)
・高河原神社(たかがわらじんじゃ)
・河原神社(かわらじんじゃ)
・河原淵神社(かわらぶちじんじゃ)
・山末神社(やまずえじんじゃ)
・宇須乃野神社(うすののじんじゃ)
・御食神社(みけじんじゃ)
・小俣神社(おばたじんじゃ)
 
外宮末社 ・伊我理神社(いがりじんじゃ)
・県神社(あがたじんじゃ)
・井中神社(いなかじんじゃ)
・打懸神社(うちかけじんじゃ)
・赤崎神社(あかさきじんじゃ)
・毛理神社(もりじんじゃ)
・大津神社(おおつじんじゃ)
・志宝屋神社(しおやじんじゃ)
 
外宮所管社 ・御酒殿(みさかどの)
・四至神(みやのめぐりのかみ)
・上御井神社(かみのみいのじんじゃ)
・下御井神社(しものみいのじんじゃ)
 
 豊受大御神(とようけのおおみかみ)をお祭り申し上げる豊受大神宮は、内宮(ないくう)に対して外宮(げくう)とも申し上げます。
雄略(ゆうりゃく)天皇は、夢の中で天照大御神のお教えをお受けになられ、豊受大御神を丹波(たんば)の国から、内宮にほど近い山田の原にお迎えされました。今からおよそ1500年の昔のことです。
 豊受大御神は御饌都神(みけつかみ)とも呼ばれ、御饌、つまり神々にたてまつる食物をつかさどられています。このことから衣食住、ひろく産業の守護神としてあがめられています。
 内宮と同じく、正宮と呼ばれますように、建物やお祭りはほとんど内宮と同様ですが、両宮は決して並列されるものではなく、あくまで内宮が神宮の中心なのです。【伊勢の神宮HPより】
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★『神社おそうじ隊、見参!』 伊勢 LAST:外宮

2011年04月15日 | 2011.4.14~16 伊勢

さあ、天岩戸神社を出たら後はもう真っ直ぐ一本道?、を逆走したのも塩爺マジックのご愛嬌
帰りの三重号の伊勢駅出発時間から逆算してギリギリセーフで食事もとらずに飛び込んだのは、
今回の『 神社おそうじ隊、見参!』 の最終目的地=外宮【豊受大御神】  
スタート地点で会えなかった神馬=草音号がお出迎えしてくれました
              
              
              
              御朱印も忘れずに
正宮【豊受大御神】
              
              
そして多賀宮【豊受大御神荒御魂】
              
              
そして呼ばれた下御井神社【下御井鎮守神
祭神は神宮の御料水の守護神。上御井の御水を奉汲できない折は、この御井の御水を御料水に供している。北隣の敷地は遷宮諸祭のうち初めて斎行される山口祭の祭場である。
今回巡った伊勢は、振り返ってみれば結果「塩と水と米の清祓ワーク」だったことを実感
伊勢の稲田と塩田と水源を△で囲み、海と水源を∞で繋ぎ、
それを東北の地脈と水脈と繋ぎ、祈りと共に禊祓
この下御井神社にて水神様にお許しいただいて塩爺にもご挨拶させていただけたのもありがたく
              
最後の最後は、宮川の氾濫を治める堤防守護の神として尊ばれ
全てを地に還す土宮【大土御祖神にて隊員全員でご挨拶
              
              
さあ、これにて『神社おそうじ隊、見参!:番外編 伊勢』 の行程が無事全て終了
レンタカーも無事返し、やっと全員集合してから嬉し楽し満面の笑顔で
みんなで 『 かんぱぁーーーい!』
              
              お店のご主人のサービス
              ワイワイ
              二段重ねでした 
そして伊勢駅にてA隊員と別れ、残りの面々は新幹線で爆睡&爆裂トーク            
              
濃い~濃い~2日間
思い返すほどに中身の充実が感じられ、みんなで行って本当に良かったな~、
というより、行かせていただいて有難いな~ と感謝の気持ちが湧き出して
参加してくださった皆さま、そしてサポートしてくださった皆さま、そして全ての存在、全ての縁起に
改めて感謝を捧げずにはいられません
会話は「ハ行」で返されることも多いですが 今回隊員はもとより
全てのエナジー調整をしてくださった隊長にも大感謝 
関わる全ての皆さまに、心より感謝を ありがとうございました

