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ハイサイ!! うちなぁぐち vol.14  比嘉光龍

2009年06月29日 | 月曜(2009年4~6月):比嘉光龍さん



 皆さん、今年はうちなぁと、過去の琉球王国にとって重大な節目を迎える年だと言うのはご存じでしょうか? その理由は二つあります。

 一つ目ですが、今年2009年は、薩摩が琉球侵略をした年から、ちょうど400年に当たる重大な年なんです。
1609年、琉球は侵略を受け、与論島、沖永良部島、徳之島、奄美大島、喜界島を薩摩に奪われました。したがって、現在の沖縄県の行政区域は1609年以降の琉球王国の行政区域をほぼ引き継いだものなんですね。しかし、うちなぁではあまり、薩摩侵略の事実は知られていません。1609年からうちなぁんちゅは自主独立という考えは奪われてしまったのではないでしょうか?1609年に何が起こったのか、うちなぁんちゅ、ひいては日本人のすべての人々は知る必要があると思います。ここをおろそかにし、また、ここをきちんと把握していないと、その後の「1879年(明治12年)」に琉球王国は滅ぼされ、沖縄県が強制設置された理由と、第二次世界大戦において、沖縄戦で軍民合わせ20万人が犠牲になった理由が分からなくなります。
それらのすべては1609年の薩摩侵略が起点となっていると言っても過言ではありません。それほど1609年というのは、うちなぁんちゅにとっては、とても重要かつ、とても重大な年なのです。

 この事実をきちんと直視するのは、うちなぁんちゅにとっても、日本人にとっても、つらいでしょうが、だからと言って臭いものにふたをして置くことをずっと続けていくと、最終的には大きな問題を抱え込むことに繋がっていくと思います。
もう400年になりますが、この歴史的事実に関しては、うちなぁんちゅも、また、薩摩である鹿児島も、また、日本も、現在の友好的な日本国のなかで、そんな過去のことは持ち出さないでおこうと黙っているような感じがしてなりません。現在、日本の国内では、沖縄県民だから、鹿児島県民だから、東京都民だからと差別する時代ではもうなくなっています。日本国民、北から南まで、みな仲良しでしょう。こういう時代だからこそ,あえて、私は言いたいのです、1609年のことを皆で考えようと。仲が良い時だからこそ、本当の意味で話合いが出来るのではないでしょうか?いったん仲が悪くなってしまうと、多分、話合いをするのは難しくなるでしょう。逆にこじれるかもしれません。1609年の歴史についての話合いがあちらこちらで持たれ、また学校教育でも教えられ、うちなぁんちゅならば誰でも知っている歴史にして行く必要があると私は思います。

 二つ目ですが、実は、今年の2月19日に、あの世界遺産で有名な「ユネスコ(国連教育科学文化機関)」が「うちなぁぐち(おきなわ語)」を「方言ではなく言語」として認めたのです。詳細はこちらを見て下さいhttp://www.asahi.com/national/update/0220/TKY200902200176.html?ref=rss

 これは大変なニュースです。「1879年(明治12年)」の沖縄県強制設置以来130年になりますが、1879年以前は薩摩が裏で支配していたにも関わらず、仮にも独立国家「琉球王国」として、アメリカやフランスなどと修好条約を結ぶほど、世界が認めていた独立国家でした。琉球王国は舜天という人が王様になったと言われる、1187年から日本に完全に滅ぼされる1879年までの692年間、独立国家として地球上に存在していました。それなのに、1879年から現在までのたった130年間で、琉球王国の言語である「おきなわ語」は「おきなわ方言」と格下げされ、また良くない言葉として徹底的に弾圧され、今では、ほぼ滅びかけています。しかし、世界の機関である「ユネスコ」は援助の手を差し伸べてくれました。なんと「おきなわ方言ではなく、おきなわ語」だと認めてくれたのです。ユネスコによると「これらの言語が日本で方言として扱われているのは認識しているが、国際的な基準だと独立の言語と扱うのが妥当」とコメントしました。
つまり、うちなぁや日本ではまだまだ、方言扱いだが、世界は言語として今後あつかうということです。

 これは、大変なニュースです、今年一番どころか、沖縄県が強制設置された1879年以降の歴史でこれほどの大ニュースはないと思います。しかし、うちなぁではほとんど知られていませんし、報道機関もほとんど取り上げていません。悲しくなりますが、しかし、今後のうちなぁの歴史に刻まれる年になったことは事実でしょう。

