ねがいのいえ理事長 藤本真二のブログ

障害を持つ方たちに寄り添い支援する日々の中で感じたこと、そのほか伝えたい話題などを、思いのまま日記風に綴ります。

埼玉の事業家

2021-11-01 21:31:55 | Weblog
 未曽有の事態に多くの人が苦しい生活を強いられたこの2年。政治に関心のない若者もさずがに今回は黙ってないだろうと思いきや、史上3番目の低い投票率とは。この国は大丈夫なのか・・・

 毎回期待以上を見せる渋沢栄一のドラマ。「一番大事なのは民」と語り、産業の振興で国を豊かにしながら福祉事業まで描くこの大河はやはり史上最高。経営者としても福祉家としても尊敬してやまない。それが埼玉の人であることも誇らしい。
 鹿賀丈史が演じて以来の大久保利通ファンにとっては、大久保を悪者にしないで欲しかったが。西郷も大久保もいい最期。いい脚本だった。始まりも遅れオリパラで中抜けもあり、春まで延長したらいいのに。

 新法人として新たにスタートを切ろうとしている一方で、いつのまにか大きくなってしまった組織が、ある日自分が急死してもみんなが困らないようにと、準備を着々と進行中。そして、他団体のみなさまと連携し支援と学びを築いてきたNPO法人埼玉よりどころねっとも、自分が急に倒れた時にみなさまに迷惑をかけることがないよう、法人としては解散し、任意団体に戻すことにしました。

 久しぶりに集まっていただいたみなさまの近況を報告しあい。みんな小さな事業所からスタートして今や大規模団体に成長したり、あえて大きくならずに本当に困難な人に向き合い続けてきたり、このネットワークに集まった仲間は本当に素晴らしい方々でした。

 自分にできないことを成し遂げるみなさまから教わり互いに高め合いながら、これからも一緒に成長していくことを確認し合いました。
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心のケア全国展開

2021-10-23 09:09:26 | Weblog
他の団体で利用を断られ、学校時代も普通の暮らしを送るのが困難だった方たちが、ねがいのいえと出会い通常の生活が送れるようになる。それでもただ一人、年に1回の大パニックがあるグループホーム入居者の方。その年に1回が今週だった。

以前は、今夜は一晩中と覚悟したものだったが、今では数時間で落ち着き夜間は眠ってくれるようになったので、以前より格段に楽ちん、年に1回のその大波も着実に縮小の方向へ。強い薬を使うこともなく数時間で本来の自分を取り戻すことができるのだから十分OK。

行動障害の対応に困り相談を寄せられた遠方の方と初の対面。コロナ禍でお会いすることができず、電話とメールの助言だけで問題を解決された素晴らしい支援者。どんな方なのかと思っていたら、想像以上に本当に素晴らしい方だった。

この業界、経験は関係ない、資格より資質、と昔から主張してきたが、意欲も理解もない長年の経験者よりも、入職間もない正しいセンスを持った人のほうがはるかに優れているモデルのような方だった。

しかし思いをくみ取ってもらえない事業所に、利用者の方の生活を24時間支え、家族と暮らせなくなった時のことにまで思いを馳せる理念はなく。

「自分でやりませんか。ねがいのいえの支店を出して任せますよ」と伝えた。

心のケアを実践している仲間に支店を任せるという、ねがいのいえ心のケア全国展開が見えた気がした。全国の意欲ある仲間募集してもいいかも。
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青天を衝け

2021-10-12 23:27:11 | Weblog
 親子の命を奪った容疑者がようやく過失を認めるコメント。自分の過ちを認めるまでにこれほどの期間を要するとは、過ちを認めようとしない人間の哀れさを禁じ得ず。最初から誠実に真摯な謝罪に徹していれば遺族の傷は最小限で済んだのに・・・しかしこんな人間は世の中に多い。