場所: 日本, 三重県伊勢市豊川町279

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★天岩戸神社

2011年04月15日 | 2011.4.14~16 伊勢

まあここに辿り着くまでに、どれほどの県道、そして山道を走ったことでしょう
そうです、この日の朝一番にレンタカーを借りた時、というより
この日の朝食前に副長が独断で、全員のボイジャーカードを引いたのですが
なんとファラオのSUN=太陽のカードだったのがK隊員
これはもうリーダーシップを発揮して貰うしかないでしょう ということで先導車の運転をお任せ
それこそが、前日のコメダコーヒー店にて学習した
『最善のタイミング』を創り出すべく仕組まれた導きのプロローグ
そしてナビが搭載されているはずだから大丈夫 という先入観を覆す迷走ぶりにもビクともせず
予定行程外の、まさに龍の背骨のようなウネウネ山道を左右に揺れつつついて行きながら
後続車の隊長・副長、座った途端睡魔に襲われ後部座席で意識を失うM隊員をよそに
「これ、一体誰が導いていらっしゃるんでしょうね~
「きっと運転してるK隊員は少々焦っているでしょうね~」などとどこ吹く風
「ガンガン突っ走る副長が先導してたら、確実にこーゆー展開にはなりませんでしたね~
そしてとうとう路肩に停まった先導車に経緯を聞いてみると
「ナビが全然正常に作動しないんです~~~」 「あー
まさにそのお陰でお稲荷さん&伊勢の水源である神路ダムの真上を二往復
立派な水先案内人のお役を果たしたK隊員、完璧です
ということで、通常であれば直線でしかないルートを8の字走行してやっとこ辿り着いたのが
日本名水百選にも選定された泉の湧く天岩戸神社
             
             
             
             
             
禊の滝両脇で待っていてくださったのはチーム仏教の神さま方
最初にまずお不動さまに不動真言を奏上してご挨拶
             
次は観音真言 そして地蔵真言を
             
             
             
             
             
そして瀧祭宮にて全員参拝
             
行きたかった風穴 は、また次回へと
             
             
             
             
さあ、『神社おそうじ隊、見参!』 伊勢の最期を〆てくれるのは真打外宮 いざ

場所: 日本, 三重県志摩市磯部町恵利原

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伊勢 : 伊雑宮

2011年04月15日 | 2011.4.14~16 伊勢

一、宮名とご祭神 伊雑宮(いざわのみや)
 天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)

ニ、ご鎮座地
 伊雑宮は三重県志摩郡磯辺町大字上之郷に鎮座しています。三重交通バス伊勢道路経由30分「川辺」下車徒歩約10分、または近鉄志摩線上之郷駅下車徒歩約3分で社頭に達します。

