『地水火風空』

【プラネタリーワーク】のブログ

第4期指南塾 第2回(5月)

2016-05-16 | 指南塾
本日2つ目の記事です。
『指南塾第4期』は、「体操」「健身養生」「立ち方・座り方・歩き方」「瞑想」など、様々な角度から「心・身体・気」を捉え、日常に根ざした様々なエクササイズやトレーニングしていきます。

“行住坐臥”。
日常の立ち居振る舞いには、その人物の、おおまかな意味でのすべてが現れます。

普段何気なく行っている動作、たとえば、後ろを振り返る、落ちているモノを拾う、イスから立ち上がる、電車から降りる、ご飯を食べる・・・など、あまりにも日常的で、目を瞑っていても出来てしまうようなこれらの動作だからこそ、その人物の、その人物たらんとするために習慣づけた『クセ』が、顕在化するものです。

また、よく「姿勢をよくすることは、人間の健康状態始め、人生のあらゆる場面において大切である」ということがいわれます。
この20年、身体均整法、野口整体などに携わってきた身としては、確かにそうだと思います。

しかし、ただ外面的に、矯正的に「姿勢」をよくするという意味では、私は全く考えてはいません。
また、いわゆる学校教育での「起立、礼」に代表されるような、一律的な、背筋をピンと伸ばした「姿勢」が、いわゆる「よい姿勢」であるとは、毛頭考えてはいません。

その人その人、個々人それぞれに「よい姿勢」というものがあり、それは、年代や状況によっても変わるもの。
内面からの、滞る事なき意志の反映として、迷いや憂いのみえない、滔々と統一した意識の流れが、ごく自然に伝わってくるような・・・「よい姿勢」とは、そういうものではないでしょうか?

いわゆる施術の現場では、窮地にある心と身体を安全地帯に置くような事がとりあえずは優先されます。
しかし、この『指南塾』の場では、これから窮地に陥ったとしても、泰然自若として焦ることなく適切な判断ができる、その土台を築きつつ、個々人の今の問題や悩みを軽く、あるいは無となっていくようなプログラム構成となっています。

そのすべての礎は、やはり目に見えるこの“身体”です。
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2016.5.10-11 『神社おそうじ隊 富士見参!』・2

2016-05-16 | 神社おそうじ隊 2016

『山宮浅間神社』

「浅間大社社伝によれば、景行天皇40年(110)に日本武尊が浅間大神を山足の地より遷した場所とされる。富士山を直接拝む古代祭祀の形を残しており、ご祭神を祀る本殿はない。元浅間大社摂社で、旧村社。」
(「富士山本宮浅間大社」ご由緒書きより)

『富士山本宮浅間大社』の元宮であり、「山宮」と通称される。
御祭神は木花佐久夜毘売命と現在ではなっているが、そもそもは「浅間大神」を祀る。


晴れていれば、この先には富士山が・・・


富士山を神と崇める浅間神社は、「せんげん」ではなく、本来は噴火する山を指す言葉「あさま」であった、といいます。
山梨県の甲斐国一宮である浅間(あさま)神社は、その名をそのまま伝えています。






『白糸の滝』



そのほとんどが富士山の湧き水である「白糸の滝」。
年間を通じて水温12℃、毎秒1.5トンの湧水が流れ出ているといわれます。

圧倒的でありつつも威圧的ではなく、どこか柔らかい。
かつては富士講の巡礼・修行の場であったというものの、流れ出る水量に反比例して、どこまでも静寂が広がるかのような・・・。
ずっと、そこにいたくなる…。


「白糸の滝」へ行く道すがらには、勇壮な響きの『音止の滝』も。


「白糸の滝」は、世界遺産としての富士山の、「信仰の対象」としての普遍的価値を証明する、大きな構成要素であるといいます。
こちらを参照ください)




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2016.5.10-11 『神社おそうじ隊 富士見参!』・1

2016-05-12 | 神社おそうじ隊 2016

『駿河国一宮・富士山本宮浅間大社』

富士山。

標高3776メートル。
文字通りの日本最高峰であり、そのなだらかな稜線と雄大な偉容は、日本人の精神の奥底にまで浸透している、といってもよいのではないでしょうか。
2013年にユネスコの世界文化遺産登録がなされたことは、記憶に新しいところです。

その「富士山」は、実は活火山であり、過去2000年の間に確認できるだけで43回の噴火活動を起こしています。
その畏敬の念が信仰へと流れていくこともまた、自然なこと。