 感染は急激に減ったが、理由が専門家にもわからないというのが手放しで喜べない不安要素。しかしこの状況で、一律10万円給付とかGOTOの再開とか、選挙を意識した提案にセンスを疑うばかり。それは全て税金でありのちの借金になるものなのに。国民が意識を高く持つべき。

 数年に一度、気になる主人公の時だけ見る大河。全部見てるのは「真田丸」以来。経営者としてステージを上げたいと思っていた時にタイムリーな主役だった渋沢栄一のストーリーは、大河史上のベストではないかと思えるほど毎週感動。栄一の生き様もさることながら、主役の俳優の演技がすごい。名脇役をつとめた堤真一が去り際に「君は天才だ」と語ったのは、やっぱりそうかと自分の目も褒められた気がした。

 しかもその舞台が同じ県内にあるなんて、なんと素晴らしい巡り合わせだろう。栄一の生家、従弟の尾高家と周り、ドラマ館では栄一がパリ万博で度肝を抜かれたという世界初のエレベーターを模したセットも見ることができて、感動、感激。思わず涙ぐんだ。

 ついでに新選組の描き方も素晴らしかった。「燃えよ剣」も必見か。

 来年は三谷脚本なので40年ぶり大河2年続けて見ることになりそうだが。もう10月なのに栄一の偉業のほんの始まりまでしか描けていない。もう一年続けてくれないだろうか・・・
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MINAMATA

2021-09-25 16:21:37 | Weblog
 存分に楽しんだお庭プールもついにスタッフの手で撤去され夏も終わり。その日は暑くてプール日和だったが。

 感染爆発で事業所間の行き来を極力抑えて手伝いに入るのも控え、時間と体力を持て余して1ヶ月。感染は減ってきたもののその原因もわからないのではまだ元に戻すのをためらうところ。
重症児の母が史上初の女性総理になるかも。10年前だったらファンタジーだったことが現実に起こりうるなんて。ぜひ実現して欲しいが。

 映画はあまり見ないほうだが、これは行かなければ、と見に行った「MINAMATA」。事実に基づくと言いながら本当はもっと厳しかったはずだが、過剰な悲惨さはマイルドに抑え、ユージンスミスの足跡を描いた秀作。その生き様と魂がしっかりと伝わった。

 これを日本人ではなくハリウッドが制作したことに思うところが尽きない。ユージンを演じるジョニーデップ、そして被害者の会リーダーを演じた真田広之の重厚な演技は、まるでゾーンに入っていたかのよう。

 世界史に残る公害病発祥地の物語。日本人はみんな見たほうがいい。
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オリンピックをやっているからといって

2021-08-10 23:38:18 | Weblog
 オリンピックと感染拡大は関係ないなどと国民の気持ちを全く理解できない政治家と官僚たちは、国民の信頼を失ったことを選挙の結果でしか分かり得ないのだろうか。しかし、オリンピックをやっているからといって、自粛生活がばかばかしいとか、もう政府の言うことを聞いていられないと言って遊びに行くのは自殺行為。為政者がどんなに愚かでも我々はやはり外に出てはいけないはず。路上飲みに海水浴、テレビ局スタッフの打ち上げと、みんなそんなに我慢できなくなっているのだろうか。ネットにデマを流す輩は何が楽しいのか、そのデマに躍る人たちは、多くのフィルターに濾過されたプロの報道よりも個人の口コミでしかないSNS情報を信じるのはなぜなのだろうか?