 この大ニュースを取り上げてくれた報道番組がありました。それはTBSの「NEWS23」という番組です。私の特集を組んでくれて、うちなぁぐちの復興に取り組む比嘉光龍(ふぃじゃ ばいろん)さんと、今年の3月に放映されました。全国放送ですので北から南まですべて同じ時間で見れましたが、ちょうど放映された夜の11時に仙台の知り合いからテレビに出てる!と電話がありました。

 私は今年からうちなぁ、また日本の歴史は変わって行くと思うんです。ユネスコが言語として認めたという大ニュースと、昨今のご当地ブームはそれを象徴しているような感じがします。ユネスコは日本のなかに「アイヌ語」、「八丈語」、「奄美語」、「沖縄語」、「国頭語」、「宮古語」、「八重山語」、「与那国語」の八つの言語が存在しそれを登録すると世界に宣言しました。つまり、日本は多言語社会であり、日本のなかには日本語のほかに八つの言語が存在するということです。

 皆さんスイスという国は知っていると思いますが、スイスは四つの公用語があるということはあまり知られていないのではないでしょうか?日本の公用語は日本語の一つだけです。これでは、残りの八つの言語を話す人たちを差別することになります。早く日本のなかに日本語を含め九つの言語が存在するという事実を認め、またそれを学校教育で教える世の中になることを切に願いたいと思います。そう出来ることによって日本は本当の意味で国際的な社会になり得るのです。
今回で最後になります。今まで読んで下さって御拝(にふぇー)でーびる。




写真について
 NEWS23の取材班が私の担当しているラジオ番組「ラジオ沖縄・民謡の花束・ピリンパラン日曜日」を取材している模様。相手のアナウンサー、屋良悦子さんも一緒に。


text:比嘉光龍



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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
 (親川やいびん)
2009-06-29 16:16:40

僕もこのうちなぁの歴史、
特に1609年と1879年の事は
非常に興味があり何度も
調べたり読んだりしました。

この事実をうちなんちゅは
もちろん、うちなんちゅ以外
の方々にも知ってほしいなと
思う気持ちは同じです。

今回が最後なんて
とても寂しいです...。
くりからん光龍しんしー
を応援そーいびーくとぅ
ちばみしぇーびり!

親川やいびーたん。
返信する
ショック! (陽光)
2009-06-29 19:24:36
言語登録のことはぜんっぜん知りませんでした。ほとんどの報道機関がそのことを取り上げなかったこともショックですし、今回で終わりとのこと、光龍さんのお話がネットで読めると喜んでいましたのに残念です

うちなーぐちが、言葉としての生命力を持ったまま残るのは可能だろうかと心配しています。
資料文献としてなら、いくらでも残せると思うのです。
でも生きた言語=日常会話として残せるかは、現状ではとても難しく感じます。
琉球語は明治維新、第二次世界大戦前後でほぼ壊滅させられています。さらに、身分制度に沿って出来た言語ですから身分制度が崩壊した今、どれをどのように残すか?(尊敬語等に分類できるとは思いますが)個人の力でどこまで出来るか?
まさに危機言語だと思います。
光龍さんのおっしゃるとおり教育機関の腕の見せ所でしょうか。

知識も増えご返信までいただけて楽しかったです。記事掲載お疲れ様でした
返信する
はぁー(深呼吸&ため息) (てぃだぬふぁー)
2009-07-03 13:01:55
たまたまこのサイトを見つけて、バイロンさんの記事を読ませていただきました。
が、「2大ニュース」知ることが出来て本当によかったです!

ウチナーンチュで沖縄に住んでるにも関わらずこんな大事なニュースを知らないでいたのは恥ずかしいです。。
いろいろと調べてみたいと思います。
いいサイトを見つけたと思ったのにバイロンさんの記事が今回で終わりというのはとても残念です。

これからもご活躍御祈りしています。
返信する
また、「御行合(うぃーちぇー)」拝なびら。 (比嘉光龍(ふぃじゃ ばいろん))
2009-07-04 15:20:20
「御総様(ぐすーよー)」、読でぃ呉みそーち、御拝(にふぇー)でーびる。また、まーがなんじ、御行合さびら。

比嘉光龍(ふぃじゃ ばいろん)
返信する

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