三、ご鎮座の由来と沿革
 伊雑宮は、一般には「イゾウグウ」とか「イソベさん」とよばれ、皇大神宮(内宮)の別宮であり、古くから皇大神宮の遙宮(とおのみや)と称せられています。
 当宮の創立は、約2000年前の第11代垂仁天皇の御代のことであります。皇大神宮ご鎮座の後、倭姫命(やまとひめのみこと)が御贄地(みにえどころ=皇大神宮へ奉る御供物を採る所)をお定めになるため、志摩国をご巡行の際に、伊佐波登美命(いざわとみのみこと)が奉迎して、この地に当宮を創建して、皇大御神の御魂をおまつりしたと伝えられています。『万葉集』に「御食(みけ)つ国、志摩の海女ならし、真熊野の小船に乗りて、沖辺漕ぐ見ゆ」とも歌われているように、志摩の国は風光麗しく、海産物に富み、古来神宮と朝廷のご料を貢進した地です。
四、御田植式(おたうえしき)
 伊雑宮の御田植式は志摩地方第一の大祭で、一般に「御神田(おみた)」といわれ、国の重要無形民俗文化財です。宮域の南に隣接するご料田(作付面積1,643m2)で毎年6月24日(6月月次祭当日)に行われます。
 鎮座地磯部町の各大字(おおあざ)の人々が毎年交代して奉仕します。極めて古雅な神事で、日本三大田植祭の1つといわれています。式は午前10時から始まり、全部終わるのは午後4時をすぎます。式次第はまず奉仕員一同そろって伊雑宮に参拝、修祓(しゅはつ)を受けて御田に向います。その順序は先頭に、エブリ指(さし)2人、立人(たちうど)6人(以上は20歳代の青年で、菅笠(すげがさ)を戴き中形の襦袢(じゅばん)を着て、紺(こん)の股引(ももひき)に手甲(てっこう)をつけます)。その後をささら摺(すり)2人(10歳前後の少年で管笠を被り、モスリンの派手な襦袢の脚絆(きゃはん)をつけます)。次に早乙女6人(12、3歳から15、6歳の少女で、顔に白粉(おしろい)をつけ、まゆをひき、菅笠を被(かぶ)り、白装束の上に緋(ひ)の襷(たすき)をかけます)。ついで、太鼓打1人(7、8歳の童男で、かつらを被り、作り眉をして少女に扮装(ふんそう)し、御田の中では田船に乗ります)。次に笛2人、太鼓(おど)1人、、小鼓(こど)1人、謡6人(以上10人は青年男子にて素襖烏帽子(すおうえぼし)を着けます。)行列は以上の通りで、一同跣足(はだし)です。御田の西側の畦(あぜ)に長さ11mほどの太い青竹1本が杭(くい)に縛って立てられ、竹の先端に大うちわ(磯部ではゴンバウチワという)がつけられています。
 やがて立人、早乙女等が御田に下り、手を取り合い苗場を3周半し、苗取りが始まります。苗取りが終わると立人が青竹を杭から解き、3度扇(あお)いで御田の中心に向って倒すと、近郷漁村の青年たちが下帯姿になって田に入り、竹の奪い合いを行います。その争奪の有様は頗(すこぶ)る勇壮です。その竹を持ち帰って船霊(ふなだま)に祭り大漁満足、海上安全のお守りにする信仰があります。
 竹取りが終わるといよいよ御田植が始まり、1列に並んで植えながら退いて行きます。その間、謡方、鼓方、笛方、ささら方、太鼓方が調子をそろえて囃(はや)し立てます。半分を植え終わった頃、一旦休憩し、ささら方2人が田の中で舞踊をします。これを早取挿(さいとりさし)といいます。この間一同、若布(わかめ)の肴(さかな)で小宴を行います。さらにつづいて残りを植え終ります。そのあと一同列を整え、「踊り込み」という躍りで練りながら再び伊雑宮に進み童男の納めの仕舞で御田植式が終わります。
お田植歌
一、目出度(めでた)目出度の御神田を植えて、踊り込むぞえ宮様へ
一、今年しゃ豊年穂に穂がさいて、桝(ます)は取り置け箕(み)で量る
一、エブリ立人早乙女たちが、植える姿は百合の花
【伊勢の神宮HPより】

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★伊雑宮

2011年04月15日 | 2011.4.14~16 伊勢

さあ、やっとこ着いたのは、内宮から遠く離れた場所で天照大神の魂を祀ることから
天照大神の遙宮」(とおのみや)とも呼ばれる伊雑宮【天照坐皇大御神御魂】
ここは到着した時から大風
ある意味今回の伊勢参拝で一番KEYなポイントといっても過言ではないスポット
              
              
              
              
全員でご挨拶を済ませ、もう次の宮に移動しようかというところでもう一度風を観じてみると
やっぱりご挨拶する場所がまだ残っているよう
              
そうですそうです ここは数ある別宮の中でも、神田を持つ唯一の別宮
そこにご挨拶しないわけはありません
すると、ありましたありました 素晴しい神域 御神田が
イメージですが、トトロの種蒔きの儀式のように、
あっという間に豊かな黄金の稲穂がたわわに実るようでした
              
              
              
              
やはり内宮からスタートした今回の参拝順路、
そして猿田彦神社の御神田、そして御塩殿神社の塩田、そしてこの伊雑宮の御神田
この三点の参拝を持ってしてこそ
今回の 『 神社おそうじ隊、見参! ならではの確かな手応えがあるように思いました

さあ、お次は距離的には近いはずなのに、なぜ~かなかなか辿り着けなかった天岩戸神社へGO

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★二見輿玉神社&夫婦岩&竜宮社

2011年04月15日 | 2011.4.14~16 伊勢

さあ、程なく着いたのは本来伊勢参拝前の禊場である
二見興玉神社【猿田彦大神 宇迦御魂大神】
            
            
            
            
            
            
さあ、参拝  
             
             
             
             
鳥居の上から「こっち見ろ~」といわんばかりに大きな鳴き声で迎えてくれたのは海鵜
             
             
             
             
全員で興玉神石に向かってご挨拶すると、待っていたかのように飛び立っていきました
             
そしてそのまま案内されるように 竜宮社【綿津見大神】
             
             
             
程なく始まる神事
             
             
             
             
             
