★★工場案内★★
★★そのほか★★
2023卯年の寅さんカレンダーもついに最後の一枚を残すのみ
かー!早い
紙風船を持っていると言う事は「第28作男はつらいよ寅次郎紙風船」かな?
・・・もう、わかんねー
ちなみに28作のロケ地日田夜明駅と福岡秋月城跡はロケ地巡り目的で行った。「聖地巡礼」は寅さんというわけだ。わはは。
とくに秋月ではマドンナ音無美紀子と別れる場所が印象に残っている。
人で賑わっている今じゃ考えられないくらいひなびた場所であったな。
11月
寅さんは実家の「くるまや」に帰って来た時は「はんてん」を着て食卓を囲む。そこで「寅のアリア」が抒情的に、時に仰々しく繰り広げられるわけだ。
シリーズ後半、社会人になり物の売り方がわからなくて(営業できなくて)悩んでいた甥っ子満男に対して「鉛筆の売り方」を指南、披露する場面はまさしく「寅のアリア」であった。シリーズ後半屈指の名場面ですな。
・・・でも何話だったか忘れた。ちぇ。
ちなみにシリーズ後半までは実家の団子屋は「とらや」であった。
これについては物語が実際の地域をモデルとしている背景も踏まえ、制作側の思惑があってのことだと考えられる。長年親しまれた屋号がいきなり変更されていたが、その件に関しては劇中全く触れられていない。
だから「くるまや」になってからの作品数は少なくても「寅さんちの団子屋はくるまや」と言う認識でいいのだろう。
10月
「ほら見な、あんな雲になりてえんだよ」
うーむ、寅さんが言うと何故しっくりくるのか。
真冬でも素足雪駄履きの寅さんだが、14歳で家出して20年ぶりに「とらや(くるまや)」に帰って来た第一作目は革靴でした。
家族の面々に挨拶もそこそこ、何やら怪しい商品をおいちゃんに売りつけようとしたのだった。
(記憶違いだとしても訂正はしない)
9月
男の勲章なあ・・
満男にだったか、勢いよく言い放った場面がおぼろげに浮かんでくるが、よく覚えていない。ちぇ。
それにしても早くも9月だ。
8月 早いですねえ
「仕事ってのはね、何しても楽なものってのはないんだよ。」
学生時代の満男に言ってたような気がする。
早いですねえ 7月
それを言っちゃ、おしまいだよ。
使用例
「車検や点検してても車が悪くなったりするじゃねーか」
「それを言っちゃあ、おしめえだ!するってえと何か?健康診断受けてる人間はだ、生きてる間は病気やケガをしないのか? パチーッ!と目を見開いて、健康なまま人は死ぬのか?」
・・・なんか違うような気もするが大体こんな感じです。
6月
「やっぱりね、真面目にね、
こつこつこつこつやっていきゃ、
いつかは、芽が出るんだから。」
・・・こういう言い回しは道徳的であっても、アドバイスにはならないと思う。
あ、真面目に考えちゃった。
5月
この写真、と言うかこの光景は劇中のどこかで見たことがある。と思って作品を調べた。
第37作「男はつらいよ 幸福の青い鳥」ロケ地福岡県飯塚市嘉穂劇場での1コマ。
・・ちなみに間違っていても訂正はしない。
やはり寅さんが上着をまくって腰掛ける姿はグッとくる。所作に品がある。
第29作「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」マドンナかがり(いしだあゆみ)宅の近所の波止場で見せた腰掛け方なんか物凄くグッとくる。・・・わしだけかも。
4月
お前、さしずめインテリだな?
それじゃ余計にモテないよ。
第2作「続・男はつらいよ」の医者(山崎努)に言い放った言葉だったか・・。
うーん、忘れますわな。
2作目はマドンナ佐藤オリエ氏が健康的で人懐っこくて可愛らしかった記憶だ。
彫刻家佐藤忠良氏が父だとはびっくり。
ちなみに私が家で「男はつらいよ」を観ている時、家の者は決まって
「これじゃあ、男はつらいよじゃなくて、さくらはつらいよじゃん。さくらのほうが何倍も苦労しているのだ!!」
と言っていた。
ぐうの音もでらん
3月の寅さん
後期劇中は帽子のつばを上げている。
当時はつばの長さがちょうど良い帽子が見当たらず、撮影用につばを短くした帽子をあつらえたと山田監督が言ってた記憶がある(記憶違いかもしれない)
ちなみに渥美清の手術跡が見えないように胸元を詰めたダボシャツもあつらえたと山田監督が言ってたような記憶がある(記憶違いかもしれない)
つまり寅さんが着ている物は全て特注の高級品であるね。
朝7時
いつものことだが曜日の感覚が鈍い。
今日みたいな「週末金曜」はまだいいが火曜から水曜、水曜から木曜辺りがあやふやだ。
とりあえず意識してカレンダーに向く
うーむ、寅さんにっこり。おはよう寅さん
「私生まれも育ちも葛飾柴又です。
帝釈天に産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。
人呼んでフーテンの寅と発します。」
おなじみの口上が書いてあります。
「帝釈天に」か。ここら辺が小粋だ。
というわけで今日も頑張ります!
男はつらいよ40周年は良かった。
しかし数年前の50周年過ぎた辺りから、おや?一体いつまで商業活動するのか?と脳裏をよぎる事チラホラ。
そんなことをしなくても十分語り継がれる映画なのだ。
今はただ、頼むから60周年などしないでくれと願う日々をうち過ごしております。
店主 拝
本来ならば「中小零細の・・・」と言った方が。
博独立騒動から始まり、ついていけない印刷技術革新問題そして外国人労働者や地上げ問題など、映画の中で朝日印刷は時代を写していたのだ!
と言うか今と変わりない問題だな・・。
お調子者で気苦労耐えない性格に加え、シリーズ後半は娘の明美にも手を焼くことになる。
「生涯ヲカケタ金策に走ル」などと偉そうに書いてあります。・・全く思い出せん。
今ならその気持ちがわかるぞ!梅太郎!