沖縄Daily Voice

沖縄在住の元気人が発信する

The Okinawan spirits ~泡盛百花~vol.9 稲垣千明

2009年08月26日 | 水曜(2009年7~8月):稲垣千明さん
 とうとう、やってきてしまいました。「泡盛百花」最終回。

 

【歴史の証人たる泡盛たち】



 そういえば、今さらながら、ブログタイトルの「泡盛百花」の由来については、ご説明したことがありませんでしたよね。

 「泡盛百花」の「百花」は、「百花繚乱」「百花斉放」の「百花」から付けたのですが、いろんな科目・学科を意味する「百科」という語も、ちょっぴり掛け合わせさせていただきました。

「百花」は、たくさんの花・いろんな花という意味の言葉ですが、泡盛の魅力の花々が、いろんな分野で咲き誇っていることを、ご紹介できれば…という思いを込めたタイトルだったのです。

 このブログを書かせていただくにあたって、ブログタイトルには、特に頭を悩ませました。不特定多数の方の目に触れるかもしれないブログですから、そのタイトルとなると、名前を名乗るくらいに(いえ、もしかしたら、それ以上に!)大切なのでは…と思うと、まるで子どもの名前を考える親の心境でした。

「名は体を表す」と言いますが、はたして、この「名前」は、体を表すことができていたでしょうか? ちょっと、名前負けしちゃっていたでしょうか…?

私が泡盛の世界に本格的に引き込まれたのは、修士論文のテーマとして泡盛にまつわる文化を探求しようと決めてからでした。

論文の資料収集で県内各地を巡って聞き取り調査をするところから始まったのですが、調査に出るにあたっても、ご協力くださる方がいて下さったり、行く先々でも、いろんな方々との出会いや、思いがけない展開がありました。



【先輩方と久米島で開催された「焼酎・泡盛文化フォーラム」に参加するため、船旅をご一緒させていただきました】



【泡盛の世界での大先輩にして大恩人。『醸界飲料新聞』の仲村征幸さんと「うりずん」店主・土屋實幸さん(左より)。お二人が琉球泡盛賞を受賞された際の写真】





お話をうかがわせていただきたいと思っていた方、もしくは、そうして実際にお目にかかった方が、偶然にも私の友人・知人とつながりや面識を持っていた、なんていうことは、けっして珍しいことではありませんでした。

アポイントを取ろうとしていたのに、どうしても連絡が取れずにいた離島の酒造所代表の方と、偶然、同じ船に乗り合わせていて、下船と同時に、それがひょんなきっかけで判明して、そのまま、その方が直接、酒造所までご案内下さったこと! (結局、島を離れる直前まで、その方には、すっかりお世話になりました)

現在は酒造所が存在しない離島で、特に期待もせず、ただ泡盛の流通についてでも、お話を聞かせていただければ、とお訪ねしたお宅で、かつては、その集落を含む二集落で泡盛が造られていたことを教えていただくことができた上に、なんと、そのお宅の庭の片隅には、かつて別の集落での酒造に用いられていた甕まで置かれていたこと!

南洋群島・テニアンで、戦前、泡盛の製造をなさっていた一族の方々と、調査を通じてお近づきになり、ドライブをご一緒させていただいた際、その一族のおばあちゃまが、昔馴染みの場所に立ち寄りたいとおっしゃって、向かった先が首里の酒造所! 連絡もせずに訪れたのにも関わらず、おばあちゃまと幼馴染みの先代が迎えて下さって、昔話に花が咲き、先代が昔の遊び歌まで歌って聞かせてくださったこと!




【思いがけないドライブの余禄の記念写真】



…本当にさまざまなエピソードが、泡盛調査の記録・資料の数に比例して残っています。それらのエピソードは、私にとって、記録や資料と同じくらいに大切なものです。そして、そんな蓄積が泡盛文化探求の面白みをさらに深め、私の探究心はどんどん膨らんでいく一方です。



【調査・エピソードの数だけ思い出深い写真も残っています。これらは、ほんの一部】

泡盛をとおして学べたことは、沖縄の歴史・文化のみには止まりませんでした。お話を聞かせていただいた方々のライフヒストリーからは、生き方について学ばせていただくことも多く、また、多くの方々のあたたかいお気持ちや、ご協力のもとに私の調査が進んだことから、人の縁のありがたさや大切さを、とても感じさせられました。

ブログというものの性質上、写真と共に出せる内容を選ぶ必要があったり、ご紹介したくても、割愛せざるをえなかった題材は多くありましたが、こうして、みなさんに泡盛の魅力の一部分をご紹介する機会をいただくことができたことも、本当に幸せなことだと思っています!
 