 感染者が次第に近づいてきていることを実感する日々。本当は、東京へ通勤する人は極力休んでもらい、保育園はエッセンシャルワーカーと流通業の子だけにして欲しいと言いたいところ。しかし毎日の暮らしは変わりなく過ぎてゆく。酷暑の夏を少しでも楽しんでいただきたく、夢だった庭のプールを導入。スタッフは仕事終わりのナイトプールと喜んでいます。
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誰もが同じ

2021-07-13 00:12:33 | Weblog
 障害ではなく通常の入園で来た子がじっとしていられなくて大変と保育園から訴えがあり、現場で手伝いに入る日々。診断を受ければおそらくアスペルガーと言われるであろう園児。意に反するたびに起こす激しい癇癪にどう対応していいかわからない保育士へ、体のやりとりを通じた心のケアを伝え、思い通りにならなくて一瞬激しく抵抗しても、すぐに気持ちを切り替えてクールダウンできる現実を自身の目で確認した保育士に変容が生まれたこの3週間。

 思いを言葉で的確に伝えることができないのは、障害がなくても、幼児には誰にでもあること。先週は、いつも他の子よりも何でも上手に早くできる女の子が、すねて動かなくなり。そばに座って「悲しいんだね」「そんな日あるね」と何もせずにただ共感。やがて抱っこを求めて甘えてきたので、自分から離れていくまで静かに抱きとめた。翌日はインストラクターを招いて初めてのマットとトランポリンを体験する日だった。その日も抱っこされたまま、他の子たちが熱狂する間もその輪に入ろうとせず。しかしだんだん体はやりたくて前のめりになっていく。「一緒にやってみる?」と聞くが、それでも参加できないまま、「今日はこれで終わります」というインストラクターの声がかかった。みんなでありがとうを言い片づけが始まろうとしたその瞬間、前に出て行った彼女の姿をみんなが見てとり、そのままマットとトランポリンをやり遂げるのを待った。

 同じ月齢の子より何でもできる素直でいい子だった彼女に、どんな負担がのしかかったのかはわからない。しかし時にその気持ちをわがままに表したい時があるのは当然のこと、それがその日だった。最後にマットとトランポリンをやり遂げて誇らしげにその時間を終えた体験は、もやもやする気持ちを発散し乗り越えて前に進む道のりだった。週が明けて今日、食事もトイレも一番に終えた彼女は、「座って待っててね」という先生の指示に穏やかに反応していた。

 心を支えるケアが大切なのは、障害のある子もない子も同じ。障害福祉の現場職員はもちろん、保育園や学校や、人を支える世界中の全ての支援者に広がって欲しいと願ってやまない。
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ザリガ二の鳴くところ

2021-07-10 21:41:33 | Weblog
 今春オープン予定だった女性棟グループホーム、秋に予定していた児童センター、来春オープンの男性棟ぐるグループホーム、3件のプロジェクトが予想外の延期になり、全て秋着工、春同時オープンかもというピンチな状況。逆に、新規事業が保留で一種暇な毎日。読書が進んでしょうがない…

「このミステリーがすごい」ランキングはいつも裏切られ感が強いが、海外編の充実ぶりが出色。2019年の全米で一番売れたという「ザリガニの鳴くところ」は、貧困と児童虐待をテーマにした児童文学の金字塔。純文学として感動したのは中学生の時に読んだ「風と共に去りぬ」以来。

 自分の幼少期が重なる暴力シーンに涙し、兄弟との再会シーンにさらに涙、ミステリーとして素晴らしいどんでん返しのラストはむしろ不要だった。今この時も苦しんでいる全ての子どもたちを支えたいと改めて思った。しかしそんな子どもたちを救う活動は、我が子を捨て養育を放棄する親を容認することになるのかもしれないところに疑問を禁じえず。

 保育園の園庭に発注した素敵なブランコが届き。園児たちの喜ぶ顔が楽しみな反面、順番待ちに起きる熾烈な競争をどう指導するのか、不安ももたげる
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思い出の積み重ね

2021-05-30 23:01:35 | Weblog

深い愛着を抱いた登場人物が突然亡くなるショックは大河ドラマの宿命だが、その悲しさに泣いてしまったのはいつ以来だろう。

30年前、「翔ぶが如く」で名もない若き書生を演じた堤真一が、今は貫禄の演技力で徳川の重鎮を演じた素晴らしい存在感。史実だから仕方ないが、これほど悲しかったストーリーは久しぶり。

