米国立衛生研究所では、「代替医療医療調査室」が設置されていた。
これまでの医学教育は「病気を治す」という治療中心の西洋医学に偏り過ぎていた。
アメリカでの代替医療の利用率は1990には34%ぐらいだったが、1997年には42%に増え、今は50%を超えているようだ。
ヨーロッパにおける補完医療・相補医療とアメリカにおいて
1970 年代に入ってから総称されるようになった
代替医療とを一括りにして補完代替医療と表現し
ている。一方, 日本補完代替医療学会によると,
補完代替医療とは「現代西洋医学領域において科
学的未検証および臨床未応用の医学・医療体系の
総称」と定義されている(10)。
このように, NCCAM でも日本補完代替医療
学会でも, 代替医療の定義に関しては現代西洋医
学領域をベースとして, 科学的に検証されている
かどうかや臨床で応用されているかどうかを基準
にしているが, その解釈には疑問点もある。
・正統的現代医療による治療に満足できない
・正統的現代医療は患者を機械のように扱い,
感情や信条を持った人として扱っていない
・異なる文化圏に種々の医療が存在することに
気がついた
・病気の発生には, 栄養, 感情, ライフスタイ
ルが関係していることが明らかになってきた
・単に病気ではないというだけでなく, より良
く生きるということへの期待や願望
・服用する医薬品を少なくして副作用による弊
害をできるだけ減らすため
・医療費負担を減らすため
・著名な医師が代替医療を支持するようになっ
たため
いうまでもなく, 正統的現代医療は, 疾患原因
の分析や治療法・治療薬の発見, メタデータの蓄
積, 体系的な医学教育等々により, 感染症を初め
数々の疾病や損傷に対応し, 外科手術を発展させ
たりするなど, 人類に多大な貢献をしてきた。
による平均的な医療にも限界がないわけではない。
具体的には, 原因不明の慢性疾患, 精神的な面が
影響する疾患, 抗生物質に対する耐性菌の問題,
糖尿病で血糖値のコントロールが首尾よくできた
としてもなお多くの自覚症状を訴える患者に対し
て対応するのが困難な場合もある(13)。小内亨
(2001) も, 糖尿病や高血圧などの慢性疾患の管
理がその治療の中心となりつつある現代では西洋
医学にも限界があるので, 患者が希望を持って治
療に望むために他の選択肢を探すとしている。す
なわち, 多くの患者が期待するような特定の薬剤
で疾患が即時に治癒するということはなく, その
後は薬剤を服用しなくても大丈夫ともいえない現
状において, 患者自らが医師だけに頼らない方法
のひとつとして代替医療を選択していると主張す
る(14)。渥美和彦(2001) は, 正統的現代医療は,
科学のみに基盤をおいたが故に心の癒しや微妙な
感情の動きによる心身相関など人間本来の多様で
複雑な存在に対応できなくなってきていると述べ
ている。さらに, この傾向は個人をすべて平均的
社会科学論集第124 号
72
表1
研究領域内容
代替医学システム
Alternative medical
system
代替医療の中でも体系化された領域で, 心と体の調和を重視。西洋医療以外の医療で,
思想や信条に基づいて確立されている伝統医療。具体的には, 古代インドの伝統医療体
系であるアーユルヴェーダや中国の伝統医療, さらにはホメオパシー(同種療法) やナ
チュロパシー(自然療法) 等がこの領域に組み込まれている。
精神と身体への作用
による療法
Mind-Body Interventions
身体の機能や症状に対して, 精神へ働きかけることで身体の障害や症状に作用する医療。
具体的には, 心理学的・行動科学的な療法で, 催眠・イメージ・音楽・芸術・ダンス・
笑い・瞑想・ヨーガ等の療法がある。
生物学的療法
Biologically Based
Therapies
生物学的な作用に基づいて, 食事・薬草・プロダクトを用いた療法。具体的には, 食事
療法・ビタミンやミネラルなどのサプリメントを用いた分子栄養療法・薬草を利用した
ハーブ療法・EDTA (エチレンジアミン四酢酸) やオゾンを利用した療法等がある。
手技・身体療法
Manipulative and
Body-Based Methods
施療者の手技を用いたり受療者の身体を動かしたりする療法。具体的には, 脊椎を操作
することによって身体の健康と正常な機能を回復させようとするカイロプラクティック
や指圧・リフレクソロジー・オステオパシー等のマッサージ療法, さらにはカラーセラ
ピーや温熱療法等がある。
エネルギー療法
Energy Therapies
身体内部にエネルギーの源があるという考え方に基づき, その源をエネルギーの場とし
たり, 外部の電磁気の場から身体に働きかけたりするエネルギー医学の理論を用いた治