 みなさんの気持ちの中に、小さくても、泡盛の魅力のつぼみがふくらんでいてくれると、とても嬉しく思います。

 読んでくださったみなさん、コメントをくださったみなさん、本当にどうもありがとうございました!!



text:稲垣千明





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The Okinawan spirits ~泡盛百花~vol.8 稲垣千明

2009年08月19日 | 水曜(2009年7~8月):稲垣千明さん
 泡盛のさまざまな側面や、それにまつわるエピソードを、少しでもたくさん、ご紹介したいという思いで、ここまで、あれやこれやと書き連ねてきましたが、けっこう内容も多岐にわたってきたなぁ、と思いながら、ちらっと初回のブログを振り返ってみました。
 
気付けばあれから、もう7回も連載を重ねさせていただいていたのですね(今回で8回目!)。この連載も残すところ2回のみとなりました。まだまだ、あれもこれも、書かせていただきたいことは、いっぱい残っていて、その中から、たった二つだけ選ぶのは、本当に難しい!

…とテーマを選びあぐねていましたが…。おっと、いけない、いけない! 初回の掲載写真(嘉瓶)の添え書きで、今後のブログでご紹介するって書いているではありませんか! 言ったからには…

そんなわけで、今回のテーマは泡盛の器に決定です☆

泡盛の器と一口に言ってしまいましたが、泡盛を寝かせる容器から、飲む際の酒器まで、これまた、いろいろあります。

まずは、今も昔も泡盛を熟成させ続けている器・「甕(かめ)」。




これも、初回から写真が載せてありましたね(よろしければ「泡盛百花」vol.1、vol.6もご参照ください)。お土産や記念に買い求めやすい小さな甕(二升≒3.6ℓ程度)から、自宅で古酒を寝かせるのによく用いられる中くらいの甕(五升≒9ℓ程度~)、そして、酒造所などで本格的に用いられる大きな甕(一石甕≒180ℓクラス)まで、大小さまざまあります。

次に同じ焼き物仲間の酒器。こちらは形も多彩です。

◇ 嘉瓶(ゆしびん)
(写真は、「泡盛百花」vol.1をご参照ください)

 初回でもご紹介しましたが、おめでたい席に用いられる器です。もともとは、おめでたい席に出席する人が、先方に泡盛を差し入れるときに容器として使ったもので、これに入れて届け、役割を負えると瓶は返してもらえたのだそうです。泡盛が量り売りだった頃の、よそ行きの器とでもいえるでしょうか。
腰のくびれは、抱えて持ちやすいようにつけられたという説もありますが、嘉瓶のチャームポイントになっていますよね。


◇ 抱瓶(だちびん)




こちらは泡盛の水筒といったところでしょうか。かつては泡盛を携帯するための器でした。腰にフィットするように弧を描いているのが、真上から見ると、よくわかります。現在では、本来の用途を離れていますが、その個性的な形は、観賞用・インテリアとしても人気があります。


◇ 鬼の腕(うにぬてぃー)

 

名前がユニークなこちらは、昔、とっさの時の武器(こん棒?!)代わりにもなったのだとか。どっしりした形は、たくましくて、かっこいいですよね。


「猫に小判」? いえ、「猫に《鬼の腕》」


◇ 瓶子(びんしー)
(写真は、「泡盛百花」vol.3をご参照ください)

 徳利の下にラッパのような広がりが付いた形のものが、もともとの瓶子のようですが、現在では、お供えや、お祈りの際に使う華奢な瓶のことを広く一般的に、びんしーと呼んでいるようです。

 
◇ からから




これは、おそらく、みなさんが一番、身近で目にすることの多い
酒器なのではないでしょうか。県外でも、沖縄居酒屋に行くと置いてありますよね。
 中にラムネ瓶のように玉が入っていて、泡盛が空になってしまうと、お酒に浮かなくなった玉がカラカラと音をたてるから「からから」と呼ばれるなどという説もありますが、じつは玉が入るようになったのは現代になってから、とも言われていて、その由来は定かではありません。でも「からから」っていう名前の響きは、可愛らしくも思え、なんだか親しみやすいですよね。


