「死にましょう。かれらの手にかかって死ぬより、ここで腹を切りましょう」
「腹をな」
竜馬はにやにや笑った。
「おれの国のやつの欠点さ。なにかと腹を切ったり斬り死したり、死をいそぎたがる。君は長州人のくせに、言うことをきいていると土佐っぽのようだ」
「しかし武士らしく」
「芝居ならそこで紅涙をしぼるところだ。しかしおれはまだまだやらねばならぬことがある。おれがいますこし世の中におらねば、日本はどうもならぬわい」「竜馬がゆく 六」
「刀は武士の魂ではない」
と竜馬は目をすえていった。
「道具にすぎぬ。道具を魂などと教えこんできたのは、徳川三百年の教育です。戦国の武士は刀を消耗品と心得、人によっては何本も用意して戦場に出、折れれば捨て、脂できれ渇(や)めば砥石でごしごしといで使った」「竜馬がゆく 三」
作家・司馬遼太郎の坂本竜馬観である。
作家の「受けとめる力」が作品に投影され、それで魅力的な竜馬の人間像が描き出されたのである。