             海鵜の見送り
数々の『歓迎』の合図に迎えられ、そして送り出された後、
次の目的地、伊雑宮に向かう車中、先導車の後部座席からまたまたジェスチャー合図
 』 + 『 じ 』???
おー やっと気がついてみると空にのリボン
それも一度後方に消えてしまったと思ったら、次は真正面に現れ画像に収めることができました
             
             A隊員画像
さあ、次は本命伊雑宮 
さあ、ここからが “連れて行かれた” いえ「導かれた」としかいいようのない迷走の始まり

場所: 日本, 三重県伊勢市二見町荘2019

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★御塩殿神社

2011年04月15日 | 2011.4.14~16 伊勢

<伊勢 : 御塩殿神社>
御塩殿 度会郡二見町御塩殿神社 27,785平方メートル
御塩汲入所
御塩焼所(みしおやきしょ)
御塩浜 度会郡二見町西6,609平方メートル
 御塩は、まず五十鈴川の下流の御塩浜で、毎年土用に濃い塩水をとり、その1km北東の御塩汲入(くみいれ)所に運び、その塩水をすぐ東にある御塩焼所にて、鉄の平釜で焚き上げて荒塩にします。さらに、これを御塩殿で三角形の土器につめて焼き固め堅塩(かたしお)に仕上げます。この御塩焼固(みしおやきがため)の作業は神職が出向し、身を浄めて奉仕します。【伊勢の神宮HPより】

さあ、神社おそうじ隊、見参!2日目
今朝は朝食時に、すでに各自用のボイジャータロットをわたしが引かせていただいて
その説明でもひとしきり盛り上がり
その流れで太陽のカードが出たK隊員に今日の先導車の運転をお任せすることに  
この選択が、この日の素晴しい命(迷?)運を決定したといっても過言ではないでしょう
向かったのはいよいよ本丸といった感の強い御塩殿神社【御塩殿鎮守神=塩土翁】
伊勢出発前からの塩爺アピール
そして伊勢神宮の神事に欠かせない神饌としての堅塩を造る設備のある神社と聞けば行かぬはずもなく
着いたそこは、
              
鳥居正面からすでに「場」が違います
              
              
ここでまたこれまでの参拝同様、隊長が各全員の「気」を通した上で
御塩殿前にて全員による大祓詞奏上
              
              
正殿:こちらにもきちんとご挨拶
              
              
そして境内を抜けて海に向かうとそこにあるのは南国パラダイス
ではなくて 御塩汲入所御塩焼所
              
              御塩汲入所
              御塩焼所
              
                       
              
              
              
宇宙船団が来そうな異空間をしばし体感ののち、二見興玉神社へGO    

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★倭姫宮~麦酒蔵:神社おそうじ隊1日目終了♪

2011年04月14日 | 2011.4.14~16 伊勢

名残を惜しみつつ倭姫宮を後にし、(一度は真反対に進行し再度ご挨拶もいたしましたが
その道々の景色がまた素晴らしく
             
             
             
             
             
             
             
             
             
             
             
             
うわ~ 夕陽だー 美しーと歓声を上げていたらば次の瞬間
水田に夕陽が映って夕陽が二つ   、嬉しさ二倍 こんなギフトにも大喜び
             
             
             
そして一行はここが予め通る道だったのだといわんばかりにワイワイと御塩道をゆき、
今日の最終目的地、隊長おススメの麦酒蔵に無事到着
             
そしてほぼ貸しきり状態のスペシャルスペースで本日のシェアタイムスタート
             
まずはみんなで乾杯~  まあ、その麦酒の美味しいことときたら
             
             
             
「インディア・ペールエール(India Pale Ale)」というビールも美味しかったですが、
本日の地ビール=「仲良しビール」の“門出”というもフルーティーでメッチャ美味しかったです
出されたお料理も美味しかったし、流石美味しいもの好きの隊長の鼻は利きますね~
そしてわたしの爆裂トークは美味しいのお陰で本人記憶にござりません
             
             
             
             
そして仕上げは『びやぐらパフェ』~ こし餡が入った二軒茶屋餅も乗っかってます
食したのはモチロン隊長とA隊員  もちろんぺロリ
             
             
そして、食前食後に、きちんと手を合わせてご挨拶 というのも神道の大切な心
わたし達もみんなで隊長の後唱和して、ご挨拶
せっかくなので隊長が唱えた
本居宣長の食前食後の感謝句(玉鉾百首)をここでご紹介させていただきます

 食前 ・ 静座、一拝一拍手
 たなつもの もものきぐさも あまてらす ひのおおかみの めぐみえてこそ
 「味つ物 百の木草も 天照 日の大神の 恵み得てこそ」いただきます