◇ 茶家・酎家・酒家(ちゅーかー)


 
急須のような形ではありますが、泡盛用のそれは、注ぎ口が繊細にできているように思います。上等な古酒は、小さなちゅーかーから、小さなちぶぐゎー(盃)に注いで、さらに、そのちぶぐゎーから、ちびちびと舐めるように飲むのが、より雰囲気を感じさせてくれて、私は好きです。ちなみに、ちびちび飲むのは、泡盛が貴重だった時代の飲み方だそうです。


これらの焼き物の器たちは、骨董として価値があるものや、名の有る陶芸家が焼いた芸術的価値の高いものもあって、器としてだけでも、蒐集・愛好する方々が少なくないようです。

県外から沖縄観光に来られる方も、土産物店などを回る際、沖縄の焼き物にもぜひ注目してみてください。その中には、ここにご紹介したような器たちが、きっと待ちうけていますよ。もしかしたら、「花活けにいいかも♪」と手に取ってみた瓶は、泡盛の酒器だったりするかもしれません。夫婦で、旅の記念に花活け兼酒器として一緒に選んでみたりしても素敵ですよね。関心の強い方は、陶工の町・壺屋や、窯元が多く集まる読谷村を訪れてみられるといいかもしれません。

 茶道のように、器を楽しみながら味も楽しむ。お酒は、ちょっぴりしか飲めない方も、お気に入りの酒器を見つけて、器とともに泡盛を楽しんでみられてはいかがでしょうか?

 さて来週は最終回。今から、ラストを飾る内容を絞り込むのに思い悩みこととなりそうです。う~ん…これは、かなりの難題…。



 ▼ 写真撮影協力:「うりずん」/「ぱやお」泉崎店 
うりずん・ぱやおの皆さん、ご協力、本当にありがとうございました!






text:稲垣千明





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The Okinawan spirits ~泡盛百花~vol.7 稲垣千明

2009年08月12日 | 水曜(2009年7~8月):稲垣千明さん
 夏真っ盛りながら、ここのところ、沖縄も本州も、台風の影響を受けたり、雨空に包まれがちですね。カラッと晴れても、じりじりと肌を焼くような「熱さ」、雨模様でも、今度はじとじとと、うだるような「暑さ」…。いずれにしても、日本の夏は、とにかく「あつい」!

 あつい日本の夏には、やっぱり、なんといっても、よく冷えたビールが欠かせないという方が、きっと多くいらっしゃるんでしょうね。かくいう私、じつはビールって、そんなに飲めないんです。炭酸飲料を含め、泡の立つ飲み物全般、得手としていなくて、ビールも、おいしく飲めるのは、最初の一杯だけ。本当は、最初から泡盛がベストだったりします。泡盛は二日酔いもしにくいですしね。

私は、泡盛は、古酒と限らず、ストレートかオンザロックでいただくことがほとんどなのですが、泡盛にも、いろんな飲み方が♪アレンジ自在なので、そのときの気分や体調によって、飲み方を変えてみるのも楽しいですよ。暑い沖縄だけに、夏向きの飲み方も☆

県外の皆さんの中にも、泡盛を飲んではみたいものの、度数が強いイメージがあったり、水割りくらいしか飲み方が思い浮かばず、手を出しかねている、という方が少なくないのではないでしょうか? お土産でもらった泡盛を飲みあぐねている、という方とか…。

そこで今回は、簡単な泡盛のアレンジを、ご紹介してみたいと思います。


★ まずは、沖縄でも、ごく一般的なものから ★

◆ シークヮサー割り



基本は、氷を入れたグラスで泡盛を水割りにし、そこにシークヮーサーを絞り入れるだけですが、お好みによってサイダーやソーダで割ってみても♪ 生のシークヮサーが手に入らなければ、シークヮーサージュースでもいいですし、それも無ければ、身近な柑橘系のもので試してみてはいかがでしょう? オリジナルが完成するかも?!


