『地水火風空』

【プラネタリーワーク】のブログ

『TAMURATIC.』ウェブサイト リニューアルのお知らせ

2016-08-05 | 所感
9月末くらいまで、要するに丸20年経過したのちにアップしようと思っていたのですが・・・
そういうこだわりも、もうどうでもいいかと思いまして・・・

『TAMURATIC』

リニューアルしました。
サイトにも掲示してありますが、予約機能は、まだ試験中なので機能しませんのでお気をつけください
ちなみに料金は、予約機能が稼働後の料金です。
それまでは現行のままですので、了解ください。

これからいくつかの記事を入れていくことになります。
ただ現時点で外枠というか、概要はこれで伝わるかな、と。

スマホでももちろん快適に動作すると思いますが、PCでの閲覧もオススメです



では、よろしくお願いいたします。











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子供さんの熱と心身の関係について

2016-08-01 | 施術
今年の9月で、おかげさまで開業から丸20年が経過します
20年という月日は、人間の生という枠組みの中で考える場合、決して短い期間ではないですよね。
まずは、どうにかこうにかやってこれたことに、心から感謝したいと思います。

そして、この20年というのは、世の中的に見てもかなり移り変わりの激しい時期だったように、思います。
これはいろいろなところで言っていますが、20年前は「気」や「チャクラ」「オーラ」なんて、口に出すだけでもいわゆる“イタい”人扱いでした。
まあ、いまでも、ある層から上の世代ではこの傾向はあまり変わってはいないようです。
けれど、そういう世代の方々すらも、自分たちの「常識」の外にある様々な事象に触れることも、その気持ちさえあれば容易な時代ではありますね。



さて、僕自身、この20年という年月が経過するいまを、一つの「節目」だな、と捉えています。
極めて個人的に、ですけれど
2014年末に、生というものへの気づきとともにあるアイデアが浮かび上がった時もそう思ったのですが…
それが熟成するまでにこれくらいの時間は必要だった、ということでしょうか…うん、そういうことにしておこう

これまでの方針、施術の在り方、対応の仕方…あらゆる面で、ですね。
いまの、この施術空間(一応、オフィスと呼んでいる)の在り方なども、です。



そういうなかで、たとえば小児、お子さんの施術、心身のケアというものを、よりキメ細やかにやっていきたい、という思いが一つにはあります。
これは長年、温めてきたプランの一つでもあります。
もちろん、これまでもお腹の中にいる頃(胎児)から赤ちゃん、幼児、小学生…と、様々なシーンで調整の機会はいただいてきました。
さらにキメ細やかに、ということですね。



僕の整体技術のベースは、身体均整法、そして野口整体という、日本的整体のなかでも知る人ぞ知る二大潮流にあることは、このブログをこの時点で読んでいただいている方々はご存知かと思いますが、このどちらも、小児への手当て、施術の技術というものが数多く組み込まれています

野口整体は、妊娠・出産・子育てまでを一つの現象と捉えますし、さらにいえば妊娠前と産後の女性への心身両面へのアプローチも一つのごとく捉えます。
身体均整法には、よりテクニカルというか、各症状や身体現象を「歪み」という角度から捉え、多くの操法(技術)が存在します。

たとえば、「熱」という身体現象については、整体も均整もだいたい同じことを言っています。

“小児は、下痢、便秘、中毒、怪我、切り傷、骨折、肝炎、カタルなどどんな病気でも体温が上がり、熱が伴う。そして健康体でも病身でも、全機能は成長促進に向かって働いている”
“小児の病気を治すコツは、成長促進の機能を阻まないことにある。すなわち、熱は成長促進のためのエネルギーであるから、これをコントロールすることが大切で、危険でない方向へ誘導することがコツである”
(以上、身体均整法「小児均整操縦術」より抜粋)

整体の場合、大人でも熱が出たらより出させる方向に誘導します。
整体は、基本的に病気を使って人間を丈夫にしようという発想なので、熱=天然の燃焼機能を活かさないはずはありません。
…もちろん、その身体の状況を見計らって、危険のないように、というのが基本です。

僕自身の経験でいえば、熱が出ているからと大事をとって熱さましを飲ませて無理やり寝かせようとする。
これ、あんまりよくない対応の代表例なんですが、まあこれで下がって元気になればそれもいいでしょう。
けれど、ここで一旦下がってまたぶり返し、下がってぶり返し・・・を繰り返すようだと、ちょっと不安ですよね?
熱という現象だけを切り取って、そのお子さんの身体で行なわれている全体を見ない場合、このようなことが起こりがちです。

