大倉草紙

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【京都】 賀茂別雷神社 (上賀茂神社)

2008年07月10日 08時11分37秒 | 旅 - 京都府
6月14日(土)
当日の行程:(京阪・出町柳駅) → (京都バス・出町柳駅前~大原) → 【三千院】【来迎院】 → 【音無の滝】【実光院】【勝林院】【宝泉院】【寂光院】 → (京都バス・大原~御陰橋) → 【下鴨神社】 → (京都市バス・一本松~上賀茂神社前) → 【上賀茂神社】


【賀茂別雷神社(上賀茂神社)】 (世界遺産)


          
                 一の鳥居

上賀茂神社の一の鳥居をくぐると、奥のほうに二の鳥居が見える。
一の鳥居から二の鳥居までの間は、芝生が敷きつめられている。
競馬が行われるのは、この芝生の上だろうか。
家族連れが休日を楽しんでいて、公園のようだ。


   
              「ならの小川」の歌碑

二の鳥居の手前に、百人一首の藤原家隆の歌碑がある。
「風そよぐ ならの小川の 夕暮は みそぎぞ夏の しるしなりける」
これは、神職が禊を修している情景を詠んだ歌で、この歌碑の後方には、「ならの小川」が流れている。

ならの小川では、子どもたちが遊んでいた。
近所の子どもだろうか。
小川に棲む魚の種類をよく知っていたり、葉っぱの裏側に蛍が隠れていることを教えてくれたりと、なかなか頼もしい。
子どもたちの一人が何かを見つけると、歩くのがたどたどしいほどの小さな子も、木の幹を身体全体でよいしょと跨ぐというより乗り越えて走っていく。
じつに逞しい。
神社を詣でて、思いがけずよい光景を目にし、おまけが付いてきた気分だ。


   
              細殿(重要文化財)

二の鳥居をくぐると、目の前に細殿がある。
細殿の前にある円錐形に盛られた砂は、立砂という。
これは、上賀茂神社の祭神である賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)が降臨したといわれる「神山(こうやま)」をかたどったものといわれ、神を招き降ろす神籬(ひもろぎ)の一種なのだそうだ。
神山は上賀茂神社の北方にあり、参拝者の駐車場から望むことができる。
本殿の特別拝観の際にうかがった話では、現在では禁足地になっているとのこと。


   
               樟橋(くすのきばし)

この橋、石橋に見えるけれど、実は樟の化石。
渡れば長寿になるという伝説があることから、「長寿橋」とも呼ばれる。


          
              片岡社(重要文化財)

片岡社は、上賀茂神社の第一摂社。
祭神は、賀茂玉依姫(かもたまよりひめ)で、賀茂別雷神(上賀茂神社の祭神)の母にあたる。
賀茂玉依姫には、ならの小川を流れてきた丹塗矢を拾い、持ち帰ったところ身ごもったという伝説がある。
そのことから、縁結びや安産の神として祀られるようになったという。

紫式部もこの片岡社を訪れていたそうだ。
新古今和歌集には、紫式部の次のような歌がある。
「ほととぎす 声まつほどは 片岡の もりのしづくに たちやぬまれし」

お社には、五色の鈴の緒が2本。
二人で祈願することができるようになっている。
この御鈴(みすず)は、源氏物語千年紀を迎えるにあたり、昨年の12月末に付けられたらしい。


  
    楼門(重要文化財)          西局から楼門を望む

楼門の手前には玉橋(重要文化財)が架かっているが、渡ることはできない。
楼門の向こうに、中門が見える。


   
              中門(重要文化財)

中門の前の階段を登ったところで、本殿のほうへ向かって参拝することができる。
以前は本殿は公開されていなかったようだが、現在は、「国宝・本殿特別参拝とご神宝の拝観」が行われている。
そのタイトルの通り、本殿や権殿の参拝とご神宝の拝観ができる。
ご神職による解説は、丁寧で、非常に分かりやすいものだった。
賀茂玉依姫のお話、賀茂別雷神のお話、神山のお話、桧皮葺のお話、式年遷宮のお話、どれもこれも興味深く拝聴した。


          
             上賀茂神社の御朱印


それにしても、賀茂川沿いはいいなあ。