 30年前に観劇に凝っていた頃、銀座の博品館劇場で観た堤真一を思い出す。盲目なのにポジティブでひたむきな、はっちゃけた青年の役だった。同時に、一緒に行った友人が観劇前に博品館のおもちゃ売り場で欲しいと言ったダチョウのぬいぐるみを後日プレゼントしたことも思い出した。

 私たちの人生は、そんな出来事の積み重ねで成り立っている。思い出の累積が人生そのもの。些細な出来事を見て悲しんだり感動したり、それにまつわる思い出を思い返したり、そんな人生の厚みを、支援者と呼ばれる私たちが、利用者のみなさまにその体験の機会を提供できているだろうかと、いつも考える。考え続けなければならない。

 重度障害のみなさまに、東京フィルハーモニーと一緒に第九を歌ったり、ホノルルマラソンを完走したり、伊豆の遠洋で野生のイルカと泳いだり、などの機会を次々と創出していった師匠には、今も遠く及ばない。それらの体験のひとつひとつが、その方たちにとって大切な思い出になっているに違いない。

 自分はこれだけのことを成し遂げましたと師匠に誇れる日が、いつか来るだろうか。



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悲しみは止まらない

2021-05-25 23:43:36 | Weblog
 今日のクローズアップ現代、「脳波でロボットを動かせる技術」に釘づけ。脳の障害で動かなくなった体も動くようになるという。内面の意識を表現するすべを持たない「閉じ込め症候群」の方たちが表現できる日が来るのは遠くないかもしれない、と感動。なのにその技術を軍事利用しようなどと馬鹿げた話にはあきれたが。

 感染の止まらない世界なのに、空爆を続ける国があり、火山が噴火する国があり、多くの子供たちの命が失われる日々。この大変な時になぜこんなことが続くのだろうと、悲しみは止まらない・・・
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強制的なシステム

2021-04-18 22:53:02 | Weblog
 報酬改正の概要を理解するのに時間がかかり、体制届の提出締切と、2年務めた自治会役員のまとめが重なり、大変な一週間だった今週。自治会長の任期を終え、次期会長へ箱一杯分のファイルを引き継いで解放感にほっと一息。

 とはいえ新型コロナウィルスの影響であらゆる行事が中止となり、この1年は何もすることがなかったが。それでも毎月の役員会で災害のときに助け合える自治会になれるために何をすべきか語り合い、町内のこまごましたトラブルの相談にのり、一緒に協力しあう住民の仲間ができて。
 
 人は誰しも、今の自分の気持ちが何なのか説明できない時があるだろう。この一週間なぜか、人生で何度か体験する大切な人との別れの寂しさを感じて泣きそうな気持ちでいたのは、よく考えたらこの人たちとの関係がもう終わるからだったのだろうか。

「障害があっても地域で普通に生きることを目指す」のだと我々はよく語るが。では「地域で普通に生きる」とは何のことだろうかと考える。

 近所の人といつも笑顔で挨拶をかわし、町内の清掃を率先しておこない、祭りや運動会や行事にいつも参加することだろうか。しかし忙しい現代人は、隣に住んでる人の顔を知らず、行事も参加したことがない人が多い。いろんな人がいるが自分はもともと、誰にでも笑顔を向けて挨拶をする人間ではない。行事にも清掃にも参加したこともなかった。

 それは地域で生きていることにはならないのだろうか。いや、地域にはそんな人もいると理解を示したうえで、わずらわしさを負担に感じながら町内の面倒な役割を果たす人もいる。この日本社会で、地方の隅々まで張り巡らされた自治会と民生委員の制度は、素晴らしいシステムなのではないか。誰もがいやいやながらも、逃げようのない形で順番が回ってくることによって、きちんと成り立っているこのシステムは、奇跡的と言ってもいいのではないか。

 半強制的だったがしかし、終わってみればいい2年間だったと間違いなく言える。一緒に歩んだみなさんに心から感謝です。
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