 食後 ・ 端座、一拝一拍手
  あさよいに ものくうごとに とようけの かみのめぐみを おもえよのひと
 「朝宵に 物喰ふごとに 豊受の 神の恵みを 思へ世の人」ごちそうさまでした


さあ、
モリモリ盛りだくさんの一日を大満足&満腹で終えた一行
やっとホテルに到着し、グーパーでの部屋割りも終えた頃には程よい眠気が
さあ、翌日も朝からモリモリということで
神社おそうじ隊!1日目、これにて無事(?)終了~

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伊勢 :倭姫宮

2011年04月14日 | 2011.4.14~16 伊勢

一、宮名とご祭神 倭姫宮(やまとひめのみや)
 倭姫命(やまとひめのみこと)

ニ、ご鎮座地
 内宮と外宮を結ぶおよそ5kmの美しい並木道路、御幸道路の中ほどに、松の緑もあざやかな丘があり、倉田山と呼ばれています。ここには神宮徴古館(じんぐうちょうこかん)・農業館・美術館・神宮文庫・皇学館大学等があり、これに接する4ヘクタールの常緑の森が当宮の宮域です。参拝の順路は、JR東海伊勢市駅と近鉄宇治山田駅から三重交通神都線バス(外宮・内宮循環)の「倉田山」で下車すると、すぐ表参道の鳥居が見えます。

三、ご鎮座の由来と沿革
 倭姫命は、第11代垂仁天皇の皇女です。第10代崇神(すじん)天皇の皇女豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)の後を継いで「御杖代(みつえしろ)」として皇大御神(すめおおみかみ)に奉仕され、皇大御神を戴いて大和国をお発ちになり、伊賀・近江・美濃等の諸国を経て伊勢の国に入られて、ご神慮によって現在の地に万代不易の皇大神宮をご創建されました。「御杖代」とは皇大御神の御杖となって、ご神慮を体して仕えられるお方の意です。倭姫命から後、代々の天皇は未婚の皇女を伊勢に遣わして皇大御神に奉仕させられましたが、このお方を斎王(いつきのみこ)と申し上げます。倭姫命は皇大神宮ご鎮座ののち、神嘗祭をはじめとする年中の祭りを定め、神田並びに各種ご料品を奉る神領を選定し、禰宜(ねぎ)、大物忌(おおものいみ)以下の奉仕者の職掌を定め、斎戒(さいかい)や祓(はらえ)の法を示し、神宮所属の宮社を定められるなど、神宮の祭祀と経営の規模を確立されました。
 このように大きなご功績をお遺しになられた命の御徳をお慕いして、大正の初年から神宮司庁と宇治山田市(現在の伊勢市)が命をまつるお宮の創立を請願してきましたが、大正10年1月4日、皇大神宮別宮として当宮のご創立が許可され、同12年11月5日にご鎮座祭が執り行われました。
 神宮には、別宮・摂社・末社・所管社の諸宮社があり、ご由緒は極めて古く、奈良時代以前に遡るものが多いのですが、当宮は上のようなご事情により創立が極めて新しいのです。【伊勢の神宮HPより】

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★倭姫宮

2011年04月14日 | 2011.4.14~16 伊勢

今回なぜかどうしても “行く” 気がしていた 倭姫宮【倭姫命】
ちょうどコメダブレイクしたお陰で夕陽の具合がなんとも幽玄な空間を創りだすタイミングに遭遇・・・
その瞬間、その一瞬にしか観えない光、そしてその一瞬だけ開く次元の扉
そんな刹那に出会う一瞬が 在る・・・
              
              
              
              
              
              
              
              
              
              
              
              
              
              
親切に、丁寧に、何度も道を教えて下さった社務所の宮司さんにご挨拶して、向かうは今夜の最終目的地
              
              
              
離れ難く、立ち去り難く、何度も輝く光に舞い戻された倭姫宮

場所: 日本, 三重県伊勢市楠部町5

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伊勢 : 月読宮

2011年04月14日 | 2011.4.14~16 伊勢

一、宮名とご祭神 東から西へ順次、宮名とご祭神を申し上げますと。
(2)月讀荒御魂宮(つきよみのあらみたまのみや)
  月讀尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま) 
(1)月讀宮(つきよみのみや) 月讀尊(つきよみのみこと)
(3)伊佐奈岐宮(いざなぎのみや) 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
(4)伊佐奈弥宮(いざなみのみや) 伊弉冉尊(いざなみのみこと)
となります。
ご参拝は(1)から(4)へと順にされるのが一般的です。