また、熱は下げていい場合もあれば、そうでない場合もあります。
これをごくシンプルにいえば、「下げた方がよい」熱というのは、それによって衰弱や消耗が甚だしい場合です。
反対に、高熱でも動き回れたり、ご飯もモリモリ食べるような熱ならば…下げる必要、ありますか?
いづれにしても、「下げる」という発想ではなく、「その熱という働きを全うさせる」という発想でいることが肝要かと思います。


後頭部への蒸しタオル、愉気(手当て)、足湯やお風呂の活用…
整体的な手当てでは、家庭でできることはたくさんあります。
ただこれらも、そのお子さんの状況によりどうすればいいかは変わるので、詳細はここでは省きます。
方法だけ得ても、その運用の仕方次第で出てくる結果も変わりますので。

また、均整ではどのような場合も「歪み」に着目します。
その歪みを調整することで、多くの場合熱は好転します。
なぜなら、成長促進を促すために出る熱であるのなら、その機能を阻む要因(歪み)が消失すれば、熱を出す必要も無くなるからです。



熱も、生きている身体の、大切な機能。
それを精一杯の力で引き出している子供の体の、その要求を全うさせさえすれば、いつしか熱も冷め、平穏さを取り戻すものです。

それが、自然というものなのでしょうから。


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『TAMURATIC.』夏期休業のお知らせ

2016-07-29 | 所感
来る

8月23日(火)〜9月13日(火)

の期間、『TAMURATIC.』の施術はお休みいたします。
また、この間メールの返信もできませんので、重ねてご了承下さいますよう、お願いいたします。

お休みとは書いていますが、ただ「休む」わけでは、ありません。
アメリカの、ある瞑想リトリートに2週間ほど参加させていただくのです。

昨年に続き、今回が2度目の参加となります。
今回は学ぶことも多く、忙しい(というか、濃い)日々になるかも、しれません。



何はともあれ、以上のような予定になっております。
その前後のご予約は、ただいま受付中です

この期間、ご不便おかけする方もおられるかと思いますが…
ご理解のほど、よろしくお願いいたします。
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2016.7.6 『滋賀・京都プチ見参!』 その2

2016-07-20 | 神社おそうじ隊 2016
  
『大将軍神社』(東山)

 
『大将軍神社』(北区・西賀茂)



『御靈神社(上御霊神社)』

平安遷都に際し、延暦13年(794)桓武天皇が平安京の守護として崇道天皇(早良親王)の御神霊を祀ったのが起源とされ(詳細は不明)、その後仁明、清和天皇時代をへて7柱が合祀。
現在の祭神は、

崇道天皇(早良親王。光仁天皇の皇子)
井上大皇后(光仁天皇の皇后)
他戸親王(光仁天皇の皇子)
藤原大夫人(藤原吉子、桓武天皇皇子伊予親王の母)
橘大夫(橘逸勢)
文大夫(文屋宮田麿)
火雷神(以上六柱の荒魂)
吉備大臣(吉備真備)

御霊信仰、古来より疫病や災厄除の霊社として知られる。



『下御霊神社』

当社は平安時代に冤罪を被り亡くなられた貴人の方々の怨霊を御霊(ごりょう)として、その当時からお祀りしてまいりました神社です。疫病災厄を退散し、朝廷と都をお守りする神社として崇敬されてきました。
(「下御霊神社」ウェブサイトより抜粋)

御祭神

本殿
 吉備聖霊(きびのしょうりょう)
 崇道天皇(すどうてんのう)     皇太子 早良親王(さわらしんのう) 桓武天皇同母御弟
 伊豫親王(いよしんのう)         桓武天皇皇子
 藤原大夫人(ふじわらのだいふじん)  桓武天皇夫人 伊豫親王御母 藤原吉子
 藤大夫(とうだいぶ)            藤原廣嗣(ふじわらひろつぐ)
 橘大夫(きつだいぶ)           橘逸勢(たちばなはやなり)
 文大夫(ぶんだいぶ)           文屋宮田麻呂(ぶんやみやたまろ)
 火雷天神(からいのてんじん)

相殿

 霊元天皇(れいげんてんのう)


「御靈神社(上御霊神社)」「下御霊神社」とも、創建年代は明らかではないのですが、しかし、どちらも中世以来朝廷や貴族の崇敬が厚いことで知られています。
「御霊信仰」という言葉が日本にはありますが、この両神社は、まさにその「御霊」を「御霊」として祀る神社です。
京都の夏の祭りは、多くが「御霊会(ごりょうえ)」です。
華やかに、賑やかに、出店がたくさん出て、夏の風物詩で…というのは、あくまでも「祭り」の表面に過ぎません。
そうすることは、本当は何が目的であるのか・・・「御霊会」という言葉には、その意味が示されているように思います。