全国に1300社を数える浅間神社の総本宮とされるのが『富士山本宮浅間大社』。
富士山を御神体とし、主祭神を木花佐久夜毘売命(このはなさくやひめのみこと)とするこの古社は、垂仁天皇(紀元前)の時代に山裾に浅間(あさまの)大神を祀ったのが始まりとされます。
伝承によれば、現在社殿のあるこの地には、806年に坂上田村麻呂により遷されたということ。
この本殿は、高さ13メートル、国の重要文化財であり、全国でも稀な二重の楼閣造となっています。
天下統一を果たした徳川家康により、戦勝祈願の奉斎として本殿・拝殿他30余棟が造営されたそうです。
その多くは、寛永や安静の大地震で失われたものの、この本殿は浅間造(せんげんづくり)と呼ばれ、その由縁をそのまま伝えています。


今回の『神社おそうじ隊 富士見参!』は、この『富士山本宮浅間大社』をスタート地点とし、2日間かけて巡拝を重ねていきました。
奇しくも、雲天、そして荒天。
初夏というのに、まるで台風でも来たかのような荒れ模様のなかの『富士見参!』となった今回。


神社には、実に多くのミステリーがあります。
伝承も、ちょっとその奥を垣間見れば、すぐにたくさんの矛盾があることに気づきます。

例えば…
なぜ、女神に戦勝祈願…さて?





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過去の施術・1

2016-05-02 | 施術


たとえば、どのような鎮静効果を持つ薬を処方されても症状が改善、どころか全く軽減することすらなかった肋骨が折れんばかりに続く咳が、瞬間でピタッと止まることもあります。

これも、たった一度、それも特定の個人だけならば、

“そんな偶然、あるかもしれないね

…で、済ませてしまえる話かもしれません。

しかし、それも数名単位になると、多少

“偶然…がそんなに続くかな

というくらいの気分には、なるでしょうか?




確か、2003〜4年であったか(僕は、施術を逐一記録として残すことをしないので、時期は多少アヤしい…)。
当時、少年野球に励む小学6年生だった彼は、学校で多少イジメに遭ったりしていた時期でした。
生来の喘息に加え、皮膚にも湿疹が出るなど、身体症状もかなり深刻に出ており、ちょうど彼の弟がいわゆる受け口(下顎が上顎よりも出た形状の口)で施術に来ていたこともあり、縁あって僕に相談の依頼がありました。

まあ、そのイジメの問題自体は、彼自身の問題の捉え方やその一人一人への思いの在り方が変わったらば、ほどなく終焉を迎えました。
その終焉を迎えた後か迎えない時期だったかは思い出せないのですが、もっとも大変だったのは、実は喘息の症状でした。

母親が「〇〇が死んじゃう」とパニックを起こすほどの、強烈な発作が連日起きる。
いまであれば、その起きるメカニズムもその度合いも意味はわかりますし、対応もできます。
けれど、その当時はボクも一般的な医学知識と身体均整法や整体の知識と技術で対応するしかなく、毎回対症的にアプローチして、とりあえず楽になってもらう、ということしかできませんでした。

ただ、この時期すでに芽生えていた、ある発想はありました。
その発想が、確信に変わる出来事が、ほどなく起こりました。



当時、彼の母親から聞いた話では…

その日は日中、彼が激しい咳をしていたそうです。
折しも、その日は少年野球の練習日。
彼は野球は好きなものの、喘息のある子どもにありがちな面倒くさがり屋のところも強烈にある子でした。
時折、症状を出しては休むこともしばしば。

そのあたりの事情も知っていたボクは、彼の母親にはこのように伝えてありました。

「発作が出て『行かない』と言ったら、首に縄つけてもいいから練習に行かせてください」

…こう言っても、なかなかできる母親はいないのですが、その方は忠実に実行しました。
結果、どうなったか?