◆ うっちん茶割り



うっちんとは、ウコンのことです。沖縄では、うっちん茶は、缶やペットボトルでも販売されていて、コンビニや自動販売機でも買うことができます。居酒屋で、家庭で、健康を気遣うお父さんたちにも人気の飲み方です。

 
★ つづいて、教わったばかりの絶品アレンジをご紹介 ★

◆ パッションフルーツカクテル

 カクテルといっても、シェーカーも不要! ついでにグラスも不要!! 「うりずん」のオーナー・土屋さんから教わった絶品カクテルは、パッションフルーツと泡盛、それに氷さえあればOK。
① パッションフルーツの上部を切り取る
② 中に泡盛を少量入れ、スプーンで中身をごとかき混ぜる。適当な量の氷を入れ、さらに混ぜれば、できあがり!

 デザート感覚で、あっさり飲めてしまいます。泡盛とパッションフルーツが、こんなにも好相性とは! 口当たりがとてもいいので、飲みすぎには、要注意です。

  
(知人が馴染みのバーにパッションフルーツを持ち込んでアレンジしてもらった泡盛カクテル・モヒート風。さすがプロの技で、さらにおしゃれです☆)


★ 私のちょっと思いつきチャレンジ ★

◆ さんぴん茶割り



うっちん茶割りがあるなら、これまた沖縄では身近にある、さんぴん茶(ジャスミンティー)で割ってみるのもいいかと。香りもいいので、うっちん茶より、女性向きかもしれません。ジャスミンティーならば、県外でも入手しやすいですよね。


◆ 黒糖入り



紹興酒に氷砂糖を入れて飲むことがあるのを思い出して、ひらめきました。黒糖の種類や泡盛の銘柄の組み合わせによって、味も変わると思われますが、黒糖の自然な甘さが、泡盛にマッチしていると思います。ちなみに私は、粗くて溶けやすい感じの黒糖を使ってみました。

 
★ 知られざる定番(?!)★

◆ ワシミルク割り




 「ワシミルク」というと、何?と思われるかもしれませんが、コンデンスミルクのことです。沖縄では、けっこう流通の歴史が古いようですが、一番おなじみだったコンデンスミルクがEagleという銘柄のもので、缶にワシのイラストが描かれていたことから、今でも沖縄ではコンデンスミルク=ワシミルクが一般的です。



今回、この缶を買うにあたって県内某大手スーパーの陳列棚の商品名を見ると、しっかり、そこには「ワシミルク」と打ち込まれていました。
 ワシミルク割りは、私の今までの調査では、主に沖縄本島南部の糸満と宮古島の年輩男性に好まれている飲み方のようで、両地域に、かつて漁業面でのつながりがあったとされていることから、漁師さんの間で流行したのかも、などと想像しています。
どの程度の比率で割るのかというところまで、教わる機会は得ていないので、自己流で適当に割ってみましたが、カルーアミルクのミルク版(?)と思っていただければいいでしょうか。想像していたより飲みやすくて、氷多めにすると夏場は、ちょっとかき氷気分を味わえるかもしれません。ちょっとクセになってしまいそうです。
戦後の、砂糖などがまだ貴重だった時代、ワシミルク缶は米軍の統治下にあった沖縄では入手しやすかったのでしょう。気分的には、そもそもぜいたくな飲み方だったのかもしれませんね。


 ほんの一例しかご紹介できませんでしたが、このように、泡盛もいろんなアレンジが可能ということを知っていただければ、きっとチャレンジしやすくなるのではないでしょうか?
 そのままの泡盛を味わってみるのもさることながら、ぜひ、ご自身のアイディアで、いろんな飲み方にチャレンジしてみてください。皆さんも、おすすめの飲み方があれば、お教えくださいね。

 それにしても、今回、写真を添えるために一度にいろいろ作ってしまったので、これを全部飲むのはひと仕事かも…?(笑)





text:稲垣千明





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The Okinawan spirits ~泡盛百花~vol.6 稲垣千明

2009年08月05日 | 水曜(2009年7~8月):稲垣千明さん
 このブログでは、前回まで泡盛の歴史や文化的背景を主に紹介してきましたが、
やはり「今の泡盛の様子についても知りたい!」という方が少なからず…
いえ、きっと大勢、いらっしゃると思われます。
そこで今回は、現代泡盛事情について、消費者の段階別に、かる~く紹介して
みたいと思います。


 Stage#1

 「市販の泡盛を、晩酌に飲んでいる」

 沖縄では、スーパーマーケットやコンビニなどでも、瓶詰めはもちろん、
紙パックやカップの泡盛まで、気軽に求めることができます。紙パックや
カップの泡盛には、水割り状態で売られているものもあって、買っても手を
加えずに、そのまま飲むことができます。値段も手ごろなものが多くあるので、
家庭内での酒代を抑えるために、紙パックや一升瓶の安い泡盛は、なかなか
活躍しているようです。


