さじかげんだと思うわけッ!

日々思うことあれこれ。
風のようにそよそよと。
雲のようにのんびりと。

三十四

2007-01-26 23:25:52 | 『おなら小説家』
同好会員の多くは大学の進学を望んでいたので、作品を応募した8月の時点で3年生は事実上引退ということになっていたが、結果が発表されたというので、2ヶ月ぶりに同好会員が一堂に会した。
ただ一人、前会長の斧子根立起を除いては。

須飼の話だと、その後相当に落ち込み一時は学校にも来なかったという。今は勉強のために来ているようだが、同好会には顔を出していないらしい。
衝撃だったのかも知れませんね。と須飼はいっていたが、そんなものではないだろうと草田男は思っていた。
自分よりも技術のレベルが低い人間の作品が認められ、本来あるべき地位を奪われてしまう…これほどの恥辱はありえない。
もともと口数の少ない男ではあったから、あちこちに自分の実力を吹聴するようなことはしていなかっただろうが、反面自分の中では鬼の顔をした誇りや自負といったものがあったに違いない。
その鬼は、もろくも砕かれてしまった。
しばらくは勉強も手に着かないはずである。
しかし、やることを見付けなければ、何かの衝動に駆られてしまうのだろう。
そのはけ口としての、受験勉強であった。
草田男は、この天才を世に羽ばたかせるためにも、話をしなければならないと思った。

須飼に無理を聞いてもらって、立起を呼び出してもらった。
二人は、中庭のベンチに腰を下ろし、話をした。
内容は、ずばり斧子根の小説に足りないものは何かと言うことであった。
いいづらいことではあったが、そこは元・遣り手実業家である。うまく伝えたつもりだった。
立起はいちおうは頷きながら話を聞いていたが、その目の奥には納得のいかない色があった。彼はそういう頑なな男であった。
彼には才能があった。しかし、精神が足りていないと草田男は考えていた。熟考が必要であったし、読む人を意識する必要があった。
しかし、才能があるがために、考える必要がなかったのである。だが、それでは認められない世界が文学の世界である。
それが選考されなかった、決定的な理由であったと考えていた。