ニ、ご鎮座地
 外宮と内宮を結ぶ県道(御幸道路)の中間、道路沿いのこんもりと茂った森の中にご鎮座になっております。外宮から3.8km、内宮から1.8kmの位置にあります。また、裏参道口には国道23号線が通っています。外宮・内宮循環バスをご利用の場合は、停留所「中村」で下車、北へ向って徒歩約5分で、参道入口に達します。また近鉄五十鈴川駅からは、南へ徒歩約10分のところにあります。

三、ご鎮座の由来と沿革
 月讀宮におまつり申し上げる月讀尊は天照大御神の弟神であります。外宮の別宮月夜見宮のご祭神とご同神でありますが、月夜見宮では「月夜見尊」の文字が用いられております。
 月讀尊の御事(おんこと)については、『日本書紀』(元正天皇養老四年<720>奏進)上巻に、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)2柱の御親(みおや)神が、天照大御神をお生みになられ、次に月讀尊をお生みになられ夜之食国(よるのおすくに)をお治めになるようにと、ご委任になられたと記されています。
 皇大神宮の第一の別宮である荒祭宮(皇大神宮神域にご鎮座)に天照大御神の荒御魂がまつられ、豊受大神宮の別宮多賀宮に豊受大御神の荒御魂がまつられておりますように、月讀宮にならんで、月讀尊荒御魂がまつられております。荒御魂とは、神様の御魂のおだやかな御姿を「和魂(にぎみたま)」と申し上げるのに対して、時にのぞんで格別に顕著なご神威をあらわされる御魂のお働きを「荒御魂(あらみたま)」とたたえます。伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮におまつり申し上げる伊弉諾尊、伊弉冉尊2柱の神は、大八洲国(おおやしまのくに)即ち日本の国土及び山川草木をお生みになられたのち、天(あま)の下(した)の主(きみ)たる天照大御神をお生みになり、つづいて月讀尊をお生みになられた2柱の御親神でありますことは、申すまでもありません。
 月讀宮以下4所の宮は、第50代桓武(かんむ)天皇延暦23年(804)に、神宮から上進した『皇大神宮儀式帳』には「月讀宮一院、正殿四区」と記され、一囲いの瑞垣(みずがき)内に、まつられておりました。すなわち、4宮あわせて月讀宮とよばれました。伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮に宮号が宣下されましたのは、第56代清和天皇貞観9年(867)8月のことであります。 第60代醍醐(だいご)天皇延長5年(927)に、古代の最終的法律体系である『延喜式』が上奏されました。これによりますと、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮が瑞垣をめぐらした一院をなし、月讀宮、月讀荒御魂宮が一院を形成しておりました。
 現在、拝するように、四宮それぞれが瑞垣をめぐらしたお姿になったのは、明治6年からです。
【伊勢の神宮HPより】

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参加概要

初年度は神奈川県を中心に隔月ペースで各所に見参、4年目を迎えた今年も磐座・巨石参拝をメインに見参中。周る神社やルートなどの行程詳細はお問い合わせください。見参地は決まり次第、ブログやホームページで随時発信してゆきますので、どうぞご確認下さい。

※ 基本事前振込
■ 参加費 日帰り参加:5,000円 2日間:15,000円 3日間:25,000円
■ 中途参加・離脱の場合 : 2日間:10,000円 3日間:20,000円
※ 車出しをお願いした場合など金額に変動があります。詳細はお問合せ下さい。
▼ 前日キャンセルの場合参加費の10%を頂きます。
▼ 就学児以上の年齢による参加費の変動はありません
▼ 現地までの交通費+宿泊費+食事代諸費用は個人負担となります
▼ レンタカーを借りた場合は中途参加・離脱に関わらず人数割(ガソリン代含む)

■ 宿泊手配など詳細はお申込み後ご連絡させて頂きます
◎ 歩きやすい靴、服装、荷物軽量でご参加ください
◎ 御朱印帳をお持ちの方はご持参ください

Planetary Work

神聖なものとは、神社など特定の場所だけに宿っているわけではなく、すべてのものにそれは純然と在りて在るもの。人もまた然り。人が集う場所、物も然り。 それらが生かされるうちに自然に重なる“つみ=包み” “けがれ=気枯れ”を清祓いさせていただくことにより、すべて=宇宙からの慈愛のエネルギーが降り注がれ循環∞し、必要な人・場所・物との縁を結び、縁あるすべてが活性化することの援けをさせて頂きます。

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