 Stage#2

 「泡盛を飲みくらべている」

 常に何本かの泡盛が買い揃えてあり、飲みくらべたり、自分の好みの味を追求している…、
となると、もうこれは立派な泡盛好きです。
こうなると、流通量の少ない酒造所の泡盛や、新商品まで気になってきます。
飲みくらべているうちに、「こだわり」も生まれてくるようです。




 Stage#3

 「泡盛のコレクションがある」

 大半の方が、Stage#2を経て、ここにたどり着くようです。珍しい泡盛を手に入れると、
もったいなくて開けられなくなり、未開封のまま置いておいたり、さらには
瓶のまま熟成させて古酒にすることを、もくろんで、それ用に買った泡盛をストック
するなど、パターンはさまざまですが、飲む楽しみよりも、集めたり熟成させる楽しみが
上回ると、おのずとコレクションが増えていきます。



未開封の古い泡盛。希少価値が高くなり、オークションで高値が付くことも! 
右の二枚はオークションに出された年代物の泡盛たち。


 Stage#4

 「甕(かめ)入りの泡盛を購入して熟成させている」

 瓶のコレクションに飽き足りず、甕入りの泡盛を所有するようになると、
もう、マニアです。
望んでも、現代の居住環境の中で甕を持つのは、なかなか難しいことですが、
瓶より熟成がたしかな甕に入った泡盛を、自分のものとして持ちたいという衝動に
かられるのは、マニアの域に入られた方に共通する症状(?!)のようです。

 
30数年を経て、これから初めて口を開かれようとしている甕入りの泡盛。
保管状態によって、熟成の具合が大きく左右されるので、出して味を見るまで
ドキドキです。運よく、その場面に立ち会った私もドキドキ…。


 Stage#5

 「オリジナルの甕入り泡盛を熟成させている」

 ここまでくると、泡盛マニアの最高到達点です。気に入る甕を求めて、あちこちに
足を運び、そうやって「これ!」と決めた甕に、こだわりの泡盛を詰め、「仕次ぎ」という古酒(クース)泡盛の伝統的な管理の方法まで自分でこなし、まるで、
わが子の成長を見守るようにして、泡盛の熟成を楽しまれている方々がいらっしゃいます。
詰める泡盛を数銘柄ブレンドし、中身までオリジナルになさっている方も少なくないようです。

 




物の流通がゆたかになった現在では、Stage#1、2、3、4の消費者の方々は、
案外、県外にも大勢いらっしゃるのかもしれませんね。本当の泡盛マニアの方は、
飲みに来られてしまったら大変だということで、明かさないことも常だとか。
沖縄にも、昔からそんな話があったとか。これは時代が変わっても、変わらない
事情のようですね。もしかしたら、みなさんの身近にも、「じつは自宅に泡盛が…」
という隠れ泡盛ファンの方が、いらっしゃいませんか?



これは番外編! 自ら捕獲したハブに処理をほどこして泡盛につけた自家製ハブ酒だそうです。
捕獲にも処理にも高い技術が必要とされるので、くれぐれも真似されませんように…。 



text:稲垣千明





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The Okinawan spirits ~泡盛百花~vol.5 稲垣千明

2009年07月29日 | 水曜(2009年7~8月):稲垣千明さん
 最近では“エコ”という言葉を聞かない日は無いくらい、
世の中、環境問題に敏感になっていますね。私も“エコ”な生活を
目指したいと思いつつも、たいしたことはできずに“エゴ”の範囲内
程度のことしかできずにいます(苦笑)

 でも、エコって、今でこそ、意識したり努力しなければ達成できない
ことですが、昔は、日々の自然な生活がエコそのものだったんですね。
便利な生活を手に入れた反面、努力をしなければ環境にやさしくできなく
なってしまったのは、皮肉な結末だったかもしれません。
泡盛造りや、泡盛にまつわる文化について調べるうちに、そんなことを
考えさせられるようにもなりました。


