ノリの東京の友人の生きる糧(福岡編)

日々のちょっとした楽しみや悲しみを徒然に語ります。

過去の城めぐり(完) ~ 愛知・岐阜編 ~ (その2)

2008年04月14日 | 歴史もの
 (その1からの続き)

 ②岐阜城(稲葉山城)

 東岡崎駅前の案内板で「八町味噌の里」なる場所を発見。先週東京で乗ったタクシーの運転手の爺さんに「八町味噌はチョコレートみたいでうまい。どこの名産かはしらんけど」と唐突に言われたばっかりだったので、あまりの偶然にビックリしてしまった。

 名鉄に乗るのは初めてで、どの電車に乗ればよいのか判らなかったので深く考えずに「岐阜行き」の急行電車に乗車。東岡崎を後にした(犬山に直接行ける電車もあったが時間が早すぎたので一旦名古屋に出ることにした)。

 ガラガラの電車の中でなにげに路線図を眺めていると「このまま乗っていけば清洲に行けるぞ。このまま行けば岐阜城(稲葉山城)にも行けるぞ。大河ドラマ「功名が辻」の影響で何かやっているかもしれない。」との考えが浮かんだので、名古屋城に行く予定を急遽変更して名古屋駅を通過してまずは終点の岐阜に向かう事にした。

 約1時間で岐阜駅に到着。電車の窓から山頂に立っている岐阜城が見えてきたので興奮してきたが、どうやってあそこに登るのだろうと一抹の不安が頭をよぎった。

 生まれて初めて岐阜の地に降り立ったが、路面電車が通っているせいか道幅の広い車道の脇を商店が固めている感じの街並みで、人も車も結構多くて、吉祥寺みたいな雰囲気だった。

 岐阜城への行き方が判らなかったのでバスの運転手に尋ねたところ「岐阜公園前」と言うところで降りれば良いとの回答だったのでバスに乗車。15分くらいクネクネ進んでいくうちに岐阜城が見えてきたのだが、結構高そうな傾斜のきつい山で「また登山か」と一瞬覚悟したのだが、山頂に向かうロープウェーが見えたので一安心。200円払って下車。

 ロープウェー乗り場を目指すと、予想通り「山内一豊と千代の結婚した地」と書かれた真新しい記念碑が出現。去年作ったばっかりで大河ドラマに便乗したのはミエミエだったが「これぞ観光地」と言う感じで微笑ましい感じだった。

 ロープウェー乗り場のある売店に入ると設置されたテレビから「王ジャパン準決勝進出」と言う予想外のニュースに遭遇。なんとアメリカがメキシコに1対2で負けたようだ。まさに奇跡だ。城廻りとは関係ないが感動してしまった。

 ロープウェーは15分間隔の運転だったので、10分くらい売店をうろついて時間をつぶしてから乗車。ガイド付きのロープウェーには10人くらいが乗車し、強風に揺れることもなく2分くらいで着いてしまった(この山は金華山、別名:稲葉山と言うらしい。稲葉山の稲葉は稲葉氏と言う豪族が治めていたかららしい)。

 既に13時30分くらいで、お腹が空いていたので、ロープウェー乗り場を降りてすぐにある「リス園」を素通りして山頂レストランに向かった。ガラガラだが強い日差しで蒸し暑い店内でラーメン定食を食べて、汗をぬぐいながら目の前の岐阜城に向かった。

 薄いグレーの瓦と白壁の3層4階の岐阜城は結構小さい感じ(岡崎城よりは小さい)で、石川県の丸岡城と同じくらいの大きさだった。残念ながらこの城も鉄筋コンクリートだったが、等身大の信長の木像や絵、鎧兜や刀などの展示物が結構展示されていたので岡崎城よりは施設としては良い感じだった。

 そして登った最上階。はっきり言ってここから見る景色の素晴らしさは今までの城めぐりの中で最高の眺めで感激してしまった(今までは、1位彦根城、2位唐津城、3位春日山城)。
 天気がよかったおかげだと思うが、建物が密集している岐阜の街並みや有名な長良川、遠くの名古屋の街並みまでを見下ろせる景色は圧巻で、この場所に立っていると下界を見下ろす感じでとても気持ちがいい。予定を変更してこの城に来て本当によかったと心底思った瞬間だった(もちろん恒例の天守閣ゴロリはやりました)。

 10分くらい素晴らしい景色を楽しんで天守閣近くの資料館に移動。資料館と言ってもとても小さな建物で鎧兜が少しと昔の楽器が少し展示されているだけだったのですぐに出てしまった。資料館の前にある休憩所のような広場には、ロープウェーのある西側とは逆の東側のハイキングコースを登ってきた老人達が死にそうな顔でたむろしていて少し異様な雰囲気だった(金華山は標高300mちょっとなのだが傾斜が急な岩山なので結構登るのは辛いみたいだ)。

 ロープウェー乗り場に戻る途中には、秀吉が稲葉城攻めの時に奇襲を成功させて、下にいる仲間に合図をする為に瓢箪をふったと言う「天狗岩」と言う大きな岩があったので、大河ドラマで柄本明が瓢箪をふっていたシーンを思い出してしまった(断崖にあるので落ちたら確実に死ぬと思った)。

 ちょうどロープウェーが降りる時間だったので待たずに金華山を下山(行きは若いガイドさんだったが帰りはおばさんだった。片道2分なのにガイドは必要か?給料はいくらぐらいもらっているのか?なんてことを考えながら乗っていた)。

 下山してから岐阜公園内にある岐阜市歴史博物館に移動。公園内には信長住居跡とかもあったが広い空き地状態だった。
 岐阜城が素晴らしかったので歴史博物館にも期待して入ったのだが、小奇麗にまとまってはいるが好みの戦国時代関連の展示物は少なくて、縄文、弥生時代の出土品や楽市楽座の頃のお店の再現等の展示物が中心だったので、すぐに出てきてしまった。ここもよくある展示方式だったので、これも同じ業者が作っているのかも(客の数の割りにはボランティア風のおばさんの人数の方が多くて、その人達の井戸端会議の話し声が館内に響いていて少し不快だった)。

 約2時間の岐阜城訪問だったが、景色の素晴らしさにおいては城廻り史上最高の岐阜城訪問だった。

(その3に続く)
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