療法。具体的には, 気功, セラピューティックタッチ, ヒーリングタッチ, 生物電磁気
学的療法等がある。
出典:JAM (Japan Alternative Medicine) News Letter, Vol. 4 およびNCCAM 発表の「What are the major types of complementary
and alternative medicine? NCCAM classifies CAM therapies into five categories, or domains:」を基に筆
者が作成。
に考える西洋医学から個人の個性や特徴を中心と
した東洋医学へのパラダイムシフトであり, 価値
観の変化や文明史的な視点から深く洞察しないと
代替医療の到来の本質は把握できないと強調す
る(15)。また, 詳細は後述するが, 今西も渥美も医
療経済学的な面からも代替医療への関心が高まっ
ていることを併せて指摘し, 国家経済を脅かしか
ねない医療費の高騰も患者のみならず国家や関係
者に対して代替医療へ目を向かしているとしてい
る。
このように正統的現代医療だけではカバーでき
ない不定愁訴に対応したり, 患者の視点に立った
考え方の必要性が訴求されたり, 科学的や統計学
的なアプローチによる「個」への対応の限界を補
完したり, 医療経済学的な問題点の解決の対象と
して代替医療が注目されていると分析している。
しかし, 代替医療が注目される本質的な理由は他
にもあるように思われる。それは極めて単純かも
しれないが, 人の心と体という複雑な構造に対峙
する医学という難解な学問や医療行為という高度
で専門的な知識に対する非医療者のリテラシーの
不足や正統的現代医療に従事する医療者側と家族
を含めた患者側とのコミュニケーションの不足で
ある。3 時間待って3 分の診察と揶揄されて久し
いが, 実際に日本の医療機関での平均診察時間は,
アメリカの22 分に比べて総合病院クラスで平均
12 分と短い。これは, 一人の医師が年間に何人
の外来患者を診ているかという患者の数に反比例
して短くなっている。アメリカでは一人の医師が
年間に診る患者数が2,222 人であるのに対し, 日
本では6,421 人である。世界平均は2,167 人であ
ることからすると, 日本の医師は年間で世界平均
のおよそ3 倍の患者を外来で診ていることにな
る(16)。すなわち, 充分に丁寧な説明をしようにも
物理的に制限されている現状を看過して, 医療者
側にもっと時間を掛けて丁寧なインフォームドコ
ンセントをするよう求めても, 現実的には厳しい
診察環境と言わざるを得ない。
補完代替医療の国内外の現況米国では、ハーバード大学が一般成人を対象にして、CAMの利用に関する調査を行ない、1990年に発表しました。それによりますと、実に6,000万人(33.8%)の方々が何らかのCAMを利用していることがわかりました。そこで、米国政府は、日本の厚生労働省に当たるNIH (米国国立衛生研究所) に代替医療事務局 (OAM: Office of Alternative Medicine) をつくり、調査を命じました。予算は年200万ドルでした。
さらに、1997年での再調査では、CAMの利用者が8,300万人(42.1%)と増加していることに注目して、政府は1998年、OAMをNCCAM(National Center for CAM)に昇格させ、予算は10倍の年2000万ドルとしました。2005年にはその予算が年1億2,110万ドルと約100億円以上を投じていることになります。この殆どが、ヒトを対象とした臨床研究です。どうして、このような工学の研究費を投じているかについては、こうした医療が将来の医療費削減につながるのではないかと考えられるからです。
また、2001年から2005年までの5ヶ年の戦略計画では、CAMと通常の医療とを包括した「統合医療」の推進を謳っています。
本邦では、こうした背景を受けて、2001年に厚生労働省がん研究助成金による研究班(「我が国におけるがん代替療法に関する研究」班)が組織され、兵頭らががん患者3,461人(がんセンター16施設、ホスピス40施設)を対象として、CAMに関する実態調査を実施しました。その結果、やはりCAMの利用率は44.6%と高率だったのです。
同研究班は2006年4月、患者向けの“がんの補完代替医療ガイドブック(第1版)”を作成しました。このガイドブックは、本邦におけるCAMに関して医学論文を中心とした検証がなされています。その結果、大半が根拠の低いものでしが、実際の所、きっちりとした検証(臨床試験)が行われていないことも判明しました。最近、同研究班を引き継いだ住吉班で改訂第2版が2008年7月に刊行されています。(