“過去の家計簿の収納場所をここに2年分、あそこに3年分と
いいかげんにしまい込んでいるうちに どこに置いたのか分からなくなってきた!
なんということだ。ちゃんと1か所にまとめた方がいいなあ。”
なんて書いてあったり、そうかと思えば
“○ コンパクトダイアリー
○ 家計簿
の2種は 意識して保存していた。”
“今現在は
○ 家計簿記入作業→好きな方。
○ 必要に応じて 過去の家計簿を参照する→時々やっている。
○ 思い出のように 眺める→なぜかその気にまったくならない。
2番目があるから取っておくんですが 3番目の印象もあるので、どこか邪魔者扱い。
この左右に引っ張られるような存在を 調和のあるものにできないものかと日々大げさに思っているのです。”
と 大いに矛盾している事が書かれていたりする。なのだが、
書き手の気持ちとしては 矛盾というところまで行っていなくて
まーそのなんですな、筆力が足りない。
○ あちゃこちゃにありながらも 捨てたりしていないから、「保存」になってるんじゃないか?
そんなざっくり感なのである。
その家計簿分類にあたるもので
“まず どれだけあるんでせう?空カゴに集めてみた。
うー、目が回る。育児期のものまであるぞよ。見ただけで もう疲れた(←これを何度繰り返していることか…)。”
の時に出てきて、これはちょっとどうしたもんだか。。。と そのままになっていたものを
黄金週間の今、広げ始めた。
「私の経済ノート」という、家計簿の簡単版みたいなもので、
ミッド‐80年代に4冊(4年分、というか最後の年は続いていないので3年とちょっと分)書き込んでいたようなのだ、私。
○ 1冊目
冒頭ページに 「今年こそがんばりましょう!」と書き込んである。
この年以前から、「私の経済ノート」つけ通そうとしていたのだろうか。
3/4(四分の三)コート 20,000円
(懐かしい。
“「そうだ、宮沢賢治会いに行こう!」(≒宮沢賢治記念館に行ってみよう!)と
まずは見た目から、なんて
賢治風コートと帽子(帽子はさすがにちょっとデザイン違い)を新調したりしていたから、かなあ。”
の時のコートだ。3/4のシルエットが賢治シルエットに思えて、ほくほくと買ったのだった。二万円><。そんなにしたのか。コットン100%のごわごわモスグリーン。賢治というより、コロンボだったかもしれない。)
交通費欄に 「国電」 という表現
(国電。今発音すると、不思議な気がしてくる。)
銀巴里 1,500円
(同日支出に 美容室 7,500円 とあり。あひゃあー、おめかしして出かけている。今や美容室にそんなに掛けていないし、銀巴里1,500円で入れたんだ。。。)