「もういい

と激しく憤慨して、練習に一人で向かったそうです。
その瞬間まで、激しく、まさしく肋骨が折れんばかりであった咳は、その瞬間にピタッと止まったまま・・・。
…帰りは、憤慨しながらも普通に帰ってきたそうです

「ホントに、ピタッと止まったんです

そう、驚きとともにご連絡頂いたことを、今でも覚えています。




これ以降も、思春期を迎え、何かあるごとに喘息発作は起きるものの、それ以前の激しさには遠く及ばない程度。
野球も、高校、大学とピッチャーでキャプテンを務めるなど、気まぐれながら、要所要所を押さえる持ち前の性格で、楽しいキャンパスライフを送れたようです。
その成長に合わせるかのように、喘息の発作は起きなくなっていきました。

その彼も、大学卒業後、某大手薬品の製造・卸の会社に就職。
連日深夜まで働くも、充実した日々を送っているようです。

(余談ですが…
喘息やアトピーを激しく発症することができるヒトは、それだけに体力があります。
経験のある方はわかると思いますが、咳をすると、けっこう体力使いますよね?
腹筋が痛くなるし…。

ボクは、発作時のその一連の身体的現象を、「運動」と捉えています。
彼には小学6年から大学卒業まで、一貫して発作が起きた時はその「運動」をが速やかにピークを迎えるよう、アプローチしていました。
その結果、人一倍根本的な体力が身についていることは、間違いないところです。)




…このことがあってから、ボクの「喘息」という現象への認識は、それまでとは変わりました。
というよりは、「病」という現象への認識そのものが変わった、といってもよいかもしれませんね。
おぼろげながら思っていたことが確信に変わった、といってもいい。




つい昨年も、上の彼と同様かそれ以上に激しい咳をして来室する男性(30代)も、その場でピタッと止まりました。
彼も、どのような薬も効果を発揮することはない方で、どのような治療も効果がない、とボクに自慢していたほどでした

もちろん、ボクにとってピタッと止まることは確信なので当然の現象。
…とはいえ、一般的には“偶然”といわれてしまうのでしょうけれど

その後、少なくともボクの前で、その男性が咳をすることはありません。
いや、「できなくなった」という方がより適切でしょうか



さて、最後に書いておかないとですが…

施術は、一般にいう「治療」ではありません。
また「病の治癒を目的とした治療行為」は、医師でもないので致しておりません。

どのような「病」も、結局は自分自身の力でのみ治るものです。
そのキッカケが、薬であろうと、暗示であろうと、何か特別なスピリチュアルエネルギーであろうと。

そのあなた自身の力をサポートする一つ、キッカケの一つが「施術」です。


どのような理解しがたい現象も、そこにはそれが起きるなりの理由があり、メカニズムがあります。
起きることのすべては必然的に起きるのですから、当たり前ですね。
その必然は、ほんの一瞬、たった一つの言葉で起きることもあるでしょうし、何十回もの回数と多くの技術を要するのかもしれません。

もちろん、何も起きないことだって、必然ですね。
これは、どのような奇跡的な治癒であれ、ヒーリングであれ、同じことですが。




では



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第4期指南塾 始動!

2016-04-12 | 神社おそうじ隊 2016


『第4期 指南塾』
2016年4月10日に、始動となりました。

こちらにあるように、第3期までとは方針も内容も一新。
僕自身が修養してきたことやそのなかで気づいてきたこと、また施術者として20年の間実践を重ねてきたなかで洗練してきた体や心、気などについてのあれやこれやが、1年間12回のなかで、これからコンパクトに展開されていきます。

初回となる今回は、「体・心・気」についての『TAMURATIC.』的解釈のガイダンス後に、クリスタルマンダラの実践。
ほとんど知識も先入観もないままに行うことで、こういった方法はより本来の機能を果たします。



そして、「立ち方」。
行住坐臥、なにげない日常の立ち居振る舞いに、この現実を生きる「私」のすべては反映されています。
どのように立ち、座り、歩き、臥すのか…こういったところに目を向けることは、意外と貴重な機会ではないでしょうか。

ともあれ、「第4期」として入塾いただいた皆様。
これから1年間、よろしくお願いいたします


そして、午後は1〜3期の方々の実践の場。



初回となる今回は、実践的『TAMURATIC.』のメソッドの概略と『精査』
いまここに何をしに来ているのか…様々な意味で確認できたのではないでしょうか。



『第4期指南塾』、とにもかくにも活動開始。
よろしくお願いいたします。


おまけ



今回、会場とさせていただいたのは、「サロン・ド・クロノ」
2期生でもあるクロノさんには、お茶を始め、いろいろとお気遣いいただきました。
本当にありがとうございました

また、上のようなポーズで、場面場面で和ませていただいた、クロノさん宅の
実におだやか、かつ生まれながらに達人(ネコ?)の風格すら漂わせています




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