『平野神社』

式内社 官幣大社

平安京遷都頃まで創建が遡るとされる神社で、近年の研究によると、元々は桓武天皇生母の高野新笠の祖神(桓武天皇外戚神)として平城京に祀られた神祠であったが、それが平安京遷都に伴って大内裏近くに移し祀られたことに始まると推測されている。古代には皇太子守護の性格を持ち、平安時代には例祭「平野祭」において皇太子自らにより奉幣が行われた。また、多くの臣籍降下氏族から氏神として歴史的に崇敬された神社としても知られる。(Wikipedia)

【御祭神四座】
今木皇大神(いまきすめおおかみ) 源気新生、活力生成の神
久度大神 (くどのおおかみ)    竈の神、生活安泰の神
古開大神 (ふるあきのおおかみ) 邪気を振り開く平安の神
比賣大神 (ひめのおおかみ)   生産力の神

創建当時は1.5Km四方と、御所に匹敵する広大な境内を誇っていたといいます。
現在は東西で200メートル前後だということですが、それでも相当に広いのは事実。
全国的に「桜の名所」として有名で、毎年4月に桜花祭(桜祭神幸祭)が行われています。



京都の中心部を駆け足で巡拝したカタチになりました。
この日も、ご一緒いただいた皆様、本当にありがとうございました

京都(みやこ)は、やはり「都」です。
いづれじっくり、腰を据えて、巡拝したいと、思います




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2016.7.6 『滋賀・京都プチ見参!』 その1

2016-07-18 | 神社おそうじ隊 2016

『建部大社 近江国一之宮』

式内社 官幣大社
御祭神 ヤマトタケルノミコト(日本武尊・倭武命)
8月に行われれる船幸祭で知られる。

前夜、滋賀・大津の瀬田の唐橋のすぐ近くのAさんのご実家にて、セッション。
美味しい鳥料理をいただき、そのまま現地に宿泊。
翌朝、京都に向かうその前に参拝。

相変わらず境内は掃き清められ、地元の方の参拝も絶え間ない。

一之宮というのは、一般的には「その地域(国)で最も社格の高い神社」といわれます。
しかし、こうして日本各地で参拝してみると、時に荒廃して「本当にここが一之宮なの?」という神社もあるし、また参拝者の多い「一之宮」では、時に不遜とも思える態度をとられることもままあります。

ただ淡々と、日々のお祀りに勤しむ。
『建部大社』を参拝させていただくと、その事の意味を感じさせていただきます。



『北野天満宮』

全国約1万2000社の天満宮、天神社の総本社。
菅原道真公をご祭神としてお祀りし、天神信仰発祥の地として知られる。


楼門と拝殿の間に建つ『三光門』
「星欠けの三光門」として天満宮の七不思議の一つに挙げられていますね。
副長のこの記事において、その不思議は解明。
星は、ウサギに挟まれていました。


   




『大将軍八神社』

「当社は平安京造営の際、陰陽道に依り大内裏(御所)の北西角の天門に星神 「大将軍堂」を建て 方位の厄災を解除する社として創建されたという。創建当初は陰陽道のお堂として建てられた為「大将軍堂」と称し江戸時代に入り 大将軍村の鎮守社として祀られる様になった。又、その頃からそれまでの北斗妙見信仰から太白精の信仰に移り暦神と習合して 「大将軍八神宮」とも称した。

祭神は古来の日本の神ではなく大将軍一神を祀っていたが、 明治時代に「神仏分離令」によって 神道を国教とし現在の形「素盞鳴尊、その御子五男三女神、並びに 桓武天皇を合祀」となり、御子八神と暦神の八神が習合して以後社名は「大将軍八神社」という。

祭神を素盞鳴尊とした理由は 、 1433年伏見宮貞成親王の日記「看聞御記」より、大将軍堂は1340年から約100年の間祇園社 (現 八坂神社)の管理下にあった。 八坂神社の祭神が素盞鳴尊であり、 その神格が大将軍神と似通っている事から関連付けられたと思われる。」
(「大将軍八神社」ウェブサイトより抜粋)




『今宮神社』

中御座 : 大己貴命(おおなむちのみこと)
東御座 : 事代主命(ことしろぬしのみこと)
西御座 : 奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)

「当社地には平安建都以前より疫神(えきしん)を祀る社があったといわれる。建都ののち平安京が都市として栄える一方で、人々はうち続く疫病や災厄に悩まされ、これを鎮めるため神泉苑、御霊社、祗園社など各地で盛んに御霊会(ごりょうえ)が営まれた。今宮社の紫野御霊会もその一つである。すなわち、一条天皇の御代正暦五年(994)六月、当社地の疫神を二基の神輿に齋いこめて船岡山に安置し、神慮を慰め奉って悪疫退散を祈った。これが紫野御霊会であり今宮祭の起源である。」(「京都神社庁」ウェブサイトより抜粋)

通称「玉の輿神社」。

あぶり餅、食べ損ねました…



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