第18話
世界初を目指して
山城と崎浜の関係は、つかず離れず、それぞれの得意分野で100%能力を発揮できるようお互いを尊重する精神が根幹にある。山城は紅茶作りに全力を注ぎ、崎浜は経営環境を整備する。「三人寄れば文殊の知恵」の3人にはあと1人足りないが、英語では同じ意味で“Two heads are better than one”(1人より2人の見方が加わればよりよい知恵が浮かぶ)といった言い回しがあり、場合によっては2人で十分なようだ。
崎浜は経営面から山城の紅茶作りをサポートしただけではなく、エンジニアとしてもその能力をいかんなく発揮した。大学院ではリニアモーターカーの原理である超電導について研究し、石油会社ではプラント設備の管理に当たった経験から、製茶工場のシステム改善に大きく寄与したのである。
例えば、日本の製茶工場を見たことがある人はすぐ分かると思うが、ひとつ一つの設備はとてつもなく大きい。これは以前にも触れたとおり、緑茶はその性質上、摘採後すぐに加工しなければならず、茶葉の収穫時期は限られているため、短期間で大量に処理できる設備が求められているわけだ。山城の工場はそれほど規模が大きくないとはいえ、機械を稼働させるには一回につき60kgもの茶葉を集めなければならない。つまり、緑茶を製造するなら問題ないサイズ(もしくはさらに大型化したほうが効率は増す)だが、紅茶の試作品作りには明らかに大きすぎる。新しい実験の度に60kgもの茶葉を使っていては、どう考えても効率が悪すぎる。
無論それならば、実験をコンパクトに行えるよう小さな設備を導入すれば済む話だが、数十万円、数百万円の費用がかかる設備投資を簡単に行える企業はそう多くはないはずだ。従業員が2人だけの零細農家ではなおさらだ。まして当時の主力商品は緑茶であり、いくら将来有望とはいえ紅茶がこの先着実に利益を生み出せるかどうか分からない。仮に銀行へ融資を依頼したとしても、「やる気」だけではそれもなかなか難しいだろう。しかし、だからこそ人間は、与えられた条件の中で可能性を見つけ出そうと努力し、さまざまな知恵を生み出してきたということもできる。山城と崎浜の場合もそうだった。
新たな設備を購入せず、紅茶作りの実験効率を高めるには2通りの方法が考えられる。一つは機械の自作であり、もう一つは加工方法を別のやり方に置き換えることである。崎浜が考案したのはこの二つを昇華させた方法だった。
紅茶の製造は主に萎凋、揉捻、発酵、乾燥という過程を踏む。「萎凋」の工程で茶葉中の水分を減らし、「揉捻」では酸化酵素を空気に触れさせて発酵を促すなど、各工程にはさまざまな意味や目的が込められているが、突きつめて考えるとすべての作業は、「紅茶をおいしく飲むため」に人類が長年かけて蓄積してきた加工手段、ととらえることができる。ということは、紅茶をさらにおいしく飲める方法があれば、もしくはもっと簡単な方法で同じ味覚を作ることができれば、必ずしも現在と同じ加工手順を踏む必要はないわけだ。
「紅茶がおいしく感じられるのはなぜだ?」
「茶葉の中に含まれるカテキン類が酸化酵素の働きで化学変化を起こし、テアフラビン、テアルビジンといった成分に姿を変える。すると、カテキン由来の渋さはほとんどなくなり、紅茶特有の風味や香り、水色が新たに生まれてくるんだ」
山城は複雑な化学式を書いて崎浜に見せた。
「それなら、方法はどうであれ、摘んできた茶葉に同じ化学変化を引き起こせば、理論的には同じ味の紅茶ができるわけだ」
例えるなら、東京から大阪へ移動するには飛行機、新幹線、自家用車、バスなどさまざまな手段があるのと同じことで、新幹線のグリーン車に乗る余裕がなければ夜行バスを利用すればいいだけの話だ。それでもグリーン車に乗りたければ、金券ショップやオークションを徹底的に調べてみればいい。
山城が茶葉の発酵原理について熟知していたことも、崎浜の着想に大きな示唆を与えた。茶葉中には4種類のカテキン成分が含まれていることや、これらのカテキン類が複雑に結合してさまざまな風味を生み出していること、結合のパターンはまだ解明されていないこと(だから発酵はおもしろい)など、山城は知っている限りのことを崎浜に伝えた。
目的はただ一つ。紅茶の発酵過程をコンパクトに再現できる装置を作ること。
「よし、やってみよう。成功すれば世界でも類をみない画期的なシステムになる」
2人は連日連夜、紅茶談義を交わしながら、「紅茶発酵システム」開発に取りかかった。
写真は紅茶の製造に使われる揉捻機
text:冨井穣
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世界初を目指して