かつての酒造所内に残る豚小屋の跡

  かつて泡盛の酒造所と養豚は、深いつながりがあったといいます。
それは、泡盛を蒸留した際に出る蒸留かすが、豚の飼料にとても重宝とされて
いたからです。酒造所内で豚を養うことも、珍しいことではありませんでした。
泡盛の蒸留かすを食べて育った豚は肉質が良いと言われていたそうで、人気が
高かったという話もあります。酒造所には、蒸留かすを譲り受けに(場合に
よっては買いに)、容器を持った農家の方々が並ぶこともあったとか。

 
タンクの中で発酵中のもろみ。これを蒸留すると、蒸留かすが残ります。



蒸留かすを貯めていたタンク。譲り受けに来る農家の方は、このタンクから容器に
移して持っていきました。

 また、この蒸留かすは、人間の食用にもなりました。離島のほうでは、調味料の
ように使われていた様子も聞き取ることができます。お刺身をあえたり、小ぶりの
カツオを丸ごと煮るなんていうお話もありました。こうして煮たカツオは、「骨ま
で柔らかくなって食べやすいんだよ」と教わりました。


少しだけ蒸留かすを飲ませていただきました。酸味はやわらかくて、絶妙な風味。
私には好みの味でした。


少量もらいに来る方のために瓶詰めにしている様子。
今でも、食用に欲しいと求める方がいらっしゃるそうです。

飼料になったり、調味料代わりにもなったり、泡盛の蒸留後に残ったものも、
捨てることなく活用されていたのですね。

 かつては蒸留かすのまま活用され、近年ではもろみ酢として売られている
泡盛の副産物ですが、その合間には、産業廃棄物のように扱われざるをえなかった
時期がありました。戦後の復興とともに、泡盛の製造量が飛躍的に増えた反面、
豚を養う家や農家が減っていってしまったこと、さらには衛生面や臭気を理由に、
酒造所で豚を養うこともよろしくないとされてしまったことで、行き場の無い蒸留
かすが大量に出るようになったのが、その大きな理由だったようです。

 
市街地や住宅地に近くない立地を逆に利用して、隣接する農地で昔のように
蒸留かすを活用していきたいと考えている酒造所もあります。

 近年、ふたたび、蒸留かすや、もろみ酢の利用に注目が集まるようになり、
健康ブームともあいまって、もろみ酢の人気が高まりました。副産物を無駄に
しないこと、これも“昔の当たり前”ながら、こんにちでは立派なエコ。
ブームで終わらせないで、大切にしていきたいですね。 



text:稲垣千明





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The Okinawan spirits ~泡盛百花~vol.4 稲垣千明

2009年07月22日 | 水曜(2009年7~8月):稲垣千明さん
現在、沖縄県内には47の泡盛メーカーがあります。
面積2265平方km、人口約130万人の島県には、多い軒数のように思われるでしょうか? 
いえいえ、もっと驚く数字があります。今から116年前の明治26(1893)年当時、
沖縄県内の泡盛メーカーは、なんと、その10倍近い447軒を数えたというのですから、
びっくりしますよね!

  
昔の酒造所を彷彿とさせる風景



 二回目のブログで、琉球王府が泡盛造りを取り締まっていたことを
ご紹介しましたが、
琉球処分で琉球王国が失われると、それまでの取り締まりの仕組みも
無くなりました。
そして明治12(1879)年に琉球藩から沖縄県となると、免許料を払えば
誰でも酒造が許されるようになりました。
その免許料も、それほど高額ではなかったことから、またたく間に
酒造所の数が増えたということだったようです。

 それにしても447軒は、あまりにも多い?! ご心配なく! 
そのほとんどが家内工業であったり、副業的な規模での酒造で、
一軒あたりの製造量は、わずかだったといいます。

 地方や離島で、かつての泡盛の流通や製造に関して、お話をうかがうと、
そういった酒造のスタイルに通じる内容を多く聞くことができますし、
現存する酒造所にも、そのイメージが重ねられることが少なからずあります。



与那国島の祖納(そない)集落と久部良(くぶら)集落


 与那国島には、現在でも3軒の酒造所がありますが、かつては、この軒数を
上回る酒造所があったそうです。
 西表島には、現在、酒造所は一軒もありませんが、私が現地でうかがったかぎり、
2ヵ所で酒造が行われていたようです。
 与那国島は現在、人口およそ1700人、西表島は2300人。
どちらも、現在の人口からすると、一軒あたりの酒造量が多くないとしても、
それでも、まだ、その酒造所の数は多いと感じるかもしれませんね。
でも、これらの酒造所が大いに稼働した時代もあったのです。

