大倉草紙

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【京都】 大原⑤ (宝泉院)

2008年07月07日 07時42分53秒 | 旅 - 京都府
6月14日(土)
当日の行程:(京阪・出町柳駅) → (京都バス・出町柳駅前~大原) → 【三千院】【来迎院】 → 【音無の滝】【実光院】【勝林院】【宝泉院】【寂光院】 → (京都バス・大原~御陰橋) → 【下鴨神社】 → (京都市バス・一本松~上賀茂神社前) → 【上賀茂神社】



          
                宝泉院の山門

勝林院の西側、すぐ近くに宝泉院の山門が見える。
細い道の傍らには、「法然上人腰掛石」がある。


    
                 お茶とお菓子

拝観の受付をして客殿へ。
すると、お茶とお菓子を運んで下さる。
お菓子には、「宝泉院」の文字が。
美しい庭を楽しみながら、いただく。


    
                  額縁庭園

客殿の西側は、柱を額縁に見立てて庭を観賞するようになっている。
柱がうまく写っていないなあ。
(写実的な)美しい絵を見ると、「まるで写真のように美しい」といい、美しい風景を見ると「まるで絵のように美しい」というけれど、なんでだろう。
そしてここも、まるで絵のように美しかった。


    
              客殿から見た五葉の松

客殿から見える庭は、「盤桓園(ばんかんえん)」という。
「盤桓園」とは、立ち去りがたいという意味を込めているとのこと。
「盤桓」だから、うろうろと歩き回ることができてもよさそうだが、こちらの庭は眺めるだけ。
客殿の南側には、樹齢700年の「五葉の松」がある。
実に見事な枝ぶりだ。


    
                  水琴窟

盤桓園の西側の隅には、理智不二(りちふに)という名の水琴窟がある。
竹筒に耳を近づけると、癒しの音を楽しめる。


    
                   石盤

宝泉院は、魚山声明の中心である勝林院の住職の坊。
この石盤は、宝泉院の住職が音律を調べるために使っていたもの。
サヌカイトでできている。


          
                 血天井

慶長5年関ヶ原合戦前、徳川の忠臣・鳥居元忠以下数百名が、豊臣の大軍と戦い伏見城中で自刃した。
客殿南側の縁側の天井には、武将たちが自刃した床板を使い、供養している。
顔、足、烏帽子が見えるということだが、言われてみてなんとなく分かるくらい。
血天井の血痕は、京都西加茂の正伝寺に伝わる元忠一党らの血天井の血液反応を調べたところ、時代が一致することが確かめられているらしい。


     
    客殿の外から見た五葉の松       法然上人衣掛けの石


     
                     宝楽園

宝楽園は平成17年3月に宝泉院境内南側にできたばかりの庭。


          
               宝泉院の御朱印