山城と崎浜の関係は、つかず離れず、それぞれの得意分野で100%能力を発揮できるようお互いを尊重する精神が根幹にある。山城は紅茶作りに全力を注ぎ、崎浜は経営環境を整備する。「三人寄れば文殊の知恵」の3人にはあと1人足りないが、英語では同じ意味で“Two heads are better than one”(1人より2人の見方が加わればよりよい知恵が浮かぶ)といった言い回しがあり、場合によっては2人で十分なようだ。
崎浜は経営面から山城の紅茶作りをサポートしただけではなく、エンジニアとしてもその能力をいかんなく発揮した。大学院ではリニアモーターカーの原理である超電導について研究し、石油会社ではプラント設備の管理に当たった経験から、製茶工場のシステム改善に大きく寄与したのである。
例えば、日本の製茶工場を見たことがある人はすぐ分かると思うが、ひとつ一つの設備はとてつもなく大きい。これは以前にも触れたとおり、緑茶はその性質上、摘採後すぐに加工しなければならず、茶葉の収穫時期は限られているため、短期間で大量に処理できる設備が求められているわけだ。山城の工場はそれほど規模が大きくないとはいえ、機械を稼働させるには一回につき60kgもの茶葉を集めなければならない。つまり、緑茶を製造するなら問題ないサイズ(もしくはさらに大型化したほうが効率は増す)だが、紅茶の試作品作りには明らかに大きすぎる。新しい実験の度に60kgもの茶葉を使っていては、どう考えても効率が悪すぎる。
無論それならば、実験をコンパクトに行えるよう小さな設備を導入すれば済む話だが、数十万円、数百万円の費用がかかる設備投資を簡単に行える企業はそう多くはないはずだ。従業員が2人だけの零細農家ではなおさらだ。まして当時の主力商品は緑茶であり、いくら将来有望とはいえ紅茶がこの先着実に利益を生み出せるかどうか分からない。仮に銀行へ融資を依頼したとしても、「やる気」だけではそれもなかなか難しいだろう。しかし、だからこそ人間は、与えられた条件の中で可能性を見つけ出そうと努力し、さまざまな知恵を生み出してきたということもできる。山城と崎浜の場合もそうだった。
新たな設備を購入せず、紅茶作りの実験効率を高めるには2通りの方法が考えられる。一つは機械の自作であり、もう一つは加工方法を別のやり方に置き換えることである。崎浜が考案したのはこの二つを昇華させた方法だった。
紅茶の製造は主に萎凋、揉捻、発酵、乾燥という過程を踏む。「萎凋」の工程で茶葉中の水分を減らし、「揉捻」では酸化酵素を空気に触れさせて発酵を促すなど、各工程にはさまざまな意味や目的が込められているが、突きつめて考えるとすべての作業は、「紅茶をおいしく飲むため」に人類が長年かけて蓄積してきた加工手段、ととらえることができる。ということは、紅茶をさらにおいしく飲める方法があれば、もしくはもっと簡単な方法で同じ味覚を作ることができれば、必ずしも現在と同じ加工手順を踏む必要はないわけだ。
「紅茶がおいしく感じられるのはなぜだ?」
「茶葉の中に含まれるカテキン類が酸化酵素の働きで化学変化を起こし、テアフラビン、テアルビジンといった成分に姿を変える。すると、カテキン由来の渋さはほとんどなくなり、紅茶特有の風味や香り、水色が新たに生まれてくるんだ」
山城は複雑な化学式を書いて崎浜に見せた。
「それなら、方法はどうであれ、摘んできた茶葉に同じ化学変化を引き起こせば、理論的には同じ味の紅茶ができるわけだ」
例えるなら、東京から大阪へ移動するには飛行機、新幹線、自家用車、バスなどさまざまな手段があるのと同じことで、新幹線のグリーン車に乗る余裕がなければ夜行バスを利用すればいいだけの話だ。それでもグリーン車に乗りたければ、金券ショップやオークションを徹底的に調べてみればいい。
山城が茶葉の発酵原理について熟知していたことも、崎浜の着想に大きな示唆を与えた。茶葉中には4種類のカテキン成分が含まれていることや、これらのカテキン類が複雑に結合してさまざまな風味を生み出していること、結合のパターンはまだ解明されていないこと(だから発酵はおもしろい)など、山城は知っている限りのことを崎浜に伝えた。
目的はただ一つ。紅茶の発酵過程をコンパクトに再現できる装置を作ること。
「よし、やってみよう。成功すれば世界でも類をみない画期的なシステムになる」
2人は連日連夜、紅茶談義を交わしながら、「紅茶発酵システム」開発に取りかかった。
写真は紅茶の製造に使われる揉捻機
text:冨井穣
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