 
かつて酒造を行っていたという西表島の星立集落


 与那国島はかつて鰹漁や鰹の加工業、貿易などで栄えた時代があり、
当時の人口は4万人にものぼったといいます。映画館や銭湯、飲食店も
たくさんあったそうで、お酒の消費のほども想像できます。
西表島にも、かつて炭鉱労働者があふれた歴史がありました。造った泡盛を、
炭鉱まで売りに行っていたというお話も、うかがっています。


与那国島では、今でも鰹漁がさかんです

 
西表島の炭鉱跡。今はジャングル状態です。
 
 

泡盛や酒造所の歴史を追うとき、そこからさらに見えてくる地域の歴史が
あります。泡盛は雄弁な歴史の証人でもあるのです。





text:稲垣千明





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The Okinawan spirits ~泡盛百花~vol.3 稲垣千明 

2009年07月15日 | 水曜(2009年7~8月):稲垣千明さん
一足お先に梅雨明けした沖縄は、連日、真夏の空模様。
これから毎週末のように各地でお祭りが開催されます。夏から秋にかけては、
沖縄も、伝統的なお祭りの多いシーズンです。




 伝統的なお祭りは、神様へのお祈りから始まります。というより、
本来はお祭り自体が神様にささげる目的で行われたものだったわけですから
お祈り無くしては始められませんよね。そして、その神様へのお祈りに欠かす
ことができないのが、泡盛です。


目の前のお供えを喜んでいるように見えませんか?

見えづらいですが、泡盛で清められています
   
     
 昔は、地方の役人が、首里王府からの賜り物として、地域で行われた
お祭り(神事)に泡盛を奉納したといいます。
その泡盛は、お祈りが終わると、神事に列席した人たちの間を回され、人々は盃を押し戴いてから、
ほんのわずかずつの泡盛を、ありがたく味わいました。

  

 首里王府が存在しなくなったこんにち、その提供元は、今度は地域の
企業や団体などへと変わりましたが、泡盛は変わらず、お祭りに奉納されています。
さらには、お祭りを運営する資金を補うための記念販売物としての泡盛も
登場しています。時代とともに、新たな役割も生まれているのですね。

 少し観点は変わりますが、神様に供える泡盛にまつわる、大変、面白い
エピソードをひとつご紹介したいと思います。

 沖縄は国内でも有数の移民県としての歴史を持っていますが、今から
三十数年ほど前に、アメリカのロサンゼルスの沖縄県人会を訪問した方が
県人会婦人部の老婦人とお話をしていたときに、そのご婦人が、こう
おっしゃったそうです。
「島酒(泡盛)じゃないとウガン(拝み)が通らん(神様に通じない)さぁ」(!!!)。

 沖縄では祖先を神様として拝むしきたりがありますが、このご婦人は、
ロサンゼルスでも、いえ、もしかしたら異国の地に暮らし続けているからこそ、
いっそう祖先を拝みたいと思われたのでしょう。
そしてきっと、洋酒か何か手に入りやすいお酒をお供えにして拝んだものの、
その拝みが届かなかったというふうに感じられて、このようなことを
おっしゃったのでしょうね。

 沖縄の神様には沖縄の酒・泡盛。時代が変わってお祭りの形式が変わっても、
異国の地で拝みをしようと思っても、やはり泡盛なくしては、はじまらないようです。




text:稲垣千明





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The Okinawan spirits ~泡盛百花~vol.2 稲垣千明 

2009年07月08日 | 水曜(2009年7~8月):稲垣千明さん
日本酒では伏見や灘などが酒どころとして有名ですが、
現在は沖縄県内各地で造られている泡盛にも、「酒どころ(泡盛どころ?!)」
がありました。それは、沖縄を訪れる方の大半が足を運ぶ地・首里。
しかも首里城から眼下に望む崎山・赤田・鳥堀地域に酒造所が密集していた
というのですから驚きです! 
それは、沖縄が、まだ琉球王国だった時代、王府が泡盛造りを統制していた
ことに起因していました。


※写真は首里城から眺める、現在の崎山、赤田方面

 琉球王府は、泡盛造りを、その職に任じた家だけに許し、原料のお米も
王府から支給していました。泡盛を密造した者には厳しい罰が下され、
島流しの刑を受けた例もあったといいますから、当時、泡盛造りが、
どれほど重要とされていたかが想像できます。

 また首里は、高台に位置していますが、湧き水が豊かで、
その水質も泡盛造りに適していたのだといいます。現在でも首里の
街を歩いていると、井戸の跡を見つけることができます。
昔ほどの水量は、もうないようですが、皆さんが訪れる首里城でも、
湧き水を見ることができます。現在の首里城観光の順路をたどると、
入口付近には龍樋(りゅうひ)が、そして出口付近には寒川樋川(さんがひーじゃ)が
待ち受けています。



 首里城は、その歴史の中で、多くの外国人を迎え、もてなしてきましたが、
これらの客人にも泡盛がふるまわれていた様子が記録に残っています。
ペリー一行も泡盛でもてなされ、その風味を「フランスのリキュールのよう」と
評しています。きっと上等な古酒をふるまわれたのでしょうね。
首里城を訪れ、城からの景色を眺めた外国人が、城の間近に、
煙突から、もくもくと煙を上げる建物(酒造所)が立ち並んでいるのを目にし、
けっして美しいとはいえない景観に、なぜ、この国の王は、このような
ありさまを許しているのか…と驚いたというエピソードも残っているようですが、
美味しい泡盛をふるまわれ、それが、その煙突の下で蒸留されたものと知った
途端に、そんな思いは、かき消されたかもしれませんね。

 現在でも首里では瑞泉酒造や咲元酒造、識名酒造などが酒造りを続けていて、
かつて「泡盛村」とも呼ばれた名残をとどめていますが、その隣近所にも
酒造所が立ち並び、多い時代には40軒あまりを数えたという歴史があった
ことを、ぜひ、首里をお訪ねの際には思い巡らせてみてください。


瑞泉酒造


咲元酒造


識名酒造
※写真は風情あふれる酒造所のようす






text:稲垣千明



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The Okinawan spirits ~泡盛百花~vol.1 稲垣千明 

2009年07月01日 | 水曜(2009年7~8月):稲垣千明さん
はじめまして。稲垣千明(ちはる)と申します。

沖縄の文化に触れ、学びたくて、本州から移住してきました。
そんな私が念願かなって修士課程に進んだ際、選んだテーマが「泡盛」でした。
沖縄で暮らすうち、日常の生活や冠婚葬祭、さらには歴史や文化の中に、
さまざまなかたちで登場する泡盛への関心が、私の中で、どんどんふくらんで、
どうしても追い求めずには、いられなくなったのです。
けっして泡盛のおいしさに酔いしれたからでは、ありませんよ。
恩師に恵まれ、周囲の方々の協力や支援もいただきながら、
私は泡盛の世界に足を踏み入れたのですが、歩を進めれば進めるほど、
その奥深さを知ることとなりました。



今回、ご縁があって、このブログを担当させていただくことになりましたが、
私が今までに学んだり聞き知った泡盛にまつわるさまざまなエピソードをご紹介し、
飲むのが好きな方にも、そうではない方にも、風味だけにとどまらない
泡盛の魅力をお伝えできれば…と考えています。

前置きが長くなってしまいましたが、今回は、お祝いにまつわる泡盛に
ついて、少しご紹介しておきたいと思います。

お酒というと、沖縄に限らず、お祝い事には付き物ですが、
沖縄には「サキムイ(酒盛り)」という言葉が、そのまま名前となった
お祝い事があります。さて、みなさんは、どんな場面を想像されるでしょうか?
じつは、かつて沖縄では、「サキムイ」とは婚約のことを意味していました。
女性の家で行われる「サキムイ」には、男性の家から、お茶やお茶うけと共に、
お酒を持って行ったのだといいます。
現在からは想像できないかもしれませんが、昔、泡盛は、
とても貴重なお酒でした。
庶民が口にできる機会は、あまり無かったのです。
そういう貴重なお酒を酌み交わす数少ない機会でもあったことから、
きっと結納のことを「サキムイ」と言うようになったのでしょうね。
 結婚を約束する二人を取り持つ泡盛…。
泡盛は、ロマンチックな場面での立役者でもありました。


写真はお祝いに使われていた酒器・嘉瓶(ユシビン)
ユシビンについては今後のブログで紹介するつもりです

text:稲垣千明



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